七十六ノ怪 たのしい勉恐会…
これは中学時代の友達″ウジ″が試験前に「苦手な数学を教えてほしい」と言ってきて、自分が彼の家へ勉強を教えに行った時のお話です。
ちなみに彼が「ウジ」だからと言って、アレに集ったり、ワイている訳ではありませんのであしからず…ーー
昔から自分は、何故か奇跡的、奇天烈、奇想天外?数学だけは得意だったのです…が、ギブアンドテイク。彼とは互いに苦手科目を教え合おうと約束をしていました。
″数学だけが得意″な俺の方が比率的に絶対に得だろう…むふふ…
そんな最低な言葉は口にしてませんが、奴はそう思っていたかもしれません…(笑)しかしこれがその日に体験する、まさに後で起こる霊体験の前兆だったのです。
「えー…っと、確かこの◯◯屋の通り…。二つ目の細い路地を左に曲がって?用水路沿いに進むと、更に左手に………あった!」
この日、初めてウジの家に行きました。目印も道も全てが分かり易い場所に「あー、来たらすぐにわかるから。」と言っていた通り、すぐに彼の凄く大きな家が見つかりました。
門構えも、やたらとデカいなぁ…
その大きな門構えを見た視線は彼の家の二階の外観も含み、長い廊下に木枠の窓ガラスが横に何枚も並んでいました。すると上の階に背の高い人と背の低い子供の歩く姿が見えたのです。
「あれ?背の高い方はウジの母親だとしても…、あの小さな子供は一体誰だろう…?」
実は先にウジから「一人っ子で兄弟なんていない」と聞いていたので、頭の中はクエスチョンだらけに…
「まぁ、大きな家だし。従兄弟や近所の子供が遊びに来てる可能性だってあるよな?さて、勉強、勉強…」
…と、何の疑いも無しに彼の家のベルを鳴らしました。だって自分はすんごい単純な男だからです。
しばらくして…
『はーい』
「◯◯といいますが、ウジ君はおられますか?」
『あー、俺、俺。今出るから、ちょいと待ってて…』
「ほーい」
家のベルを鳴らす時、他の親兄弟が出たら緊張しますよね?今回は玄関のインターホンに本人が出てくれてホッとしました。
(ガラガラ…)
「ささっ、ケイジ。入って?」
「おー、よれしくー。ほい、これは持ち込みのポテッチンとダサイダー。この最強の組み合わせで、互いの血糖値はマックス状態だっ」
「あははは…」
勉強のおやつの説明で、訳の分からないコメントへの返答に悩むウジ。真面目かっ。
「へぇ〜…。こ、これは…凄い年季の入った家だね…?」
築六十年…だったかな?俺はこんな古臭い家より新築の家に住みたいけどな…
既にある種の伏線か、彼の家はまさに「ザ、昭和」感が凄く漂っていました。濃い、黒い、ま茶っ茶の柱や床の間。長い渡り廊下に障子の部屋だらけ、広くデカい庭まであります。
あー、そうだ。ウチの親父が飲む、打つ、買う、女…の四拍子揃ってなかったら、俺も引っ越し三昧にはならず、あの平野のでっかい屋敷に住んでいただろうなぁ…。…まぁ、そこは恐ろしい幽霊屋敷だったけどな?わはははは…ん?何か問題でも?
