八十五ノ怪 見えざる者
あれは確か自分が二十代半ばくらいの頃でしょうか。
中学時代からの友達″ニシ″に「夏の伊勢へ行って泳ぐついで、釣った魚でバーベキューしたり〜の、大自然を満喫しようぜっ」…と、誘われたのが事の発端で…
因果応報か。自分はまだ幼く可愛らしい愛娘の世話を、あの恐ろ………いや…、りょ、良妻に押し付けて?友達と仲良く遊びに出掛けたからバチが当たってしまったのか…?ま、まさか遭遇したのは鬼嫁の怨霊だったとか!?そ、そうか?そうなのか…!?はたして、真相はいかに……ーー
ワクワクドキドキ…、ついにやって来てしまった凄く楽しい筈の週末。
ワクワク感は上の空、ドキドキは酷い動悸?後日、妻から報復される畏れが…
ま、まぁ…、なるようにしかならないでしょう。うん…
そして、まだ空が真っ暗な深夜。
自分は自宅でニシの大きなBOX車に拾ってもらう事になりました。食費や交通費はキッチリと割り勘。人生上、行く機会の少なかった三重の地理はあまり詳しくはありません。だから彼に運転を任せっきりになってしまって………と、いうのは建前。
只管、車を運転し続ける親友ニシ…
所謂彼は、自分以外の人間にマイカー運転されるのが凄く嫌な人だったのです。だって他の友達と遊びに出掛けた時も、車の運転を人に任せた事なんて一度もありませんから。
「疲れただろ?運転代わろうか?」と言っても、必ず「あー、もういいから。自分で運転するから!黙って休んでてっ!」と、露骨に嫌がるのです。
まぁ、こっちは身体が楽だし?別にいいや。頼むよ、相棒。…と、そんな流れで
「大阪から三重へ行くこの道。ここは高速道路みたいだろ?でも実は一般道でさ?覆面パトカーがたくさん潜んでて…。もし、油断してスピードをちょっとでも出し過ぎようものなら、巨大魚に狙われた小魚みたく。即、″パクッ″…と捕まってしまうんだ…。ホント怖いだろ…?」
…と、ニシが独り言っぽくそう呟きました。ある意味心霊現象なんかより、リアルに怖いモノが幾らでも存在します。目に見えて体感までさせられてしまう実質的な被害…、例えば妻の振りかざす怒りの鉄拳とか…?
ひょぇ〜…、トラウマ、走馬灯が次々と我が脳裏を過ぎりまくり…。い、いや、これは書かなかったという事で…、はい、ごめんなさい…
「…怖っ。出来れば俺ら貧乏人から現金回収はやめてほしぃよなぁ…。時期的に取り締まりが増えるってのは、夏のボーナス絡みで…じゃないのか…?それを俺たちに支払えってか?分かり易い現金運用システムだなぁ…」
三重に向かう道中は、疎らな走行車数で道はガラガラ状態。スピードを出したくなる雰囲気抜群の片側二車線道路。そんな真っ直ぐな国道を走行していると、言ってるそばから…
(ウゥ〜〜!!)
『◯◯◯の車の方。車をゆっくり左側の路肩に寄せてーー』
「ぬぉ…!?ホントだ…」
チャリ〜ン…と、何処かで銭の音が鳴った気が…
「ほ、ほらほらっ…。なっ?怖いだろ?」
「あ、ああ…」
ずっと道路の左側を法定速度でまったりと走行していた自分たち。追い越し車線…、要はそのガラ空きだった右側をついつい速度超過してしまった軽自動車が。やっぱり、あっさり、バッチリ?覆面パトカーの餌食になってしまいました。更に、その後も捕まって路肩に停車させられている違反車両を何度か目撃し…
「あ、荒稼ぎだなぁ…」
…ふぅ、調子乗りで無知でアホで馬鹿な俺が運転していたら確実に軽自動車の二の舞いになってたぞ…
…って、誰が「調子乗りで無知でアホで馬鹿」なんだっ…うぅ…(自爆)
そして今回の自分は着替えの服以外は完全手ぶら状態。カッコよく言うとエンプティハンディッドである…、だから何?
でも道具を持ってこなくて、ホント大丈夫なのかな?
