六十四ノ怪 彷徨える自分
これは、とある神社の境内での出来事。
自分が子供の頃、何も考えずこの周辺で遊んでいたのですが。まだ幼かったからか、害の無い軽い心霊現象に対しては疎く、全く気にもならず、バカ丸出しで…って、誰が馬鹿やねんっ…ーー
ここは大阪府藤◯寺市。
周辺の羽◯野等の地も含み、世界的にも有名な数多ある古墳群生地帯でもあります。
近畿圏内を親の都合で引っ越しては、また引っ越し…と。そんな日々の中、ある一つの着地点。
引っ越し先の自宅近くに仲◯命陵古墳があり。そこに隣接する神社、沢◯◯幡神社には敷地を真っ二つに、近◯電車が走る線路が通っていました。
「ホッ…。今日はタメ兄に見つからず無事に家から脱出出来た…」
只今、自分はこっそり、ひっそりと外出中。恐らく今、天敵で凶暴且つ獰猛な次男タメ兄が家で身を潜め、今か今かと獲物の帰りを待っている事でしょう。
ぜ、絶対に帰ってやるもんか…
雨の日も風の日も「屋外で時を過ごす」。これ即ち″我が身の安全祈願たる日常也。″
知らぬ土地で、ふらふらと出歩いた先。
国道から一本道逸れ車一台がやっと通れるくらいの細い道路を歩いていると。横幅が4、5メートルくらい?の、沢◯◯幡神社の入り口が見えてきました。もちろん小さい頃の話なので、神社の正式名を知ったのは大人になってからの話。
そして景観は神社らしく砂利道に灯籠飾り。境内の道は、左右間隔を空け桜の木が満遍なく植えられてます。(現在、その桜の木は撤去されてしまった様です)
しかし、残念ながら季節は真夏。桜花を満喫する事は出来ませんが、代わりにその木から伸びる鬱蒼とした枝葉が空を覆ってくれて。その涼しく薄暗い道の両側の木からは、油蝉が「ワンワン、ワンワン」五月蝿いくらい鳴いています。
まさに夏って感じが、…って、鳴き声は犬かっ。
「うん、今日はここで時間を潰そう…」
今回の引っ越しは突然且つ、夜逃げ的にややこしかった様で。小学校へはまだ転入出来ず、しばらく学業はお休みになってしまいました。だって連続で引っ越す可能性だってあるし…
こんな時、一般的家庭の子なら勉強をサボれてすっごく喜んだりするのでしょうか?ですが自分にとってはあの凶暴な次男の虐待から逃がれられる、学校や外出時の方が天国タイムだったのです。だからゆっくり家でくつろげた記憶なんて無く、悍ましき思い出しか御座いません…
「あ、踏切だ。神社の中に線路が通ってるんだ…。凄いなぁ…」
小さな歩幅で境内を歩いていると、やがて真正面に踏切が見えてきました。しかし入って即、自分は不思議な光景を目の当たりにします…
「…?」
線路踏切の手前と、それを渡った反対側に二つの空間の乱れ…。簡単に言えばホボ無色透明?薄らと見える″人型の存在″?が目にとまったのです。これは大人になった今ならハッキリと分かります。はい、彷徨える思念体…。そうです、まさに幽霊そのものでした。
(何してるんだろ…?)
かなり古い話なのでその容姿や性別等は覚えていませんが、二人とも疲れた感じに少し下向き加減。何もせず、ただジッと立っているだけの存在でした。ジャンル的に言えば地縛霊でしょう。ひょっとすると彼らは踏切で投身自殺でもしたのでしょうか?
…と、そこまで考えが及ばない幼き日の自分。そんな事は一切気にもせず、そのまま線路を渡りきり奥の広い敷地へと入ります。
そして何気に踏切の方へ振り返ると、光の加減なのか恥ずかしかったのかはわかりませんが。もう幽霊を視界に捉える事は出来ませんでした。
(消えた…の?)
クエスチョンになりながらも再び視線を正面に戻すと。左手奥、上り階段の先に社が見え、境内の至る所に大きな木が立ち並んでいます。そして右手側に、まさに御神木と言える巨大な大木が己を主張するかの如く存在し。自分はふっとい幹に合わせて自分の短い両腕を広げ興味津々。更に大木を下から上へと徐々に見上げていき
「うわっ、おっきい…。ここなら雨降っても濡れないな、うん」
幾つもの聳え立つ大木の枝葉が屋根代わりに、木漏れ日も少なく「今は夜か?」ってくらい薄暗くて不気味な様相を醸し出しているこの境内。
しかし日々、あのタメ兄の暴力から逃げ隠れする場所を探していた自分。ここならあの″殺意のタメ兄″も探しには来ないだろう……絶対?…多分だけど………と、言う事で。
「よっこらしょっ…と」
大木だから根も太くてデカい。そして大きな大木を背に、根っこを椅子にするには丁度いい感じ。
自分はそこに″ちょこん″と座り込みました。家に帰れる時間はタメ兄の一方的な暴力を仲裁してくれる長男ナガ兄が帰ってきてからなのです。母では暴走タメ兄を止めれないので…
そして、ある種の期待を込め「ナガ兄は、そろそろ帰ってきてくれたかな…?」…と、譫言の様に言っていると…
(ゾワ……)
急に首から背にかけて嫌な悪寒が走ったのです。
「ひゃわっ…」
木の上に溜まっていた雫が落ちてきたのか?いや、服は濡れてない。キョロキョロ、キョロキョロ、改めて周囲を見回しても誰もいないし何も見えません。
じゃあ、さきほどの違和感は一体何だったのでしょうか?
