六十三ノ怪 石橋の上より
これは、ここ数年前の体験談。
大阪から奈良へマイカーで家族と遊びに出掛けた日の出来事。七人乗り三列シートの後部座席に成人したばかりの長女と高校生の次女の娘二人。ど真ん中の座席には妻がひとり″でーん!″とのさばって。助手席へは小学校低学年の可愛い息子が″ちょこん″と座っています。
そして最後はもちろん、スーッと美しく伸ばした腕の先。その利き手にハンドルを握り締め、空いた片手で煌びやかに髪を撫で上げる紳士の男こと、スラッとしたスタイルに犬歯がキラリと輝くイケメン親父な自分が運転席に座っています。頭脳明晰、才気煥発、霊験あらたかな……………
はい、わかってます。はい、すいません。はい、嘘ついてました。可哀想な奴だと思って、そういう事にしておいてやって下さい…
…と、かなり脱線ごめんなさい…
今回は出先で、そんな何気ない日常に起きてしまったハプニング&アクシデント&恐怖体験話をしちゃいます…ーー
外は雲無き晴天、いやはや快晴、快晴。
朝の快便に体調もすこぶる快調。そして家族をぎっしりと乗せたマイカーは通い慣れた山道を滑らかに走行し、やがて県境を越え大阪から奈良へと入りました。
「いつもの、◯◯◯てに寄って行こうか?」
「うんっ!」
山道を抜け一般道へ入ってすぐ。道の駅によく似た、とある店舗へと立ち寄る事に。そこは農家別に多種多様な野菜、ミカン等の販売&試食があり、あれやこれやと家族でとても楽しめたのですが。でもこの後、自分の不注意で天国から地獄へと状況は一変する事になるのです。
「あ〜、たくさんの″試食″。ホント美味かったよなぁ〜?」
「だね〜」
家族団欒、和気藹々。読者様方々に「″買えよ!″」的な非難を一身に浴びつつ、そんな帰り際の出来事。
う〜む…。運が無いのか?バチが当たったのか?店舗駐車場で前方駐車していた車を普通にバックさせようとしたら、車体の死角プラス後部座席で座っている背の高い次女の背後から不意に男性が現れ、マイカーの後ろのバンパー部分に″トン…″と接触してしまったのです…。オーマイカー&オーマイガー!
「ぉわっ!?」
所謂、目視の確認不足の″やっちゃった人身事故″です…、はい…。フットブレーキを緩めただけでしたが、慌てて急ブレーキしても間に合わず。その方の体は車体に″ポンッ″と押され感じ、手から俯き加減。地べたへ″へたり″と座り込んでしまいました。
ごめんなさい…
それを横で見ていた奥様らしき人が、更に悲鳴を上げながら駆け寄ってきて…
『きゃあああっ!!!』
「はぅあ!?」
免許を持ってる人も、これから免許を取る人もここが重要。人身事故は必ず″逃げずに車を停車させて人命救助を優先″して下さい。事故現場から逃走さえしなければ、状況はそれ以上悪化しませんから。
でも、もし怖くなって逃げしたりしたら…、それはれっきとした犯罪行為。″轢き逃げ″となり警察に追われ、状況は打って変わって天国から地獄へと堕ちて逝きます…。あー、怖い怖い…
古今、路上には各所コンビニ等に防犯カメラが多く設置されていて、すぐ逮捕されてしまいますよ?優先すべきは人命救助。だから、これ以上現状を悪化させない為に…
(ガチャ!!)
…すぐさま車を停車させ、ドアから車外へと飛び出し。期待通りなキャラの所為か?少し転びそうになりながらも、接触してしまった方の元へと駆け寄りました。
「おわっ、とっとと…。す、すいませんっ!お身体は大丈夫ですか!?急いで救急車を呼びますね!?」
と、こちらからは一方的な質問攻め。見た感じ、かなり年配な方でしたが…
本当に大丈夫なのかな?そして自分は肩を貸し、その方の体を起こしてあげました……が。当然、その差し伸べた手はキツく払い除けられ
(バシッ!)
