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五十五ノ怪 本当の恐怖

令和二年、この執筆はごく最近の出来事。

身体を壊したので面倒見の為、一緒に同居していた義理の父…。所謂、妻方の義父が先日、入院先の病院で亡くなってしまいました。

長期肺炎を患い体力が低下してからの老衰が死因との事。そしてその日を境に、周辺で色々と起こる心霊現象が…

一応自分ケイジは義理でも身内なので全く怖く無かったのですが。何故か実子である妻の方が、その手の話をすれば怖がり、怒ってしまうのですが…ーー





『ーージリリリリン、ジリリリリン…』


神無月も初め。

季節的にも少し暑さから解放されたかな?…って頃です。自分ケイジは寝室で息子と一緒にパジャマがはだけ、あれもない姿で就寝中でした。

やがて迎えた丑三つ時…

常夜灯のみの部屋に、不意に鳴り響く携帯電話のコール音。気持ち、もう少し放って置いたら鳴り止むかな?とか悪巧みを考えつつ。薄暗い視界の中でも、寝惚け眼でチカチカと点滅するその光を追うと、妻の方の携帯がブルッていたのです。


『ジリリリリン、ジリリリリン…』


設定の黒電話音が、いつまでも室内に鳴り響きます。仕方無く、のそ〜りと起き上がり。横の部屋で寝ている妻に鳴ったままの携帯電話を持って行きました。見れば、相手は◯◯病院。自分の人生の中で真夜中に鳴る電話なんてロクな思い出がありません…。そして携帯を妻が不機嫌そうに受け取ると


「はい…。◯◯ですけど……、はい。…………………………えっ……」


少し驚いた後に、沈黙の長〜い滞空時間。その妻の驚いた表情で大体の内容は察しました。


「……。」


「やっぱり」…と。細目に細糸一本で繋がる精神で、自分は半ば幽体離脱状態でしたが、少しパニック状態の妻の肩を優しく叩きます。

最近になって体調が酷く悪化し、再入院していた義父ちち。よって年齢的にも病状的にも覚悟はしていましたが…。妻はやはり動揺を隠しきれなかった様で、改めて自分ケイジの方へと振り向いて


「パ、パパ?お父さん死んだって…」


「あ、ああ、みたいだな…。気を落とさないで?」


そう一言。妻に励ましの言葉を掛けたつもりですが…


「うううん…。あの人が死んでも、わたしには何一つ思い出がないから…。涙なんて全く出ないし…。何か、ポカーンと穴が空いた様な感覚って言えばいいかなぁ…?はぁ…」


「……。」


自分のお悔みに対し首を横に振り、それを全否定する妻。

読者様は妻の気持ちが理解出来ないでしょう。…実はこれには″複雑な理由おいたち″があるからなのです。


「取り敢えずパパ?今から子供たちと一緒に、わたしを病院へ連れて行ってくれる?」


「ああ…」



……



これは遠い昔の話。妻の母親は小さな頃から耳が悪く、病弱で妊娠しても何度も流産していたとか。だから実家でじっと安静にしていたらしいのですが、実姉の強引な勧めで産婆さんに手伝ってもらい、へとへとのやっとこさで赤子つまを初出産したらしいのです。

でも大きな病院に掛かってなかった所為か、暖もまともにとれない実家な上、産後の肥立ちも悪く出産後に重い風邪をひいてしまう事に…


そして運命の時。


酷く寒い霜月。その姉は産後に弱り、風邪を引いて嘔吐までした妹を自転車の後ろに乗せ、診てくれる病院探しへと東奔西走します。でもその時間は晩遅く、当然行く先々の病院で診察を断られ妻の母はたらい回しにされてしまうのです。

