八十二ノ怪 叔父のアパート
「お、来たか″ケイジ″」
「″ケイジ″くんいらっしゃ〜い」
「……。」
「″オジさん″、″オバさん″。そして″ユユちゃん″こんにちわ…、今日からお世話になります…」
頃は晩秋。しかしその日は残暑と猛暑が一度に襲い来る、まるで嘘の様な真夏日でした。
で、母から「寒かったらいけないから」と…。兄からのお下がりの服を上に四枚ほど着せられいていて、既に体が″暑い″を通り越して″熱い″…。もう「焼け死ぬぅ〜…」的に。それが前門のトラ、後門の狼の如く。まさにこれから降り掛からんとする厄災の片鱗だったようで…
「ささっ、ケイジくん。遠慮なく上がって…」
「は〜い…」
確かこの頃は小学二、三年生?突如、家庭の事情で父方の叔父が住むアパートに二日間厄介になる事になってしまった自分。
はぁ、また転校か…?多分、転校だろうなぁ……
その叔父宅の家族構成は叔父夫婦に園児の娘一人の三人暮らし。自分より下の従兄弟のユユちゃんは、自分が怖いのか母親の後ろに隠れっ放しです。
言っとくけどっ、俺はロリコンじゃないからねっ!!
…とかは口にしてませんが、ユユちゃんはかなりの人見知りで、その頃は自分も小学校低学年なんですから。
多少変態だとしても可愛い筈……って、誰もそんな事は聞いてはいないですね……はい、ごめんなさい…
そしてお出迎えの雰囲気は″ウエルカムなこのご家庭″でしたが。実は自分の方は″すんごいノーウエルカム″だったのです…ーー
「なん◯ょうほうれんげぇ〜きょぉ〜!なん◯ょうほうれんげぇ〜きょぉ〜!なん◯ょうほうれんげぇ〜きょぉ〜!なん◯ょうほうれんげぇ〜きょぉ〜!なん◯ょうほうれんげぇ〜きょぉ〜!…ーー」
「……。」
2DKアパートの狭小部屋でオバさんが熱烈、強烈にお経を熱唱する声が室内に鳴り響きます。しかも同じフレーズばかりが繰り返され、そのオバさんの必死な形相からも、ある種の恐怖すら感じ未だ物心も付かぬ年頃の自分にとっては、かなりアクの強いご家庭でした…
そして出鼻からオバさんに、色々な物が散乱している四畳半と狭い部屋なのに、大きさが二畳ほどはあるやたらとデカい仏壇前に連れて行かれ…
「さぁ、ケイジくんも一緒に拝みましょう…?」
「い、いえ…。ボクはいいです…。父ちゃんが凄くうるさいですから…」
「ここにお父さんはいないから大丈夫よ?あなたの為になるから…」
「父ちゃんが怖いから…。ご、ごめんなさい…。やっぱりいいです…」
「あら…、そぉなのね…?有り難いのに…」
幼くても分かる、少し棘の有る大人の「あら、そぉなのね?」当たり障りの無い様に言ったつもりでしょうが…
このオバさんは無意識下で、その身体から放出されている憑依的な″澱み?″の様なものによって自分は全身に鳥肌が立ち、どうしても受け入れられなかったのです…
でもこれは、このオバさんに限った話ではありません。同じ宗教を崇拝されている方々からは同じ様な澱んだ″嫌な気″を感じる事が多々あります…
面白い事に、初対面なのに″ゾッ″としたら「あ、この人。きっと勧誘しに来る…」と思ったら大概は…。…って、当たったら当たったで嫌だし、どこが面白いんだ…ったく…。滝汗
この宗教をやたら勧誘してきたり?選挙期間だけは票依頼してきたり?この宗教新聞を買えば世界の運気が良くなるとか?より大きな仏壇を買えば買うほど良い天国に行けるやら?半ば断ると地獄に堕ちるみたく遠回しに脅してきたり?上位層だけが商売繁盛?必要なものは金、金、金、プラス信者の無償の奉仕活動……と。まるで洗脳宗教に見えなくもない…
…って「良い天国?」って何でしょう?良い子、悪い子、普通の子みたく三種類あるとか…?