取り敢えずウジに部屋へと案内される途中で、廊下の脇の突き当たりの男女トイレマークが貼りつけてある扉を見つけたのです。
そして、その前にお爺さんが一人立っているのを見掛けました。大きな家だしジュースを飲み過ぎてトイレを借りたりしたら、このお爺さんや、さっき見た他の家族と鉢合わせになってしまうかも?そうなったら恥ずかしいから嫌だなぁ…とか思っていました。
「ほら、ここが俺の部屋。少し散らかってるけど我慢してくれよ?」
「いやいや、全然大丈夫だよ」
「じゃあ、冷蔵庫の中のモノを持ってくるから。少し待ってて」
「おっ。お呼ばれしますっ、ありがとう」
そう言って一旦ウジは席を外します。
家は木造部分が目立ち全体的にかなり薄暗く、おどろおどろな雰囲気が漂っていました。しかも彼の部屋には床間へ凄く大きな仏壇まで置かれていて…
「何故ウジの部屋に!?ここで勉強するの!?」と、絶句したのを今でも覚えています…
「ケイジ。待たせたな?じゃあ、始めようか?」
「ああ。で、それより先に…″コレ″は?」
「ん?…そ、それは…」
賢いイメージの有る、実際に頭の賢いウジの人物像を少し掘り下げて。とある質問を一つ…
「堀◯◯雄、◯スト◯レクション…?」
「そ、そそそ……それさぁ…?買ったCDとCDの間に偶々紛れ込んでいたんだよ…」
「『すいません、間違いました』と言って、返却しなかったの?」
「いや、俺も吃驚してしまって…つい」
「『つい』…って…」
只でさえ重く寒い空気が漂っている家なのに。普通のいち中学生が、このタイトルが強烈に寒い◯スト◯レクションは無いだろ…
実はこの時、死ぬほど笑いを堪えていたのは秘密です…
「そ、それより勉強しようっ!」
「おおっ、そうだった。ポテッチン、ダサイダーオープンッ!!」
しっかし、ここは本当に静かな家だな…
よって勉強がすんごい捗る捗る。でも確か母親?子供?お爺さんがいた筈なのに…全くその気配がないのです。まぁ、家もデカいしウジの部屋は一階の一番奥だし、聞こえなくて当然といえば当然でしょうか。
しかしこの部屋から磨りガラス越しの廊下へ、スーッと横切る″誰か″が見えて…
あれ?今、誰か通ったような…?
黙々と勉強しながらも、ウジと対面に座っている自分には廊下がまともに見えています。今さっき確かに″右から左へ誰かが歩いていった″筈…
ウジ本人に身内の事を根掘り葉掘り聞くのも何だったので、一切その事には触れていませんでした。
だって「え?気になるの?じゃあ、ウチの大家族を紹介するよ〜…」…とか言われたらヤだから。
「へ〜…、なるほど…。こーなるからして…」
「おおっ、そう言う事かっ!ウジ、凄いな?」
…意外にも順調に?……と、そう思っていたら。再び右から左にスーッと誰かが通過しちゃいました…
ん?まてよ…普通なら、通路を一旦右から左に行ったら次は左から右へ戻るよな?しかもその″人″は同じ服を着ていた気がするけど…
そこで自分は初めてこの家に″違和感″を覚えました。そして勉強に集中し過ぎて、ついついジュースを飲み過ぎてしまった様で…
「ウジ、悪い…。トイレを借りていい?」
「俺も悪い。実はウチ、ボットン便所なんだ…。それでもいいか?あと、場所は分かる?」
「大丈夫、あんな大きな便所マークは見れば分かる。それにボットンなら慣れてるし」
そんなやり取りをして、彼の部屋を後にしたのですが…
出てすぐ例の通路左側を見るとその先は行き止まりだったのです。端の部屋だから考えたら当然の事でした。初めて来た場所だからか、そこまで頭が回らなかったのでしょう…
ゾゾゾ…
それと同時、背筋には大量の冷や汗が流れ出してしまいます…
その謎の人物は磨りガラス越しだったから、どんな人だったか?までは全く分かりません。いや、分かりたくもないですが…
(ひぃ〜…)
怖がりな自分は、慌ててトイレへと向かいました。
この時が″大″じゃなくて本当に良かった…
そしてトイレ前にいた、あのお爺さんも見当たらなくて。取り敢えず、便所中にあった下駄を素早く履き、早速…
(じょろろろろ〜)
か、快感……
「ふぅ〜」
しかし…、その快感も束の間。用を足し終えチャックを上げた直後…
(ミシミシ…、ミシミシ…)
「!?」
急に誰かが背後の廊下を歩いて来る音が聞こえてきました…
もしかしてウジもトイレに来たのでしょうか?それならかなり安心するのですが…
(ギギギィ…)
経年劣化し蝶番が不気味に酷く軋む締まりが悪いその扉を開いたのですが、トイレの前には誰もいなかったのです…
確かに、さっき誰かいたよね?…って、誰に聞いている…!?
