童貞宣言! 「30歳で童貞だから仕事辞めるわ」
初連載です。よろしくお願いいたします。
「俺、30歳で童貞だから仕事辞めたわ」
「……………………えっ?」
俺こと銅帝也が幼馴染の所冬子にそう言ったのは、二人での飲みの席でのことだった。
冬子はクールな雰囲気をまとった黒髪ストレートの美女だ。30歳という年齢とは思えないほど見た目は若く、20代前半くらいに見える。
そんな冬子だが今は目を丸くしてポカンとしており、普段のクールな雰囲気はみじんも感じられなかった。
「……えっ? どういうこと?」
「おいおい、わかるだろ? 30歳で童貞のままなんだぜ? 要は魔法使いになったわけよ、だから辞めた。ダンジョンを探索する探索者になるのさ」
30歳まで童貞、もしくは処女だと魔法使いになる、という法則がダンジョンと呼ばれる空間につながる穴と出現してから早30年。
魔法使いになり強力な力を手に入れた童貞たち、そして処女たちがダンジョンを探索し、いつしか探索者という職業として確立してから早20年。
30歳で童貞のままの俺は法則のままに魔法使いになり、探索者へ転職することを決心していた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……冗談よね? 魔法使いになったからって探索者なんかになることないじゃない! 探索者なんて命がけの仕事だし危険よ! それよりこのままあたしと一緒に仕事を続けましょうよ! ……というか辞めた?」
「ああ、さっき電話で辞めるよう伝えてきた」
「はぁ!?」
この世はスピードが命。決めたなら即断即決に限るというもの。すでに退職という行動は終わっている……!
「何てことしてんのよ! 今から一緒に謝ってあげるから取り消しなさい!」
「やだ」
「なんでよ! あたしと一緒に働くのが嫌になったの!?」
「違う違う。理由はさっき言ったろ? 魔法使いになったからだ」
「それよ! 魔法使いになったからってなんで辞めるのよ! 探索者になりたかったとか今まで一言も言ってなかったじゃない!」
「ああ、俺も特に興味はなかった。だが、いざ魔法使いになってみてユニーク魔法が発現してから事情が変わったのさ」
魔法使いになった者は魔力と呼ばれる強力な力を手に入れる。魔力は身体能力を上昇させる他、魔法使いになった際に覚える基礎的な魔法を使うことができるようになる。
それらとは別に一人につき一個、固有の魔法……ユニーク魔法と呼ばれるものが発現する。
俺に発現したユニーク魔法は探索者になることを決心させるには十分な能力だった。
「ユニーク魔法一つでいきなり探索者になることを決める!? どんな能力だってのよ!」
「ああ、今説明するさ。だがその前に冬子、少し興奮しすぎているぞ? まずは落ち着け。息を吸って~」
「……む。……すぅ~」
「吐いて~」
「はぁ~」
混乱のあまり興奮しすぎているのを認めたのか素直に言うことを聞いてくれた。ユニーク魔法の説明をするか。実演するのが一番だろう。
「吸って~、吐いて~、吸って~、吐いて~、手を前に出して~、握手して~」
「すぅ~、はぁ~、すぅ~、はぁ~、手を前に出して~、握手して~、……ん!?」
「よしよし、そのままじっとしててくれよ」
「えっ? わっ! ちょっと!? なんで握手をするのよ!? いや触れ合ってると落ち着くのは確かだけど……」
「落ち着くのには必要ないんだが……俺の能力の発動には必要なんだ」
「えっ!?」
俺の能力の発動には皮膚の接触が必要なのだ。それでは早速能力を発動するとしよう。
……ふむふむ、なるほど。ほほう! やっぱりか! にしてもこれはすごい……
「わかったぞ! ズバリ! 冷蔵庫に入れてた俺の飲みかけの酒! 飲んだのはお前だ!」
「ええっ!? なんでわかったのよ!」
「いつも遊びに来るたびになくなるから怪しいとは思ってたがやっぱりお前か! 全く、昔から欲しがりなのは変わりないな。思えば今までなくなってきたプリンとかも……」
今までなくなってきたプリン、アイス、ケーキ、冬子が犯人な気がしてきた。
俺用とは別に冬子用のも買ってあるんだからそっちを食べてほしいものだ。
「うぅ、それはごめん。謝るわよ。プリンもそうよ。でもどうしてわかったの? ユニーク魔法でわかったのよね?」
おっと、話が脱線しかけていた。冬子が引き戻してくれたようだ。
「俺のユニーク魔法は触れた相手の記憶を映像としてみることができるんだ。冬子が冷蔵庫を開けて酒を飲む様子がばっちり見えたぞ」
「記憶を見れる!? ど、どこまで見たの!?」
「安心しろ、そう長いこと見れるわけじゃない。そうだな、日時を思い浮かべてそこから前後10分間といったところか」
「そ、そう、よかった……危なかった」
酒の盗み飲み以外に見られて困る記憶でもあったのか? まあいい、それよりだ。
「まあとにかく、俺のユニーク魔法についてさらに説明すると、こいつは人間以外にも発動するみたいでな? おそらくだがダンジョンの中にいる生き物にも発動する。ダンジョンに住んでいる生き物の記憶を覗いちまえばダンジョンにある宝を見つけ放題ってわけだ」
ダンジョンには宝が眠っている。
未知の道具、生き物、資源……探索者が職業として成り立つ要因でもあるそれは、そのことごとくが現代社会の文明に革命をもたらした。
広大なダンジョンにはいまだ見つかっていない宝が山のようにあるといわれている。そいつを見つけ放題な俺のユニーク魔法さえあれば……!