安心して下さい、大丈夫ですよっ……って、確かこんなフレーズあったな…。はぁ、どうでもいい話ですが…
実は釣具やキャンプ用品一式をニシが全部用意してくれていたのです。だって彼はかなりのキャンプマニアだし…、「出かける際、手ぶらでいいからな?」と言ってくれてたし、なんていい奴だ。う〜ん、ありがとな。
でも…安心して下さい、履いている海パンは自前ですよ。…って、貸してくれたらある意味怖い…が、そんな話はどーでもいいな…
やがて陽の光りが水平線の下から大空を少しずつ照らし始め、真っ黒だった空が次第に青く様変わりし始めました。
と、丁度そのタイミングでフルタイム営業している食品スーパーを見つけ、二人はそこへ立ち寄る事にします。
さて、中で何を買おうかな?車には貯水タンクや簡単なキッチン道具は完備しており、彼の車はまさにキャンピングカー仕様。じゃあ、残るは足りない食材だけか…
「ニシ…、何買う?」
「肉と好きな具材に、あとは野菜類かな?泳ぎに行くトコは岩場が無くて一面砂だから、貝類は獲れないんだ」
「ふむふむ…。じゃあ、バーベキュー用の魚は自力で釣ったとして…って、釣れなかったらヤバいから。肉以外にサザエやホタテの貝類も幾つか買っていこうか?」
「うん、そうだな」
結果、肉は二人が好きな部位のハラミばかり。白葱に椎茸。あとはホタテやサザエ、オマケに巨大な蛤も幾つか買いました……が。その際、ちょっとした悶着が…
「じゃあニシ、このサザエ買うよ?」
「俺、その殻のトゲトゲの見た目が大嫌いなんだよなぁ〜。取り出した身に付いてくる真っ黒でクルクルっとした内臓が、びょ〜ん…とか、ゾゾッとするし…」
「じゃあ、いらない?」
「いや、美味しいから食う」
「…………こっちのホタテはどうする?」
「え?ホタテ!?あの貝柱横に付いてるグロテスクな内臓がなぁ〜…ちょっと『キモッ』…ってな感じじゃね?」
「そんな駄洒落はいらない…。じゃあ、いらないのか…?」
「いや、食うよ。大好きだし」
「………………え〜と…。あとは、このおっきな蛤だけど…」
「うえっ!はぁ〜まぁ〜ぐぅ〜りぃ〜??」
「…………………」
「殻の上の方に身がひっついて、網の上で勝手にひっくり返って『バシャーンッ』…。あの美味い貝出汁がこぼれてしまうヤツ??」
「俺が鍋奉行…もとい、自称プロの網焼き奉行だから大丈夫だ。そうならない様にちゃんと焼く、だから安心してよニシ」
少しムカムカムカ無花果はイチヂクと読む…
「えぇ〜?う〜ん、でもなぁ…」
「……じゃあ、やめとくか?」
「いや、ケイジが上手に焼けるなら買おう。だって蛤、無茶苦茶好きだし」
「……。」
この酷い会話の流れは自分が悪いのだろうか…?はぁ…。ホント、ハッキリしない男だ。
とか言いながらも、何故かコイツとは仲は良かったり。
し、しかし…今回は買う量が多くないか?たった二人だぞ…?もし、デッカい魚とか釣れたら食い切れないんじゃないか?
「よしっ!」
……とか、そんな不安要素は小さな脳で一切考える事無く満面の笑みを浮かべていた二人。そして何事も無く、その店を後にしました。めでたし、めでたし。
「かなり明るくなってきたな…?」
「へぇ〜、雲無き空が鮮やかで綺麗だよな。うん」
やがて空の明るさが増し周囲の景観がハッキリし始めた頃、ようやくキャンプ地へと到着。
最後が山で正面はコンクリート制の防波堤?だけで、それ以外は周囲を見渡しても何〜んにも無い場所でした。
(キキー…)
「ケイジ、着いたぞっ。うひょ〜!周りガラガラで貸切だなっ」
「す、凄いな…。結構早く来たからな?」
取り敢えず正面のゴツいコンクリート製の防波堤が横へ一直線…水平線上に左右へ延々と、果てしなく続いています。
そして車を駐車した場所は荒目の砂利で、背後には切り立った山々以外何も無く。所々に壊れた漁の道具?らしき残骸が幾つも散らばっていました。タイヤでその尖った物を踏まない様、恐る恐る空いてる場所へと車を移動…
「アートなネイチャーがっ、俺のパッション心を刺激するっ!するっ!するーうっ!!」
全く意味の分からない自分の咆哮。
こんな事を叫んでますが頭は地毛です。はい、ごめんなさい。やはり男性なら、こんな大自然を感じる場所に来てしまったらワクワク、ドキドキしますよね?ね?吠えてしまいますよね??
(しぃ〜ん…)
…あれ?自分だけかな?チキショウ…
車のドアを開くと爽やかで心地良い汐風が車内へと流れ込み、普段は聞く事の無い漣の音に心躍らせられます。
…って、こんな気持ちになってるのは、実は俺たちだけとか…!?ん…ニシ?何でコイツはテンション低いんだ?
…と、彼はずっと気難しい素の表情のままで…。…嬉しくないのか…?
「うむ。あそこから砂浜へ降りられるな」
…と、ニシはやはり素。
俺の心の叫びに対し、一切ツッコミ無しの放置プレイかよっ!い、いや、それはそれで何かゾクゾクッとくるものが…、ドキドキ、はぁはぁ…
「だな。…早く行こうっ」
「ああ」
自分の沸々湧き上がる熱に対し、少し感情のこもってない返事するニシ。
くっ…、ちょい寂しいな…。でも、ここからじゃあ全く海が見えない…
そして、やたら横に長い防波堤の割れ目?的な階段降り口を見つけ、その下へ道具一式を運ぶ二人。今回、本当は三人で来る予定だったのですが。来れなくなった一人の″友達″は、母親が急遽病院へ入院する事になってしまったからなのです。
アイツがいれば料理が美味しくなるのに…残念。
まぁ、来れずに心霊現象を体験しなくて彼はラッキーだったのかもしれませんが……いや、リアルは全く良く無い状況でしたね…、ごめんなさい…
※この母親は既に癌を克服され、今は元気にしています。よかったよかった…
「″サカ″が来れなかったのは残念だよなぁ…。あいつ料理上手かったし…。黙ってても勝手に焼き奉行してくれたのにな…。でも状況が状況だけに可哀想って気持ちもある…。よしっ、あいつの元気が出る様。釣った魚や食材が余ったら、たくさん持って帰ってやろう」
「おお、そうしよう。あいつ貧乏性だし何でも食うからな?きっと飛んで跳ねてゴリラみたく胸をバンバン叩いて、手もバッシバシ叩きながら泣いて喜ぶだろうな。ちょっと野生っぽいし」
「あはははっ…」
と、ちょっと酷い事を言っていた気もしますが。
実はこの後。結構たくさん魚が釣れたのに、ある事件の所為で彼へその獲物をプレゼント出来なくなってしまうのですが…
「ケイジ、コレの端持って…。その紐も、そうそう…」
「はいはい、りょーかい」
(テキパキ、テキパキ、テキヤのリョリリはウマイ……)
まずは砂浜で海に近い手頃な位置へテント張り、椅子付きのプラ製折り畳み簡易テーブルを設置。そのど真ん中の穴に巨大パラソルの軸を挿し込み休憩場所を確保。あとはテントの出入り口付近にクーラーボックスを置いて…っと、これで″全ての準備と心の準備″が整いました。何のこっちゃ…
(プシューッ!)
