閑話休題
「…………。」
漆黒の髪の少年の姿をした彼は暗闇の中、もう随分と永い時間の中、何かに縛られたままに過ごしていた。どれだけ叫ぼうとも、どれだけ暴れようとも彼に対する反応は皆無であったし、そもそもここが何処であるか、自分が何者であるかすらの記憶もなければ、其処にあるという感覚すら彼にとっては曖昧なものであったのだ。
「…………。」
身じろぎするが、一向にびくともしない四肢を忌々しく思うのも、最初に目覚めて数年で諦めた。それから数万年…………いや、それ以上もの時間が流れたが、彼は何を思うでも、気を狂わせるでもなくそこに在り続けた。ただ、彼の中には唯一、はっきりとした感情があった。
それは、『怒り』である。その静かで、しかし獰猛な怒りは、彼の存在をその場に留めるに十分な理由であったし、そして唯一、彼を存在させるに足るであろう『理』であったのだ。
しかしそれほどの『怒り』であるが、彼は何に対して怒っているのか。その理由を彼はまったく知らなかった。ただその怒りのみが、彼を彼たらしめる絶対的な存在意義であり、全てであり、彼の世界であった。怒りの世界でただひたすらに時間を費やしてゆくことは、彼を形成してゆく上で彼という存在を造り上げるには十分な要素であり、またそれがどういう顛末を迎えるかという事象については、日々を人間として暮らしている我等であれば容易に想像することが可能であろう。
だが、彼にとってみればそうではないことも、我等には想像出来る。それがどれほどの恐怖を生み出すか。それがどれだけの絶望を造り上げるか。それがもし想像出来ないのであれば、それは彼本人であるか、もしくは彼を造り出した創造主そのもの以外には考えられない。
そう、正に、彼を造り上げた創造者たる『彼』または『彼女』には、こうなることを予想すらする事が出来なかったのである。
彼を生み出したのは創造主『クゥルトゥル』。彼は始まりにして終末の子。