そして自分の親父は″この宗教″が大嫌いだったので、叔父の妻である熱烈信者の″オバさん″の事を酷く毛嫌いしていました。
まさに犬猿の仲…ってか、そんなトコへこんな可愛い息子を預けるなよ…、あ、可愛くないからか…。泣
…あ。でも叔父は親父キツく言われていたからか、はたまた強く警告されていたのかは不明ですが、この宗教には入っていなかったみたいです。
しかし、それでも色々と問題がありまして…、タイプ的にも親父と似ていた叔父は酒を呑みまくりの博打三昧な挙げ句、オバさんはオバさんで宗教活動による散財と家庭以外の時間とお金の浪費を繰り返し、常に貧困生活…
すると叔父さんの家庭はどうなるか?金が無くなるから、ウチの家へ金や食材の無心に来たりするのです…
更に叔父は幼い自分が必死に集めていた、なけなしの切手コレクションを勝手に売り捌いたり、自分のランドセルを売る為に持ち逃げしようとしました…。他にも書き尽くせない多種多様な被害が有りましたが…
自分を叔父方で預かってもらう話も、結局は叔父は親父から貰える礼金が目当てだったのです…
その証拠は…?だって母親と親父との通話が
『おう、″アイツ″にケイジを預かってもらってくれや。あー、分かってる。「小遣いはやるがなぁ」って、″アイツ″に言っといてくれ…ーー』
もちろん「アイツ」とは叔父の事。受話器からでも親父の声はデカいから丸聞こえです…
こんな叔父の劣悪な家庭環境からか…、この部屋に″不穏な空気″や″澱んだ空気″を自分は嫌というほど感じていました。
何か凄く怖い…
「オ、オバさん…。ボク、外で遊んできていい?」
「ケイジくん、だ〜め。近所に子供嫌いのおかしなオジサンがいるから絶対に出たらダメッ」
「ふぇ!?」
何じゃ、そりゃ…
…と、少し大きくなってから知ったのですが。
この話は実話で、近隣でも有名な精神異常者が本当にいたらしいのです。普段から何も無い場所に向かって叫んだり暴れたり…と。近所では何度か警察沙汰になっていて。最終的にその人は後日、包丁を持って暴れ傷害事件を起こし逮捕される事になったとか…
「だから家では静かに、お願いね?」
「は、は〜い…」
オバさん…。あなたの、あのデッカいお経はトラブルの元にならないのかい…?
ちなみにそのヤバい人は獄中、更によからぬモノを引き込んだのか?精神異常が悪化し、自ら壁に頭を何度も打ちつけて死んでしまったとの事でした…
「お前ら全員恨んでるからなっ!絶対に◯してやるっ!覚えておけよっ!!」が最後に残した言葉だったとか…
まぁ、全て口伝てに聞いた話なんですが怖い怖い…。あの時大声を出さなくて本当に良かった…
…と、ここで。かなり脱線してしまった話を本線に戻して。よっこいしょ…
実はこの叔父夫婦なんですが、知ってるだけで三回ほどセットで離婚と再婚を繰り返しており。完全に疎遠になった後は下手すれば四回以上の離婚を繰り返していたかもしれません…
この″金絡み宗教″は金持ちの方なら問題無く生活出来るのでしょうが。収入が少ないご家庭の方々は、知ってる限り生活苦、困窮した方々ばかりで、酷く不幸な人が多かったです…
そう言えば自分の前の職場に来られていた派遣社員でシングルマザーの方々…。宗教勧誘を丁寧に断ったら、急に態度が冷たくなるってのは宗教上の教えなのかな?ちょっと寂しい…
それと更に別の職場でも、借金まみれの歳下の先輩社員二人…。借金取りが職場まで来たりしていました…
あ、今…蹴られたのってボクの傘ですよ…?泣
500円のTシャツすら買えない彼らには「と、取り敢えず頑張ってね…」としか言えないですが…
そんな彼らにも、やっぱり勧誘されていて丁寧にお断りしましたが…
「そんなに金が無くて生活がままならないのなら、その宗教を辞めればいいのでは?」と退社前に忠告しましたが。気が弱いからズルズルと引き込まれるのであって、恐らく今でも捕まったままでしょうね…
…と、またまた脱線した話を戻し。
親父からある程度のお金を貰える筈なのに、オバさんが用意してくれた朝食は少量のご飯盛りと具の無いお味噌汁…
海苔すら付かず、晩御飯はまさかのトーストとハム一枚…。これは八枚切りか?かなり薄っぺらいな…
そしてオバさんの睨みをきかした無言の圧で外堀を埋められ、おかわり禁止状態に…笑
ふむ。囚人食って、こんな感じかな…?
