七十一ノ怪 ″つく死″採り
『おいっ、コラッ!』
轟け稲妻、唸れ鉄拳…
(ガツンッ)
「げふっ…」
シェイク、シェイク、ブレインシェイク…
血の繋がりが本当に有るのかすら疑わしい自分の兄弟、次男タメ兄の振り抜く拳骨が我が頭部へと炸裂。
ぐわぁ〜ん……。あぁ、早くも走馬灯が見えてくる…
『ケイジッ、早く来いっつってんだろっ!』
(ゴツンッ)
「ぐえっ…」
今度は捻りを加えた陸式トリプルアクセルで顔面殴打。飛び出す目玉、垂れ下がる鼻水。びよ〜ん…。ここは三途の川か?
あ、婆ちゃんが目の前で手招きしているよ?…って、まだ生きてるけど…
小学生低学年の自称可愛い自分は、あの恐ろしい暴力男タメ兄に捕まってしまいました。そして半ば強引に自転車の後ろに乗せられ、見知らぬ″この場所″へと連れて来られたのですが…
『サッサと降りろっ、ケイジッ!』
(ゲシゲシッ)
「アウッ…」
何度も足蹴にされながら自転車を降りさせられ、背が低い自分の視野でキョロキョロと辺りを見回します。
一体ここは何処だろう?
…と、土が盛られた高い場所に道路を発見。あ、車がビュンビュン走ってる…
ーー大人になった今なら分かりますが。ここは高速道路、大阪藤◯寺IC。周辺は丸く円形ロータリーになっており。位置的には、その西側辺りの一般道路に自分は立っていました。すると…
『ほらよっ』
「こ、これは…?」
『ふ、く、ろ…だよ、ふくろ。見てわからんのか?』
「……。」
ホワイ…?まさに意味不明…。いきなりビニール袋を手渡されて…、まさか、これを頭から被って窒息死しろ…とか?いやいや…。まず、ここが何処なのかすら分かっていないのに課題が先という…、この恐ろしいシチュエーションが何ともまぁ…
『お前は、今から土筆を採ってこいっ』
「…?」
お題は謎の「″土筆採り″」…。でも、急に何故…?
季節は春の桜咲く頃。三月中頃から〜が旬の土筆は、地に青々と生えるスギナの胞子茎のことを指します。食すには洗ってから邪魔な袴を根気よく取り、佃煮にすれば美味くいただけるのです。
まぁ、″佃煮に出来れば″…の話ですが…
ーーそしてこれは別話。
自分の蘊蓄ですが。土筆の親となる「スギナ」の細長い葉は漢方にも用いられ、身体のむくみの改善、利尿作用もあり膀胱炎にも効果的。自律神経にも作用し、更にダイエットにも適していると言われおり、一般的に健康飲料として広く流用されている植物です。
ただスギナの葉は青くて若いと味にクセが有り、しっかりと天日乾燥させ、青々としたモノより少し色落ちさせた方が飲み易くなります。しばらく窓際辺りで晒しておくのがオススメですね。要は″ヒネ物″…。所謂、日が経った古い物が良い品になるのです。
作り方はスギナ10gを飲み易くする為、フライパンで簡単にサッと炒り、それを茶パックに入れます。そして1リットルの水を入れた手鍋に投入。それを強火で熱し、沸騰したら火を切り冷めるまで放置。あとは手頃な温度になったら飲むだけ。味が気に入らなければ火力や目分量は自分でミルク等を混ぜたり、マニュアル調整して下さいね。
……と、レシピを書いてみたり…
凄く脱線してしまいすいません。取り敢えず話を戻してーー
「つ…くし…?」
『そうだよっ、何べんも言わせんなっ』
そこで兄は徐に、ある場所を指差しこう言いました。
『ほら、そこに大きな穴が有るだろ。中に入ってサッサと取ってこい。ふくろの中をいっぱいにして来ないと…殺す…。逃げても…殺す…。絶対殺す殺すっ!』
「ひぃ…」
あー…、僕。今日殺されちゃうかもしれないなぁ…
…と、少し空を見上げて呆然としていたら…
『早く行けっ、殺すぞっ!』
更に「殺す」と、追い打ち…
「ひゃい〜…」
今日は友達と遊ぶ約束をしていたのに、兄はそんな事お構い無しなのです。で、何でわざわざ「土筆」なのか?でも死にたく無いから頑張って採るしかなくて…
(ガシャン…、ガシャン…)
高速道路の下側には侵入防止の高くて横に長ぁ〜い金網の柵が張られており、自分はそこに手を掛け登り始めました。その先にインターチェンジのロータリー内に入れる穴…。所謂、トンネルがあります。勿論、そんな場所は″関係者以外立ち入り禁止″です。
