夜景 三
デイヴを置き去りにし、三人で観覧車に乗り込んだ。
係員は不思議そうな顔をしていたが、俺たちを静止したりはしなかった。
ゴンドラが、ゆっくりと上昇してゆく。
するとライトアップされた歓楽街が徐々に見えてくる。
その中央に堂々と屹立するシルバーマンズホテルも。
ベンはほっと息を吐いた。
「なあ、頼むよ。助けてくれ」
「助ける? 誰が? 誰を?」
「お前たちが、この俺をだ。このままじゃ組織に睨まれちまう」
まあ組織の仲裁を無視して発砲したのだ。
ちょっと怒られるだけじゃ済まないだろう。
彼は地上の様子を気にしつつ、こう続けた。
「銃撃を提案したのは俺じゃない。急に組織が割り込んできただろ? それでデイヴたちが焦って、早めに決着をつけたほうがいいって……」
これにメグが憤慨した。
「つまり、飼い犬が勝手に噛みついたって言いたいワケ?」
「そうだ。バカ犬が勝手に噛みついたんだ」
「自業自得よ。金に目がくらんだ連中が、軽率な行動を起こすのは分かり切ってたことじゃない?」
彼女の言う通りだ。
そもそもこの男は信用できない。和解したところで、後ろから撃ってこないとも限らない。
ベンはすると俺に懇願してきた。
「頼む! 俺もお前らの仲間に入れてくれ!」
「それで組織が許すと思うのか?」
「プランがあるんだ! ぜんぶボブがやったことにする! な? これで全部解決だ」
なんと美しい景色だろう。
汚い金で買い叩いた、まばゆいばかりの夜景。
そこには光と富が集まっている。
そしてあまりにも醜い。
俺はトリガーを引いた。
パァンと大袈裟な音。
窓ガラスに鮮血が散った。
少し遅れて、隣に座っていたメグがびくりと身を震わせた。
「がッ……てめぇ……」
「家族を売るような男は信用できない」
さらにトリガーを引き、トドメを刺した。
ベンは崩れ落ち、動かなくなった。
「お、お兄さま……なんで……」
「正当防衛だ。先に撃ってきたのはこいつだからな」
手だけでなく、声まで震えている。
人の命を奪ったのはこれが初めてだ。きっと立ち上がったら膝も震えていることだろう。観覧車が一周する間におさまるといいが。
*
俺は係員に「組織がなんとかする」とだけ告げ、ワゴンへ戻った。
ベンがいないことは、ボディーガードのデイヴもすぐに気づいた。だが彼が動く前に、俺は肩を撃ち抜いた。
「動くな。銃を捨てろ」
「クソッ……。助けてくれ! 俺は命令されただけなんだ!」
「命令を断ることもできたよな?」
「本当なんだ! 全部フランクの指示で……」
黒幕はベンではなく、彼らを陰で操っていたフランクということか。
たしかウォルターの部下だったな。
俺はトリガーを引き、デイヴの胸を撃ち抜いた。
「行こう、メグ。彼らがここへ来たってことは、きっと行き先もバレてるはずだ」
「えっ? じゃあ、鉱山に行くのは危ないんじゃ……」
「決着をつけよう。きっとそれ以外に終わらせる方法はない」
「……」
デイヴの襲撃が成功していたら、俺たちはみんなあの世へ送られていた。
実際、エイミーは撃たれた。いまごろ死んでいるかもしれない。ゾーイだってどうなっていることか。
すでに導火線に火がつけられてしまった。
あとは爆発するだけだ。
*
俺たちは徒歩で北を目指した。
中心街を抜け、さびれた道を行く。
建物がほとんどない。
その代わり、小さな工場がちらほらある。ほとんど稼働していない。かつて銀鉱山が生きていたころの遺物。
いまは何時だろう?
