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六十七ノ怪 ザ・おでん

あなたはかつて、こんな恐ろしい体験をした事があるでしょうか?


苦しみ、畏れ、絶望…、そしてお腹がパンパンなキャパオーバー地獄…


そのいずれもが重複し、重なり合い、何度も己の魂へと襲い来るのです…


では、その恐怖の象徴たる″モノ″とは一体何んなのでしょうか?要は原因そのものの問題になってくるワケなのですが…


じゃあ、それは…何でしょう??

とか遠回しに言ってないで早く言えってば…




はい…″妻の作ったおでん″……なのです。




え?おでんだったら凄く美味いじゃん?…とか思ったそこの読者様あなた


チッ、チッ、チッ…


全く理解してません。全くわかってません。それは絶対に勘違いです。

で、これは他人事だと思ってませんか?…ケイジが言いたいのはですね、味なんかより……″作り過ぎた悍ましいくらいヘヴィなその量!″。


「マ、マジか…」


多分妻に聞こえていない絶妙な小声で、そう呟く自分ケイジ


あれは確か初めての我が子…。第一子の長女ヤカがまだ一歳くらいの新婚当初でした。妻の叔父がおでんも取り扱う、たこ焼き屋さんをやっていて。家庭での、おでん用にと…、ドラム缶タイプのでっかい円筒鍋を貸してくれたらしいのです…


「パパ?おでん炊けたから。いっぱい、いっぱい食べてや(はあと)」


「イ、イエッサー……」


純粋に?いや、極自然に…?いやいや…漠然とした…?う〜む。これを説明するに至り、しっくりくる言葉は何でしょう…


「ご、拷問…か?」


「え?パパ、何か言った?」


(フルフルフルフル、必死に横に顔をフルフルフルフル…)


だって多分あれは豚骨を煮たりする業者用のでっかい円筒鍋だぞ…?こちらは新婚夫婦と消費対象にならない小さな娘が一人の三人家族…。明らかに、一週間やそこらで食べ切れる量ではありません。「旦那デス◯ート」って話を聞いた事があるが、代用品??

取り敢えず、その最重要課題を妻の琴線に触れる事なく、当たり障りもない様に聞こうと…


「さ、さて…。食べよっかなぁ〜…。いっぱい、いっぱい。たくさん、たくさん具が入ってるから何から食べるか迷うなぁ〜。″食べ切れるかな?″あははは…」


「大丈夫。みっちゃんにもあげるから」


「へぇ……」


(しぃ〜ん…)


それに、その頼れる存在である筈の叔母みっちゃんも齢六十過ぎでは…?そんなに食えないぞ…?多分……

驚愕する程にある大量のおでん、その場は恐ろしい程の不気味な沈黙に包まれます。

カセットコンロを床に、その上へ業務用円筒鍋を置き椅子に座りながら超長箸を手に持ち、お椀片手に″ソレ″を覗き込む姿を想像してみて下さい…


…で、何故妻はおでんを一つも口にしないんだ?夫婦で一緒に食べるんじゃないのか?ってか、このボリュームだぞ?さっさと食べてちょうだい…


(じぃ〜…)


こ、これはケイジに早く食べて、つまにその感想を聞かせてほしい…って事なのか…?そうなのか?だったら…


「う〜ん…、どれにしようかなぁ…」


(じぃ〜…)


何か怖い…。処◯される寸前な囚人の方々も自分と同じ気持ちだったのかも知れませんが…


シャリシャリシャリ…


取り敢えず無難な大根をゲット。はむはむ…、初日はシャリシャリと具が固い…。本音、自分はゆっくりと静かに食べたかったのですが…


「美味しい?」


「ん?え?あ、はい。う、美味い、美味いょ〜」


「ほっ、良かったぁ〜」


おでんは二日目以降が″味がしゅんで″美味くなるんだよ…?で、あのさ?普通は「おでん」って言ったらテーブルの上に置いた鍋を突っつく感じを想像していたんだけど?床にコンロを置いて、その上にドラム缶鍋って…。

取り敢えず台所のとある一角で、デカい缶鍋に向かってお椀片手に俯き加減、必死におでんを食べてる自分って…。あの時写メしてたら、確実にバズってた筈よ…?

そして続けざま…玉子、蒟蒻、ちくわ、きんちゃく食べていくともう限界。切り分け方も荒くて一つ一つがデカいデカい…


「ふぅ…。お腹いっぱいだぁ…」


「もっと食べてよ」


脅迫!?こ、怖い…


「い、いやさ。もう、お腹がいっぱいだし…」


「たくさん余るでしょ!もっと食べてよっ!!」


じゃあ、何故こんなに沢山作ったんだ……

……とは一切口にせず、我が身可愛さに更に八個?くらい頑張って食べました…


「あ、パパ?保険会社から封筒届いてるよ?」


「げっ……ぷ、ふぇ?」


ウホッ、俺の腹ん中ぁパンパンだぜ…。…ってかさ?受け取り人が妻になっている保険に入った直後。この殺人大量おでんを出した気がしないでもない…


「それとね?パパ」


「はい…」


「しばらく間、会社に持って行くお弁当があの″大好きな、おでん″になるし。頑張って食べてね?」


「………………はい。げぷっ…」


次の日から毎日会社へ″地獄の愛妻おでん″を持って行く羽目になる死の宣告を受けました…

そして、そのお昼時。社員方々から羨ましがられたり、味もしゅんでいたので凄く美味しくいただけましたが…

しかしです…


「ケイジくん…?」


「今日もおでんですが…何か?」


「そ、そうか……」


流石に四日目を過ぎた辺りから。皆から受けていた羨望の眼差しが。やがて悲痛且つ哀れみの眼差しへと変化し…


「ケイジくん…」


「おでんですが…何か?」


「……。」


そして七日目を過ぎた頃。衝撃の事実と共に、新たなる発見をした自分…


「ケイジ……」


「おでんはですね〜。玉子が古くなってくると外気が触れてる外皮がやたら固くなってきて、もう一度皮を剥けるんですよ…?何か新鮮味が帯びてぇ〜…ラッキーな感じですよね!あはははっ!!」


「……。」


博学になり、ついにおでん史上初。人類未開の十日目へと突入…。そして誰もが一切声を掛けてくれなくなり、心なしか皆と微妙な距離感が否めなくて…


「……。」


「あははは…。おでんのちくわって日数が経過し過ぎると「つるんっ」と皮が脱皮しちゃうんですよねぇ〜…。それに大根なんてプルップル、まるでフカヒレゼリーだ。箸が全く役立たないから、タモ欲しいし、噛むより飲めって感じ…?おっ…、蒟蒻の表面…空気に触れていた部分かな?思いっ切りカッチカチだぁ。噛み切れないねホント、あははは…。丁度さ、作業用のトンカチが欲しかったんだよなぁ……ぶつぶつ……」


「…………。」




……俺が妻に一体何をしたの…?泣





完。

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