七十ノ怪 遺恨団地
『……。』
「……。」
少し空覚え。
これは恐らく自分が小学五、六年生くらいの頃?…だったかと思います。引っ越しで家が遠くなっても転校の手続き等の手間が凄く大変らしく、極力同じ学校に通う様にさせられていました。だって父親の所為で、また引っ越すかもしれないんですよ?いや、引っ越しという名の『″夜逃げ″』でしょうが…
まあ、今回はそんな引っ越し先。自転車の通学路で見た………な、少し悲しいお話をさせてもらいますーー
『……。』
「……。」
今はどちらも取り壊されて無くなってしまいましたが。昔、大阪の藤◯寺球場の近くに、まとまった集合団地がありました。あまりの引っ越し三昧で、学校に自転車通学の許可を得。通学路としてとある団地前を毎日通る事になりました。
でも自分がその前を通過する度、必ず窓越しにこちらをじぃ〜っと見てくるオジさんがいたのです。その方が住んでいたのは二階だったのか三階だったのかは忘れてしまいましたが…。ずっと顔は無表情、いつも同じ位置、同じ場所に立っていたので、凄く気味が悪かったのを今でも覚えています。も、もしかして若い男子を狙う男色家だったとか…!?ウホッ…
『……。』
「今日もいる…」
団地妻ならある意味許せるのですが、団地オジさ……いやいや…、出来る限り目を合わせない様に前を通り過ぎようとします。…ですが、一度気になりだしたモノは無視なんて出来はしません。だって建物の反対側を向いたまま自転車走行したら対向車と正面衝突してしまいますからね。必ず横目の視界に入るのです…
「またいるし…」
その方との遭遇率は、なんと100%…。必ず窓際に立っているのです。ちなみに、その時住んでいた自宅前には自転車屋さんが有り。そこの店主のオジさんも凄い暇なのか、ホボ100%店頭に立っていました。しかも
「おっ、ケイジくん。今日もいい天気でんなぁ?」
「あ…、はい…」
…と。晴れの日も曇っていても、雨の日でも風の日でも…、台風が直撃していても「今日もいい天気でんなぁ」しか言わない、お向いのオジさん…
大人になってから最近、その自転車屋の前を通る機会があったのですが、若い男性が店番をしているのを見ました。恐らく息子さんが家業を継いだのでしょうか?彼もひょっとすると「今日もいい天気でんなぁ」とか言うのも継いでしまったのかもしれませんが…。ある意味怪奇現象ですね……と、こんな話はどうでもいい。
そんな日が数日続いた、ある日の事…
「ケイジごめんね…。今週末に、またお引越しするから…」
「はぁ〜い…」
引っ越しした回数も二桁超えたらベテランさん。もう手慣れたものです。ずっと自分の部屋なんて無いし、持ち物なんてお下がり衣類と教科書や筆記具、それを入れるカバンくらい。
そして、あっという間に引っ越しが完了。
毎日ポジティブに生きてきて、近場約2キロ圏内の引っ越しが多かったので全く苦にはなりません。しかも学校がちょっと近くなり、あの気味悪い団地前を通る事が無くなったので、逆にラッキーだと思ってたくらいです。
しかし……
『おい、お前。ちょっと面貸せよっ、オラッ!』
「……ひゃい…」
ある日、友達と遊んだその帰り道。とある駐車場で不良たちに思いっ切りカツアゲされてしまいました。これは凄く痛いヤツなので、あの美味しい「カツ揚げ」ではありません、あしからず…
「ご、ごめんなひゃい…」
『ちっ、しけてやがんな…』
小柄な小学生一人に対し、中高生くらいの体格、大柄な不良たち。人数は七、八人はいたかと。万が一にも勝ち目も有りません。取り敢えずボコられ袋叩きにされ、自分は既にアスファルトへバタンキュー、″のし烏賊″状態に…
『オラよっ!!』
(ガッ!!)
「あふ…」
最後はお尻へ、ウホッ、トドメッ…とばかりにキツい蹴りを一発…。瞼は切れ、鼻血はダラダラ…。身体中に擦り傷や打撲痕、オマケに自転車まで没収され…。何故ここまでされたかって?だって自分は文無しだったから…。泣
「よっこらしょ…っと」
でもこんなの実の兄弟、タメ兄やワカ姉の暴力や嫌がらせに比べたら屁みたいなもの。…と、常にポジティブに生きてきた自分。不良に絡まれるなんて、この時代にはよくある出来事でした。でも、今回は凄く痛い、痛過ぎる…
「あっ、唇も切れてる…」
黄色いシャツに斑らのグラデーション、真紅の鼻血が重なりドス黒く染まって…。そんな迷彩服状態のまま、フラフラと歩道を歩いていると…
(キキーッ!!)