何故か?その姉はかなり判断力の弱い方だったらしく事を軽く考えていたのでしょう。″救急車を呼ばないと危ない″…という選択肢は無かったのかもしれません。

やがて妻の母親は表情が真っ青になり、異常な咳や嘔吐を繰り返しながら、身体が氷の様に冷たくなり地面に倒れ込み気を失ってしまいました…

それを見て驚いた姉が慌てて近くの民家に駆け込み、救急車を呼んだらしいですが、時は既に遅し…

更に妻の母はバケツいっぱいに嘔吐し、やって来た救急車の搬送中に亡くなってしまったらしいのです。泣き叫ぶ、赤子つまを実家に一人のこして…


「ふん…。わたしのお母さんは″オバさん″に殺されたようなものだから」


″ちゅどーん!!″…と、自分ケイジは妻と付き合ってる時、何気に聞いた「◯◯さん、家族は…?」が地雷だったのは秘密です…


そして問題の妻の父親…、自分ケイジの義理の父にあたりますが。歳不相応なくらいに我儘で自分の事以外は全く関心が無く、若い女は大好きだが子供は大嫌い、まさに自己中で性欲の塊の様な方だったのです。

挙げ句、妻の母が亡くなった事で、「この家に身寄りの無い赤子がいる」と噂を聞きつけた見知らぬ方々(ひとたち)が。実の父親がいるのにも拘らず「お宅の赤子むすめさんを、どうか私に譲ってい下さいっ」と、何人も何人も家を訪ねに来たらしいのです。

恥ずかしくも、その対応を全て妻の祖母がしたとの事ですが、それに対しても父親は完全に素無視だったとか…


結局妻は一度他人の家に引き取られたのですが、孫がいなくなったと同居していた祖母の気が触れてしまい、やっぱり赤子つまを返してもらう事になったそうで…


「それがわたしの人生の分岐点だったのに…」


妻は今でも既に他界しているその祖母に対しの怨嗟…、そう恨み辛みを零します。やがて父親は実のつまを一人実家に残して、誰の子か不明な連れ子が二人いる水商売の女性と再婚しました。全く別の家で生活し始めてから、その期間は八年半にも及びます。生活費はその酷い父親の兄弟…伯父二人の支援のみ…

しかしその女に貯金を根刮ぎ使われた父は、住んでいた家の家賃を払えなくなり夫婦揃って妻のいる実家へと舞戻ってきたのです。

しかもその女は、とある有名な″宗教″を信仰していたらしく。仏壇やら新聞やら選挙票の指示やら挨拶やら何やら…が信心するのに必要とか…?結局、本当に必要なのは金、金、金…。金絡み宗教は大抵ロクなのが無く、騙しだと自分は思っていますが…


「はーい、◯◯ちゃん。小遣い五十円ね?はーい、◯◯ちゃん、あなたも小遣い五十円ねぇ〜?」


その有り難い宗教の信者である″まま母″は、そう口だけで言って、実際には妻に五十円、歳下の連れてきた我が子にはこっそり百円を渡していたとか。

蓋を開ければ妻の小遣いは実は二分の一。この行為はまさに非人道的。政治にも介入し、同じフレーズを繰り返す不気味なあの宗教でしたね…

彼女は一体何の神を信心していたのでしょうか?あなたにはその神が見えてるのですか?とんだ悪意の宗教信者です。

当然、結婚が性欲処理目的だけの妻の実父はそんな家族間のゴタゴタも完全にスルー。しかもこの酷い女の実家での滞在期間は二年半にも及んだとか…

まぁ、故人に言うのも何ですが。義父は甲斐性だけでなく学も全く無い方だったので、その女に良い様に利用されていたのでしょう。買い物でお釣りの計算も、まともに出来ていなかったですし…

こんな無茶苦茶な同居で、この親子関係が長続きする筈も無く。この時は中学生だった妻が、そのママ母と決定的な親子喧嘩をして、めでたく離婚と相成りました。

そしてその女と連れ子をやっと家から追い出せる事に。いや、預金かねの切れ目は縁の切れ目だったのかもしれませんが…


「このク◯女!さっさと出て行けっ!!」


「きぃー!!このバ◯むすめっ!!アンタの顔なんか二度と見たくないわっ!!」


(バタンッ!!)