風呂は三日に一回らしく…。これは…ある種のしきたりか?え?明後日が風呂の日?単なるこじ付けか?じゃあボク、ここにいる間は風呂に入れないワケね…?
…よって、その日はそのまま寝る事にしました。
そこで敷かれた毛布を布団代わりに、小さな体でチョコンと横になります。
狭い四畳半に、ゴミ、物、ゴミ…、二畳ほどはあるデカい仏壇が置かれている部屋で…そんな所に大人と子供が二人づつの計四人…
…ってか、何でこんなに仏壇がデカいんだよ!すんごい寝難いじゃないか!プンプン…、しくしく…、寝付けないから何か考えながら寝よう…うん。…と、そう考えた自分。その脳内で…
″オバさんは「台所の席数の加減」と言ってたけど、台所の椅子は確か四つあったけどな。自分が先に一人で極貧な精進料理いただいて、叔父さん夫婦と娘さんは後から和気藹々と食事していたのは何故だろう?″
この頃の自分は純粋純真無垢。大人の汚れた事情、こじ付けにも一切文句を言わずに…
「まっ、いいや。ここには、あの恐ろしいタメ兄がいないから家にいるよりよっぽどマシだよ…」
いつも虐殺的に体罰を与えてくる実兄のタメ兄がいない分、自分はこの状況を素直に喜んでいました。そう、ある意味ここは地獄ではなく天国なのです。そして今夜くらいは安らかな就寝を…と、油断していたのも束の間…
その考えは″アンタ甘いよ…、甘過ぎるっ!″…と全否定され、思い知らされる事になるのでした…
″重い…、身体が凄く重いよ…″
突然自分の体にのし掛かる謎の重み。この日はやたら暑かったから上を二枚脱いで寝てたけど、今は何故かすんごい肌寒い。そんなこんなで目を瞑ったまま意識だけが先に目覚めてしまい…
″あれ?手足が動かない…!?″
早い話、これは世間で言うところの″金縛り″。
実は夢を見ているだけ…という説も有りますが、これは完全なる″ソレ″でした…
″だ、だれ?ボクの寝ている毛布の上に乗ってるのは、一体だれなの…!?″
何故か自分の目蓋は全く開きません。溜まった涙が乾燥し、目脂が固まったのが原因か?ん?今日はタメ兄にボコられて泣きながら寝たワケじゃないから、それは有り得ない…
でも現在とは違い、その頃の自分は幼くて怪奇現象や心霊現象をそこまで恐れていない時期でもありました。だって暴力男タメ兄の方がリアルに″痛い″し″怖かった″から…
″もう…、もうボクを「虐め」ないで…″
…と、その強い意思が?その何か?…に伝わったのか定かではありませんが、少し身体は軽くなり目だけが開ける様になっていました。でも部屋は節電の為か完全消灯しており真っ暗けっけ…。かろうじてカーテンの隙間から月の光が差し込む程度で…
(ん〜…)
でも、やっぱり身体は動かない…
「ぐがぁ〜、ぐがっ。ぐがぁ〜、ぐがぁ〜…」
首も動かず自分は真っ暗な天井しか見れない状態のままでしたが、叔父さんのイビキがやたらと煩いのはわかりました。少し腹が立っちゃうのは何故だろう…?
(んー、んー…)
相変わらず何度チャレンジしようが身体は動きません。
…と、その時でした。不気味な黒い影が仏壇の辺りから視界の外側の方を″スー…″っと過ぎって…
(んー!!)