『お疲れさぁ〜ん!かんぱぅぁ〜い!』
(ごくごくごく…)
『プハァ〜…』
日の出後に、朝も早よから酎ハイを飲むこの二人。ふざけたヤロ〜たちです、はい。
でも景気付けに一缶だけ開けただけですよ。だって釣りは魚たちの食事時…朝一番が勝負時ですから。
魚は食事タイムが過ぎてしまえば、一切釣れなくなってしまうのです。でも、そんな心配を他所に。いざ釣り始めれば
「お、来たっ!」
「こっちも来たっ、来たぞっ!!」
小さな鯛やカワハギ、ベラやらキスやらガッチョやら何やら、それはもうわんさかと…
クサフグも大量に釣れましたが、コレは猛毒魚…。お魚が詳しく無い方には意味不明ですよね…ごめんなさい…
取り敢えず魚が釣れに釣れたという事でご理解を。そしてクーラーボックスのキャパ的にも釣りは一旦中止という事になりました。
丁度時間的にも太陽光が皮膚にジリジリと照りつけ、皮膚がもう「熱いよ…」…とヘルプを訴え始めたので、今度は海水浴タイムへと切り替えます。
疎らですが、知らぬ間に他のキャンプ客も増えてきた様で…
「ケイジ!ほれっ!ビーチボール行ったぞっ!!…って、痛っ!!!」
「ニシッ!お前、一体どこに飛ばしてっ!?って、あっ痛ぁーっ!!」
「そぉーれぇ〜…っぃたぁいぃ!?いたただぁ!!どりゃあー!痛いっ!!」
「ふっ…そんなやわな球…。俺の強烈なサーブ…って、痛ぁいっっ!!」
脹脛や脛への複数回に及ぶ、まるで感電したかの様な激痛。二人は海中に潜んでいる何かに、何度も何度も刺されまくりました…、いや、噛まれたのかな…?では、一体そこに何が潜んでいるのでしょうか?
恐る恐る潜水し…、水中眼鏡で海中をよ〜く観察してみ……って、言ってる傍から顎が刺されて「痛ぁいっ!」
んん…!?半透明の四角くて小さな正月の凧に似た約3センチ四方の……?
そうです……こいつは海水浴の悪魔と呼ばれるこの″アンドンクラゲ″が至る所に蔓延していたのです…
ここいら浅瀬一帯は、既に奴らの巣窟と化していました…
8月も後半、海水浴もそろそろオフシーズンかな?…って頃に、やたらと出てくる毒クラゲで。よく見たら他の客も「痛い痛い」と、同じ事言っていました…。そして刺されながらも、なんとか海中から脱出すると…
「痛い…、いたたたたぁ…。ケイジ、何だよアレ??」
「あ、あれはアンドンクラゲだよ…。海中にうじゃうじゃ、大量にわいてた…。俺も刺されまくったし…ニシは……って!?お前、背中が…」
「…え?」
自分は軽症で、刺された痕は赤い斑点が残る程度で済みましたが。しかしニシの「お前、家にこもり過ぎだろっ」って位に真っ白な肌は全く免疫力が無いのか、クラゲに刺された部分が酷くミミズ腫れになっていました。特に背中が酷く爛れていて、何箇所も″たんこぶ″みたく腫れ上がっています…。しかも…
「……。」
「ケ、ケイジ…、どうした?顔が青褪めてないか…?」
「い、いや。何でもない…。ニシの背中、かなり痛そうで可哀想だなぁ………って…」
「うん…、無茶苦茶痛い…」
これは偶然なのか?彼が何らかの霊的干渉を受けたのかは分かりませんが。自分の目にはニシの背中の腫れた部分が一瞬、血の気の引いた死人の顔の様に見えたのです…
「ダメだなこりゃあ…。泳ぐのは諦めてバーベキューに切り替えるか?ケイジ?」
「あ、ああ。そりゃあ、ナイスなアイデアだ…」
そして恐怖心を少し引き摺ったまま下を向き、顔に付いた海水を手で拭い落としていると…
「……?」
その下向きの視界へ、自分から約2メートルくらい離れた場所に立ち止まっている誰かの足元の影が見えたのです…。もちろん周囲には疎らですが一般客も増えてはいました。だから確認する感じで、何気に顔を上げてみたのですが…
「………あ、あれ?」
しかし、確かにソコにいたであろう″人″は消え去っていて…
あれ?誰もいない…?いや、元からいなかったって事…?
