サードマン・スタンディング
ゲートは簡単に開いた。
あの手紙の送り主は、やはり父親だったのだろう。あるいは父親の依頼を受けた誰か、だ。
岩盤がくりぬかれ、通路になっている。
つるはしで掘ったものではなく、ドリルで掘ったものだろう。
電気も来ている。
それはいいのだが、鉱山のいたるところに、まるで誕生パーティーのような飾りつけがされていた。のみならず「財宝はこちら」と書かれたバカみたいな案内板。
罠だろうか?
もし罠だとしたら、いったい誰が?
案内に従って進むと、ひときわ派手な飾りの一角に行きついた。
テーブルの上に「子供たちへ」と書かれた封筒が置かれている。
俺は警戒しつつ、その手紙を開けた。
内容はこうだ。
マーガレット、ロバート、ベンジャミン、そしてクリストファー
私の愛する子供たち
おめでとう、ここがゴールだ
できれば四人が手を取り合って、この課題をクリアしたことを願っている
この世界は素晴らしい
もしかするとつらいこともあるかもしれない
けれども、お前たちには家族がいる
四人で力を合わせれば、どんな問題だって解決できる
今回の課題を通じて、そのことを知ったはずだ
メグ、素敵なレディになってくれ
ボブ、人に流されないように
ベン、みんなに優しく
クリス、ママを怒らせないように
手に入れた財宝は平等に分け合うこと
ズルはいけないぞ
俺は丸めて地面に叩きつけたくなるのをこらえ、メグにも読ませてやった。
するとメグは一通り読んでから、ぐしゃぐしゃに丸めて力いっぱい地面へ叩きつけた。
「なによこれ! いったいどういうつもり!? 私たちをからかってたの!?」
読ませてもらえなかったエイミーは、けなげにも地面から紙を拾った。
俺も今回という今回はあきれ果てた。
「きっと父さんは、俺たちがガキのままだとでも思ってたんだろう。成長を見届ける前に、別の家庭を作ってたくらいだからな。その結果が、みんなで仲良く宝探しだ」
このクレイジーなレクリエーションを、きっと大真面目に考えていたのだろう。だからあえて遺言をのこさなかった。いったいどんな混乱をもたらすかも考えずに。
さて、しかしまだ終わりじゃない。
俺たちは、まだ財産の輸送手段を用意できていないのだ。
あるいはその必要さえないかもしれないが。
少なくともこの一角に金塊は見当たらなかった。
あるのは、ファンシーな絵柄の小さなおもちゃ箱がひとつ。
嫌な予感がする。
箱を開くと、無造作に小さな筒がひとつ転がされていた。
トイレットペーパーの芯じゃない。
まさか万華鏡だろうか?
おそるおそる覗き込んでみる。
マイクロフィルムだろうか?
細かい文字と数字が並んでいる。
複数の銀行口座と、その関連情報。
桁がデカすぎて即座に把握できないが、莫大な額だ。指示通りに申請すれば、いつでも引き落とせるようになっているらしい。
俺はメグにも渡した。
「安心してくれ。ちゃんと金は手に入る」
「本当に?」
彼女も中を覗き込み、それからエイミーにも見せた。
ハッピーエンドってやつか?
だがすべての問題が解決したとは言いがたい。
莫大な財産が手に入る。
その取り分は、ライバルが減れば減るほど大きくなる。
いま俺に護衛はいない。
しかしメグにはエイミーがついている。
彼女の判断次第で、俺の命は消し飛ぶ。
「お兄さま」
「うん」
「このお金のことなんだけど……」
坑道の壁が固いせいか、いちいち声が反響する。
緊張しているのは俺だけだろうか。
メグはこう続けた。
「私も、受け取っていいんだよね?」
「は?」
「えっ?」
「違う。いや、違わない。ちゃんと半分ずつだ。そういう約束だったろ?」
「う、うん……」
俺の対応がマズかったせいで、逆に不信感を与えてしまったかもしれない。
だが、争う意思はない。
エイミーがかすかに息を吐いた。
「お嬢さま、よろしいのですか?」
「うん。だってお兄さまと半分こなのよ? 幸せなことだわ。ここまで来て争うのもバカみたいだし」
もしかすると彼女は、当初の予定とは違う選択をしたのかもしれない。
*
ドアを開くと、死体が増えていた。
いや生きているのか。
「ゾーイ! 大丈夫か!? ゾーイ!」
「平気よ、大きな声を出さないで……」
ボロボロにされたゾーイが、なんとか声を絞り出した。
腕を折られたようだ。
ひどいことをする。
行く手に立ちはだかっていたのはボブとマーヴィンだ。
「お、お前っ! ベンを殺したな? 許さないぞ!」
ボブは巨漢を盾にして、なんとか強がっている。
どちらかといえば、俺はボブを助けてやったはずなのだが。
するとエイミーを盾にしたメグも、同じように言い返した。
「そっちから仕掛けて来たんじゃない!」
「僕はなにもしてない」
「ベンがしたのよ」
「ちょっと待ってよ、メグ。なんでそんなに怒るの? 冷静に話し合おうよ?」
ゾーイを袋叩きにしておいて、なにが話し合おうだ。
とはいえ、いきなり仕掛けても勝算があるかは怪しいところだった。
マーヴィンは全身に鋼鉄のプレートを装着し、重武装していた。ところどころ出血はあるのだが、まったく気にしていない様子だ。
痛みを感じていないのだろうか?
