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五十四ノ怪 肉をしゃぶしゃぶ、ついでに銭もしゃぶしゃぶ

これは故人である我が母の、その法事での出来事。

大阪市内にある長◯公園傍。父親が住居にしている非常に部屋が狭いマンションで。父の知人の″住職おじゅっさん″にその法事を依頼。このお坊さんの呼び方は地方特有かも?


母親の葬式の折、何故か眉を顰めていた自分ケイジの娘たち。

こそっとそのワケを聞くと、母が眠る棺の中に入れていた弔いの寿司を祖父おやじが勝手に食い漁っていた現場を目撃してしまったとか…

我がク◯親父ながら、ホントに道徳のカケラすらありません。母の法事じゃなきゃ親父のいる実家になんて来たくはなかったのです…。そして住職の真後ろで堂々と腕を組みながら胡座をかき、踏ん反り返っているそんな親父に、ふと目が…


(鼻…、ほじってる…。あ、ピン…って飛ばした…)


この人ばかりは道徳心だけでなく、生物としてもどうかと思わせられます。しかも法事をする金が無いという名目で、父親は自分ケイジや次男のタメ兄に金を無心。今日は自分の子供たちに、とある″しゃぶしゃぶ食べ放題の店″へ連れて行く約束をしていました。凄く楽しみにしているので、仕方無くその分も含めタメ兄と自分、二人で支払い代金を大凡折半する事に。

長男のナガ兄もいましたが、この時既に身体を壊していて休職中。更に父親との借金トラブルで揉めに揉めている最中だったので、とても食事代を出せる余裕なんてありませんでした。


『なんみょう〜ほんにゃら〜ら、ほんにゃら〜らふぅ〜、ほんにゃら〜ら、ほんにゃら〜らふぅ〜…』


…と。やがて父の怪しい知人住職の下手で面白可笑しいお経と法事も終わって、この部分は端折って、皆でさっさと近所のしゃぶしゃぶ店へと徒歩で向かう事になりました。

今回のメンバーは、悪のスーパー浪費バブル崩壊中に頭も崩壊親父と、その呪われし息子たち…って、確かこんなフレーズあったな…

と、取り敢えず長男ナガ兄、次男タメ兄、三男ケイジとその子供たち。要は親父の孫にあたる長女ヤカ、次女サリ、末の長男ユト。プラス、ケイジの嫁の計八名。姉のワカ姉は危険を察知し既に脱出…、いえ、外出中だとか…。ナガ兄やタメ兄は独身だったので子供はいませんーー





「よしっ。今日はお前たち食べ放題だからな?お腹が裂けるまで、ぎょうさん食べろよっ!わはははは!」


…と、孫たちの前で威勢良く、そんな台詞を吐くバカな親父。

ホントに酷いコメントだな、腹裂けたら普通に死ぬぞ?もっと祖父らしい優しくて興味深いマシな台詞は無いのか?それにここの出銭は兄弟おれたちだからな?ある意味、こっちの懐が裂けてるんだが?


『はぁ…』


全く仲良くも無いタメ兄と仲良く出た溜息…

立場上、支払いは形だけでも父親がする事になっていました。またいつぞやみたく親父ヤツが飲食代を支払わずに逃走したりしないか?

…と、ある種「恐怖のサプライズ」を警戒していたり…

そして店内は八人テーブルなんて無い為、分かれた二席の内の一つは嫁と子供たちが。残りの席は中立派の自分がいないとダメで…。父親とナガ兄、タメ兄とケイジのむさ苦しいオッサン四人衆が同じテーブルに。

全く華が無く暑苦しいだけだな…

無断でナガ兄のクレジットカードを使いまくった父親が目の前に座っているので、その被害者であるナガ兄は犯人おやじを始終ずっと睨んだままなのです。

この二人がいつ殺し合いをおっ始めるか気が気では無く、ナガ兄から武器となりうる割り箸を気取られぬ様に遠ざけたり…。雰囲気はどんより空気はピリピリと、まさに現場は吐き気がするほど超険悪ムードが漂っていました…