この理解不能な現実と恐怖に…
(ゾゾッ…)
身体から垂れた海水とは別、暑いのにやたら背から流れ出る冷や汗が雨霰…
今の″人″は慌てて何処に行ったとか…?いやいや。ものの数秒で、音も無く瞬間移動出来る人間なんてこの世に存在しないのです。
そして今までに何度か体験した事のある、この手の怪現象。ただ、ここにきて一つ大きな問題が。その足の影のつま先は確実に自分へと向いていた事なのです。
(や、やばいかもしれない、やばいかもしれない…)
この砂浜に来た時。自分は霊的な何か?…を肌で感じたりはしませんでした。車の駐車場所から、この浜辺は少し離れてますが。自分には何も干渉してこなかった……って事は安全な霊?少し念が軽めの地縛霊?もしくは道に迷った、ちょい浮気性な通りすがりの浮遊霊?じゃあ干渉しない様、完全に無視を決め込むか…?
でも一度気になり出すと、やっぱり?その存在は己が意識から完全に消え去る事なんて有り得ないのです…
(キョロキョロ…)
ここに霊感の強い兄弟のナガ兄がいたなら、その″霊″が見えていたかもしれませんが…
…で、この時。自分の視界に捉える事は出来なくて、逆に恐怖だけがじわじわと倍増中に…
キョロキョロ…
その霊的な何かから肌を触られた等の違和感は無いし、″さっきの影は単なる見間違い″かもしれない…と、自分へ必死にそう言い聞かせる事にしました。
「よ、よしっ」
「何だよケイジ。また改まって気合い入れ直したりして?」
「え!?メ、メシッ!やっと食えるからなっ!腹減って、腹減って…、わはははは…」
「食い意地だけはスゲーな、お前」
「まさに弱肉強食。下衆で劣悪な環境下で育った四人兄弟の末っ子だぞ?当たり前だっ」
やがて釣った大き目の魚を二匹をチョイス。とても美味しい魚なので、オーダーは純粋に素材の味が活きる塩での姿焼きに。でもウロコと内臓の処理…。ニシはそれを絶対に手伝わなくて…
「ケイジすまん…。俺、魚捌けないんだ…。魚の内臓が″キモ″過ぎてさ…?こりゃ″ないぞぅ″…てか?」
(ちょい、イライライライラ…)
「……レトロな昭和感漂う駄洒落はいらん。でも昔、バイトでもやってたし。俺、魚介類全般は捌くの大丈夫だよ。うん、任せて」
まぁ、道具一式貸してもらえる方が有り難いからな。それくらい頑張ってやらせてもらいますよ。
…で、砂地に少し小さめのバーベキューコンロを置き。サッと火を起こし、肉やら貝類…そして野菜やらを簡単に捌いてから串に刺し、磯焼きの始まり始まり〜始まり〜…。残りのサザエは、当然網の上で醤油を垂らして壺焼きだ。うはっ…
「すっごく、いい匂いだな…」
「ああ…。もう、涎が全然止まらない…」
他にも遠くでバーベキューされてる方はいましたが、海水浴目的で来ている方々が多く、やたらと此方をチラチラ見てきます。
どーだ?美味そうだろ?けど、あげないよ?あなたたちは、どーぞ大量クラゲの海水浴を堪能して下さい。わはははは…(超最低最悪ですが何か?)
「焼けたかな?よしっ、まずは釣った魚から…ムシャムシャ落武者…って、美味い!!」
「あっ、ニシ!フライングだっ、俺より先にベラを食いやがっ………ハムハムハムはボンレス…って、美味い!!」
わざわざ、意味不明に叫ばなくても…
浜辺で勝手に大声で盛り上がっている大阪出身のこの二人。実際は大阪弁で叫びながら、関西人の評価を著しく下げていたかもしれません…
う〜ん、少し反省…。今思えばかなり恥ずかしかったですが、あれは確かに美味かった…。思わず叫んじゃう。
魚の姿焼き、蛤焼き、サザエの壺焼き以外にも野菜や焼き肉まである。スペシャルな食材たち、完璧でした…
…と。ここまでは順調良く食べ進んでいたのですが。読者様は何故か″トラブル″が起きる事を期待している傾向に有るとか無いとか…?そこで、その期待に応え?突然この馬鹿が、ニシに余計な提案をしてしまったのです…
「なぁ、ニシ。ミニコンロをテーブルの上に置いて食わないか?俺、ヘルニア持ちだから。何か屈むの疲れてきたし、座りながら食いたい」
「え〜、めんどくせ〜よ…」
「あー、腰が痛ぇ〜なぁ〜。腰が痛ぇ〜よぉ〜…」
「……。」
「……。」
「……はぁ。仕方無いな…、乗せるか?」
「何か催促したみたいで悪いなニシ、ごめんな」
…と。一旦、テーブルに挿してあったパラソルをたたみ。海の浮遊物である浜辺に落ちていた長い木の板を拾って来て、コンロの底へ差し込み。一気に持ち上げ…
『よっこいしょ…』
(ジュ〜…)
意外と簡単にコンロをテーブルの上へ乗せる事が出来ました。
なんだ、楽勝じゃん?後は座りながら、まったりとバーベキューを堪能するだけ…
…と、思ったその瞬間。
(グニャァ〜…)
コンロを置いた、その真下。テーブルのど真ん中辺りから、まるでスライムみたく熱でドロドロとプラスチック部分が変形しながら溶け出し。10秒も経たない内にコンロが下の砂地に落下するという事故が発生。
おーっ、何てこったいっ!海水浴のギャラリーからは注目の的だし、焦げたプラスチックも異様な激臭を放つし、これは人体に有毒じゃないのか!?一体犯人は誰だっ!!