対面を走っていた車が急停車し、二十歳くらい?の男性が車を降り、こちらに駆け寄って来てくれたのです。
「ボクッ?大丈夫かい!?」
「ひゃい…」
かなり古い話なので。助けてくれた男性のお名前を、折角車内で聞いたのに忘れてしまいました…。ごめんなさい…
「どうする?病院に行こうか?警察かい?それか、ここへ救急車を呼ぼうか??」
その方は綺麗なハンカチで自分の鼻血を拭き取ってくれました。
「これは君にあげるから、傷口に当てて?あ、気にしないでね?」
「あひがほうごひゃいまふ…」
結局、意識が朦朧としていて、ちゃんと何も言えなくて…。そして譫言のように言った自宅が有名な店舗の近くだった事もあり、その方に車で家まで送ってもらう事になりました。こんな汚れた血塗れの子供の面倒を見ても一銭の特にもならないのに…
でも、その道中。あの気味の悪いオジさんがいた団地前をスーッと通過したのです…。すると…あれ?もう取り壊されてる??建物が撤去された事で物影が無くなり、周囲は明るく感じましたが、一瞬の事で。それより全身の激痛が脳内の意識をホボ占領している状態だったのです。
「さっ、着いたよ」
「あひがほうごひゃいまふ…」
結局、その方にはグダグダな「ありがとう」を二回言っただけで。よく見ると車の座席は自分の出血で殺人事件現場みたく汚れていました。しかも肩を貸してくれたその方の白いカッターシャツまでも血塗れに…。玄関から母親が飛び出して来て、そこから後はよく覚えていません…
するとその方は「お礼なんていいですよ。それに僕はこれから仕事に戻りますので。ボク?早く傷が治るといいな?じゃあ、また」…と、連絡先も言わず車で走り去ったのです…
世の中には損得関係無しに善意を施せる優しい方々がおられると再認識した一幕。自分の親父も少し…、この優しい人の、ほんの一欠片でも見習って欲しいものでしたが…
まぁ、結果として奴と会えたのはこの日から半年後くらいだったかな?母親が「自分が不良に絡まれて大怪我をした」と連絡を入れていたらしいですが…、ダメだこりゃ。
そして二日程学校を休む事になり、通学用の自転車が盗まれてしまったのでナガ兄の伝手で友達から「弟が自転車買い替えて、古いのが一台余ってるからやるよ」と、それを譲り受ける事になりました。
「ケイジ。ほら、俺の自転車の後ろに乗れ」
「うん」
ナガ兄の自転車の後方の荷台に跨がり、その友達の家へと向かいます。すると、この道はあの……、と見覚えのある場所に入り。そして兄は、例の団地前を通過しながら、自分にこう話し掛けてきたのです。
「ケイジ?」
「な〜に?」
「お前。ここのオジさんの事、覚えてるか?」
「??」
こんな話を急に振ってきたナガ兄。実は鬼祖母が″子だくさん″だった所為か″親戚もたくさん″いました。要は″父親の姉の離婚した元旦那さん″がここに住んでいたらしいのです。
「お前が赤ん坊の頃、よく泣いたからなぁ。ここに住んでいたオジさんがよく面倒をみてくれたんだぞ?」
「ふぅ〜ん…」
自分はまだ不良にやられた怪我の痛みもあり。自転車の車輪が路面の凹凸を踏む度にダメージを受け、それで集中力が疎かになっており、少し話を聞き流していましたが
「もう取り壊されてしまったんだなぁ…。ほら、あの辺りに住んでたんだ。」
「…!?」
と、ナガ兄はあの不気味なオジさんがいつも立っていた部屋を指差したのです。正直言って、この時ばかりは凄く驚きました…
「何年か前に叔母さんと離婚した…って聞いたけど。建物が壊されてるし、もう引っ越したんだろう。ケイジ、また会えるといいな?」
「う、うん…」
後から聞いた話ですが。自分がその団地前を通学路として利用していた時は、もう取り壊しが決まっていて建物の中は無人。既にもぬけの殻だったとか。更にオジさんと叔母は早くに離婚しており、あの人は元身内だった…と言う事になります。今思えば団地には一切洗濯物が干されて無かった記憶が…
そして兄の友人から自転車を譲り受けたその帰り道。モヤモヤっとした気持ちのまま、再び団地前を通過しようすると。前方を走っていた兄がいきなり自転車に急ブレーキを掛け
「ケイジ。言ってみな?」
振り返り、そう聞いてきたのです。小学生の自分の動揺や隠し事なんて兄にはバレバレでした。だから「無人の団地でそのオジさんを何度も見た」と、自分が体験した幽霊話をしたのです。
「そっか…。じゃあ、あの叔父さん…もう亡くなったのかもな…?」
「……。」
兄も少し困惑気味に自分の話を聞いており、そして二人で取り壊された元団地跡を再び眺めたのですが、再びあのオジさんが現れる事はありませんでした…。するとナガ兄は
「ケイジ、また会えるといいな?」
と、さっきと同じセリフを今度は少し笑顔で
「うん…」
先日まで怖がっていた事を「ごめんなさい…」と反省しつつ、自分も今度はちゃんとした笑顔で心からそう願い。その後、兄と二人で下で手を合わせ黙祷を捧げました。
稀にですが、大人になった今でも車で元団地前を通る事があり。その度にあのオジさんの事を思い出します。残念ながら、まだ再会は果たせてはいませんが…
完。




