四十六ノ怪 十日間の家
今回の自分はピッカピカの小学一年生になった頃?のお話。
しかしどの道引っ越しするでしょうから、まともに学校へ通える事はありません。要はあの父親の夜逃げ…いえ…、そのご都合の際、学業はお休み状態に。
そして一時的に引っ越した住居は、大阪の藤が丘という地にあるボロい平家でした。
そこは後日、都市計画による国道170号線の開通と共に跡形も無く消え去る事になります。そう…、ある幽霊と共にーー
「ケイジ。十日間程だけど、ここで寝泊りするからね?」
「う、うん…」
桜咲く春の門出に通ったのはほんの数日間。転校前の小学校で自分は、別れの挨拶すら無く最後の授業を終えました。更に帰宅した自宅とも別れ、祖母、母親、ケイジの三人は逃げる様にタクシーに乗り込みます。他の兄弟はマイ自転車に乗り既に家を出発しているとの事。
(わぁ…、ボロい家…。嫌だなぁ…)
これが次の住む家の第一印象。
やっと到着した家は平家で経年劣化が酷く、至る所がボロボロ&ガタガタ。併せて空は暗雲立ち込める不気味でどんよりとした曇り空。
(ゴロゴロ…、ゴロゴロ…)
雨は降ってませんが、かなり遠くでカミナリが鳴っていたのを覚えています。これは一種のフラグでしょうか?
周囲を見渡せば庭だけはやたらと広く、その分生えている雑草の量も凄い凄い。蟷螂の卵やら蜂の巣やら何やら、恐らく放置されてた家の軒先や物干し竿には巨大な女郎蜘蛛が大きな巣をたくさん張っていて…
今度の寝泊りする場所はお化け屋敷か?関西のとある鬱蒼とした密林ジャングルか?
既にテンションだだ下がり状態…
(ガッ、ガッガガッガタガタッ…)
「か、固いわね…」
玄関は磨りガラスすら無い、年季の入った木製の引き戸でした。その上、「行ってきまぁ〜す!ガラガラー!」とは簡単にいかない異常な固さ。母親が扉を開けるのに凄く難儀していたのを今でも覚えています。
どうにかこうにかして、やっと中へ入ってみると…
通路は裸電球にトイレはもちろん汲み取り式。浴槽はやたらと狭く、シャワーの無い水道の蛇口と、わざわざ外に出て焚くタイプの風呂釜。オマケに部屋や廊下で雨漏りの跡を数ヶ所発見。大雨の日は絶対にヤバいなココ…ってか、さっき外で雷鳴ってなかったか!?
…と、そんな流れで家の様子を見ていて。最後に台所であろう場所を通り過ぎ様とした、まさにその時です…
「ーー!?」
廊下にいる祖母はゆっくり後を付いて来てますが。その台所には自分と母親…それ以外に″もう一人″いたのです。
「……。」
しかも普段と同じ中途半端に足だけが見える幽霊…
見た感じ、か細い足首なので女性の霊でしょうか?いや問題はそこじゃない。
いやいやいやいや……今日から十日間ここで寝泊り……って?怖いし、ヤバいし…
…取り敢えず、自分は、サッと母の後ろへ隠れました。
(おいっ親父っ。家族をこんな事故物件&ボロ小屋で寝かせておいて、自分は何処かのホテルで愛人と寝泊りですか?いい身分ですねっ!)