「ん〜…」


しかし調子が悪いのか、親父は自分の肩に手を当てながら首をクルクルと回しています。長年の付き合いですが、頭中と一緒にバブル崩壊してしまった父の本職は不動産。仕事で歩いて脚が疲れたとしても、手作業をしないから肩凝りとは無縁の方だと自分ケイジは思っていました。

まぁ、前兆というか…?何かに取り憑かれて呪われていたというか…。この時から不吉な予感はしていたのですが…

…と、そんな中。よく気が利くナガ兄はお茶をいれてくれました。もちろん父親以外の三人分…。でも兄は余程イライラしてたのか。目測を誤り、お茶はなみなみと注がれていて


「ケイジ悪い、茶ぁ入れ過ぎたな…」


「いいよ、飲んで減らせるし大丈夫。ありがとうナガ兄」

茶碗に満タンの茶の表面張力が凄い…。この波紋…これは科学の勉強かな?

そしてナガ兄の嫌がらせ的にお茶を入れてもらえなかった父親は、それを横目に仕方無く自分でお茶をいれてから一口飲み、軽くため息を吐き捨てた後。自分ケイジへ話し掛けてきました。


「なぁ、ケイジ?この前、近くの公園に『セキジャニ』来たんやぞ?セキジャニ。凄いやろ?」


父親は忖度無く、ナガ兄やタメ兄と仲が悪いのもお構い無し。笑顔でそんな突発的な問いを自分ケイジへ投げ掛けてきました。それはこのメンバー内で自分が一番話しやすいキャラな所為でしょうか?でも…


(あまりにも説明が大雑把過ぎる…)


う〜ん……『セキジャニ』って何だよ?余程の聞き違いじゃ無ければ…。確信あり気に言い切っていたし。その人?具体的に一体何が凄いんだよ…?青魚のセキサバなら知ってるけど…、それは無茶苦茶高くて手が出ない高級寿司か何かなのか?

…ってか、悪いが今日は″寿司屋″じゃなく″しゃぶしゃぶ″を食べに来ているのですが?しかも兄二人は知らぬ存ぜぬ、その会話を完全に無視スルーしています。ツッコミも無く、親父と自分ケイジをまるで異空間的な放置状態に。なんてこったい…


「父ちゃん…。あのさ…?″セキジャニ″って何?もしかして『青魚あおざかな』の類いかい?」


すると、父親は必死に違う違うと首を横に振りながら


「あー、あの、あれだ。家の傍の長◯公園に来たんだよ!あいつらだよ、あいつら!」


あの巨大な公園に来たと?「あいつら」…って事は人か…?

でも、「あれ、あの、あいつら」では、誰だか全く分からず混乱するばかり…


「青魚を売りに?人?…もしかして、八百屋さん?」


「違う!一旦魚から離れろっ!ん〜、わからんのかっ?凄い有名なんやぞっ!!あの、あれやっ!セキジャニだっ、あーっ…」


そんな異常な熱意で語るほど有名なのに、何故アンタが分からない?

…すると。しゃぶしゃぶの鍋以外一切目もくれなかったタメ兄が、こっちには一切振り向かず、そのままの視線でボソッと一言。


「ケイジ。関西カンサイジャ◯ーズだ」


…と、素で御回答。


「なっ……………るほど、はぁ……」


石化したみたく、回答を聞いてしばらく固まった自分。

…って、そんなの誰が聞いてもわからないし。しかも″有名″なのに親父は「セキジャニ」って熱烈に語ってたぞ?それなら初めっから知らないって言えよっ。俺の頭の中では、ずっと海の″セキサバ″が泳いでいたからなっ!