「わかるだろう? この能力があれば探索者としての成功は確実だ! そうなれば俺は探索者として頂点に立てる! 一番になれるのさ!」
「一番って……それが理由? そんなことのために?」
「そんなこと!? ……いや、冬子には分からないかもしれないな! お前はいつも、いつもいつも一番だったからな!」
「いやおおげさな……」
なんかすっとぼけている。言わなきゃ分かんないか!?
「冬子、今期の成績一位はお前だったよな?」
「ええ、そうだけど……」
「その前は?」
「……まあ、一位だったけど」
「ほらな!?」
そうなのだ。冬子はいつも一番だった。何も今期と前期の成績に限った話ではない。ずっと一番だった!それは仕事に限った話ではなく……
「冬子、覚えているか? 大学、高校、中学、小学校の頃の成績を!」
「え? うーん、さすがに小学校のころまで行くと記憶が怪しくなってくるわね」
「俺は覚えているぞ! お前はいつも一番だった! しかも全科目!」
「そうだったかしら?」
「そうだよ!」
くそっ! 俺はこんなにも意識してきたことなのに忘れているとは……!
「帝也がそう言うならそうだったんだろうけど……そんなに気にすること? 帝也だって悪い成績じゃなかったでしょ? いつも二番で……」
「くっ! それだよ! 俺はいつもいつも二番だったんだよ!」
社会人では仕事! 学生では勉強、運動! プライベートではボーリング、ダーツ、ビリヤード、トランプ、ゲーム! 果てはどちらが酒を多く飲めるかのバトル!
い、いつも…いつも負けてきた! 俺は二番だった!
「俺は今回こそ一番になる! このユニーク魔法はいつも負けてきた俺を見かねた神様が与えてくれた祝福だ! いい加減一番になっていいぞって神様が言ってるんだ!」
「……あたしが一番で帝也が二番、それじゃ駄目? 二番じゃ駄目なの?」
「駄目だ! 俺が一番になりたい!」
「……むぅ、そうなの」
「そうだ!」
俺が一番になる! そして一番にのみ与えられるであろうあらんばかりの賞賛を受けるのさ! わはははは!
そんな風に浮かれている俺を見て冬子が言った。
「まあ帝也が探索者になる理由はわかったわよ。一番になりたいってのは十分伝わってきた。でもやっぱり難しくないかしら?」
「ふぅん? 理由を聞こうか?」
「だって探索者って年齢がすべてじゃない。年を取るごとに魔法使いって強くなっていくんでしょ? 今いる探索者のトップ陣なんて40、50越えも珍しくないじゃない。いくら宝を探し放題だって言っても……やっぱり難しくない?」
まあ冬子のいうこともわかる。
ダンジョンでは奥に行くほど珍しい宝があり、それに比例して生息する生き物も強くなっていく。
そういった箇所の宝をトップ陣が独占しているため、探索者としての功績を上げるのは容易なことではない。
さらに言えばトップ陣はもれなくダンジョンから宝のうちの一つである若返りの薬を使用しており、加齢による引退を狙って一番を狙うには厳しいものがある。
だがしかしだ……
「言いたいことは分かる。トップ陣の探索者をどうやって超えるかって話だろう?だが、俺には秘策がある」
「秘策?」
「奴らの童貞と処女を散らす!」
魔法使いには弱点がある。
それは童貞か処女を失うと魔法使いとしての能力が著しく下がってしまうことだ。探索者としてトップを張るには致命的なくらいに弱体化をしてしまうのだ。
「俺のユニーク魔法を使えば奴らの好みのタイプはあっという間にわかる! そいつをぶつけてやればころりってもんだ!」
「……そう上手くいくかしら?」
「上手くいかせるのさ! 何度でも挑戦すればきっと上手くいく!」
わはははは! 未来は明るい! 見える! 見えるぞ! 俺が探索者の頂点として君臨し! 世界中からあらんばかりの賞賛を受けているのが!
