五十一ノ怪 土砂(ドシャ)という名の…
「フッ、さすがは俺の愛車だぜ…」
今は雨季。
まだ朝霧晴れぬ峠の上り坂、あるハイスペックな自動車が直角コーナーでギアを素早くシフトアップ。更に滑らかなハンドル捌きで山道コーナーを次々とクリアしていく。
しかし、ノックも無く手慣れた感じに見えるのだが…
(カコン!ガッ、ゴッ、ガッゴッ……、ぶ、ぶおぉ〜ん…カタカタカタ…ぷすぷすっ…)
やがて″ソレ″が県境を越えると、延々と続く下り坂ゾーンへと突入する。フォグランプで下方を照らしながら、その視界はやや不透明。危険だ…
そして敵は己自身と腕捌きのみだ…
「くっ、この下り坂…。まさに死神が俺を誘ってやがるぜ…」
(カタカタ、ガコッ、カタカタカタ…)
…と、ワケの分からない台詞を長々と聞かされ。いい加減うんざりな助手席側から、凄く痛いツッコミが
「あのさ…?死神とか、もういいから。普通に濃霧だし普通に危ないから、普通に安全運転してくれ。な?頼むから」
「ちっ…、このコーナーにも魔物が潜んでやがったか…」
「……。」
「だが、俺を本気に怒らせてしまったみてーだな?魔物さんよ?」
「…おーい。俺の話聞いてますかぁ〜っ?あーんーぜーんーうーんーてーん〜っ」
助手席にいる自分は今日、ここへ半ば強引に連れて来られた様なもの。
そしてこの運転手くんは、高校からの友達で名は″タケ″といいます。成人式を迎えてはや一年。車好きの彼が親戚から譲り受けたという、そのボロい中古車の試乗に付き合わされる事になったのですが…
「ガラス曇ってくるの、何で毎回手で拭き取るんだよ…」
しかもこの車。エアコンやら色々と…、いや…、彼方此方、全体的に故障したままらしくて…
(カタカタカタカタ…カコッ…)
「本当に大丈夫なのか車…?しかも車内が無茶苦茶暑いし、酷くガソリン臭いし…。なぁ、タケ?少しだけ窓を開けていいか?」
「ダ、ダメだっ!!」
もちろん窓は洒落たパワーウィンドウなど無く、ハンドルを手でクルクルと回す手動式。しかし今更止められても時既に遅し…
(ストーン…)
「はへ?」
何故か手動式の窓が、何の抵抗も無く滑り落ちる様に1秒で全開。
「……。」
こ、ここも故障してたのか…
そして朝霧の所為か前方フロントガラス内側が一瞬にして曇り、前が全く見えなくなってしまうのです…
よって運転しながらタオル片手に、その曇った部分を必死に拭き取っているタケ。
「あっ、それでタオルがそこに置いてあったんだ。なるほど…」
「だぁー、だから開けるなって言ったのにっ!ひぃー!!」
自分はタケに迷惑を掛けたと思い、慌てて窓を閉めようとチャレンジしますが。クルクル、クルクル…、回転式のハンドルがスカスカと空回りするだけなのです。
(な、何故だ…!?)
「む、無駄だよっ!窓を閉めるのに停車して二人作業になるっ!かなりのコツがいるんだよっ!!ドアを開けた隙間から鉄の棒を突っ込んで、ちょっと窓が浮いてきたら、もう一人がそれを摘んで上に引き上げて……ウンタラカンタラ…。ってか、それはもう後回しっ!!エアコンは効かないし、常に暖房熱?が出る状態だから一度窓全開になると余計曇るしっ!だからって視界の悪いこの下道なんかで車停めれないだろ?停めたら最後…、後続車の追突間違い無しっ!下手すりゃ俺たちはここでお陀仏だっ!!」
「へ…?お陀仏って何…?遊びに来ただけだよな…??」
「今のままだと死ぬ可能性が無茶苦茶高いっ!!」
「ノォオオオオーッ!!?」
普通の車の窓の開閉なんて、ただハンドルを回すだけだろ?なのにこの車オンリーのコツって何っ!?しかも暑いからって、その窓を開けただけで全体の窓が曇って人が死ぬ可能性が有るこの車って一体…
霧で視界は2メートル程先しか見えない上、更に危険な峠の下り坂。そこでの停車する行為…則ち後続車に追突され、互いが″大事故で死亡する可能性″を示唆していました。その上、まだまだ後続車がやってきて…
「お、おぁおお、俺はどうすればいい?教えてくれっ!」
「ま、窓を…。取り敢えず俺の前の窓を早く拭いてくれ…!!」
「わわわ、わか、分かった!」
明日の新聞の見出しは恐らく…『◯◯峠、霧の中で男二人が仲良く堀りつ掘られつ追突死。禁断の愛、痴情の縺れか?』
…って、俺はノーマルだっ!!まぁ、多少は変態は入ってるかもしれないが…。だぁー!違う、違う!今は違うってっ!……ん、今は…?