すると今度は、廊下の突き当たりを左側へと曲がって行くあのお爺さんの姿が見えて…
「あっちは…」
そちらはウジの部屋がある場所…。所謂『″行き止まり″』が確定するのです…。そして自分は驚きのあまり″息止まり″状態に…。なんじゃそら…
でも、明らかにこの家は何かがおかしい…、俺も頭がおかしい…
「ウジ、ただまぁ…」
「おかか〜……は美味い」
そんな軽いキャッチボールをしていますが、やはりさっき見たお爺さんはウジの部屋にいませんでした。
一体あの″人″は何処に行ったんだ?
もう既に、これは″そういう話″ではありません。そんな感じに頭中が混乱していると、またまた誰かが廊下を同じ方向にスーッと通過したのです。
(まさにここはゴーストハウス!!)
畳み掛ける恐怖の連続、それがさっきのお爺さんの霊なのか何なのか、もう何が何やら全く分かりません。そこからドリンクを一切飲まなくなった自分。
「ケイジ。だ……サイダー余ってるぞ?」
「い、いや…、後で飲むよ…」
ーー飲めるかーっ!!
そんなこんなで、やっと日が暮れてきて…
「今日はこんなところかな?お疲れさん〜」
「あ、ああ…。ほ、ん、と、う、にお疲れ様…」
「なぁ、ケイジ?後半のお前、何かしんどそうだったけど大丈夫か?もしかして風邪か??」
「か、風邪…かな?これじゃ試験やばいかな?あははは…」
体調不良ではなく。只々、謎のオバケに怯えていただけですが何か?
…まぁ、そんな会話をしながら彼は玄関まで自分を見送ってくれました…
「今日はゆっくり休んでくれ、数学を教えてくれてありがとうな?」
「こちらこそありがとう。ゆっくり休ましてもらうよ…」
「ケイジ?まだ顔が引き攣ってるぞ…?」
「え?あははは…」
……が、そう会話しているウジの横に…
さっき二階にいるのを見た母親らしき人物は、実は細身の男性で。その横に息子さん?なのか小さな子供が並んで立っていました。ウジを含め三人揃ってこっち見てるし…
え?お爺さんは何処に行ったかって?見送りの際はヘルニアでも悪化したのか……的に?その場にはいませんでした…。何でやねん…
そして最後は、まさかの三人でお見送り…
ウジにはその人たちが全く見えてない様でした。その築年数と昔から住んでる歴史を事を考えると、恐らく彼らは身内の方々と思われますが、最後にウジが余計なトドメの一言を…
「ケイジ。また俺んちで一緒に家で勉強しような?」
「ああっ。またっ!」
自分は利き手親指をグッとおっ立て、快よくそう返事をしましたが…
″二度と来ないよぉーっ!!″
…とリアルに心の中で叫んでました。
後から超遠回しに聞いた話で。その日は勉強中、ウジ以外誰も家にいなかったとの返事をいただきました…。アーメン…
でも実際ウジは結構いいヤツだったので、その後もとある公園やファーストフード店で一緒に勉強したり、外へ遊びに行ったり仲良くさせてもらいました。ただ″家へ誘われた時だけ″は遠回しに、やんわりと断りましたが…
そして自分の霊感話を周囲の友達から聞いて何か覚えが有ったのか…、それからウジが家に誘ってくる事は無くなりました。
今回は恐らく「自分が既に亡くなっている」事を理解していない彼の身内の地縛霊だったと思います。まるで家で生活している家族の様に、只々現状を眺めているだけの存在。それはそれで何か悲しくもあり切なくて…
それを考えると『自分の死際』がどうなるのか?…がやたらと気になりました。
心霊現象として世に遺る…″遺恨″や″欲″、″痛み″や″苦しみ″をどれだけ『″その瞬間″』に残さないか?最後くらいは「安らかなる死」を迎えたいものです…
完。