「じゃかましいっ!さわるなっ、バカものっ!!」
そう叱責を受け、相手方はかなりご立腹の様子……って、当たり前か…。本当に申し訳ありませんでした…
その後の流れは被害者側に「救急車を呼びます」の確認。
不要との事でしたが、電話で警察へ事故の状況を説明すると「頭部を打っていたり万が一もあるので病院に行って検査してもらって下さい。」と指示されました。
でも、その旨を伝えても救急車を呼ばれるのを頑なに断る被害者男性。すると本人は「最寄りの病院だったら自分で行けるから」と言って、自分の車でそちらへと向かわれたのです。その後、ほどなくしてやって来た警察が事故現場の検証を始め
「えー、じゃあ車をバックさせる時に接触してしまい、その方は両手で俯せ状態で座り込んでしまったのですね?そして手の平を怪我された…と?」
「はい、そうです。すいません…」
「これは現場検証ですから、謝罪は改めて本人に言ってあげて下さいね?」
「あ、はい…、すいません…」
自分の返事はしどろもどろ。更に車内でずっと待たせてしまっているマイファミリーは悲しくも窓のスモーク越し、どんより暗い陰を落としていると思われます。
ん?息子だけ元気いっぱい。何個も、何個も、いっぱい、いっぱい″みかん″を食ってるぞ…!?
(あははは…)
…っと、それはさて置き。
ホントにごめんね?皆で楽しく″試食″…、いや…、ショッピングしに来たのに………んん?でも、息子はちょっと難しい子なので、その後、車内でピョンピョン飛び跳ね、手を叩いて喜んでました。う〜ん何故だ…?俺が人身事故を起こしたから?しくしく…。も、もしくはお腹がいっぱいになったからかな…?と、そんな息子の謎の元気を分けて貰い
「これはもう起こってしまった事だし、くよくよしていても仕方が無い。あとは被害者側へ誠心誠意謝罪し、やれる事をやろう…」
気持ちは前向きに。やがて事故処理も終わり、警察が引き上げた後。急ぎ被害者の向かったという病院へと車を走らせました。しかし到着するとその病院内の看護師から「もう、その方は既に家へ帰られましたよ?」と言われちゃいます…
あらら…、行き違いか。ふむ、仕方が無い…。で、謝罪と今後の事も含め。帰宅されたであろうタイミングを見計らい、あらかじめ聞いておいた電話番号から相手側の自宅へ電話を掛けさせてもらいました。しかし、繋がったのはいいですが…
「あー?ワシは、お前の声なんて聞きたく無いんだがなっ!」
やっぱり…
「申し訳ございません…。こちらは精一杯の対応をさせていただきますので、保険の段取りも出来ていますしーー」
初めは突っ撥ねられ酷く辛辣な応対…、でも真摯に対応していたら徐々にその方の言葉もオブラートで包まれる様に和らいでいってくれて…
ホッ…、よかった…
そして当日と次の日は用事があるからと。謝罪に来るのは三日後の昼過ぎにしてくれとの指示を受けました。
「はい。では三日後の昼一番にお伺いさせて…ーー」
時間にも余裕が出来てやっと一息。改めて、ある百貨店の◯券や菓子より等を幾つか購入。
それらを用意し、当日。奈良在住のその方の自宅へお詫びに向かう事にします。
…ん?まてよ…。長々と……コレって、ただの事故話じゃないのかっ!?″幽霊″はいつ出てくるんだよ、″幽霊はっ″!!…と、期待を裏切りまくる作者…。ごめんなさい…、もう少し待って下さい…
「さあ、行くぞっ…」
その日は娘二人に家で留守番してもらい。親がいないと必ず行方不明になってしまう息子を放置出来ず、一緒に連れて行く事にしました。
そして近くのコンビニへ車を駐車させてもらい、中でちょっと買い物したついで、その方の家探しで周囲を練り歩く事にします。でもしかし、でもしかし……
「ひ、広い…、広すぎる…。◯◯さんの家…、何処にあるんだ…?」
周囲の景観は一軒の間が軽く二、三百メートルある、だだっ広い田畑にポツリ、ポツリと建っている大きな家々…
そうです。この辺り一帯は農家の大きな畑と豪邸ばかりだったのです…
住所はここいら辺だよな?合ってるよな?しかもその辺りは同じ苗字が何軒もあって。門構えから玄関が遠いからか、全てインターフォン越しでの対応で
「″あー、ウチじゃ無いよ″」
「″知らない、知らない。今、忙しいからね?もういい?″」
