07.魔物の群れと竜の魔法
姿の見えぬ敵の軍勢から命を狙われるほど、恐ろしいことはないだろう。
それらは音もなく近づき、対象にその牙を突き立てる。
何より厄介なことは、その牙には様々な毒が忍ばせてあるという事実。
身を隠し、毒を盛る。
暗殺者と化した彼らを恐れない冒険者はいない―――。
気をつけろ。
奴らは、すぐ、そこにいる。
――――――――――――――――――――――――――
◇裂け蛇
この魔物は、蛇系の中で…いや、すべての魔物の中で一番警戒すべき魔物である。
別に大して強いわけではなく、蛇なのに毒すら持っていないという変わった魔物だ。
倒そうと思えば簡単に倒せるだろう。
しかし、こいつを無策で倒せば命はないと思え。
裂け蛇は、その命が尽きるときに壮大な断末魔を上げ…。
その断末魔は、周囲の魔物の群れを呼び寄せる。
あとはまあ…言わなくてもわかるよな。
――――携帯!魔物図鑑〜冒険者の天敵〜 より
side:シル
「…そうか、変身の紋章はそういう仕組みだったのか」
「何の話?――――!」
私は気づいた。
崩れた家の瓦礫に潜む魔物と、その殺気に。
魔物というのは、本来は人を避けるもの。
ならば、なぜここまでの殺気を向けてくるのだろうか。
「何か、いる?」
音量を抑えたリントの言葉に、私は最低限の頷きを返す。
――――いる。
私は身構える。
残念なことに今は盾を持っていないから、応戦することはできないけど…
リントを守ることぐらいはできるはず。
魔物は一匹。
片方が引きつけておけば、もう片方は助けを呼べる。
そう伝えようと思って、リントの方を確認すると…
「…?」
リントは虚ろな目をしていた。
おもむろに手を伸ばし、魔物のいる方に手の平を向ける。
それは、まるでこれから魔法を使うような動作だった。
待って?
魔法の紋章がないと、魔法は使えないんじゃ…
「fire」
えっ、今なんて言ったの?
ふ…ぁあ?だめだ、分かんない。
そんなよく分からない言葉と共に、手の平からは火の玉が出てきた。
…
「火の玉が出てきた?!」
その火の玉は謎の魔物を瞬く間に燃え上がらせ、その姿を映し出す。
それは、蛇のような魔物だった。
私はこの魔物が何かを知らなかったけれど…
蛇の魔物なら、毒を持っていることはほとんど確か。
近くに寄らずに倒せたのは幸運だった―――――
と思えたのは一瞬だけだった。
燃えている蛇が、「キシィィィィ!!」という耳をつんざくような断末魔を上げたのだ。
私の顔は今、ものすごく青いと思う。
これが顔面蒼白なのかな…。
まずい、現実逃避をするな、しっかりしろ私。
恐らく、先程の蛇は裂け蛇だったのだろう。
なぜ裂け蛇と呼ばれるかには諸説あって、
解体する時に悲鳴がうるさい(といわれる)から…だったり、
断末魔で耳が裂けそうになるから…だったり。
単純に、叫びと蛇をかけたものだという説もある。
そして、何よりも気を付けるべきはその性質。
死ぬ間際に叫び声を上げ、周囲の魔物を引き寄せる。
そのため、冒険者たちの間では「冒険者の天敵」と呼ばれ、ほど恐れられている。
つまり、今の状況は…
森から魔物の群れが現れる直前、というところだろうか。
『だろうか。』なんて言ってる場合じゃないよ!
一周回って冷静になっても解決しないよ!
思考を現実に引き戻す。
もう何をすればいいのかもわからなくなって、思わずリントの方を向くと、
「…何やってんの?」
つい口に出てしまった。
返事はなかった。
リントは、指揮者のように手を空中で動かし、せわしなく指を走らせて…
まるで何かを描いているようだった。
ふと指を止めるリント。
「…何してたの?」
返事は聞けなかった。
なぜなら、リントが何かを書いていたところから、真っ黒な煙が吹き出したからだ。
その煙はだんだんと集まって、一つの形になっていく…
今朝見たばかりの、あの形に。
そう、忘れもしない…
「ドラゴン…?」
リントが手を払うと、煙のドラゴンは一直線に森へ向かい…
集まってきた魔物を食い荒らした。
圧倒的で、一方的な蹂躙だった。
あっという間に魔物を平らげたドラゴンは、満足そうに霧消した。
今起きたことの信じられなさに、私が硬直していると…
「あ、この焦げてる蛇って…もしかしてさっきの『何か』?
ありがとう、シル」
リントが何故か私にお礼を言ってきた。
さっきの虚ろな目でなく、いつもの黒い目をしている。
更に固まる私に、リントはとどめの一言を口にした。
「あれ?シルが倒してくれたんじゃないの?」
ま、まさか…
「覚えてないの?!」
「え、えっと…?何を…?
僕は気を失ってたと思うんだけど…?」
少し遅くなりました!すみません!
もし、もしも「続きが気になるかもしれない」とか「もっと面白かったらなぁ」とか思っていただければありがたいです…!
そう思っていただけたならば、ぜひとも助言、アドバイス、誤字報告、いやもうなんだって構いません!書いていただけると嬉しいです!自分にできる全力で活かしますので!