兄は幼い僕に何んて事をさせるんだ…
(スタリ…)
無事に…、いや、ある意味無事じゃ無いが…。取り敢えず金網の柵をよじ登り向こう側へと着地、ソ〜っと後ろへ振り返ると…
(じぃ〜…)
兄は自転車に跨ったまま、こっちに睨みを効かせながら…
『殺すぞっ』
…と、殺意剥き出し…
(ひゃぁ〜)
さっきから、もう「殺す」しか言ってないタメ兄。そういえば自分からは絶対に話し掛けないので、現在に至るまで二人で一般的な会話をした記憶が全くありません。
(そろ〜り、そろ〜り…)
自分は仕方無く、恐る恐る薄暗いトンネル内へと入って行きました。中には草が鬱蒼と生い茂り…
あ、デカい蜘蛛の巣だ…。取り敢えず拾った枝でエイヤ!ホイサ!シャカシャカと払い除け…
でも、わざわざこの中へ入らなくても手前にいっぱい土筆があったのに…。そんな事を考えながらも更に前進していたら…
(ガサガサッ…)
「うわぉうっ!?」
いきなり草陰から、巨大な島蛇が現れたのです…。凄く臆病な蛇なので一目散に逃げていきますが、それ以上に臆病な自分は蛇を更に追い抜き、このトンネルを先に抜け出てしまいました…
(パァ…)
すると暗い場所から天日で急に明るくなった視界。手を日傘代わりに、よく見ると周囲は盛り土のアリ地獄の様な円形型の地形の場所。ぐるり土が盛られた高い場所には車が普通に走っています。もちろん自分は真ん中の一番低い位置にボーっと突っ立っていますが。しかもそこには辺り一面、物凄い数の土筆に覆われていたのです。前にも足元にも土筆、背後にも土筆…。まさに見渡す限りの土筆が…
「す、凄い…」
まぁ、こんなにあるなら…と。あっちで屈んでエンヤコラ、こっちで屈んでホイサッサ…
指示されたビニール袋がいっぱいになるまで土筆を採りました。そして意外と簡単にミッションコンプリート。もし、トンネル手前で頑張っていたら丸一日掛かってたかも…?
「はぁ、早く帰ろぉ…」
でもここで、改めてふと我に帰った自分。
「友達との約束を蹴ってまで、僕は一体何をやらされてるんだろう……?」
…と、情けなくなっちゃって。常々、引っ越しばかりさせられるから友達も少なくて。頑張って自分から声を掛けて友達を誘ったのに、約束破ってこんな事やってたら…。完全に嫌われて全く友達がいなくなっちゃうよ…
そんな事を心の中でボヤきながら、再びトンネルを抜けて戻ってみると…
「あれ…、タメ兄…は?」
何故か、兄はその場から消え去っていました。
まさか知らない場所に連れてきて置いてけ堀?しかも″兄を探しに行く″イコール″逃げる事″と同意…、探しに行っても殺される…?じゃあ、この場からは動く事が出来ない…?
「どうしよう…」
丁度その辺りから空には暗雲が立ち込め、かなり雲行きが怪しくなってきました。取り敢えず土筆を持って再び金網の柵を乗り越え道路側へと戻ります。そして改めて周辺を見渡す事に。
左から右へ高速道路に沿って延々と一般道が続いており。ガードレールも無いその危険な道に沿って側溝…、農業用の用水路が同じくずっと続いていました。
「うわぁ、結構広い畑だなぁ…」
更に側溝のその先…
多種多様、色々な野菜が栽培されている結構大きな畑が、その側溝の向こう側一面にありました。
そして空の塩梅も少し気になり出しましたが、自分は道路に腰掛け側溝に足を下ろしてブラブラと。そんな感じにタメ兄が迎えに来るのを今か今かと待っていたのです。
あのトンネルから道を挟んで向かい側だから逃げた事にはならない……よね?って、一体誰に聞いてるんだろ…?
「暇だなぁ…」
すると…
(シャァー…)
偶然、自転車に乗った″遊ぶ約束していた例の友達″が自分の背後をスーッと通過…。そして無言でこっちを睨んでいて…
(……。)
「あっ…」
慌てて手を前に出すも、彼は何も言わないまま何処へともなく消え去ってしまいました…
うわっ…、ヤバい、完全に怒ってる…。踏んだり蹴ったり殴られたりボコられたり……まさに、なんて日だっ!