「″ざんねんですが違います。はい、さようなら″」
だ、ダメだ…
「ど、何処にあるの…?この人の家は一体何処にあるんだよぉ…」
…と、何軒も何軒も…何軒も…はぁ…門前払いされ…。恐らく同じ苗字の家を二十軒以上は捜したかと。ここら一帯は皆、遠い親戚なのかな?行って初めてわかる同苗字多発地帯…
ぐはっ、吐血………は、しなかったですが…。おい…
「えーっと、次は…」
さて…、次の家は……と。見た感じ…、すんごい遠いな……、軽く八百メートルはあるか……?田畑に囲まれた遠くにポツリと見る大きな家。まるで時代劇に出てくるお屋敷だな…。簡単計算、苗字が違ったら往復で徒歩千六百メートルか…。時間的に違ったらお終いだな…
全く知らない土地で″約束の二時間前に着いていたから絶対大丈夫だろう…″的な考えは甘かった…。自分は奈良の広大な大地をなめていました…。そしてスマホで見た時刻は既に約束の時間になっていて
「や、やばいぃっ!」
失礼を承知で、泣く泣く相手方に「探したのですが、自宅がわかりませんでしたぁ…」と、携帯から電話するハメに…
ノオォー…
「あ、◯◯様ですか?お忙しい中、すいません。わたしは◯◯です、先日はご迷惑をお掛けして、誠に申し訳ーー」
謝罪を含め、ご自宅がわからない旨を伝えると相手方の奥様はとても優しく「近くの橋まで迎えに行ってあげる」と言ってくれたのです…涙
「あ、ありがとう御座いますっ」
なんて優しい人だ…
そしてオチとしては片側二車線の大きな国道を挟んでその反対側の住宅街にその方の家があって…
…はぁ、自分は今の今まで何をやっていたのだろうか…?
(そりゃあ、わからんわなぁ…。しくしく…)
息子と夫婦共に、三人で脚が棒になっていましたが。それでも早歩きで目的地へと向かいます。その辺りは密集した集合住宅地。
しかし、いや、ホント…。一軒、一軒の家がデカイ、デカイ。まさに屋敷だらけだ…。あーあ、親父が真人間なら…こんな大きい家に住んでただろうに…
「はぁ…」
そんなため息をつく自分に、歩き疲れたのか″ひょいっ″と背に飛び乗ってきた我が愛息子。
「げふっ」
コイツ…、ちょい肥えているので案外重いぞ…。もしくは己の足腰の鍛錬不足か?…でも、そんな可愛らしい息子からパワーを分けてもらいながら?ウロウロ、ウロウロ…。ダメだ、やっぱりわかんないや。しかも待ち合わせ時間を思いっ切り過ぎちゃってるし…。と、そこで再びスマホを手に、奥様へ待ち合わせ場所の確認を…
「申し訳ありません、小さな川の近くまで来たのですが…」
先方の自宅は普通車の進入不可な場所だとか。そして知らぬ間に、周囲は延々と続く石畳の道や土塗りの長〜い外壁。造形そのものに歴史を感じる整然とした町並みになっていました。
どーりでこの辺りの道幅は狭いワケだ…
更に電話を数回掛け周囲を確認しながら歩いていると、やっとその奥様と対面出来たのです……
「あっ、良かっ…………!?」
……ですが。深さ2メートル強は有ろう、かなり底の深い小川を挟み。反対側の川向に立っておられる、わざわざ加害者の自分たちを迎えに来てくれた被害者側の優しい奥様。更に笑顔で「こっち、こっち」と手招きしてくれているのですが…
でも、そこへ行くには歩行者専用?幅が2メートル無し、長さが5メートル程しかない古いアーチ状の石橋を渡らなければなりませんでした。
(……っ)
しかしです。自分の足はその手前で一旦ストップしてしまいます。…それは何故か?しなければならない事は単純明快″ただ橋を渡るだけ″なのですが…、まさに青天の霹靂。実はその橋の中程に…
「……!?」
迎えに来てくれた奥様や、自分の妻には絶対に視覚出来ていないであろう″恐らく女性″であろう人物が一人。そこに″ゆらぁ〜……″っと、その存在を自分だけに主張しながら静かに立っていたのです…
どうして″恐らく女性″なのか?自分にはその″人″の裸足の細い足首に、上へ脹脛辺りの縦縞の地味なモンペ姿しか見えなかったからです…。しかも、下から上に向かって全身の色が徐々に薄くなり、上半身はホボ無色透明…
しっくりくる表現としては海中を漂う無色透明の海月?いやいや、雨上がりの虹なんてどうかな?…って、今はどーでもいいよっ、そんな話っ!