そして二体の霊が踏切にいた事をふと思い出し「まさかさっきの二人が?」と、再び目をやってみます。しかし…
やっぱり何も見えないし、周囲に何もいないし、ふう…一安心。
「ん〜…、まっ、いいか」
開き直って、しばらく高い木の枝に止まっている蝉を数える事にしました。
「枝がいっぽん、枝がにほん、ここは″に″っぽん、″さん″まに″ヨ″ット、″ゴ″リラの″む″すこ、″な″っぱ、″は″っぱに、″く″さった、″とう″ふ…むにゃむにゃ…」
自分は知らぬ間にその木の根元で寝てしまったようで。
それから、どれだけ時が流れたのでしょうか?マイボディが何故かグラグラ、ユサユサと揺れ…。誰かに起こされている様な感覚が全身へ
「……ん…んん?」
涎まみれで大木にもたれ掛かったまま目を覚ますと。目の前に紺の作務衣を着た、オールバックで白髪混じりのお爺さんが立っていたのです。世間を知らぬガキンチョの自分。その人を見た瞬間、勝手に敷地内に入っていたから「ボクは怒られるっ!?」と、そう思い込んでいました。ですが
「ボク、一人かい?」
笑顔で、とても優しい一声。両親とも祖父は自分が生まれる前に亡くなっており。全く「お爺ちゃん」のぬくもりを知りません。もし、祖父が生きていればこんな優しそうなお爺さんだったのかもしれませんね…
「う、うん…」
「そうか、そうか」
小さな頭に大きな手が乗り、優しく撫で撫でと。今から思えばその人は神社の神主、もしくはその関係者だったのかもしれません。すると
「ボク、この木に腰掛けしちゃダメだよ?この御神木には神様が住んどるからのぉ。ふぉふぉふぉ…」
と、やっぱり優しい笑顔で、そう注意を促してくれました。
ん…?…神様?さっき首辺りを触ってきた存在がそうなのかな?
この手の話なら長男ナガ兄としたりしますが。そのナガ兄から、いつも「心霊現象話は、俺や母さん以外としちゃぁダメだよ?さもないと…、酷い目に遭っちゃうぞ?」と教えられていたから
「はぁーい」
自分は余計な事は何も言わず、ヒョコッと立ち上がりその場を離れようとしました。その時、少し気になった御神木をもう一度チラ見すると。立ち去ろうとした自分に、お爺さんが再び声を掛けてきて
「ボク?この木の神様に会えたのかい?」
と、そう聞いてきたのです。個人的には「神様?ではなく別の何かでしょ?」の様な気がして。気持ち、そう答えたかったのですが…
「ううん…。会えてないよ?願いを聞いてくれるならボク、一度会ってみたいなぁ」
当然願うのは「金持ちになりたい!」も含む無難な回答かと。するとそのお爺さんは
「ほぅほぅ、ボクには″見えていた″と思ったんじゃがな…?ふぉふぉふぉ。ひょっとしたら木の神様に会えるかもしれんから。また、いつでも遊びにおいで…」
「………う、うん。ありがとう…」
まさか、このお爺さんには御神木の神様が見えているのでしょうか?…ってか。神様なんて本当にいるのかな?傲慢な人間が生み出した″人を操る為の架空の存在″なのでは?と、最後の考えは大人になってからですが…
あ、でも自分は困ったらすぐに″神頼み″しますよ、それが何か…?
…と、取り敢えず。自分はさっき肌で違和感を感じましたが。生来、感じてきた心霊現象と何らその違いがわかりません…。絡む蜘蛛の巣みたく、首筋へ寒い空気が流れる様な感覚…?要は霊の仕業ではないのか?…と、そう考えていました。
じゃあ幽霊が出るからこの神社にはもう行かないんだ?………いえいえ。
「休む″場所が悪かった″んだな、うん…」
せっかく見つけたタメ兄からの逃走先。外で雨宿り出来てとても涼しい、こんな良物件をみすみす逃すなんて事は絶対に有り得ません。
…ってなワケで、馬鹿な自分は何度かここへ足を運ぶ事になります。それからは境内の社に続く階段で休む事が多かったですが。踏切にいる二人の霊は見えたり見えなかったり。元々薄らとしか見えず、見えない時の理由は全くの不明でした。
「お爺さん、また会えないかなぁ…?」
結果として。その後、あのお爺さんとは一度も会ってません。そもそも御神木の方を「じぃ〜…」っと見ても全く何も見えず。結局、あの首筋の心霊現象が怖くて、最後までその御神木には近づかず未確認のままでした。ひょっとしたら″あのお爺さん″が御神木の神様だったのか…?今となっては確認する機会も無いですが…
そして次の引っ越し先も、この古墳の反対側で。
周辺に幾つかある公園で友達がたくさん出来ました。まぁ、約二年間の間に三回も引っ越しさせられましたが…。遠方に引っ越すまで、この辺りは二番目くらい長くいた土地だと思います。
で、オチが無くて困ってるんですが、どうしよう…
このままではオチが無くてオチつかない…
……
…って、こんなオヤジギャグじゃなくて!
仕方が無い。ここは一つ、引っ越ししたら必ず新聞をとるウチの酷いリアル親父ネタで…
「おー、新聞とって欲しいんか?よっしゃ、とったろっ!最初の一年は無料やぞ?他にもいっぱいサービス付けろよ?わかったな?わははははっ…」
「はい、ありがとうございますっ!」
とある新聞屋さんが、大量の何かのチケットや箱やら何やらを無料で玄関先に置いて帰りました。
親父以外の家族がそれらを貰ったり役立てたりした記憶も無く、約二年で我が家は三度引っ越して三度新聞屋さんと契約していたのですが何か…?泣
完。