そして離婚の際。

こっそり残り少ない預金を全て持ち逃げされ、貧乏な妻の家が更に貧乏になったとか…

過去の失態を学ばず、相変わらず家庭に興味の無い義父は実のつまをずっと放って置いて。それからも毎週取り憑かれたかの様、どこぞへ女を買いに行っていたとか…


「だから変な病気をもらうんだよ。あのバ◯親父ヤロウはっ!」


義父は人に言えない◯病で、何度か入院した事があるようで…。情け容赦無く旦那ケイジに″そんな義父の暴露話し″をする妻。

更に「″父親アイツには実の母親の写真すら見せてもらった事が無い″」と恨みを吐き捨ててもいました。こりゃ本当に酷い…

でも、その義父も今やかなりの高齢。年齢からか因果応報か?やがて体調を崩し、要介護な状態となってしまいます。移動が困難になったので、オムツの買い出しや排泄物の処理等々…

妻が一人っ子だったので、自分ケイジの家族が同居し、病気の面倒を見る事になってしまったのです。


そして、この義父ひとは一体何を考えているんだろうか?という事件が多発します。

まず、妻の実家宅に引っ越していきなり、義父は粗大ゴミの日に孫が乗っていたお気に入りのミニカーをゴミ捨て場に持って行きました。もちろんケイジファミリーには内緒で…です。偶然それに気付いた妻が一旦元の位置に戻したのに、再び義父は回収業者が来るなりそれを捨てに行き、息子のミニカーはそのまま処分されてしまいました…

普通だったら戻されたものは大事な物だと理解に至る筈ですが…。いや、常識的にも他人の物は捨てないよな?

あとは自分ケイジのいない時、二階の自室窓から孫たちに向けて、意味も無く使用後の汚れた爪楊枝や割り箸を投げつけたりもしていたとか。

そして妻が買い物で出掛けている時に、体調を崩し学校を早退してた長女のヤカが二階にいる祖父に「お爺ちゃん家の鍵を開けて!」と、下から頼んでも平然と無視し続けたり…。ホント、ウチの家族は義父に最高の歓迎を受ける事となりました。

まぁ、上記に至っては妻が怒髪天をついた事は言うまでもありませんが…。そしてその日の妻と義父との喧嘩の頃合いを見計らって


「…ちょっと義父さん…。近所にも聞こえますし、大の大人が普通なら絶対しない恥ずかしい話じゃないですか…これは?…で、身体の調子が悪いのは分かりますが、こちらも無理して色々協力してるんです。だから、これからは同じ事が起きない様、注意して下さいね?」


「い、い、いや…。寝てて聞こえんかったんや…。だから、うんたらかんたら…ーー」


何故怯えるんだ義父さん…。そんなに怖がらなくても自分はわざわざ病気や通院の面倒を見てるのに、逆に病院送りにしたりしないですからね…?

しかし、すかさずヤカが横からヒョコッと割って入ってきて


「嘘言うな、このク◯ジジイ!二階の窓からこっそり見てたやろっ!わたし目がいいから、全部見えててんで!あの時ホンマしんどかったのに…、早く死ねっアホッ!」


「っ……」


「こ、こらヤカ。やめなさい…」


この時、中学生だった長女が思いっ切り叫んだ強烈な一言。うーん辛辣…

ここぞとばかり妻も過去のトラウマが爆発し、バリエーション豊かな過去の恨み辛みを掘り返しこのバトルに参戦。

こうなってしまうと自分ケイジには絶対止める事は出来ません…。しかも誰がどう見ても非があるのは義父でしたが…


そして盆休みに入り家の近所にある妻方の墓参りの際。その道中で一人サンダルにパッチと腹巻のいでたちで車椅子に乗り、一人さっさと先へ進んでいく義父。まるでバ◯ボンのパパを連想させますが…。今から亡き妻の墓参りじゃないのか?…って時に、通りすがりの若い女性を立ち止まって″じぃ〜″っと目で追いながら「ハァハァハァ…」と息を荒げ車椅子で付いていったのです…