音読み訓読みの差で、恐らく公園貼っていたポスターを見て。正解率50%の二択を間違えた挙げ句、自慢げに熱く語っていた親父。


「ほうほう、アレってそう読むのか?」


「うん父ちゃん、だから外ではあまり言わない方がいい…」


「わははははっ。セキジャニじゃなくて、カンジャニだったか?何してるヤツらか知らんし。どーでもいいわな!わははははっ」


だから言わない方がいいって言ったのに…。やはり周囲の席からクスクスと笑い声が聞こえてきました…


「牛肉追加や!」


そして間髪入れず牛しゃぶ肉追加で、通り過ぎようとした女性店員を指差しながら呼び止めた父親。アンタ、どこぞの大統領か?頼むからやって来た店員さんを指を差しながら話すのは止めてくれ…。で、注意書きが読めないのか?いい加減、呼ぶ時はボタンでコールしてよ…。更に周囲でクスクスと笑われている気が…いや、確実に笑われているな…


「お、お呼びでしょうか?」


「だからネーちゃん。牛肉や牛肉。ぎょうさん持ってきてや、ぎょうさんっ。早よしてやっ!」


「ぎ、ぎょうさん?も、申し訳御座いませんが、ご注文は皿の枚数でお伺いしておりますので…」


「なにぃ!?」


予想通り、まるで某ヤ◯ザ映画みたいな展開に。

いい加減このテーブルに店員さん来なくなるぞ?既に周囲から注目の的になってるし…

だから仕方無く自分ケイジ


「あ、牛を十皿追加で。お姉さんホントごめんね?」


「いいえ〜、此方こそ理解が至らずに申し訳御座いませんでした…。御注文、承りました。少々お待ち下さいませ〜」


深々と頭を下げ、そそくさと立ち去る女性店員さん。

これ位なら男四人で食べ切れるだろ?

しかしこの時、周囲の目よりも身体を壊しているナガ兄がやけに小食なのが気になっていました。結果として、この日から約二年後。悲しくも兄は肝硬変が悪化し、母を追うように他界してしまうのですが…


「ナガ兄?調子悪いの?…大丈夫?」


「ん?あ、ああ…、大丈夫だ。デザートでも取りに行くよ…。ケイジ、タメ。今日は本当にご馳走さんな?」


そう言って席を立ったナガ兄。その言葉に対し手を横に振り「気にするな」をアピールするタメ兄と自分。

…って、何故親父まで手を横に振っているんだ?アンタは一銭も出してないだろっ!はぁ…

しかしです。ナガ兄が自分の横を通り過ぎた瞬間、急に胸騒ぎと共に妙な違和感?が″フワリ″と首元を過ぎたのです。


(……?)


今までに何度も経験した事がある妙な感覚。まさに今、何かの霊と接触しているのか?

それと同時、再び肩凝りが酷いのか親父がぐるりぐるりと首を何度も回していたのです。

更に目の前のナガ兄になみなみと注がれていたお茶が円形の波紋では無く、ナガ兄のいる方側から親父に向かい横に微妙に波打っていました…

ナガ兄の父に対する怨念が具現化し、父親に取り憑いている霊へ刺激でも与えているのでしょうか?しかし今回の霊は自分の視覚では一切捉える事が出来ません…

すると父親は徐ろに立ち上がり、凝っているであろう己が肩に手を乗せ、納得いかない表情のまま席を外してしまいました。


(オヤジ…?)


やがてソフトクリームを手にしたナガ兄が、まるで親父と交代したかの様に戻ってきたのです。そしてオヤジがいなくなった途端に元気が出たみたいに、肉をたくさん食べ始めました。

もちろん親父の行き先なんて委細構わず、早い話が食欲が出なかったのは親父アレの所為だったようで…

…と、丁度このタイミング。

この席にヒョコヒョコとやって来た次女のサリ。すると自分のシャツをクイクイっと引っ張りながら…


「パパ、トイレ〜」


一緒にいたアレは、一体何してんだよ!!ガツンと言ってやるっ!!