モラル的に、一学生としても…。人から見た自分は約束を平気で反故にしたり、急に学校からいなくなったりする変なキャラで通っていたと思います。もちろん、そこに自分の意思なんて存在しません。生活上、人為的にもホボ強制的で″奴隷人間″…みたいなモノでしたから…
常時、四面楚歌な家庭内。
常々、優柔不断で暴力的な家族。
365日、居場所が無い孤立無援な我が家。
…いつもそんな過酷な状態のままで生きてきて…、溜息は日々溢れ落ちます…
「うぅ…、タメ兄遅いなぁ…」
やがて、自分の鼻の先へ小さな小さな水滴がポツリ、ポツリ…と
「……?」
それに合わせ空を見上げました。まだ本降りではないですが、ほんのり気持ち程度の雨が降ってきました。
傘も無い、運も無い、ここが何処かも分からない…。だからもう一度軽い溜息を吐き、その顔を下げる際…
『……。』
目の前の畑からコチラをじぃ〜っと見てくる、お婆さんが一人。身なりはまさに″畑仕事″…って格好をしています。要は、用水路で足をブラブラとしている自分を見て「この悪ガキ…、ワシの畑を荒らす気か?」…と、警戒し睨んでいる様な気がしました。
怖い…
(スタッ……、トコトコトコトコロテン…)
気の弱い自分は慌てて立ち上がり。再び道を挟み反対側のトンネルの方へと移動しました。
そんなに睨まなくても…
…と。そのあたりから徐々に雨足が強まり、更に傘が無いから土筆入りのビニールを頭上に持ち上げて…
「大雨になったらヤだなぁ…」
いつまで経っても迎えに来ないタメ兄。そして嫌な予感は現実となってしまいました…
(ザザー…)
これが本当の本降りで横殴りの雨に…
傘代わりの土筆入りビニールなんてもう役に立ちません。「どうせ濡れてしまうのなら」…と、自分はその場で袋を下げてしまいました…
だって、楽観主義だし…
「さ、寒い…」
しかし春先の雨は少し冷たく、そして痛い痛い…
改めてそう認識させられた自分。けど、あのさっきのお婆さんは?雨だし、もう帰ったかな?…と、何気に畑の方へと顔を向けたのですが…
『……。』
(ザザー…)
その状況は様変わりしており「睨んできてた怖いお婆さん」は…「睨んでくる怖い幽霊」へと変貌を遂げていたのです…
「!?」
この降り頻る大雨にも拘らず、その人は傘すら差さず、その足元は雨の抵抗を一切受けずその場に立っていました。それをまざまざと見せつけられ、驚きのあまり自分は土筆入りのビニールを足元に落としてしまいます…
「ど、どうしよう…、無茶苦茶怖いよ……」
此方に迫って来るワケでも無く、物言いたげに只ジッと見つめてくる幽霊。その頃の自分なら考えもしなかったでしょうが。今思えば…、あのお婆さんは畑で野菜の手入れ中、急に体調が悪くなり″あの場所″で亡くなってしまったのではないでしょうか…?
そして現在の最悪な状況を整理すると…
勝手に移動したらタメ兄に殺される…
あの不気味な幽霊に取り憑かれる可能性…
身体が冷えて風邪を引いてしまう…
更には、あの友達を怒らせてしまった事……です。
(ザザー……)
「もう、ほんと最悪な一日……だよぉ…」
しかしここでジッと待つ事しか出来ない自分。取り敢えず、ガッツリ意識してしまった幽霊から少し目を逸らし、わたしは″見てない素振り″をアピール。そのまま再び兄を待ち続けました。でも…
「さ、寒いょ…。くしゅっ…、いっ、くしゅん…」
どれだけの時間が経過したのでしょう?身体がブルブルと震え芯から底冷えし、知らぬ間に嚔を連発していました。そして朦朧とした意識の中、自分は無意識の内に畑の方をボ〜ッと眺めていたのです。すると老婆は同じ場所に立ったままなのに、その意識にシンクロしてしまったのか。目の前へ飛び付かれるビジョンが見えてしまい…
「ひいぃ〜…っくしゅっ…うぇ!?」
驚きのあまり腰が抜け、その場で濡れた地面にヘタリと尻餅。マイお尻は泥塗れ且つ酷い有様でした。
幽霊から再び目を逸らしますが…。もう何か色々と考えていたら立つ気力も無くて。オマケに自分の事なんてどうでもよくなって…
「くしゅん……。どうせ僕なんか、この世にいなくてもいい存在なんだ…」
完全に自暴自棄に陥っていた自分。
「あー、お婆さんの霊?取り憑くのなら、好きなだけ取り憑いて僕を呪い殺して下さい。」…と、そんな事を考えながら、冷えきった身体から来る感冒と意識障害で、再びボーっとしたままその幽霊と見つめ合っていました…
すると心の中に「助けて…、助けて…」と、そのお婆さんからの声が何度も聞こえた様に感じたのです。
…でも…さ、″助けて…欲しいのは僕の方…″だから…さ…?あ…、けど。もう何かどうで……も、いい……や…
と、そこへーー
ーー『……っ、た……』
意識は少しあったのですが、もう何も考えれなくなって…。しかし真っ白な意識の片隅に、あのお婆さんの霊がずっと立っていて。寂しげに此方へと向いていたのを今でも覚えています。
で…、誰だろ…?自分へ必死に声を掛けて叫んでる…人…?あ〜…これは…、ナ…ガ………兄………?土筆が……ーー
……
やがて自分は、とある救急病院のベッド上で目覚めました…。死ななかった?いや、死ねなかった?何度か経験した人為的な″臨死体験″…。そのベッドの横には辛く悲しそうな顔をした母親が立っていました。
それをまだボーっとした意識のまま確認し安心したのか、自分は再び意識を失ってしまいます。
この時見た真っ白な世界…、恨みや苦しみといった怨恨憎悪など存在せずに…安らぎと安堵に包まれて……ケイジは安らかに…アーメン…
…って勝手に死なんといてや、自分っ!