当然その女性は悲鳴を上げながら逃走。偶然、自転車で巡回パトロール中であろう通りすがりの警官にそれを見られてしまい。即、職務質問に…


「パパ?あのバ◯、こっちを指さしてるよ…」


余程恥ずかしかったのか真っ赤な顔をした妻が自分ケイジの方へと振り返り、そう言ってきました。


「…あ、ああ。リターンしてさっさと家に帰ろうか…」


本当に帰ろうか?…と悩みましたが…。やがて警官は自転車を手で押しながらこちらへとやって来て…


「あの、少しお話を伺ってもよろしいでしょうか…?」


と、警官にそう言われて仕方無く頷く妻。自分たちと義父が本当に身内かどうかの確認と、挙動不審な行動があまりあると厳重注意されたみたいで…


「最近、あの墓地付近に変質者がよく出没するのです。特に若い女性の被害報告が多くて…。あなたたちも気をつけて下さいね…」


と、パトロールしている理由ワケはその変質者対策だとか。そして警官は再び自転車へ跨り再度義父の方に目をやった後、軽く首を傾げてから走り去りました…

その後、妻は怒りのあまり墓参りはせず父親を放っておいて、さっさと家に帰ってしまいます…

…って事後処理は自分ケイジの仕事ですが何か?


「恥ずかしい!絶対に犯人は父親アイツやんかっ…!!」


まぁ、犯人は健常者みたいなので容疑者NO.2のポストが妥当かと…


更に別の日の事です。

車に乗せて病院へ行く時、車に乗る義父のポジションは運転手ケイジの横…助手席と相場が決まっていて…。だって、皆横に座られるのを嫌がるし…

すると…


義父おとうさん…。い、一体何を……?」


最初の頃はシートベルトの巻き方がよく分からないのか、何度も何度も首にシートベルトを巻き付けたり、永遠に引っ張ってみたり、片足を上げ、その爪先に引っ掛けてみたり…とか…

※これは本当マジの話です…


「……。」


常軌を逸した義父の行動。それでも自分ケイジへ意地でも「これはどう付けるんだ?」と聞いてこない義父…

もし首に巻いたままだったら俺、急ブレーキしか踏まないからな?「ぐえっ」とか言っても知らないからな?止まる時は絶対に急ブレーキ、本当にいいのか??



……と、今回は簡単に。

その義父の多種多様な情け無い話を、ほんの″少し″だけ語りましたが。何だかんだで妻は心の底から父親を毛嫌いし、恨んでいたのです。別の見方や被害状況を考えれば、自分ケイジの父親より酷い人間だったのかもしれませんが…


ひょっとすると″良き父親に恵まれなかった″件で、同じ境遇から妻と自分は引き合わせられた…?

げっ、なんてこったい………って、これ見られたらヤツに殺されるな…。ひぃ〜…


「し〜っ………」


神様、仏様、読者様…。上の話は絶対に内緒でお願いします。(泣)…と。

取り敢えず、そんなこんなで″話を現在もとに戻し″ーー




……


そして義父の訃報を受け病院へ着くなり看護師に一階にある安置室へと案内され、そこで仏さんとなった義父と対面しました。

身内を含む色々なご遺体を拝見してきましたが、やっぱり安らかな寝顔です…。しかし妻を含む子供たちは全くの無関心…。妻に至っては室内に入ろうともしませんでした…。やっぱりロクな思い出が無いからかな…?でも、いくら腹が立っていても最後くらいはちゃんと家族で見送ってあげてほしかったですが…。まぁ、致し方ありません…


「ご愁傷様です。こんな時に急で悪いのですが、あの…、葬式のご予定等は…?ご遺体の引き取りの段取りをしていただきたいのですが…」


「…は、はい?」


もちろん喪主は実子である妻になる筈ですが、未だに妻は無視を決め込んでいます。

だから看護師さんは自分ケイジを質問責めにしてくるのです。

「知ってましたか?夜中でも葬儀屋は稼働しているのですよ」…と、カッコつけて語っておいて自分ケイジは初めて知りましたが何か…?


