夜景 二
ベンとボブの口論は、ことあるごとに続いた。
この二人がなぜ組んでいるのか分からない。
いや、あくまでメグを出し抜くのが目的だったか。その上で、ベンは遺産を独り占めするつもりなのだろう。俺のことは、あのホテルで始末する予定だったのかもしれない。
中華料理のレストランなのかと思ったが、その後、スシやカレーが出てきた。
料理長が挨拶に来て、エクスカベーターだか、カスカベだかと名乗った。
もちろん和解へは至らず、食事が済んだ途端に解散となった。
ベンとボブはずっとケンカしていた。
*
街へ出た。
キラキラした街。
だが、それほど人通りはない。
ただ電力を消費して、島を過剰にライトアップしているだけ。
なにも食えなかったゾーイは、途中の屋台でケバブを買った。そのとき、どういうつもりなのか、エイミーの分まで買ってきた。
「ほら、おチビ。あなたも食べなよ」
「あら、優しいのね」
「うるさい」
この二人は和解できるといいのだが。
メグはベンチに腰をおろし、溜め息だ。
「どうした? ずっと元気なかったな? アジア料理は口に合わなかったか?」
「違うの……」
しょんぼりしている。
まあ原因は分かっている。
ボブだ。
あいつは食事中、メグをじろじろ見ていた。
「むかしね、みんなで何度か会ったことがあるの。私とパパと、ベンとボブの四人で……。最初はね、自分に兄弟がいるって知ったとき、すごく嬉しかった。どんな素敵なお兄さまなんだろうって……」
メグはうつむいて、つま先で地面を掻いた。
俺は黙って聞いていた。
「ベンは性格が悪かったから、すぐ嫌いになった。でもボブは……優しかったの。表向きはね。だからちょっと好きになりかけてた。むかしはちょっとカッコよかったし。でも……」
足の動きが止まった。
少し震えている。
「つらい思い出なら、ムリに言わなくていい」
「ううん。いいの。お兄さまには聞いて欲しいから」
メグはぐすと鼻をすすった。
「夜になると、ボブがベッドに入ってきた。寒いからって。そして私の体を触って……。私は怖くて、声も出せなくて、それで泣いたの。でもやめてくれなかった……」
「メグ……」
すると彼女は、ムリに笑顔を浮かべてこちらを見た。
「ああいうときは、泣くべきじゃないわね。いまだったら指の骨を折ってやるのに」
「一線を越えて来たのか?」
「出してきたのは手だけよ。しょせん子供のすることだわ。けど、今日だってあんなにニヤニヤして私を見て……。まだ直ってないんだって思ったら、気持ちがぐちゃぐちゃになっちゃって……」
息を吸い込んだが、かけるべき言葉が思い浮かばなかった。
メグが和解に応じないのも、いまなら理解できる。
俺は空を見上げた。
白い星、赤い星、青い星。まっ黒な空間に、様々な星がまたたいている。
夜景はこんなに綺麗なのに……。
「帰ろう。俺ももっと真剣に考えるよ」
そう告げると、メグは目を細めて笑った。
「頼りにしてる。それと、仕事に行くのは五時半ね?」
「分かってる」
だが、いい雰囲気のまま終わらなかった。
パァンと炸裂音がした。
俺は最初、どこかで花火でもしているのかと思った。
だが、視界の端で、街路樹の葉の不自然に散ったのが見えた。
ふたたび炸裂音がした。
今度は近くから。
ゾーイとエイミーが同時に発砲したのだ。
建物の陰にいた男が、膝から崩れ落ちた。
敵襲?