ーー結果。後から聞い話ですが。偶々その雨の中、インターチェンジ横を自転車で通ったナガ兄が、意識が混濁し倒れ込んでいる自分を発見。すぐに救急車を呼んでくれたらしいのです。意識不明のまま、結構命が危なかったみたいで…
当の本人はあまり覚えてないのですが、意識を取り戻した後も相変わらず見舞いにすら来ないワカ姉、タメ兄、親父トリオ…
おい、その真ん中の奴!何度も何度も弟を殺し掛けといて来ないってどーいう了見だ!?
オマケに入院中に「あ、ケイジ?また引っ越したからね?」と母から言われ…。もう事後でも先でも、そんな話どーでもいいから…。もう寝かせて…?……てな感じに数日が経ってしまいました。
やがて退院が近づき…
「ケイジ、大丈夫か?」
「あ、ナガ兄ぃ。うん、もう大丈夫…」
「そっか、良かった…。で、お前…何であんな所に一人でいたんだ?お前の友達が遊びに来て『怒って帰った』って、母さんが言ってたぞ…?まさかまた…タメ(あいつ)か?」
はい、その通り。ズバリ正解です。大正解したナガ兄には豪華ハワイ旅行をプレゼントしまぁーす…。…すいません嘘ついてました…
「ううん…。一人で土筆採りに行ったんだ」
「引っ越ししたてで道も知らない小さなお前が、急にあんな遠い場所へ行けるのか?」
「た、偶々だから…、うん…」
「……。」
タメ兄からの報復を恐れ、自分はそれ以上何も言えませんでした。ただ、あの折角採った土筆は自分の慌ただしい救急搬送と共に、何処かへと無くなってしまったらしく…。もしかして…、あの幽霊が食べたのかな?…な、ワケは無いか…
そしてナガ兄伝手に、タメ兄は自分を放置したあの後、楽しく友達と遊びに出掛けていたとか?しかも母さんに「土筆採ってくるから」と言って、そのお出掛けの際。しっかりと傘まで持参していたらしいのですが…
う〜ん、まったくもってクレイジーブラザー…
でも、新しい別の家に帰ってもしばらくは安静に…と。布団で横になりながらナガ兄がその枕元で
「ケイジ、お前…。あそこに居たのなら″アレ″見てるよな…?」
「…え?」
「『え?』じゃない、あの″畑の老婆″をだよ…」
「あ〜……、うん……」
やはり兄にも″幽霊″が見えていたらしく、よく通る道だったので既に何度も見ていたとか…。でも相手は地縛霊として干渉・接触さえしなければその場からは一切動けない様子で…
「まぁ、あの手の霊は大丈夫だよ。安心しな?」
「うん…」
そして現在。近代化が進みその周辺には今、住宅が建ち並んでいます。その老婆がいた場所では怪奇、もしくは心霊現象等が起こっているかもしれませんが…
でも今回…、下手をすれば自分もその仲間入りになっていた可能性があったのです…。そう考えると何かその老婆に対して親近感が湧いてきて……いや、湧かないよ、湧かないってば…
…と今回はここまで。ご朗読ありがとうございました。(泣)
※2021.6.23 追記。現在、ICは GoogleMAPで工事中になっていたので現在はトンネル自体が埋立て&封鎖されている可能性があります。
完。