すると今度は、恨みつらみの様な追い打つ豪雨となり…
(ザザァー……!!)
「ひゃっ!?何てこったいっ!!」
そこで急にタケが助手席側同じく、運転席側の窓をも「ストン…」と開けたのです。そして彼は力強く左手でハンドルを握り締め、今度は反対の右腕で窓枠下側をガシッとロック。更に窓からグイッと上半身ごと顔を車外に出したのです。それを見て更にビビった自分は、震えながらタケに素朴な質問をぶつけてしまいます
「な、何で窓から顔出して運転してるの!?ず、ず…ずぶ濡れになるぞっ…!?」
「も、もう窓拭きはいらないっ!だってワイパーが死んでる…、う、動かないんだよっ、この車はっ!!」
「!!!?」
もう己が顔は恐らく顔面蒼白。
車載機能が全て不良の、ただ走るだけの車って一体何たよっ!?まさに二人は今、ラブラブな死への階段を少しずつ登り始めているのか!?ノォオオオーッ!!
そしてタケは深い霧と豪雨の中、車外に半身を外に出し、全身びちょびちょになりながら運転していたのです。
当然ですが、すれ違う全ての対向車は超ビックリ。
慌てて何度も踏む相手側のブレーキランプが更にチカチカと乱反射して、二次被害を引き起こしかねない状態でした。しかも途中で対向車に当たりかけたのか、スリップし左側のガードレールで「ガガガガガッ!」…と車体を擦ってしまい…
「ひぃっ、死ぬっ、もう死んでしまうっ!!」
「うるさいっケイジッ!!」
状況的に。この車の行き先は二人仲良く三途の川経由…″あの世行き〜″ではないでしょうか…?
いや、マジで…
「もう死ぬ、絶対死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっっ、もう俺たちは…、あぁ〜…。もう絶対助からない…うぅ…」
「ケイジッ、諦めるなっ!」
当然エアバッグなんて未搭載。そんな中、何故か故障して全く意味の無い伸びきったスカスカシートベルトを両手でグッと握り締め、ホボ半泣きの状態でベソをかく自分…。良い感じに錯乱男の出来上がりでした…
それに車の残りのガラスは四方共、完全に曇ってしまい、まるで透明度が無い灰色の壁状態。しかも運転手のタケは豪雨の中窓から身を乗り出し右手をワイパー代わりに、自分のずぶ濡れ顔を拭いながら運転するという。まさかの、誰も頼んでもいないのに生死を賭けたスタントをここで勝手に実演。
(ガガガガガガッ!!)
『ぎゃあああああっ!!』
流石に二度目、強烈にガードレールを擦った時は本当に死ぬかと思いましたが…
(キキーッ!!)
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ…」
やがて…
やっと見つけた退避エリアに車を即停車…
助かった…。もう過呼吸になりながら、俯せで状態で完全に言葉を失っていた二人。
(ここは…?)