…と。まだ小学一年生の幼い脳では、そんな大人の泥沼情事を理解するに至りませんが。
後から到着した霊感の強いあの長男ナガ兄にこの事を相談するも…
「ケイジ悪いが…、今回お前の言う幽霊だけど俺には全く見えないんだ。けどな?母さんに『ケイジには別の部屋で食事を』って、俺から頼んでおいてやるから。な?」
「ごめん、ナガ兄ぃ…」
やっぱり自分にも環境にも優しいナガ兄。
しかしです、この案は一致団結した性格の悪い次男&長女の二人組によって阻止されてしまいます…
「″お前みたいな末の弟がっ、オカンに食事を運んでもらうって我が家の主気取りかっ?ク◯がっ!!″」
って、そんなワケないじゃんか…。だってアンタには見えてないかもしれないが、台所には″アレ″がいるんだよ?″アレ″が…
しかし今回の様なケースは後にも先にも初めてで、あのナガ兄が見えなくて自分だけに見える幽霊なんて…
「い、居心地が悪い…」
平家で2LK…。普段からフルタイムで行方不明の父親。そして鬼祖母、母親。で、自分を含む兄弟四人の合わせて、計七人家族。
家が狭過ぎて、あのクレイジー暴力マシーンタメ兄から逃げられないよ…
と、外にあった巨大な岩の上に三角座り。悲壮な顔で寂しく空を見上げていると、視界にフワフワと流れる何か白い靄の様なものが…
「……?」
ただ、風に飛ばされた蜘蛛の巣?何かの煙?もしかして心霊現象?しかし自分の首筋には何か優しい感覚とでも言えば良いのでしょうか?怖さ的なものは全く感じなかったのです。
やがてこの原因の理由が時間を掛け少しづつ理解に至るのですが…
これらは全て初日に見た幽霊が引き起こした心霊現象。そして霊の意図が分からぬまま、感覚的にその意思が自分には伝わって来ていました。
「おいっ!ケイジッ!お前は見ているだけでムカつくんだよっ!!」
「ふぇ!?」
(バキッ、ドスッ…)
「ぎゃふん…」
まさに某アニメの小悪党が言う台詞ですが…
キ◯ガイ種族タメ兄に殴られる自分は歯で唇の内側が切れ、口から大量出血してしまいます。しかし因果応報か、その日の深夜…
「い、痛い…いてぇえよぉ…いっつつ…」
まさに丑三つ時。一緒に横で寝ていた次男が急に口を押さえながら苦しみだしたのです。それは夕方、自分がタメ兄にされた事の再現VTRを見ている様でした。そして兄の枕元に、あの足だけ見える″幽霊″が立っていて…
「……!?」
やがてその霊は自分の方に足先を向け、スーッと目の前で消え去ってしまいました。何故この幽霊は自分に固執し、自分にだけ見えるのでしょうか…?そしてタメ兄と同様、更なる怪奇現象がワカ姉をも襲いました。
(バシャッ!!)
「あ、熱いっ!!あつ、あつつ…」
「あっ、ケイジごめ〜ん。紅茶かかっちゃったね?あははは…」
母親がいない隙を狙って、ワザと入れ立て熱湯紅茶を自分の腹部に溢してきたワカ姉。風呂にはシャワーが無く、両膝をつきながら水道の蛇口で必死に身体を冷やします…。何故この兄弟は、こんなにも非力な自分を虐めの標的にするのでしょうか?
まぁ後々考えれば、ストレスの原因たる頂点に君臨している父親と鬼祖母に対する恨みの念が、非力で八つ当たりし易い自分に向くのはの必然なのですが…
そしてその日の深夜、丑三つ時となり…
「い、痛い…、痛ったたた…うぅ…」
なんと、今度はワカ姉がお腹を押さえながらのたうち回り苦しみ出したのです。それを見て直感的に何かを感じたのか青褪めるタメ兄…
弟を虐めた日に自分も同じ目に遭い、今度は妹が同じ被害に遭っているのです。タメ兄は一時間ほどでしたが。ワカ姉はそれ以上の時間、苦しがっていた気がします。
そして此方を見ながらヒソヒソと話し合う二人…。新たな悪巧みでも考えているのでしょうか?しかし自分の視線は、真っ暗な誰もいないワカ姉の背後を見ています。その自分の虚な瞳に恐怖したのか、二人は布団へ潜る様に寝てしまいました。
(……。)
そうです。その女性らしき霊は姉の背後に立っていました。そして再び自分の方に歩きながら消え去ります。何故この霊は自分を護ってくれるのか?御先祖様?守護霊?
否。今までに虐められていた時に同じ様な心霊現象など起きた記憶は無く、その二つは予想から外れます。では何故?しかし温かい気持ちに包まれた自分は知らぬ間に、その幽霊に心の中でお礼を言っていました。
(ありがとう…、ホントにありがとう…)
これならもう酷い事はされないかも?