春とはいえ、さすがに冷えてきた。
メグも身をちぢこめている。
「ねえ、お兄さま。私たち、ちゃんと生きて帰れると思う?」
「ああ」
「言い切れる? 絶対?」
「絶対じゃない。けど、ベストは尽くす」
いろんなものが犠牲になった。
勝たなければいけない。
けれども、敵を過小評価することもできない。
メグの表情は半信半疑といったところ。
もしかすると頼りなく見えるのかもしれない。
*
景色がひらけた。
海だ。
コンクリートの防波堤があり、その内側に線路が敷かれている。かつてはトロッコで銀鉱石を運んでいたが、いまは使われていない。
空はすでに白みつつある。
きっとフランクも待ちくたびれていることだろう。
炸裂音がして、足元の土がえぐれた。
スーツの男たちだ。囲まれている。計五名。銃撃戦を試すべきじゃないということは、すぐに分かった。
「クリストファー・マイン、銃を捨てろ」
先頭に立っているのはベストを着たスーツの男。
俺は地面へ銃を置き、こう尋ねた。
「あんたがフランクか?」
「そう。フランクだ。お会いできて光栄だね」
最初の一発を威嚇に使ったということは、会話する気があるということだろう。
時間がないにも関わらず。
きっとなにか目的がある。
「よく俺たちの場所が分かったな?」
俺が負け惜しみを言うと、フランクは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「簡単な推理だよ。君たちは北へ向かった。そこにはなにがある? 組織の工場と、銀鉱山だ。しかし工場に逃げ込んだところで、組織の連中がいるわけじゃない。となると用があるのはどこだ? そう、鉱山だ」
ベンやデイヴよりは頭がキレる。
だが自信過剰なようだ。
「それで、ご用は?」
「シンプルな話だ。キーを開けて欲しい。きっと暗号を知ってるはずだ」
「暗号?」
「鉱山のゲートがロックされてる。電子ロックだ。君にはそれを開けてもらいたい」
「こちらに選択肢はなさそうだな」
メグが「お兄さま……」と力なくつぶやいたが、もはやどうしようもなかった。
*
線路を東へ行くと、組織の企業へ行き当たる。
西なら鉱山だ。
みんなで仲良く移動している。
後ろから銃を突き付けられながら、ではあるが。
俺は振り返りもせず尋ねた。
「どんな電子ロックなんだ?」
「さあな。ボタンの数は1ダース。法則性が分からない」
「1ダース……」
12個のボタン。
時計? それとも暦? オリュンポスの十二神?
2の倍数であり、3の倍数であり、4の倍数であり……。
*
むき出しの岩壁に、巨大な鋼鉄のゲートが据え付けられていた。
ちょっとしたドアではない。自動車で突っ込んでもびくともしなそうな、重厚な壁だ。
電子ロックもある。
単色のカラーボタンが4つ。
アルファベットのボタンが4つ。
簡単な絵のボタンが4つ。
それらがバラバラに配置されていた。
考えるまでもない。
白い馬、赤い馬、黒い馬、そして色褪せた馬が順番にやってくる。
アルファベットのN、E、W、Sは方角。
絵は「柵」「海」「岩」そして「深淵」と思われる黒丸。
すべて例の怪文書の通り。子供向けのパズルだ。
フランクがじれているのは態度からも分かった。
俺はしかしすぐには応じず、あえてもったいぶって見せた。
「これはこれは……」
「時間稼ぎしようなんて考えるなよ。マナーが悪いようなら、妹を撃ち殺す」
メグは「ひっ」と息をのんだ。
怯えてしまってかわいそうに。
俺は溜め息をついた。
「いや、もう少しで分かりそうなんだ。記憶の片隅にあるような気がする」
「ヘタな演技はやめろ。足を撃ち抜いてやろうか?」
「気が散る。静かにしてくれ」
「小僧……」
フランクには目の前のことしか見えていないようだ。
俺はすでに、このあとの展開を考えているというのに。
パァンと音がして、黒服のひとりが崩れ落ちた。
計算通りというわけではないが、いちおうの勝算はあった。
俺はメグを抱え、その場へしゃがみ込んだ。
彼らが襲撃者を探してキョロキョロしている間に、死体から拳銃を拝借する。
黒服たちは統率がとれていなかった。
「どこだ!?」
「クソ、囲まれたんじゃないか?」
「フランク! どうなってるんだ!」
ちょっと甘い話につられただけの半端者なのだろう。金で組織を裏切ったということは、きっと組織内でもうまくいっていなかったのだ。精鋭ではない。
逃げ出した黒服の一人が、頭部を撃ち抜かれて即死。
さらに一人、もう一人。
俺は最後まで残っていたフランクの足を撃ち抜いた。
「あがァ」
彼は倒れ込みながらも、こちらへ向き直ろうとした。
俺はその腕を撃ち抜く。
慣れ親しんだクロスボウとはだいぶ違うが、狙いのつけ方は似ている気がする。いやむしろ拳銃のほうが取り回しがいい。狙えば当たる。
「なぜこうなったか理解できないといった顔だな。だが、自分を責めることはない。俺だって、なぜこうなったか分からないんだからな」
「クソガキが……」
「ん? 苦しまないよう仕留めるつもりでいたのに、人の機嫌を損ねるような発言をするのか?」
「……」
弱者をいたぶる趣味はない。
だが、ずっと銃口を突き付けられていたのだ。少しは同じ気持ちを味わってもらいたかった。
さて、次はどんな言葉をかけてやろう。
あるいはトドメを刺してやったほうがいいだろうか。
悩んでいる間に狙撃があり、フランクは絶命してしまった。
「お嬢さま、遅くなりました」
銃をリロードしながら歩いてきたのはエイミー。
腹部の包帯に血がにじんでいるが、すでに出血は止まっているようだ。
「エイミー! エイミー! ホントにエイミーなのね!」
メグは涙目になって駆け寄った。
「待ち合わせ場所を決めておいてよかったよ」
俺がそうつぶやくと、エイミーは苦い笑みを浮かべた。
(続く)