「葬儀屋には連絡しました。二時間後の◯◯時に来られる予定です。で、病室の入院時に持ち込んだ物も全て引き取り完了です。そして長い間義父がお世話になり、本当にありがとうございました…」


「いえいえ、ご愁傷様です。気を落とされませんように…」


で……、あれ?妻と子供たちは何処?…って。義理の息子の自分ケイジが一人、頑張っとるやないかーいっ!

仕方無く自分が最後に看護師さんへの挨拶を済ませると。ふと、義父が眠っていた安置室の引き戸の小さな磨りガラスに目が


(……!?)


肩までハッキリと見える誰かの黒い人影が…。もちろん中には亡くなった義父の遺体しかありません。そして一度の瞬きと共に、その謎の人影は消え去ってしまいました…


「……。」


ゾッ…


今のは義父の霊?それとも元からこの病院で彷徨っている亡くなった方の浮遊霊…?もう、今となっては行く事の無い病院なので確認しようもありませんが…


そしてコロナ禍という事もあり、院内の見舞いは厳禁。だから普段は一階の待合室のみの入室でしたが、義父が亡くなった日は特別に一階の別室にて面会させていただいたのです。

しかし何かこう…、建物にもかなり年季が入っているし。院内はいつも嫌な雰囲気が漂っていて着替え等の持ち運び等で通う間に見掛けた、病院入り口の待合室の前から二列目の座席にいつも座っている。

″細い足首に茶系の地味なスリッパを履く患者っぽい幽霊″

何故″ぽい″なのか?…だって自分ケイジには、その霊の足元しか見えないのですから。

待合室では一般的な患者を見掛ける事はありません。ひょっとすると、ここに送られて来る入院患者は余命余命幾許の方ばかりなのかもしれません…

そして中では、もがき苦しむ何人もの生き死にが繰り広げられてきたのでしょうか?皮肉にもコロナ禍で見舞い禁止の為。上階からは背筋に嫌な違和感がヒシヒシと伝わってきていましたので、他の階には行けず助かった自分がいたりします…


「父の遺体は絶対っ家に連れて帰りませんからっ…」


喪主である妻の確固たる厳しい対応。葬式は妻の希望で個人的な家族葬となりました。そして火葬場の予約を経て一気に火葬、納骨まで済ませ…


内容は事細かには書きませんが、妻的には実の父親に対する最善の対応だったとか。まぁ、全ての段取りを自分ケイジがしていたのは秘密ですが…

…って、まてよ。全部やったって事は俺が喪主みたいじゃないか…。全部押し付けられて自分ケイジは放置プレイですか?酷い…(はぁはぁはぁ)興奮してきた…

…と、脱線ごめんなさい。取り敢えず話を戻して…

しかしです。葬式を済ませてから丁度七日目の晩の自宅での出来事…


「ん…?」


(スー……)


自分たちの寝ている別宅と義父が寝泊りしていた母屋との連絡路。要は家と家を繋ぐ場所を通った時。過去に何度も見た事がある黒い人影の様なものが自分ケイジの視界の端の方をチラッと横切ったのです。そして続き首元へ、おもぬる〜っとした感覚が…。経験上…もうイヤな予感しかしないですが…


「キャアアアアアッ!」


そこから半刻もせず、風呂に入っていた次女サリが急に悲鳴を上げました。泥棒?いや、覗き魔か!?いやいや、覗き父親か!?嘘です…


「どうしたっ!!」


「あっ、あっち行け!ク◯親父っ!」


「ぐえっ…」


もう大学通いのサリ。心配して慌てて駆けつけたのに手痛い反撃が…

年齢的にもお年頃。でも″ク◯親父ケイジ″扱いは酷くないかい?いや…。もっと蔑んだ目で、もっともっと酷い言葉で俺を罵ってくれ…、はぁはぁはぁ……すいません。(違)でも…