そこは峠間の車二台分ほどのスペースがある退避場所でした。
ウホッ…、助かった…
しかしその後も雨は容赦無く降り続け、閉まらない両側の窓から大量の雨水が車内へと流れ込んできます。
「ケイジ、悪いが…窓を閉めるの手伝ってくれないか…」
「ああ…ぐすっ…」
まるで池にハマったかの様にずぶ濡れになっている二人。今更窓を閉めても、あまり変わらないと思いますが…
(ザザー…)
「よしっ!ケイジ、今だっ!!」
「ふぬぬぬ…」
そして自分は助手席のドア側面に立ち、コレ専用の突っ込み棒で少しだけ上がった窓を必死に指で摘み持ち上げました。そこからもう一人が窓の内と外を両手で蟹挟み…。一番上まで窓を上げ…
「ケイジ!そのまま持っていてくれっ!」
トドメは、タケの絶妙な窓の回転ハンドル捌き。これでやっと助手席の窓は閉まりました…が、しかしまだもう一枚運転席側が残っています。しかも身体はずっと雨に打たれっ放しに…
(テイク2…)
「ふぬぬぬ…ふぬぬぬ…」
(ザザザァー…)
…と、頑張った甲斐があり、無事に窓が閉じ、心も完全に閉じてしまったこの二人…
しかもガラケーすら無き時代。ずぶ濡れのまましばらく車内で豪雨が収まるのを待っていました。
いやしかし、だがしかし。不幸中の幸いか今が冬じゃ無くてホントに良かった…
やがて山風か何かで流れる様に霧が晴れ、あとは降り頻る雨さえ落ち着いてもらえれば…
「もう昼過ぎか…。この空の様子だと…雨は止まないんじゃないか…?」
「仕方ない…。一番ヤバかった濃霧はどうにか晴れたし…。もう一度、顔を出しながら運転するか…?」
「…え?…またっ!?」
しかし、選択肢は無いに等しく…
(キュルキュル……キュル…………)
「こ、今度はエンジンが掛からない…」
「へ…?」
しかし幸運の女神に、それさえ許してもらえず…
(カチッ…カチッ…)
うんともすんとも言わなくなったセルモーター…
「雨がボンネット内に入った所為か…?それかバッテリー問題かな……?あちゃぁ〜…」
「……!?」
しかし、ついでに、おまけに、もう一つ天罰が…
(ガチャ…)
「ケイジ、…歩くか?」
「ノォーッ!?」
もう一度言いますが″降り頻る雨の中、傘も無く峠の県境を歩く羽目″に…
今日のお出掛けご馳走メニューは豪雨の中の楽しい登山だったか?ちなみに二人はヒッチハイクしようと何度か対向車に片手を前にグッと格好良く出しましたが。この大雨の中、傘も無く、ずぶ濡れで歩く男二人に対し、止まってくれる優しい運転手など存在するはずも無く…
ああ、無常だなぁ…。も、もっと…、もっと俺の事をトコトン追い詰めてくれぇ…はぁはぁはぁ…
「大阪までは……遠いな。あと何キロ歩かなきゃなんないんだ…?まさに…、今日は何て日だっ…!!」
「お、お前が窓を勝手に開けたからだろっ!聞くと同時に開けるなら、俺に聞く意味無いだろっ!」
「あー、タケ。お前がそれを言うか!?一秒で窓が全開したんだぞ?恐らく次の車検も通らない車に俺を乗せたんだろ?窓ガラスを両手で挟んで二人掛かりで閉める車なんか聞いた事無いからな?アンティーク通り越して化石みたいなこの車なんてソッコー廃車にしろ!廃車っ!」
「それを言っちゃあお終いだよ!最初に、お前が奈良の方へ行きたいって言ったんだろっ!じゃあ、その手に持ってる煎餅は何だ?鹿にやる為じゃないのか?ついでに馬にもやって、めでたく″馬鹿″野朗だな、お前はっ!」
『ぐぬぬぬぬぬぬ…』
会話が決裂し睨み合う二人…、しかし…
『……。』
(ザザザァー……)
「え〜と………俺が悪かった…」
「いや、俺の方こそ…」
互いに猫背で素直に謝罪。このまま喧嘩していても埒が明きません…。取り敢えず二人は全身ずぶ濡れのまま怒りを全て水に流し、身体からも滴る雨水も流し、再び前を向いて歩き出しました。やがて封鎖されているかなり昔に閉店してる喫茶店?の様な店舗前へと到着しました。
「少しの雨宿りくらいなら良いよな…?」
「うん、賛成…」
二人は迷わずその建物の軒先へと移動。これで少しは打ち付けてくる雨を凌げそうでした。物陰でパンツ一丁になり、絞った衣服からは滝の様な雨水が…。しかしこのままでは解決には至りはしません。せめて近くに公衆電話さえあれば…
「ケイジ…。どうする?進むか?」
「う〜ん…、どうしよう…」
改めて空を見上げるも、一向に雨が止む気配はありません。いや、寧ろ激しさが増している気さえ…
(ザザザザァー!)
『……。』
すると突然自分たちの背後、その建物内から結構大きな物音がしたのです。
(カタン……!)