「ケ、ケイジィ〜ッ…!!」
「ごめんなさい!!!」
ーー俺かぁっ!!
謝る早さと勢いだけは天下一品。
そしてテーブルから溶け出したプラスチック部分が、コンロの網にベッタリとこびり付いてしまいましたとさ。アーメン…
このまま焼けばプラスチックと結合してしまうので、食材が焼けず大量に余ってしまいます。更に砂浜で一泊予定だったので思いっ切り飲酒中。新しい網を買いに行こうにも、今日は誰も車を運転する事が出来ませんから。
よって″コンロの網をどうするか?″が最優先課題に…
「ニシ、俺の所為だ…。テーブルもダメにしてしまったし、ホントにごめんな…。ほ、他でバーベキューしてる人たちに網の予備が無いか聞いてくるよ…」
「はぁ…、俺も一度オッケーしたから、もういいよ。一緒に行こう」
しかし。こんな絶望的な状況でしたが。神はこの哀れで悲惨な二人を見放したりしませんでした。
『おー、君たち。やっちゃったな?』
「…え?」
丁度バーベキューを終え、今から帰ろうとしていた親子連れファミリーと遭遇。まさに捨てる神あれば拾う神あり。
『そのコンロのサイズだと、この網はかなり大きくてはみ出すだろうが…。嫌じゃなければコレを使うか?無いよりはマシだろ?買い替える予定だからやるよ』
そのファミリーの大黒柱…父親らしき人物が、優しくそう声を掛けてくれました。よってその件は、もちもちオフコース…
『ありがとうございます!!』
ニシと自分は深々と頭を下げ、声を揃えてお礼を言いました。そしてその家族が防波堤の階段から見えなくなるまで何度も何度も頭を下げて見送っていたのです……が。
(あ、あれ…?)
そのファミリーの人数は確か″五人″だった筈……ですが。今、階段を登っていったのは六人だった気がする…?まさかの″錯覚″だったとか?
「……。」
「おい、ケイジ!ボーッとしてないで、バーベキューの続きだ、続きっ!早く来いよっ。」
「あ、ああ…」
わざわざ追っかけてまで確認するワケもなく。これも自分の単なる見間違いだと考えました。心霊現象に確証など存在せず、結局はこの件の真偽は今だ不明のまま…
…と。そんな事より、自分には焼き奉行をしなければならない使命が残されているのです…
「美味いっ!あー、お魚食っちまったサザ◯さぁ〜ん!!」
「ああ、サザエ最高だなっ!これだったら海鮮オンリーでも良かったかな?焼き椎茸もヤバいくらい美味いし、ウホッ、ネギ最高っ…」
気を取り直して、途切れる事も無く再びバーベキューを再開。貰った中古の網はコンロの倍程の大きさがありましたが無いよりは全然マシ。コンロが真ん中へ寄せる様に乗せ、網の四隅に石を乗せたらちゃんと固定され、何ら問題無く食材を焼く事が出来ました。親切なお父さん、ありがとうございました。(ペコリ)
「ウホッ、お腹の中がパンパンだぜ…。海鮮ばかりいって、買った肉と釣った魚が大量に余っちゃったな?」
「これは、全部サカにやるんだろ?」
「ああ、残飯処理班はいつもアイツだからな?」
「あははは…」
何か一日中、ずっと砂浜で食べてた気がしますが…。見上げれば日は沈み始め、オレンジ色の空を認識すると同時、周囲で遊んでいた方々は誰もいなくなっている事に気がつきました。
自分たちみたいに″テントを張って泊まる方はいない″…という事でした…
「さて、ここいら簡単に片付けたらテントで寝るか?」
「そうだな。腹一杯になったし、疲れたし、眠たいし…」
簡単と言っても金物系の道具だけは海水で汚れを洗い落とし、キッチリとタオルで拭き車へと運びました。そうこうしてる間に、空にはたくさんの星が煌めき始め…
「…って、一瞬で夜になったな?」
「これじゃあ、何も見えん…」
「ケイジ、残りは明日にしようか?」
「うん。道具はあらかた車に運んだしな。もう寝よう…、ふわわわ〜…」
あまりの疲れからか、少し寝ながら道具を片付けていた自分。動いている時と寝ている時の差異がわからない状態ですが…(泣)
そしてこのニシが持参してくれたテントは、当初三人で行く予定だったので四人用。二人で寝るには広過ぎて、それがかえって恐怖心を誘います…
「おい、ケイジ…。広いのにくっ付いてくるなょ…」
「ウホッ、ごめんな…」
ニシに絶対「キモい奴」とか思われてる!?この俺の妖しい行動は「ラヴ」じゃ無いからな?ウホッ、絶対違うからな?しくしくしく…
(ザザー…、ザザー…)
で、ニシから少し離れ。自分は寂しくテント中の端の方でポツリと寝ていました。
そして海辺から絶え間無く聞こえて来る漣の音。今の自分の脳には聞き慣れないこの音が不協和音にすら感じられ、さっきまで眠かった筈なのに、何故だか今は目がパッチリ意識はハッキリと。
更に…
(グガー、グガー、グガー…)
ニ、ニシ!?もう寝たのか!?俺一人を残して??の◯太より寝るの早くね??…そんな事を考えていたら余計に眠れなくなっていて…
「……。」
取り敢えず仰向けに寝て。テントの上部に吊るしてある、もう消灯してしまったキャンプライトを只、細目でボーッと眺めていました。時間が経てば自分はこのまま意識落ちして、自然に寝てしまうだろう…と。
すると…
(スッ……)
「ん?」
一瞬、テント側面のビニール部分に何かの黒い影がサッと横切るのが写ったのです。
鳥か?いや、とり目ってくらいだから夜は飛ばないだろ。じゃあコウモリ?それはいくらなんでも小さ過ぎる…。う〜む、野犬やイノシシの可能性は?いやいや、もう少し背丈があった気がする。…て事は、誰かがこの砂浜で夜の散歩でもしているのか?