「な、何で止まんないんだよ…、くそっ!」


取り敢えず娘の悲鳴の理由ワケなのですが。風呂場のシャワーの水が止まらなくなってしまったのです。原因は全くの不明…

そこは自分ケイジが交代し、やはり何をやっても水が止まらないのです…。仕方無く一旦家の外に出て、元栓から水道を止めるしかなくて…


(ジャァーーー………ポタ、ポタ…ピタリ…)


ようやく蛇口の暴走は止まりました。そして蛇口を閉めてから再び元栓を開いても勝手な流水は起きなかったです。

…でも何故こうなったのか?すると薄暗い庭で再び首元へ不気味な違和感が過ぎります。ただ、いつもと違うのは湿気をかなり含んでいる様な?…とでも言えばいいでしょうか…


「ぬぁっ!?」


(キョロキョロキョロ…)


マヌケな顔で一人キョロキョロと自分ケイジは周囲を見渡しました。ですが風呂の窓明かりのみの視界には何も捉える事が出来ません。そこで俯き加減に、ふと妻と義父が過去にやらかした親子喧嘩のシーンを思い出したのです。


ーーーーー


(ジャーッ!!)


『パパッ!こいつ見て!風呂の水、ずっと出しっ放しやってんで!!今月の水道代!また高額になるわっ!!』


『……。』


妻の罵声が家中に鳴り響き渡り、自分ケイジは呼ばれたから風呂場に行っただけなのですが。裸で黙ったまま寂しく更衣場に立っている義父がいて…

改めて義父は風呂釜のタッチパネルの操作を何度説明しても理解してくれず、なみなみと溢れた浴槽に延々と給水してたのか、月の水道代が非常に高額だった事もありました。それ以外にも義父の入浴後、蛇口から水が出っ放しだった事も多々あり…


今から思えば齢七十八、アルツハイマーの気があったのかもしれません。いつも「俺じゃない」と否定してましたが今回ばかりは現行犯。風呂場から出ようとした素っ裸の義父を捕まえ生々しく指差しながら、やっぱり水道の蛇口を閉めてなかったと…

普通に考えれば激しい流水音で気づくでしょうが、高齢と病気も相まって蛇口を閉める力が出なかったり、耳が悪かった可能性もあるのです。しかし妻の父親嫌いが先立ち、怒りが爆発してしまったのでしょう…


義父おとうさんも先の肺炎で身体が弱ってて、力が出ず蛇口を閉められなかったんだろ?そんな大声出したら近所にも聞こえるし、恥ずかしいからやめてよ…?だから改めて、ちゃんと病院でお義父さん診てもらったら?」


「そんなの大丈夫や!こんなヤツ!お金も無いのに、一体誰が病院代払うんよっ!?…で、何で旦那アンタはいつもそうやってコイツの味方すんの?悪いのはコイツなんやでっ!」


「はぁ…」


妻の矛先を向けられながらも流れっ放しだった水道を止め、仕方無く義父にバスタオルを渡し肩を貸してあげた事を思い出しました。

でも義父はこの一ヶ月後。再び家で倒れ亡くなったあの病院へ最後の入院をする事になるのですが…


「まさか…な…?」


サリの入浴時。止まらなくなった水道の蛇口は、まるで″その日の再来″でした。蛇口を閉めても止まらない水道なんてホラー番組でしか見た事がなかったですから…

そして、その日から二日後。深夜の丑三つ時に息子がトイレに行きたいと言ったので、母屋まで一緒について行く事に。しかも義父がいた二階から″ミシミシ…、ミシミシ…″と、床が軋む大きな足音が何度も聞こえてきて…