メグも溜め息だ。
「あなた、冷静に話せるの?」
「ひどいよ。き、君は僕のことが好きなんだろ? なんでそんなこと言うんだよ?」
「はぁ?」
「ベンが言ってたんだ。メグは僕のことが好きだって。だからあの夜も一緒に寝てあげたのに。急に泣くからびっくりしたよ」
「この豚……」
メグはエイミーの服を強く握りしめた。
だが、これでハッキリした。
ボブがメグを襲ったのは、ベンの誘導だったのだ。ヤツは救いがたいほど底意地の悪い男だった。間違いなく地獄に落ちているだろう。
俺は小声でエイミーに尋ねた。
「どう攻める?」
いまのマーヴィンは重戦車だ。
よほどうまく撃たない限り攻略できない。
エイミーは肩をすくめた。
「二手に分かれて背面から攻めましょう」
「誰が動く?」
「私は、お嬢さまの盾になる役目がありますので」
「オーケー。幸運を祈ってくれよ」
走るのは得意でも苦手でもない。
マーヴィンは銃を有していないが、ガントレットのようなものを装着している。あれで殴られたら骨折はまぬかれないだろう。
ボブが地団駄を踏んだ。
「なにコソコソ喋ってるんだ! お前たち、僕のこともベンみたいに殺す気だな!? マーヴィン、やっちゃえ!」
「んーっ! んーっ!」
命令がくだされた途端、急に興奮し出した。
俺は頭を空っぽにしてとにかく駆けた。
弧を描くように、マーヴィンの背面へ。するとマーヴィンもこちらへ向きを変えた。鬼ごっこでもしているかのように。
銃声。
エイミーの射撃は、金属装甲にカァンと弾かれた。
するとマーヴィンは、今度はエイミーに興味を示した。俺はその背後をとって射撃を加える。だが、装甲が分厚い。ヘタすると正面から攻めるより厳しいかもしれない。
だがさすがに、膝裏は無防備。
狙いを定めて、銃弾を撃ち込む。
「がはぁっ」
のけぞった。
俺はさらにトリガーを引く。
巨大な体が傾いて、ずんと片膝をついた。
チャンスだが、しかし弾切れだ。
俺は岩を拾い、マーヴィンのヘルメットの上から思い切り叩きつけた。ガァンと鈍い音。手にもビリビリと衝撃が来る。だが倒れない。二度、三度と振り下ろす。
何度も繰り返していると、やがてマーヴィンは動かなくなった。
パァンと銃声がした。
もう終わったはずでは?
誰が撃たれた?
慌てて周囲を確認すると、ボブが腹から血を流して倒れていた。
手には銃が握られている。
落ちていた黒服のを拾ったのだろう。
撃ったのはゾーイ。
「がひッ……痛い……痛いよ……なんで……」
ボブは地べたをはいつくばり、穴の開いた袋のように血液を垂らしていた。
もし父の希望通り、四人が力を合わせていたら……。
誰も傷つくことはなかったかもしれない。
みんなで遺産を分け合って、楽しく生きていけた。
だが、そうはならなかった。
俺は思わず声をかけた。
「ボブ、君は人に流されないような生き方をすべきだった」
「なにそれ……パパみたい……」
そうだ。
パパの言葉だ。
メグも近づいてきた。
「ボブ、苦しい?」
「苦しいよ……助けて……」
「助けてあげる」
「えっ……」
メグは拳銃を握りしめていた。
か細い指。
トリガーが引かれ、撃鉄が落ちた。
(続く)