「……。」
無い無い、それは絶対に無い。まず周囲には人がいる様な建造物は全く無かったし、砂浜なのに何ら人が歩いた様な足音なんて一つも鳴っていない。そして何かの生物だとしても、その息遣いが全く感じられない…
そしてむくりと起き上がった自分は、こそこそと…テント入り口のチャックをほんの少し開け…
(キョロキョロ、キョロキョロちゃん…、クエ〜…)
…と、目に見える範囲で外の様子を確認しました。
「……。」
ほら、やっぱり誰もいない。
余計な手間を掛けさせやがって、ったく…。…とか思ってましたが。実は、これは只の虚勢…。本当は内心怖くて怖くて…、自分を奮い立たせる為にそう言い聞かせていただけなのです。だってここに来てから、先に予兆的な心霊現象を目撃してしまっているのですから…
「え…?」
すると急にテント側面部分が″グググ…″と、外から押される感じに変形し。やがてスッ…と元に戻りました。
一体今、何が起きたのか?
誰かがイタズラで外からテントを押していたとか?…と、そんな事を考える余裕すら無く、再び
(グググ…)
このテントを勝手に押している″人″がいるのか?一体誰が!?しかし月の灯りに映し出される人影なんてものも無くて、浜辺に吹く風も穏やかなものでした。でも、テントのビニール部分だけが再び…
(グググ…)
もう自分は声無き半狂乱状態。
そこは一切の躊躇無く、ニシを思いっ切り叩き起こす以外に選択肢はありませんでした…
(ユサユサユサユサユサユサユアサです…懐かしい…)
「うう…、こっち、に、来るな…」
「!?」
しかしニシは起きるどころか、思いっ切り悪夢にうなされていたのです。
…ってコラ、時と場合を考えて悪夢を見ろよっ!連鎖的に超怖いっ!!しかもテントに激しい揺れまで発生して…
(ワシャ、ワシャ、ワシャ…)
もう自分には、一人でテントから出て確認する勇気なんてありません。
…臆病者?ヘタレ?カス?ゴミ男?うんこ野朗?…とか、何と言われようと、大問題が別に!
そこで、一心不乱に自分は………
…って、おいっ!今、最後に『うんこ野朗!』って言った奴出てこいっ!
…そんな急展開の中、そんなネタは横に置いといて…「どっこいしょ」
仕方無く、全く起きてくれないニシの頬目掛け何度かビンタを食らわせてしまいました…
(ビシッ!)
「おいっニシッ!起きてくれっ!」
「う…」
(バシッ!!)
「起きろってっ…、俺を一人にするなっ!!」
「うぅ…、くる…な…」
(ビシバシッ!!)
「ひぃ〜ごぉ〜ろぉ〜のぉ〜、う〜らぁ〜………」
「うっ、……あれ?ケ、ケイジ?」
「!?」
やっと起きやがったのかコンチキショウ!ふう…、その起きるまでの過程は絶対気にするな…
「ホッ…。ニシ、やっと起きてくれたか…」
「ケイジ…。今さっき、俺の顔を…」
「あーっと、ニシ!今はそんな事より、早く車に逃げよう!!」
「へ?」
「で、出たんだよ!」
「わぉっ、出た?…閉店ガラガ…?」
「漫才じゃないっ!ア、アレだ…。ゆ、ゆゆゆ…″幽霊が″…出たんだよっ!!」
「!?…って、何処に?」
「ほらっ、テントの側面が………って、あれ…!?」
テント内が騒がしくなった所為か、さっきまでの怪奇現象は何故か一切起こらなくなっていました…
何でや??こんな時に幽霊さん、照れなくていいから!これじゃあ、まるで自分が嘘ついてるみたいやぁ…。しくしくしくしこしこ…
「仕方ない…、お前がそう言うんだったら何かいるんだろ…」
「…へ?信じてくれるのか?」
「信じるも信じないも…。また頬を思いっ切り叩かれたら、たまんねーからな…」
「ご、ごめん…」
「じゃあ、貴重品を持って車に戻り。また寝直すとするか?」
「すまない…」
「ケイジが感じるのなら″ここには何かいる″んだろ…。それは俺も嫌だからな…」
ニシとは長年の付き合い。自分に纏わる話を他の友達連中からも色々と聞いている筈でした。だから彼はこの会話内容を忖度し、賛同してくれたのでしょう…
「ありがとうニシ…」
そろ〜り、テントの外をキョロキョロと覗き見する様に確認。何もいないな、よしっ…
しかしこの時。実は自分たちは別の起こりうる重大な″ある自然現象″に気付いてはいなかったのです…
「あと少し…」
別段。何かに遭遇したり身体への違和感を感じる事も無く、ニシのマイカーまで無事に到着した二人。
すぐさま車へと乗り込むとニシはわざわざエンジンをかけ、最近流行っているCDの曲、エアコンまでも付けてくれて「さっ、寝ようか?」と言ってくれました。音楽やエンジン音で多少の変な物音が鳴ったとしても全く聞こえません。そこでようやく安心したのか、ニシが先に寝落ちしたのを確認後、追う様に自分も深い眠りへと誘われました。やがて…
(チュン、チュン……)
「朝……か?」
空は既に明るくなっていて、時計を見ればもう朝の7時頃。後部座席の方でガサゴソと、ニシがトランクで何かを片付けている音に起こされる感じに、自分も目覚めました。
「ふわぁ〜…。ニシ、おはよう」
「お、ケイジおはよう」
しかしです…
ず〜ん…と身体にくるこの重い感覚。座席を起こした自分の体に変な重圧を感じていて
(身体が…重い?)