そしてその″人″は不動のまま横を向いており、小さな川をジッと見つめているのです…
まさか…この川に小銭でも落としたのかな?…な、わきゃあない。多分この世に未練を残したまま、ここで亡くなってしまったのでしょうか…?
(どうしよう…)
この危機的状況をどう切り抜けるか…。ごく一般的に流す感じで「あ、この橋には幽霊がいるので、自分たちは迂回させてもらいますね?あははは…」なんて不穏、奇天烈な暴露話を説明するワケにもいかず。もし言ってしまったら嫌悪感プラス「あら、この子たちは私にワザと出迎えさせておいて嫌がらせしているのかしら?」とも取られ兼ねません…。よって、残された選択肢はただ一つ…
(強行突破しかない…)
今までの経験上。現存する霊体を通り抜けると、悪寒と共に肌へ蜘蛛の巣が絡んだ様な首への違和感?とでも言えばいいでしょうか…?皮膚には鳥肌が立ち、変な汗が全身至る所から吹き出したりするのです…
でも覚悟は決めましたっ…
それらを理解した上で「息子をおんぶしてるから転げない様、足下を無茶苦茶気にしてますっ」的に視線を下げ、完全に目を瞑りながらサササッ…と素早く橋を渡り切ったのです。
でも視覚出来るという事は、自分とその霊とがシンクロしてしまう率は非常に高いという事で…
ひぇ〜、今、俺は取り憑かれたりしてないか?誰か教えてくれぇ〜…
「◯◯さん、わざわざ遠い所に来て頂いてホントすまないねぇ〜。あら、可愛い息子さんね。お父様の背でよく寝てらっしゃるわぁ〜」
「い、いえ、滅相もありませんっ。しかも労いの言葉まで…、ありがとう御座います。遅れて来てしまい…、本当に申し訳ありせん…」
その結果…
…よし、悪寒は感じなかったし体は大丈夫みたいだな…。ふむ。別段、自分の身体へ違和感があったわけでもなく安心、安心。
その後は霊がいた橋の方へは一切振り向かず。誘われるがまま奥様に付いて行く事にしました。だって今から事故の謝罪しに行くのですから、既に脳内は謝罪文の整理やらで、ちょいパニック状態。実際、そこに存在した幽霊の事なんて二の次になっていたのです。
やがて両サイドが長い土壁に挟まれた、やっと軽自動車が一台走れるくらいの細い一本道の中程に。かなり大きい家の門構えが見えてきて
(グー、グー…)
爆睡中の息子に、先方の豪邸を見て驚愕する自分。
「す、凄い…。ご立派な門構えですね…」
息子の鼾に紛れ、ボソッとそう呟いた自分。すると奥様は軽く曲げた人差し指を口元に当てながら照れ笑い
「うふふ、お世辞が上手ね?」
…と返されちゃいます。いや、本当に凄いですって。貧乏人の自分から見れば素晴らしい佇まい…。門構えの幅だけで、軽くウチの家幅があるんじゃないか…?
と、そのまま家の庭の中へと案内されますが。家…?いや、これはかなり大きな豪邸だ…。まさに歴史的建造物で、門構えから玄関まで軽く10メートル以上はありました…。建物自体もお城の天守閣みたく立派な造りで、庭にはテレビドラマで見た事がある瓢箪型の池や多種多様な植物が植えられていました…。驚きのあまり夫婦揃って目が点になっていたのは秘密ですが…
(グー、グー…)
でも、ずっと背中上で寝たままの息子。羨ましい…。頼むから、謝る間だけでも俺と立ち位置を代わってくれないか…
そして玄関に入ると被害者の男性が既に待たれていて。すぐさま寝ていた息子の尻を手で軽く″ポンポン″っと叩いて起こし、背から降りてもらいました。
そこで妻にその息子の面倒見を任せます。そして家族揃って腰は九十度曲げ、深々と頭を下げながら
「あっ、◯◯様。先日はご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありませんでしたーー」
「あー、あー、子供さん起こしてしまったか。そのままでも良かったのに…。こっちこそ、わざわざ家にまで来ていただいてスマンかったのぉーー」
う〜ん…。可愛い我が子を出汁に、謝罪の場を和ますって、卑劣な手口…………に、見えなくも無い。…とか言っていて、実はコレを狙っていた最低な自分。
「〜ららら。らら、ふんふんふぅ〜…」
更に起こされた息子は十分に寝たからか元気いっぱい。この謝罪の場で急に鼻歌を歌いだす始末…。実は息子には障害があって、相手側もそれを感じ取った様でした。
「す、すいません…」
「あら、気にせず歌わせてあげてね?うふふ」
と、奥様の優しい一言が
「あ、はい。すいません…」
完全に息子のペースです…が、お陰で場は完全に和んでホント助かりました。息子よ、後でコンビニの大好きなファ◯チキ、たくさん買ってやるからな?