「狙われています! マーガレットさま! お逃げください!」
「えっ? えっ?」
エイミーは、混乱するメグの背を押した。
「早く!」
きっと敵は、俺たちの帰り道を把握しているはず。
逃げるなら別方向にしないと。
俺はメグの手をつかんだ。
「こっちだ!」
「うん」
*
俺たちは走った。
激しくなる銃声を聞きながら。
アテもなく走り回ったせいで、歓楽街に入り込んでしまった。
人通りはない。
この辺りの客はマフィア関係者ばかりだし、彼らは個室で楽しむ傾向にある。だから道にはほとんど人がいないのだろう。
閉店したゲームセンターの前で、俺たちは呼吸を整えた。
ネクタイが鬱陶しい。
俺はポケットから拳銃を取り出し、誰か追ってこないか注意深く警戒した。
電飾だけが街を飾っている。
「エイミー……」
メグは小さくなって震えている。
もし誰か来たら、俺が戦わなければ。
だが、銃を握ってみて、はじめて自分の手が震えていることに気づいた。
こんなので戦えるだろうか。
射撃練習は何度かした。
けど、実際に人を撃ったことはない。
ギャアと猫が鳴いた。
それだけでも驚いたのだが、続いて人が降ってきて、俺たちはさらに驚いた。
「すみません、エイミーです」
建物の屋根を移動してきたのか。
メグは固まってしまっている。
「エ、エイミー……? エイミーなの?」
「はい、お嬢さま」
「エイミー!」
「ぐっ」
メグが抱き着いた途端、エイミーは苦しそうに顔をしかめた。
出血している。
「え、どうしたの? なに? 血……」
「いえ、かすり傷です」
「ダメよ! 病院に行きましょう?」
「敵が迫っています。いまゾーイが陽動に出ていますが、いつまでもつか……」
たったの百リブラでえらい仕事を押し付けてしまった。
あとでボーナスを支払わなくては。
「おいどこだ!?」
「隠れてないで出てこい!」
男たちの声が近づいてきた。
じっとしていたら追い込まれる。
「おそらく敵は、一気にカタをつけるつもりです。この場は私に任せて、北へお逃げください」
「あなたを置いていけないわ」
「どうか言うことを聞いてください。北の鉱山に入って、中で待っていてください。シェルターになっていますから。組織の人間を助けに行かせます」
「ダメよ」
メグは頑として動こうとしない。
男たちはそこらの建物を覗き込み、看板や茂みなどを蹴飛ばしつつ、騒がしくこちらへ近づいてくる。
早くしないと見つかる。
エイミーは溜め息とともにメガネをとり、ハンカチでぬぐい始めた。
「マーガレットさま、もしそのワガママを直せないなら、こちらから契約を切らせていただきます」
「えっ……」
「今後二度とお仕えいたしません。それでいいのですか?」
「いや……」
「なら早くお逃げください」
「けど……」
「早く!」
気持ちが傾いている。
俺はメグの手をとった。
「行こう。彼女は強い。ここは任せるべきだ」
「うん……」
*
一心不乱に駆けた。
歓楽街を北へ。
鉱山を目指すのだ。
断続的な銃声が聞こえてきたが、俺たちは振り返らなかった。
こういうとき、テレビの世界では警察が出動してくれる。ほとんどの世界ではそうなのかもしれない。だがこの島だけは違う。まずは組織が動いて、そのあとで警察が処理をする。
前だけを見て走った。
歩道なんて使わない。生け垣をかき分け、未舗装の草地を走った。
視界の端にメリーゴーラウンドが見えた。
いつの間にか、アミューズメントエリアに入り込んでいたようだ。
巨大な観覧車もある。
ここは一般的な遊園地と違い、無料で島民に解放されている。
ゲートもない。
ほとんど公園のようなものだ。
いつでも入り放題だから、島民のほとんどはわざわざ夜中に遊びに来たりはしない。電気代のムダだ。
「ごめんなさい、もうムリ……」
息を切らしたメグが柵に寄りかかった。
まだ中心街を抜けてもいないのに。
せめて車があれば……。
などと思っていると、暗闇を裂くように車のヘッドライトが近づいてきた。
少し大きめのワゴン。
俺は銃を握った。少しでも危険そうなら容赦なく撃ってやる。
「待て! 撃つな!」
急停車した車から現れたのはベンだった。
運転席からはリーゼントのデイヴも降りてきた。
二人だけのようだ。
ベンはホールドアップしていた。
「な? 話し合おうぜ」
ムリに笑みを浮かべている。
先に仕掛けてきた癖に、ここへ来て話し合いとはな。
きっとクソみたいな提案があるんだろう。
俺は盛大に溜め息をついた。
「応じる価値のある内容ならいいが」
「もちろんだ。家族だろ? そう怖い顔すんなよ」
「もう一人はどうした?」
「さ、さあな……」
返事は曖昧。
しかしごまかしているのか、そうでないのかは分からない。
俺は銃を握ったまま、うなずいた。
「観覧車の中で話そう。ただし、家族だけだ。そっちのボディーガードは抜きで頼むぜ」
「もちろんだ。最初からそうするつもりだった」
最初から?
きっとなにか企んでるな……。
(続く)