「あれ…?もしかして誰かいるのかな…?」
「ま、まっさかぁ〜…」
窓越しに店の外から覗くと、やっぱり中は真っ暗。
その見た感じや埃っぽさからも、ここは100%無人と思われる建物でした。しかし万が一ここに人がいれば助けてくれるかもしれません。だから迷わず
(コンコン…、コンコン…)
「すいませ〜ん。誰かおられますか?」
入り口の扉を叩き普通に挨拶してみたり。でも、やっぱり返事はありませんでした。そして…
(ガチャ…)
「ド、ドアが開いた…!?」
そんな感じに店の扉がすんなり開いちゃいました。
この建物の持ち主が施錠し忘れてたのか?もしくは中に誰かいるのか?恐る恐る店内を覗くと、割と綺麗に片付けられていて。商売の名残か、テーブルや椅子は配置されたままです。もしかするとここに人がいる可能性があったので、もう一度…
「こんにちはぁ、誰かいませんかぁーっ?」
と、声を掛けてみると
(ガタン…)
「ぬを…!?」
店内で再び、さっきと同じ様な大きな物音がしました。
と、それと同時。自分の背筋に何か言い様のない寒気と相まって、己が双肩に不気味な重圧がのし掛かってきました。
生まれてから今までの霊体験からすると、このパターンなら必ずこの後…
「タ、タケ?もう行こう…、何か凄く嫌な予感がする…」
「え…。そ、そうか…?」
それと同時。急に表の道路側からクラクションが鳴り響きました。
(ププーッ!ププーッ!!)
「おーい、兄ちゃんたち。お困りか?乗るんならのせてやる。乗った、乗った」
軽ワゴン車を運転する見ず知らずのオジサンに、そう声を掛けられました。
慌てて道路側へと戻る二人。彼は一度は通り過ぎたらしいですが。後からあの下りの故障車を見てピンッときたのか、わざわざここまで引き返してくれたとの事。山道でガソリンも多く減るのに、本当に優しい方でした。
「あ、ありがとうございます…」
「俺はヨシってんだ。ホント酷い目に遭ったな?取り敢えず下山したトコにある交番まで連れてってやるからな?安心しろ」
「本当にありがとうございます…。でも俺たち…、服がびちょびちょで。車内が濡れてしまいますし…」
「そんなの拭いたら終いだろ?それにこの車もオンボロだから、そんな事は気にすんなって」
「本当にすいません…」
謝ってばかりのタケ。
しかし自分は、さっきの怪奇現象で背後が凄く気になり怖いので、ヨシさんの車へ慌てて乗せてもらいました。
「あの″土砂″みたいな車、どっちのだ…?」
「あ、はい。俺です…」
「アレはかなり古い車だな…。故障してる車に乗って死んでしまったら元も子もないぞ?だから次は新しいの買えよ?がはははっ」
「ですよね〜、あははは…。でも、土砂って?」
「車体の色が真っ茶っ茶で、まるで土砂みたいだろ?単なるネタだ。気にすんなって、がはははっ!」
「あははは…」
…と、二人は楽しく?キャッチボールしてましたが。自分は冷や汗だらだらと…
(…って、確実に″アレ″がこっちを見てるんですけど!?)
そんな会話の中。自分は別の事で頭がいっぱいになっていました。取り敢えず視線は合わせない様に斜め四十五度と、目一杯逸らしてますが。実は″アレ″が喫茶店前にいたのです。しかも…
「へー…そうなのか?で、歳は?」
「…あ、こいつも同期で歳は二十一なんですよ〜、あははは…」
「俺トコの娘と一緒だな?学校は?」
「◯◯高です。ひょっとして…?」
「残念、娘は◯◯高だ…。でも近いな?」
「へー、そうなんですね。はい、むっちゃ近いですよ」
何故かやたらと盛り上がってるこの二人。
へぇ〜、同じ歳の娘さんがいるんだぁ〜。ふぅ〜ん…………………って、今はそんな事どーでもいいんだよっ!早く車を出してくれっ!!
…と、激しく一人盛り下がってる自分。
(はーやーくー、くーるーまーを、だぁーしぃーてぇーくぅーれぇー!!)