日焼け?いや、違う。襲いくる感冒と倦怠感。風邪?遊び疲れかな?まさか取り憑かれたとか?眠気でボーッとした意識の中、外はもう明るいし、そんな事はどーでも良くなっていて。
「ニシ…、手伝うよ…」
「ケ、ケイジお前…、顔色悪いぞ?大丈夫か?」
「だ、大丈夫。それにテントを一人でたたむの大変だろ?それが終わってから休ましてもらうよ」
「おお、助かるよ。じゃあ、先にテントをしまいに行くか?」
「ああ…」
昨晩、自分が幽霊に対して怯えていた事には一切触れず、先に黙々と段取りをしてくれていたニシ。テーブルも壊して迷惑を掛けてしまったし、目一杯手伝わなきゃな。
…と、意気揚々。先に防波堤の階段へと到着したニシは、海側を見ながら突如唖然とした表情で立ち止まりフリーズ状態に。
何故、彼はその場で立ち尽くしたのか?
「あ、あぁ……」
まさか海辺で″幽霊″を目撃してしまったのか?いや…今、自分の身体が重いから、いるとしたら″ソイツ″は俺に取り憑いているだろ?そこでいつも身に付けている数珠に目をやり、そっと確認…
(大丈夫だ…)
でも…。ニシの横に着くなり、自分も海を見て彼と同じ状態になってしまったのです。
「………ずぶっ…と、カンチョー?」
「″満潮″だ!ふざけてんのか、お前っ!!」
不幸な事に…
その日は大潮の満潮時と重なっていて、溢れんばかりの海水が防波堤の階段下辺りまで水嵩が増していたのです。
そして砂浜に張ってあったテント、クーラーボックス、ミニコンロやら、ぶっ壊れたテーブルに至るまで。全てが高潮によって沖に流されてしまった後で…
「ごめん…ニシ、道具の費用は俺にも出させてくれ…」
「いいよ、もう…」
「テーブルの件だって…」
「もうっ、いいって言ってるだろっ!しつこいぞ、ケイジ!」
「……でも……」
今回は色々と複雑な状況が絡んでますが、完全に原因の大半は自分の要所要所の余計なひと言。車で寝なければ足が濡れて満潮に気付き、最悪な事態を免れていたかもしれません…
「……。」
そのショックからか、一言も話さなくなったニシ。彼は自分の事を無視し、そのままスタスタと車の方へと戻ってしまいました。そしてドアのノブに手を伸ばそうとして、愕然とした表情で再びフリーズしてしまう事になるのです…
「ニ、ニシ……?」
「あ、あぁ…、マ、マジ…かよ…」
只、汚れていただけ?と思っていたドア側の窓をよく見てみると、左右少し離れて両手の指先でベタベタと触った様な跡があり、そのど真ん中に…
「か、かおの跡…!?」
右の頬辺りから顎と鼻先をベッタリとくっ付けて、誰かが車の中を覗き込んでいた様な跡がハッキリと残っていたのです…
『……。』
その不気味で怪奇現象的なモノをまざまざと見せつけられ、二人ともその場で完全に絶句してしまいました…。まさかと思い、助手席側の窓も、トランクの窓も確認しましたが同じ様な跡が数カ所…
「ケ、ケイジ…、このウエットティッシュで窓を拭いてくれっ、早くっ!」
「あ、ああ…」
窓にそんな不気味な跡を残したままだと、怖くて運転の妨げになってしまうでしょう。そして簡単にサッ…と窓を拭き取ると二人は素早く車に乗り込み、その場から一目散に逃げ出しました。
「ったく…、何だよ今日は…」
その帰りの車内で、改めて自分の容態が悪化している事を自覚。これは只の病気か?身体がクラゲ刺されたから?アナフィラキシー何ちゃら?日焼けに鬼負けしたから?最後に一番なっていたらマズい、まさかのお土産状態とか…!?