…と思いつつも、口には一切出さず…。我が子が頼って声を掛けてきたので、自分がトイレへと連れて行く事に。

サリはまだ小さいので勿論、自分と一緒に男子トイレへと入ります。オッサンは娘の為に…と神秘の女子トイレに行けば捕まってしまいますし…、いや、それはそれで何か凄く…はぁはぁはぁ…。すいません…


しかし店内はもとより、トイレ内でも父親の姿は見当たりませんでした。では一体何処へ消えたのか…?…もう必然的に、嫌な予感しかしないのですが…。その事に娘も気付いたのか


「お爺ちゃんいないね〜?」


「サリ?そっちのが、気楽で食べ易いからいいんだよ」


「たべやすい〜、たべやすい〜。ジジイあっちいけ〜」


「こ、こらっ…。あ、あははは…」


まぁ、日頃から銭ゲバ怪異の親父ちちに対する自分ケイジの愚痴を聞いている所為か、娘まで暴言を吐くように…。少し自重しないといけないな…と、かなり反省させられた一幕…

余所では絶対言わないで…、頼むから。いや、ほんとに…

まだ十歳にも満たない娘は可愛い盛りですし、親として変な子にならない様、ちゃんと教育しなければ…


「じゃあ、一人でママのところへ戻れるかい?」


「うんっ!」


そして過去に色々な事件トラブルがあり、不調だった流れからしても信用度ゼロの父親が勝手に一人で家へ帰ってしまった線が濃厚になってきました。

そして見た感じにも何かやっかいなモノに取り憑かれていた様子…。だから、いなくなってくれた方が皆にとってもプラスかと…

やがて席へと戻り、そこから一時間ほど食べていましたが。しばらくして娘たちから帰りたいコールが…

やはり…と言いますか、いつも通り父親が帰ってこないまま会計をする事になってしまいます。

…しかしです。何故か伝票が無くなっていて、席の番号や会計確認のやり取りで時間を取られてしまう事に…


「た、確か四名様のテーブルでしたよね?えーっと…、あっ。お、お代は頂いているみたいなので〜。ありがとう御座いました〜…」


オチ的に。

誰も食べ終わってないのに会計だけ先に済ませ、一人でさっさと家に帰っていった親父。そして後からゾロゾロとレジ前に集結するマイファミリー。

丁度時間的に店内が混雑する時間帯で、店員さんもシフト交代しており支払い伝票も無い状態…。見た目にも、レジ前で飲食代が支払えず、家族全員で立ち往生

?更には食い逃げか?…感がハンパなくて、赤っ恥全開…


「つ、次のテーブルのお客様は三名様でしたよね?確認しますので、少々お待ち下さいませ…」


「……。」


この無意味な確認時間って一体何…?

普通なら皆で帰る時に精算しないでしょうか?唯我独尊を自負する我が父。利己主義の間違いか?しかし娘たちは食事に満足したのか、そんな親の悩みを気にする素振りも見せません…


「パパ?また来たいー!」


「うん、分かった。また来ような?」


次女サリはまだ幼いので元気いっぱい。姉のヤカは少し落ち着いてきている時期でもあり。

代わりに赤っ恥をかかされた自分ケイジ&ナガ兄とタメ兄は、リアルに怒りで顔が真っ赤になっていました。

すると一瞬、ナガ兄のいる方から再び首元へスーッと例の違和感が…。この時は理解していなかったのですが。ひょっとすると、あの父親に憑いていたのはナガ兄の生き霊だったのでは?と、思う時があります…


特に亡くなる前のナガ兄は病床から生き霊となって、自分に何度も訴え掛けてきた時期がありましたから…

この後も更に色々と事件があり、妻も完全にキレてしまって親父とは完全に疎遠となりましたが…

悪霊と化してしまったナガ兄に憑かれても、それ以上に図太い神経と非道徳心の塊みたいな親父。

生活保護で人の生き血を啜りながら、今も元気いっぱい生き延びている気がしてならないのですが…





完。

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