更に、自分の寝ている見えない足元の辺りから、誰かの両手が毛布の上を徐々に這いずり上がってきて……右、左、右、左、右………からの、Aボタン。コマンドかっ
やがて太ももから腹部を超え、胸元、そして喉元に上ってくる、何者かが体に乗っている感触は″確実にある″のに、その幼き眼には…
(″見えない…の??″)
自分の視界に何も見えなくとも″そこに絶対何かいる″のが分かりました。恐らく霊の類いだと思われますが、兄弟のナガ兄がいたのなら″ソレ″が見えたかもしれません…
そしてその霊が見えていなかったお陰か恐怖は半減し、身体全体に重圧を感じたままで自分は再び目を閉じてしまいました。
″羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が四匹…、羊が全部消えてドン匹〜、ついでに幽霊も消えてヒッキ〜でわなく、ラッキ〜…ぶつぶつ……″
やっぱり、こんな数え方では全く寝つけませんが…
しかし何故、幽霊は″自分のトコだけ″に現れたのでしょうか?他に三人も寝てるのに…狙い撃ち?ウホッ、若い男の子がいい?そっち系の霊?ひぃ〜…
そして次は両手、両足辺りにそれぞれに比重が分かれ四つん這い的な重みが自分の体にのし掛かってきました。その間も目は瞑ったまま、完全無視を決め込みました…
そもそも、幽霊に寝たフリなんて効果があるのでしょうか?精神にシンクロされていたら、意識は起きているので筒抜けの全く無意味な行為かと…。でも、幼くてバカな自分は、そこまで考えが至りません…
″羊が一匹、羊が二匹、親父は散財羊、叔父も死ぬほどケチ羊、鬼祖母は腹黒ゴリラ色羊……ぶつぶつぶつ、肌がぶつぶつぶつ……″
そうやって全く解決しないまま、部屋は寒いのに全身から汗がダラダラと流れ出て…。そこで初めて…
『″苦しいぃ…、苦しいぃ……″』
とても苦しそうな感じに、年配な男性の呻き声が聞こえた気がしました…。でも、声というよりも直接脳に届いる気がしましたが…
「ぐがぁ〜、ぐがっ…!?」
そこで叔父の口に溜まっていた唾液が気管に流れ込んだのか、急に強烈なイビキが鳴り止みます…
「ゴホッ、ゴホッ…ウホッ……」
すると、どうした事でしょう?同時に体の四肢に感じていた重みがまるで嘘の様に無くなって体も普通に動かせる様になったのです。
「むにゃ、むにゃ…」
「……。」
しかし自分は寝たフリをしたまま、その日は知らぬ間に寝てしまいました。
この時の怪奇現象は幼い自分からすれば、一体何だったのかなぁ〜?…程度だったのです。
年齢を重ねた今なら何となく″アレ″は何だったのか?は分かります…
「″あれは……、オジさんの″生き霊″だったんじゃないでしょうか?″」
もう男子の平均寿命にも届かず、若くして叔父は癌で他界されましたが…。あまりの生活苦から仕方なく嫌々甥っ子を預かって、その悶々とした陰鬱な気が″生き霊″として具現化し、怪奇現象となって現れていたのかもしれません。
″アレ″は宗教オバさんの持つ″嫌な気″ではなくて、不完全な″霊的な何か″でしたから…。その理由として、叔父のイビキと連動していたのも然り…
…で、やっぱり?予想通り?二泊目には何も起きませんでした。それは何故か?だって叔父の一番の不安要素だった″金の支払い″で親父から口座に入金してもらえたからです…笑
そして近況ですが。叔父夫婦の娘のユユちゃんも三十歳半ばで十歳下の男性と結婚し、子供が出来た直後。知らぬ間に夫が借金していて…プラス不倫もされ…泥沼離婚したと風の噂が…
金絡みの事案は人を貪欲にし、悪意を生み出します…。そこに金の亡者たちによる集金手段…、ていの良い錬金宗教が絡めば…
そう考えると、あな恐ろしき事かな…
そして叔父や自分の家族には言わなかったのですが…
叔父のアパートに宿泊後、自分の四肢には薄っすらとした痣が出来ていました…。やっぱり叔父にも嫌われていたのでしょうか…?いや、本当は″別の何か″だった可能性もあるのですが…
で、今は過去の酷いトラウマを抱えながらも、自分は人から全く愛されない環境で育った分。我が子には自分が与えられなかった優しさと愛…のムチムチをもってして…、頑張って…、ムフフフ……
『いらんわっ!』(子供たち…)
しくしく…
完。