「マジで…?ここ、幽霊屋敷になってるのか?いや…、ど、泥棒か…?」


住居がまさかの事故物件状態。これらの怪奇現象はいずれも義父が他界してからなのです。

でも万が一を考え息子を寝室で寝かしつけると、妻に声を掛けてから一人。そろ〜りそろ〜りと二階を見に行く自分ケイジ。その手には何故か武器としてプラスチック製の分厚い″まな板″が…


(……。)


築四十年を超えている母屋。″ギシギシ、ギシギシ…″昇る階段の音は小さくても鳴り止みません。普通に考えて、二階に泥棒がいたら既に気付かれているでしょう。そして妻はいつでも逃れる様に、連絡路で片手に包丁を持ったまま遠くからこちらの様子を窺っています。

いやいや、マイハニーよ…。薄暗い通路で、その包丁を持った姿。とっても似合ってるよ…(怖)


(バッ!)


ついに階段上段。腰を低く身構え、二階への踊り場から室内に飛び込み、電気をつけ格好良くまな板を構える自分ケイジ。きまった…


「い、いない…な」


二階は手前と奥の二部屋あり。義父が他界してからは換気も兼ね、部屋の間の障子はフルオープンしていました。そして奥の義父の部屋は常夜灯のみでしたが、見通しは良く、どちらの部屋にも人影は見当たりません。


『パ、パパ〜!大丈夫〜!?』


そして、このタイミングで下の階から心配する妻の掛け声が。


「大丈夫だ…」


取り敢えず返事しましたが、一緒に来なかった妻の心配は生命保険の心配だったり?ん?自分つまが貰える金額の心配?ひょえ〜。こ、こんなトコで死んでたまるか!


「おりゃあっ!!」


残すは押し入れの確認のみ。手前の部屋から威勢の良い掛け声で、一気に収納棚の引き戸を開け…。って、まるで俺が変態だ…


(タンッ!)


「…ほっ…。な、何も無い…」


残るは義父の部屋の押し入れのみ…!抜き足、差し足、忍び足…でその押し入れへと近づき。まな板片手に中腰で、馬鹿みたいな格好をしながら再び引き戸を…


「どりゃあっ!!って、……ぬあっ!?」


(バサバサバサバサ…!!)


油断していた自分ケイジの足元の上へ″大量の何か″が押し入れの中から崩れ落ちてきました。

そこで勢いも空回りに尻餅をつき、その″何か″にまみれてしまって何が何やら…


「な、何だコレ…?」


あっちも本、こっちも本、本、本、本…。泥棒じゃなくてホッと一安心。そして薄暗い常夜灯から、明るい蛍光灯をつけ直します。


(カチッ…パッ……)


「……。」


乱雑に散らかった大量の本。その数は百冊を超えているかも?しかも表紙が…


「…で、でら◯っぴん?…亀甲◯ン?わ、…若◯様、お昼の情事?いやん、ば◯、ザ、殿様………」


…って、これ全部。無茶苦茶古い″エ◯本やないかーいっ!!″

…と、近所に聞こえたら恥ずかしいので心の中で絶叫する自分ケイジ

もう一度言いますが今は丑三つ時。

ずっと頭の中を駆け巡る問題は…″一体誰がコレ処分するんだよっ!!″です…。あっ…そう言えば、義父の火葬の際、管理の方に


「最後に。仏様の思い出の品を、棺に入れてあげて下さい…」


そう言われたのを思い出しました。くっ…、入れときゃ良かった…。リアルに棺桶の蓋が閉めれなくても、一緒に″コレ″を焼いて欲しかった…

でも、どうすんのコレ?義父の霊が″エ◯本″を見られて恥ずかしかったのか、自分の尻餅が重かったのかは分かりませんが。再び部屋が異常にミシミシと軋み始めました。


″ミシミシ…、ミシミシ…″


「……。」


義父が亡くなるまで、この家でこんな怪奇現象が起こった事は一度もありません。じゃあ、これは心霊現象か…?幽霊だとしても義父の可能性しか無く。ナガ兄の時の様に、この現象に対し自分は恐怖を全く感じませんでした。


「パ、パパ…何かあったの…?」


その後。エ◯本が散らばった時の大きな物音を聞きつけた妻が、二階にゆっくりと上がってきて


「いや、大丈夫だよ?ただ…」


「ただ…?」


マ、マイハニー…、そんなに保険金が欲しかったのか?頼むから、その両手にしっかりと持った包丁の切っ先をこちらに向け、心配と称し、ジリジリと俺に近付くのはやめてくれないか…?