「探索者になるのを諦める気はなさそうね……」
「そういうことだ! まあ安心しろ! 仕事の引継ぎ用の資料とかそういったのは常日頃から用意してたからな! そう苦労することはないだろう!」
「そうねー」
そういうと冬子は少しの間、何かを考えるような顔をしてうんうんとうなっていた。やがて何かを決めたように頷くとこう言った。
「全く、昔から決めるとあたしの話なんて聞いてくれないんだから……まあ、そういうことなら仕方ないわね。あたしも応援してあげるわ。今日は成績で勝ったあたしへの奢りの席じゃなくて、探索者になる帝也、がんばって! の席でいいわ」
「おお、応援してくれるか! ありがとう!」
「もぅ……まあいいわ。じゃあ、改めて……せーので」
「「乾杯!」」
それからは探索者になったらどんな魔法を使っていくかだとか、ユニーク魔法で昔なくしたおもちゃを探そうだとか、そんな話をしながら大体2時間くらい飲んだ後に帰路についた。
お隣さんである冬子が家に入るのを見届けてから俺も自宅へと帰還し、眠りにつくべく布団に入るのだった……
次の日、ワクワクしてあまり寝付けなかった俺は寝ぼけ眼の目をこすりながら出発の準備を整えていた。
向かう場所はダンジョン手前にある探索者向けの大型商業施設、ダオンモールだ。
なぜか冬子が一緒に行きたいと言ってきたので車に乗せつつ出発した。
そして……
「さて、着いたな。俺はこれから魔法コーナーに向かうが冬子、お前はどうする?」
「あたしもついて行っていいかしら? どんな魔法があるか興味があるのよね」
「分かった、じゃあ行こうか」
そうして俺たちは魔法コーナーに向かった。どうやら二階にあるようだ。
どんな魔法を選ぶのだとかの話をしながら二人で歩いていき、大体十分ほどでついた。
探索者になってまず最初に準備するのは魔法だ。
魔法を覚える手段はいくつかあるが、そのうちの一つがダンジョンに出現する道具を使って覚える、というものだ。
魔法コーナーはそんな道具が大量に取り揃えてあるコーナーであるらしく、着いた時には人混みでにぎわっていた。
そんな人混みをかき分けつついろいろ見て回る。
さて、俺が選ぶのは……
「飛行魔法と障壁魔法は鉄板だってネットに書いてあったな。これは確定として……氷結魔法も買おうかな、かっこいいし」
「あたしもそのネット記事見た気がするわ。確か後衛の魔法使いにおススメってやつよね?」
「そうそう。なんでも後衛魔法使いは魔力が多いけど身体能力の上り幅はそこまで大きくないらしいからな。その対策として飛行魔法はなかなかいいらしい」
「なるほどねー」
魔法使いになって得る力には傾向がある。それによって前衛向き、後衛向きに分かれるのだ。
ネットで見た限りだと俺は後衛向きの能力らしい。
「帝也、ネットでは前衛の魔法使いはどんなのがおススメって書いてあった? 見たけど忘れちゃったのよね」
「ん? どうだったかな……ちょっと待っててくれ、今調べてみる」
調べてみると……あったあった、これだ。何々?
「身体能力をさらに強化する強化魔法、あと前衛でも飛行魔法はおススメされてるな。なんでもちょっとした崖を飛び越えるのに便利らしい」
「ん、ありがとう。じゃあそれにしようかしら」
「……しようかしら? 買うのか? 誰かにプレゼントとか?」
「ああ、言うのを忘れてたわね」
そういうと冬子は衝撃的な宣言をしてきた。
「あたし、30歳で処女だから仕事辞めたわ。帝也と同じ、探索者になるの」
読了ありがとうございます。
短編と違ってそこまで童貞という言葉を書きませんでした。
~TIPS~
「30歳まで童貞、もしくは処女だと魔法使いになる」という法則だが、「30歳まで童貞だと魔法使いになる」としか書かれていないことも多い。
実際は処女の場合でも魔法使いになるにも関わらずなぜ書かれていることが多いのか……
有力な説として、法則が発現した当時にネットで有名な言葉としてあったため、というものがある。