「あーあー…、気を遣わしてすまないなぁ…ーー」
そして持参した見舞いの品を手渡して仕切り直し。夫婦揃って深々と頭を下げ、もう一度ちゃんと謝罪しました。
けど相手の方は手の擦り傷だけだからと、笑顔で頭を左右に振り「保険も使ってくれたし、もう大丈夫だから気にせんでいいよ」と優しく言ってくれて。更に「畑で採れた野菜じゃ、持って帰りなされ。」とお土産まで渡して下さったのです…
「ぎ、逆に、こんなにしてもらって…。本当にすいません…」
「畑でとれた老夫婦で食い切れん量の野菜じゃ。食べられずに捨てられたらこの野菜が可哀想じゃろ?だから持って帰ってくれんか?そして息子さんも暇で可哀想じゃし、示談の話しは了解じゃ。だからもう安心して帰りんさい」
相手方は優しくそう言ってくれましたが、その時です…。多動症て動き回っていた息子が急に立ち止まり、その場にそぐわない予想外の言葉を呟き始めたのです…
「子供が〜、ふふふふん〜。落ちた子供がぁ〜ふふん〜」
…と、いきなり謎過ぎる歌を急に歌い出して
「…!?」
今この場に″子供と呼べる存在は息子本人″しかいません。しかもその息子自身が、まるで他人事の様に
「落ちたぁ〜、助けて、落ちたぁ〜。子供がぁ〜…」
我が息子よ。急になんて事を言い出すんだ…!?でも、相手方の老夫婦は少し首を傾げながらも笑顔で
「アンタのお子さんはほんに元気じゃのぉ〜…」
そんな感じ、やんわりと言って下さって…
「あ、あははは…。息子は色々と難しい子でして、すいません…」
恐らく相手様方の脳内は「?」だらけかと…
でも自分は、その時になって初めてあの橋の上に静かに立っていた″幽霊″の事を思い出したのです。
″落ちた?″って、あの橋から?その対象は″子供″?。しかも″助けて″だって…?確か橋を通過する際。息子は自分の背中で爆睡しており、あの幽霊を見ていはなかった筈…
「また何か問題があれば。電話を一回コールしていただけたら、こちらからすぐお電話を掛けなおさせて…ーー」
その場はなんとか一区切り付け、無事に謝罪を終わらせましたが
「◯◯さん。子供さんの為にも運転は特に気をつけなされよ?ほっほっほっ、ボクちゃんもまたな?」
「あ、はいっ。今後、この様な事が起きない様…ーー」
自分のおんぶしている背中で、相も変わらず譫言の様に「″落ちた・子供・助けて″」のワードを繰り返す我が愛息子…
現在、息子は中学生の年齢になってますが。学校は親付き添い、送迎バスで毎日支援学校通い。多動症、発達障害で言語や認識力等に色々と問題があったりするのです…。その事を説明していなかったので相手方はさぞ驚かれた事でしょう。でも、逆を言えば息子は感受性の豊かな子。それを言わずとも、自ずと理解していただけたのかもですが…
(なでなで…)
被害者側の奥様が最後に優しい笑顔で息子の頭を撫でてくれていました…
「あーがとう。えへへ…」
「…では、僕らはこれで…」
大きな玄関を後に、何度も振り返りながら頭を下げ門構えから出た家族たち。
(ピシャリ…)
ゆっくりと大きな木製の引き戸を閉めてミッションコンプリート…
ここで家族はやっと、ひと段落出来たのです。…で、ふと妻の方を見ると息子が言っていた譫言など、全く気にはしていない様子。
それはそうか…
だって息子は普段からずっと変なコトばかり呟いていて。妻には″あの事″を言っていないし、言う間も無かったから、始終″橋にいた幽霊の存在を認識すら出来ていない″んだし…
「さあ、行こうか…………ぅげふっ。」
すると容赦無く再び自分の背に飛び乗ってきた我が愛息子。まだ眠たかったのか?おんぶされたまま、後ろ手に指でお尻を軽くポンポン叩いてると「ぐーすか、ぐーすか…」と、息子はまた寝入ってしまいました。