…と、やっぱり心の中で悲鳴を上げている自分。ある意味、幽霊より妻の方が死ぬほど怖いのですが…


「この…、このエ◯本どうするん?」


「えっ?えぇっ!?はぁ……」


亡くなっても尚、親族に迷惑を掛け倒す義父。取り敢えず夜中という事もあって眠たさが勝り、この困った本の処分は後日考える事にしました。しかしよくコレだけのエ◯本を集めたな…。そして妻を先に階段へ向かわせ、部屋の電気を消した直後。


「……。」


「パ、パパ?どうしたの…?」


「いや、今。義父おやっさんの部屋に人影が……」


再び目の当たりにした心霊現象。その言葉を言い切る前に。妻が…


「ーーやめてっ!!!」


と、恐怖に怯えながら叫び。再び階段を上ってきて自分の左腕に抱きつきます。


「も、もう言わんといて……」


「……。」


妻は実父を過去のトラウマから、病中に虐めていた感があり霊的な報復を恐れている様でもありました。ちなみに自分は妻の抱き付く手にいつまでも握られている包丁が気になって気になって仕方ありません…


「じ、じゃあ、降りようか…?」


「うん…」


霊や妻よりも包丁に警戒しつつ階段をゆ〜っくりと降りる自分。その時、妻に続きは話しませんでしたが、確かに義父の部屋に真っ黒な人影が立っているのを見たのです。高い身長に細い身体のライン。いつも左手で右肘辺りを撫でている姿は、まさに″義父の姿そのもの″でした…


自分の経験上。今際の際に未練や嘆き苦しみぬいた者は思念体…所謂、霊体となり世に彷徨うと考えています。

まさか今回の未練は世に遺してしまった…大量のエ◯本か?ひぇ〜…。廃品回収に出すとしても、近所に恥ずかし過ぎて処分出来ないぞアレ?

幽霊話は長女ヤカ以外の子供や妻には厳禁。ナガ兄の時の心霊現象は生き霊として現れましたが、今の心霊現象は恐らく亡くなった義父の幽霊…

そして日を改め、ある日の夕暮れ時に自分は母屋の二階に上がり仏壇の前で正座し、静かに手を合わせお祈りしました。


義父おとうさん、妻や子供たちが怖がるから安らかにお休み下さい、お願いします。………エ◯本も…う〜ん…ど、どうにかして処分する予定です。だから安心して成仏して下さい…」


再びゾワゾワッと首元を過ぎる違和感。エ◯本処分が一番の心残りだったのか?いやいや、後にも先にもこんな事で成仏する霊なんているのか?いないだろ…

…と、そんな事を考えながら例の本を全て束ねました。もちろん妻は怖がって手伝いには来ませんので…


「今日も二階が軋む…か…」


妻は亡くなった実母と同じで少し耳が遠く、母屋の二階の怪音が全く聞こえていない様でした。自分ケイジには見える黒い影が妻には見えない事も然り。しかも、その身に感じる心霊現象が全く無いようなので安心しました。

ただ、現時点でシャワーが出っ放しになった現象は、今までに二度発生している為。″タッチパネルのシステムが故障″って事で妻には強引に話を通しています。

しかし、蛇口の開閉とお湯操作のタッチパネルとは連動しているワケなんてないのですが…


今回は未だに起こり続ける心霊現象に対し、全く恐れなかった自分が本当に恐怖したもの…

それは大量のエ◯本をどうやって処分するのか?…と、包丁を持った妻のあの優しい笑顔だったのは秘密です…




完。

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