そんな心中の叫びや期待も虚しく、一向に車は発車しません…
これもこの″霊″の仕業なのでしょうか?ずっと目を逸らしていたので、ハッキリとは見てませんが、それは人型をした″発光体″の様な存在。実兄のナガ兄がソレを見れば、その姿や様子がハッキリと目視出来たかもしれませんが…
「お前たちが俺の娘と同じ歳位だから、わざわざUターンして戻ったってのもあるんだが。…で、修理出すのか?廃車か?」
「えー…、譲り受けたから…ウンタラカンタラ…」
まだまだアットホームな二人の長話。
でも、雰囲気的な錯覚かは分かりませんが。自分の横目にも霊が近づいて来ている様にしか思えないのです。
気持ちはもう「早く出して下さい」から、更に進化した「早く車を出せよオラオラオラオラオラオラッ!」へと…
「じゃっ、行くか?」
「あ、はい。お手数お掛けします…」
ドキドキドキドキドキドキ…と。あまりの恐怖に、必要以上に高鳴る我が鼓動。確かちょっと前、自分は今とよく似た経験をした事がありました。
とある親戚の葬式の話。そのお焼香の際、滅多に履かない革靴のカカト部分が劣化していたのか、焼香後に部分剥離。その場に片方のカカトだけを置き去りにしてしまいました…。気付いたのはその場から移動した直後、高低差からガクンとなった時。
更に後に続くお焼香の方々に死ぬほど迷惑を掛ける始末…
バレるな、バレるな、バレるんじゃない…!と、祈ってましたが。しかし皆んなの前でタメ兄にそれを名指しで指摘され、無茶苦茶恥をかく迄のまさにあのドキドキ感が、ドキドキドキドキドキドキ…とMAXになった時の…最高で…はぁはぁはぁ…
(トン…トトン……)
と、幽霊とは全く無関係&大暴走すみません…
取り敢えず話を戻し…
誰かが軽ワゴン車の窓ガラスを外から軽く叩く小さな音が聞こえてきました。
え?″誰かが″だって?そんなヤツはこの場に一人しかいないだろっ!
必死に視線を逸らしてましたが、視界の端の方。車体横にへばり付く、あの真っ白な霊の姿が見えて…
(オーマイッガッ!!?)
あまりの恐怖に俯きながら頭を抱えていた自分。そのタイミングで、ようやく車を発車してくれたのです…
ヤバいよ〜、酷いよ〜、怖すぎる〜…、ひぃ〜…
(ぶう〜ん…)
優しいヨシさんには悪いのですが。自分はずっと目を閉じたまま車に乗っていました。
それに対しタケが何かしら汲み取ってくれた様で。大雨に打たれた所為で、ケイジは風邪気味の不調に…という事に。ヨシさん、ごめんなさい。
その後、交番に着くと警察官が最寄りのガソリンスタンドに電話してくれて、車の修理話が纏まった様でした。
しかしいざ修理する…となると第三者の自分は邪魔者にしかなりません。だからヨシさんが自分の自宅近くの駅まで送ってくれる事に…。何から何までヨシさん、ありがとうございました。
「ケイジ、今日は悪かったな?」
「命があっただけでも御の字だよ。タケも気を付けてな…?」
ここでタケとは別れ、引き続きヨシさんの車に乗せてもらい移動を開始します。しかし彼のさっきまでの笑顔は一体何処に?そんな表情をしたヨシさんからまさかの一言が…
「ケイジくん…だったかな?」
「あ、はい、ヨシさん。先程は色々とご迷惑をお掛けしてすいません…」
「それはもういいよ。で…、″アレ″が見えてたのかい?」
「え…?」
「君にも見えるんだな…」
ヨシさんは自分と同じ様にさっきの霊が見えていて。あの喫茶店を車で通過の際、何度も″アレ″を目撃していたとか。詳しく聞いた話では、ヨシさんは兄弟のナガ兄より霊感が強い様でした。そしてさっき見た地縛霊は何ら問題は無いとの事ですが…
一体そんなの何を基準に決めるんだろう…?プ、プロか…?ただ、タケに自分には見えない悪い霊が取り憑いているとも言っておられました…。恐らく原因はあの″土砂″だとも。その危機を何故、直接本人に伝えなかったのでしょうか?そんな疑問も即ご回答で
「俺にソレが伝染って、憑かれたら大変だろ?だから笑い話で″気″を逸らしてだんだよ。霊の相手をするには場の流れや雰囲気も大切なんだ」
今思えばヨシさんの霊感レベルは自分の比ではなく、あの凄い霊感の持ち主ユウと同じくらいだったのかもしれません。そして彼は自分が今までに遭遇した中でも、上位二人目の強力な霊感の持ち主でもありました。
恐らくあの怪しい車を見て何か霊的な危機を察知し、その霊感と持ち合わせた優しさとで二人を助けてくれたのかもしれません。ひょっとして大雨の中、あのまま山を下っていたら二人とも死んでたとか!?ひぃ…
そして自分は会う度に、遠回しにタケに″あの車″を買い換える様に忠告したのですが…
案の定とでも言うのか…。数日後、彼は本当にあの車で右腕を骨折する大事故に遭ってしまいます。
でも不幸中の幸いか、めでたくその車は事故で廃車になってしまいました。それ以降あの幽霊大先生のヨシさんとは会ってませんが、実は自分にはまだまだ霊について色々と聞きたい事が山程あったり…
またいつか彼と会える日が来るでしょうか…?
完。