(グー、グー…)
寝る子は育つ…か。
「ふぅ…」
帰り道は、幽霊がいた不気味な橋の反対側の道を歩いて帰ろうか?とも考えたりしましたが。スマホで地図を確認すると。周囲はぐるり川に囲まれており、かなり遠道になってしまう事が判明。しかもそれを説明しようにも、妻は″幽霊話″が大の苦手なのです。もし間違ってそれを熱弁したりしたら、妻は怒りに我を忘れ自分の頭部へ強烈な殺人パンチが飛んでくるのは目に見えてましたから…
(し、死にたくないし…)
今の自分は、息子をおんぶしたまま昇天するワケにはいきません…。よって妻には幽霊の目撃情報を秘密にしたまま、スマホ片手に元来た道を戻って行く羽目に。
例の橋に辿り着いたら着いたで、そこは渡らず帰宅距離も変わらない別の道を直進する事にしたのです。
「あ…、あの橋が見えてきた…」
「じゃあ、車まで後少しね?」
「え?あ、ああ…」
口籠もりながらも、何も言わず自分はその橋を素通りしようとします。しかしこんな時に限って、奴はやたら鋭くて
「あれ?パパ、何でこの橋を渡らないの?」
妻は勝手に橋の真ん中まで渡っておきながら、今更そんなツッコミを…
「コッ、ココ…、コッチのが近いんだよ?」
「はぁ、パパ?ニワトリみたいに噛み過ぎ。車があるのはこっち側でしょ?」
噛む、噛む、ウエル噛む…じゃないな…
思いっ切り動揺を隠し切れない自分がそこに…。その後、妻と自分の会話はプツリと途切れ、互いは見つめ合いながら微妙な空気に包まれてしまいます…
(マイハニー…、頼むから黙ってこっちに付いて来てくれ………って、やっぱり来ないか…。いっそ正直に″幽霊″の話をするか…?「お〜い、妻の立ってる場所に″そ・こ・にっ″幽霊がいるんだぞぉ〜。そうそう、そこにいたんだぞぉ〜…」…と。…いや、ダメだ。あの泣く子も黙る殺人パンチを喰らいたくはない。喰らったら死ぬ…、確実に死ぬ……、死にたくないよ…。うぅ〜…、でも変に勘繰られるなら…)
その間も自分の脳内は暴走、パニック、錯乱状態…
でも何気に見た妻の頭のてっぺんから足のつま先まで満遍なく凝視しても、幽霊らしき存在はどこにも見当たりませんでした。
(え?あの幽霊が橋から消え…てる…?)
これは単なるラッキーなのか?何かの伏線か?いや、この手の地に縛られし地縛霊は、余計な干渉や接触さえしなければ無害なのが多い筈。けど、元いた場所から消えてるって事は…
(バシッ!)
「ひゃうっ!!?」
…まさにその時。まるで全身に電気が流れるかの如く、不意に左肩へ何者かに掴まれた様な感触が身体中を駆け巡りました。
しかも自分はボリュームマックス。恥ずかしながら大きな叫び声を上げてしまい、もしかして今、左肩をガッシリ掴んでいるのは″アレ″か…?″アレ″なのか!?見たくない…、いや、違う…、見れない…。だって、いたら怖いし…、でも見て確認しなきゃ…、いやいや、だから見たくないんだって。でも、いたらどうするんだ?だから…、だからさ…。そこに″いる″のか?まさか俺が取り憑かれてしまったのか!?だぁ、かぁ、らぁ〜、それは見なきゃわかんないんだって…!み、見てちゃんと確認をして……だから、さっさと見ろよ…俺!
…あ、そうだ…
(ゆ、幽霊さん?頼む、いえ、頼みます…。と、取り憑くのなら俺の妻にしてくれませんか…?)
…とか流れ的に、そんな悪巧みを心の中で呟き中。
いきなり背後からリアル過ぎる女性の声が聞こえてきて…
「″あの…、◯◯さん…?″」
「ひゃいっ!?」
と、自分は全く呂律が回らない口で返事をし、勢いよく振り返りました。
そのあまりの驚きっぷりに、あのさっき会っていた被害者側の奥様が逆に驚きながら、そこに立っていおられたのです。もしかして何かの用で、家族を追いかけて来たのでしょうか?