そっと額に触れてみると明らかに異常な程の高熱が出ています。そして座席を倒し横になった、その後の事は全く覚えていません…。やがて…
「…おい、いい加減起きろよケイジ…?まだ熱があるのか…?」
「…ん……、あれ?」
「はぁ…、やっと起きたか…」
「もう地元か?」
何気に見えた道路標識には、もうすぐ「大阪」の二文字が。
「ニシ…、すまない…」
「ケイジお前、何回謝れば気が済むんだ?もういいよ…」
「へ?」
ニシへ多大な迷惑を掛けていた事はハッキリと覚えてる。でも、そんなに謝っていたか?
「お前、うなされながらも夢の中でもず〜っと謝ってたんだぜ?」
「マ、マジで…?」
「マジで」
あんなに爆睡していたのに、再び額に触れてみたが熱はまだ下がってはいない…。やはり、今回は一番最悪なパターンなのかも…?そこでニシが…
「けど…『ごめんなさい、許して…』の他に『こ、こっちに来るなっ…』とも言ってたぞ…?俺の事がそんなに嫌いなのか?」
無意識の内に浜辺のテントで寝ていたニシと、全く同じ寝言を言っていた自分…
「そ、それは多分…、ニシに言ったんじゃない…」
「え?何で…?」
「だってそれは……」
それを説明しようとした矢先、自分の背筋へ急に悪寒が走りました…。その原因は全く不明。もしかして何か良からぬモノが干渉してきているのでは…?
ですが…、その理由を言ってしまったらニシも怖がらせてしまう事になるし、この件は彼への詫びも兼ねて黙っている事にしたのです…
「だ、だって…それはさ?その夢は…、俺、ハッキリと覚えてるよ」
「じゃあ″誰に″言ってたんだよ?ケイジ」
車のハンドル改めて握り直し、少し下唇を前に此方にググッと顔を向けてきたニシ。もしかしてちょい拗ねてるのか?そんな彼にはベストな回答を一つ…
「それはな?……『妻』に…、だよ…」
「あっ、あぁ〜……。そ、それなら話の全てが点と線で繋がったよ…。姉さん女房ってのも大変だな…?」
勝手に点と線で繋いで解決&納得するなよ…
結果として自分の体調不良は一週間ほど続き。長男のナガ兄に土産を渡す機会があったので、簡単なお祓いを兄に頼んでみました。まぁ、数珠を持った手の平で只管叩かれるだけなのですが…
「うぅ…、ナガ兄ぃ…痛い」
「それくらい我慢しろ。それよか俺にも見えないぞ″コレ″は…」
「うん。頼んだ時からそんな感じの表情だったね…、い、痛い…」
「純粋に風邪とかかもな?そうだったらいいが…。でも、これでダメだったら神社行って祓ってもらえよ?」
「うん、わかった…」
クラゲの毒での可能性もありましたが、結局この後。更に一週間ほどかけて少しずつ体調が良くなり、お祓いは行かず終いでした。こんなに身体が重怠いのは二度と御免です…。ホント辛かった…
…で、道具の弁償話をしようとニシへ何度か電話を掛けていたんですが全然繋がらなくて…。や、やっぱり怒っているのかな…?
しかし、自分の体調が回復した日に、初めてニシと電話が繋がり…
「あ、ケイジ悪い…。俺の車が故障したその日に、オカンが単車で事故ってさ…?入院の手続きやら用意やらで大変だったんだよ…」
「…え?」
彼は中学の時に父親を病気で亡くしており、女手一つで一人息子を育ててくれた母親をとても大切にしていました。
けどニシが言うには、母が単車で事故を起こした時に不可解な出来事があったとか…?
「オカンがさ?単車で道路を走っていたら、交差点付近で急に誰かから押されたらしいんだ…。しかし、振り返ってもそこには誰一人いなかったって言うし…。凄く気味の悪い話だろ?で、車が故障してるから。俺、自転車で病院やら色々と走り回る羽目になったよ…、はぁ…」
「た、大変だったんだな…?ニシ、お母さんはもう大丈夫なのか…?」
「ああ…」
ニシの言った「ああ」は完全に疲れ果てていました。もしかして伊勢から帰宅後、ニシにも何かしら霊的な問題が降り掛かっていたのかも…?そして弁償の件を口にしようとした瞬間、彼が先に
「あ、悪いケイジ」
「え?うん、何?」
「車の修理が今日の夕方頃に終わるんだ。修理屋さんまで車で俺を乗せていってくれないか?どうせ弁償の話で電話を掛けてきたんだろ?それでチャラだぜ?」
「そ、そんなのでいいのか?」
「口では説明出来ないが…。今回のアクシデントはケイジの所為じゃなく、別の何かによる原因と結果だったのかもしれない…。だってさ…?」
実はニシが自分と二人で伊勢に遊びに行った後、家で幾つかの心霊現象を体験していたらしいのです。誰もいない自分の部屋で寝ていたら急に人の気配を感じ、小さな物音が何度も鳴ったり、部屋の電気を付けた直後、一瞬人影がみえたり…と様々な…
「ニシ…。俺と一緒にお祓いに行こう…」
「やっぱ、そうなるよな…」
そして二人で仲良く神社へお祓いに行ってきました。今回は視覚出来ない霊による霊障だったのでしょうか?これについても何の確証も御座いませんが、祓った後はニシの母親も無事に退院し、今は問題も無く心霊現象もなりを潜め普段通りに生活をしております。
……と、今回のお話はここまで。ご静聴ありがとう御座いました。(笑)
完。




