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そして日常へ

 のぼったばかりの朝日が水面に反射して、キラキラと輝いていた。

 海鳥も鳴いている。


 メグは静かに息を吐いていた。

「ボブ、せめて天国に行ってね……」


 俺からかける言葉はなかった。

 あとはそれぞれが、自分たちで折り合いをつけるしかない。


「ゾーイ、立てるか?」

「立とうとしてるのよ、さっきからずっとね……」

 顔をしかめて、呼吸を荒げている。

 医者を呼んだほうがよさそうだ。

 もしくは車を使うか、あるいはトロッコを使うか……。

「ムリしなくていい。すぐに手配する」

「鎮痛剤はないの?」


 するとエイミーが、ポイと錠剤のパッケージを投げ渡した。

「それを使って。あまり効かないけど、ないよりはマシよ」

「ふん」

 ゾーイはふんだくるように回収し、中の錠剤をガリガリと噛んで飲み込んだ。


 *


 数日後――。


 俺はテーブル上のアップルパイを、やや苦い気持ちで見つめていた。

 家主の俺が禁止令を出したにも関わらず、メグの要請でいともたやすくアップルパイが作られてしまったのだ。


 というより、相続の問題が解決したにも関わらず、この二人はなぜか家に居座っている。家賃を節約する必要などないはずなのに。


「んーっ! やっぱりエイミーのアップルパイは最高! もし私が男だったら、とっくに結婚を申し込んでるところよ。世の男たちはなにをボヤボヤしてるのかしら」

「褒めすぎですよ、お嬢さま」

 仲がいい。

 それはいい。

 しかし俺の立場は?


 玄関のドアが開き、私服のゾーイが入り込んできた。

「いいにおい。私ももらうわ」

 骨折した腕とあばらは治療中。

 なのだが、もうこうして歩き回っている。


 エイミーはすんと表情を消した。

「お客さま、勝手に入られては困ります」

「生意気なおチビだね。私はご主人さまに用事があるの」

 誰がご主人さまだ。


 ゾーイは椅子代わりの木箱に腰をおろし、苦しそうに息を吐いた。

「マザーがね、あなたから慰謝料ふんだくって来いってさ。百リブラじゃ安すぎるって」

「もちろん。君にはずいぶん助けられた。希望の額を言ってくれ。できる限り対応する」

 命がけで仕事をしたのに、ただ三時間座っているのと同じ給料というのはおかしい。

 治療費も俺が出しているが、それだけで済ませるつもりはない。


 すると彼女は、からかうように片眉をつりあげた。

「じゃあまた雇ってよ。一日百リブラで」

「ボディーガードとして?」

「なんでもいい。とにかくそれが百日続いたら、一万リブラになるんだから」

「それくらいならすぐに渡せるよ」

 だがゾーイは溜め息だ。

「違う。あなたに雇って欲しいの。だって修道院にいたら、毎日マザーの雑用を押し付けられるんだから。だったらここでアップルパイでも食べてたほうがマシよ」

「けど、ここには寝る場所がない」

「同じベッドでもいいって言ったでしょ?」


 これにメグが反応した。

「ほら見て! やっぱり〇〇じゃない! こいつはお兄さまをたぶらかす悪魔なのよ!」

 エイミーも深くうなずいている。

 せっかく同じ目的を達成したのに、まったく仲が深まっていない。


 俺は「分かった」と割って入った。

「ゾーイ、君のことは雇う。けど夜は修道院に帰ってくれ」

「いいよ。でも昼の間はずっと一緒にいるから。なにもしないでお金をもらうつもりはない」

「いや、ずっとは困るな……」

 マチルダをデートに誘うチャンスがなくなってしまう。


 ともあれ、不毛な戦いは終わった。

 これからは平和な日々が続くことを願っている。


 じつは組織にもいくらかの金を支払った。

 もろもろの尻拭いをしてもらったから、その見返りだ。

 ウォルターも辞退はしなかった。今回の件では、彼らも少なからぬ被害を受けた。


 ゾーイはアップルパイ片手に、ややいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「そういえば聞いた? 花屋のマチルダ、結婚するらしいよ?」

「は?」

「相手は漁師だって。きっとたくましいのが好みだったんだろうね」

「いやいや。ホントに? ガセネタじゃないよな?」

「事実だよ。気になるならあとで本人に聞いてみたら?」

 なんてことだ。

 必死で金を追っているうちに、結婚相手を逃がしてしまった。

 幸せって、いったいなんなんだろうな……。


 メグはすまし顔で紅茶をすすった。

「ま、こうなると思ってたわ。お兄さま、見る目ないから」

「どういう意味だよ」

「さあ」

 偉そうな居候だ。

 自分だってエイミーに頼ってばかりのくせに。


 使い切れないくらいの金が手に入った。

 なのに、使うアテがない。

 なぜなら、必要なものは、すでにほぼ揃っているからだ。足りないのはソファくらいか。


「お兄さま、このあと私と街へお出かけなんてどう? 気晴らしが必要でしょう?」

「悪いけど、俺はこういうとき家にこもるタイプでな」

「ふーん。かわいい妹からのデートのお誘いを断るんだ? そんなこと言うなら、もう二度とフィッシュ・アンド・チップスは食べられないと思ってね」

「なんでだよ?」

 点と点がつながらない。

 メグはくすくすと笑った。

「私がお店を買い取ってオーナーになるからよ。それで、お兄さまにだけ売らないことにするの」

「盛大な金のムダづかいだな」

「嫌なら一緒に出かけること」

「分かった分かった」


 検品の仕事はまだ続けている。

 それまでは、この自称妹と街をぶらつくのもいいだろう。

 今日は空も穏やかだ。


(終わり)

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういうハードボイルドな子供が主人公の話も面白かったです。
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