(何故??)
「はぁ、アンタが幽霊じゃなくて良かったよ…」などとは絶対に言えず、思えず、考えれずに呆然自失していると。その奥様は手にしていたビニール袋をいきなりググッと前に出してきて
「あら、驚かせてしまってごめんなさいね…?はい、家にトマトがたくさん余ってたの。良かったら、これも息子さんと一緒に食べてちょうだいね?」
と、優しくそう言ってくれました。しかし自分の表情は青褪め、強張ったままで…
「あ、ああ、ありがとうござりまするぅ…」
もっと噛みまくって…、そんな失礼は百も承知。息子をおんぶしたまま上目遣い。追加でお土産まで持って来てくれた優しい奥様に、恐怖の視線を向けてしまったままで………と、その瞬間
(ゴッ!!!)
「ぎゃふんっ…」
飛び出す目玉、噴き出る鼻水。
自分の態度を見かねた妻がフルスイングで我が頭部に拳骨をクリーンヒットさせました…。めでたし、めでたし…
…と、状況的にはナイスタイミング、ナイスツッコミ…。一瞬渡りかけた三途の川で、もう亡くなった婆ちゃんに「シッ、シッ」と追い返された様な気がしましたが…
すると、続けて妻が
「◯◯さん、驚かせてごめんなさい…。夫は腰のヘルニアが酷くて、よくこうなるんです…」
…と、超ナイスフォロー。
「あらあら…、そうだったの?◯◯さん、腰は大丈夫?」
「あ、あっ、はい…。痛、たた…。驚かせてすいません…。そして自家栽培のトマトですか?こんなおっきなトマトまでいただいて…、本当にありがとうございます…」
迷わず″ヘルニア話″に便乗した自分。まぁ、本当に腰のヘルニア持ちだから嘘では無いかな…。ただ、今は腰痛を発症してないから嘘になっちゃうのか…?あははは…、はぁ……
「うふふ、気にしないで。それから道中、気をつけて帰ってちょうだいね。可愛いらしい息子さんにもよろしくね〜」
「あ、はいっ。重ね重ね、本当にありがとうございました」
一旦、寝惚け眼の息子を背から降ろし。棒立ち状態で優しい奥様が視界から消えるまで見送るマイファミリー。そして見えなくなった瞬間、またまた息子が背に飛び乗ってきて…
「ぅげふっ」
やっぱり即、背中で爆睡。
その後、妻は橋を渡らず黙って自分の後に付いて来てくれました。彼女は自分の両親よりも長く一緒に生活してきた仲なのです。経緯を言わなくても何かを察してくれたのでしょう。
「パパ?″また″なの…?」
「…ん?ああ…。聞かない方がいい…」
「うん…」
「″また″とか言わないでくれ…」と心の中で呟きながら意気消沈。しかし何故、あの奥様を見て自分は驚いてしまったのか?
だって……″いた″んですよ。彼女の背後に…
「俺は奥様を見て驚いたんじゃない…」
「え?パパ、何か言った?」
「ううん、何でもない…」
「……?」
視覚が困難なくらい薄っすらと上半身が透けていて、その視線はずっと俯いた感じの霊。ですが体は完全にこちら側へと向いており、最初に遭遇した時よりも確実にその全体像がハッキリと見えていたのです…
(パコッ)
「げふっ…」
中途半端な返事に対した自分に対し、再び頭部へ妻の鉄拳制裁。痛い…。何度も何度も…、これ以上殴ったら俺、馬鹿になるぞ?なっちゃうぞ?いいのか?…ん?既になってるって?…涙
やがて橋から50メートル程離れた位置で、歩きながら後ろへ振り返ると
(消えたな…。いや、透けて見えないだけかな…?)
自分の身体に憑かれた様な違和感など無く。あの幽霊を目で視覚出来なくなって「ホッ」と一安心。推察では幽霊が見ていたのは自分がおんぶしている息子だったのかもしれません。
その息子が「″落ちた・子供・助けて″」と譫言の様に言ってシンクロしていた事も然り。
こんな経緯不明の心霊現象になんて明確な答えはありません。だから自分の勝手な想像になりますが、あの幽霊は我が子をこの川で亡くしてしまったんじゃないでしょうか?それを悔やみ、無念のまま、追う様にその母親もそこで……
「はぁ…」
…その後、何事も無くマイカーへと到着。起きた息子は助手席で奥様に貰った大きなトマトと約束したファ◯チキを頬張りご満悦。そして自分は心中…
(もうここに来る事は無いと思う。だからあの幽霊と関わり合う事も無いだろう…。これで他の地縛霊と同様、いずれ記憶から消える……)
その時は「あの幽霊の事なんて自然と忘れるだろう…」と、自分はその程度にしか思ってませんでした。しかし…
「パパ、おしっこっ!」
車内で息子が急に尿意を催し、通り掛かったコンビニで多目的トイレを借りる事にしました。しかし油断していた自分に対し、息子はそこで驚くべき行動をとったのです…
「あははは〜。落ちたぁ〜。子供が〜、あははは…」
接触事故の謝罪に向かった先。内容的にはそこで言っていた言葉と同じです。ただ一つの″奇妙な行動″を除いては…
「あははは、あははは。落ちたぁ〜」
「…っ!!?」
そう言いながら息子は両手で何かを持ち上げる様に天高く掲げた後。今度はそれを目の前へ叩き付けるかの如く一気に振り下ろしたのです。
「落ちたぁ〜、あははは。助けてぇ〜…」
「……!?」
一体、息子は寝ている間に何を見たのか?…いえ、何を見さされたのか?それは状況的にも子供が川に「″落ちた″」のではなく、己が手で「″落とした″」という事なのか…?あの幽霊の容姿から見ても、かなり古い時代の出来事なのはわかります。
しかし何故…?何かの恨みから落とした?落とされた?もしくは生活苦からの口減らしだったとか?子供が病気や事故で亡くなってしまったのなら、それはそれで悲しいお話です…。しかし″故意に″となると…、そんな悲痛で悲し過ぎるお話なんて、想像したくもない…
息子はトイレで悪びれた様子も無く笑顔でそんな言葉をずっと吐き捨てていました。でもその時は、流石に大人気なく息子をキツく叱責してしまい…
「こらっ、そんな事を外で言ったり、やったりしちゃぁダメだからっ、わかったっ??」
「!?………うう…、パパ、ごめんなしゃぁ〜い、ごめんなしゃ〜い…。いい子、いい子って言ったってえ〜…」
息子はその後。帰りの車内で何度か″あの言葉″を言いかけては父親をチラ見し、言うのを必死に堪えていました…。で、あまりに可哀想だったので。約束のファ◯チキを多目の更に追加で二個買ってあげて
「ユト、チキン美味しいか?」
「″美味しいか″」
息子はお礼や自分の欲求に対して、相手が言った言葉を棒読みでそのまま復唱します。早い話が「コレが欲しい」や「ありがとう。」と同意。
そして帰宅後。手持ちの御守りで自分と息子の背中を何度か軽く叩きました。まさかあの霊に取り憑かれてはいないよな?これで大丈夫だよな?息子に体調不良や憑かれたかの確認をしても、同じ言葉を繰り返し復唱するだけですから。
「ユト、橋の上にいた幽霊に憑かれてないか?」
「″憑かれてないか″」
息子は面倒臭さがり屋さんで、長文は真似し辛いから後半部分の復唱しかしません。
次の日になったら、もう言わなくなったし。元気いっぱいだし。見た感じはもう大丈夫そうだな。うん。
普段、チラ見程度の地縛霊の事なら頭の悪い自分はすぐに忘れてしまいます。ですが…、今回はホント後味の悪い霊体験だったので、脳裏へ鮮明に焼き付いてしまいました。現場へ足を運び、その地縛霊と何度もシンクロすれば。ある程度、事実の確信に触れる事が出来るかもしれませんが…
イッツァ、チャレンジ!…って、まぁ…、超絶ヘタレな自分は絶対に行かないです…はい…
最後に…
世間の話題から友達と心霊現象等の″パワースポット″へ行く事になったら。現場で背筋に軽い寒気や蜘蛛の巣が皮膚に触れた感覚に襲われたらご注意を。あなたは高確率で憑かれてる可能性がありますよ?
そうなると、薬ではないですが副作用みたく悪夢を何度も見てしまったり、酷い体調不良に陥いる事もしばしば…。興味本位でそんな場所へは絶対に行かない様にして下さいね。
完。