…と。やがてその幽霊への恐怖心は完全に消え失せ、ある種の味方感とでも言うのでしょうか?そんな期待が、この自分の小さな脳を支配してしまいます。「もう、あの兄弟からは虐められない」…と、悦に浸りながら…
しかしです。次なる心霊現象は思わぬ全く別の被害を招く事になってしまいました。
「ケイジ。後少しだけ辛抱してね?もうすぐ、この狭い家から出られるから…」
「う、うん…」
気に掛けてくれてはいますが。基本的に母親は暴力男タメ兄から虐められていてもあまり助けてくれません。だって兄は少し注意されただけですぐに逆ギレし、家の中で暴れたりするから…。もちろんその際、家具や壁を壊したり窓ガラスが割れたりするからです。
そして台所で何気無い会話をしていると、急に母が…
「いっ、痛っ…、何!?」
「ど、どうしたの…?」
「…………い、いえ、何でも無いわ…いつつ…」
「…?………え?」
よく見ると。片手を庇い痛がる母親の手から血が滴り落ちていました。ただ新しい布巾で皿を拭いていて手が切れる事なんてあるのでしょうか?そして、その原因とも思える存在が母の背後から音も無く現れたのです。
(ま、また足の幽霊…?な、何で母さんに…!?)
幽霊はタメ兄やワカ姉の時の様に。再び爪先を自分の方に向け、ゆっくりと歩きながら消え去りました。何故こんな事をしたのか?自分は母親に危害を加えたその霊が許せなくなり。慌てて家の外に飛び出すと、庭で誰にも聞こえない様。声を押し殺しながら、小さく叫びました。
『母さんを傷付けるなんて…。幽霊なんか、ボクの前に二度と現れるなっ…』
すると目の前で、足しか見えない霊は再びその姿を現し。自分の方へゆっくりと歩いて来ます。恐怖のあまり竦み、目を瞑り身を屈めるも…
(フワッ…)
何故か頭を撫でられている様な気がして…。そして何事も無かった様に、その霊はこの場からスー…っと消えてしまったのです。
すると自分の中で何とも言えない罪悪感が生まれてしまい、キョロキョロと慌てて周囲を見渡すも、その霊が再び姿を現す事はありませんでした。
「あ、ケイジ?ここにいたのね?デザートがあるから、早くいらっしゃい」
おやつの時間?そのタイミングで笑顔の母が庭に立ち竦む自分にそう声を掛け、その指にはやはり絆創膏が。でも…もし自分の勘違いだったら…。そう考えると、いても立ってもいられなくなり…
「か、母さん?その指……、どうしたの?」
「え?コレ?」
母の話では縫った時の裁縫針が布巾の中に残っていたらしく、それが深々と手に突き刺さってしまったのだと。要は自分の完全な早とちりだったのです…
気に掛けている存在は″幽霊″。しかし何か切なくて、悲しいその何かが自分を突き動かし…
「ケ、ケイジ!?」
(ダッ!!)
もう頭の中にはたくさんの「ごめんなさい」の文字が。タメ兄やワカ姉に睨まれながらも家の中や庭を見て回りましたが、その幽霊を見つける事は出来ませんでした…
「ごめんなさい…」
謝る相手のいない虚しい謝罪の言葉。そしてあの霊が姿を見せなくなったまま、ついにこの家にいる最後の日を迎えてしまいました。
再び兄弟たちは先に自転車で次の家へと移動します。しかし自分はタクシーがやって来るまでの間、じっと住んでいた家を名残惜しく眺めていました。
「ケイジ…、タクシー来たわよ。さぁ、お義母さん。足元に気を付けて乗って下さいね…」
「じゃがましい、言われんでもわかっとるわいっ!」
いつもの情け容赦の無い姑から嫁への罵声。他人のタクシー運転手がいるんだから少しは遠慮してくれ。
しかし自分はそんな事よりも″あの優しい幽霊に謝罪″したくて
「ケイジも、早く乗って?ほら…」
車に乗せようと片手を引っ張る母。自分はその状態のまま、お別れする家の方へと向き…
「ごめん…、ごめんなさいっ!!」
長男と三男は霊感があると理解した上で少しだけ驚いた母。しかし小学一年生の自分に、上手く謝罪する器用さは無く。ただ瞳に涙を浮かべ、誰もいない平家に向かってそう叫びながら謝る事しか出来ませんでした。すると…
(フワッ…)
微風?再び何かに優しく頭を撫でられている感覚に包まれます。しかしその霊の姿はもう見えません…。やがて車の助手席に乗せられた自分は背後に振り向き。後部座席で襲い来る祖母の面倒を嫌々みる母との二人の間から、お別れするあの家を最後まで眺めていました。
(……あ!?)
車に揺られながら少しずつ小さくなっていく玄関の前にあの白い靄?が見えた感が…。そしてこれが最後とばかり手を振っている様にも…
これは自分の勝手な思い込みかもしれません…
間も無くしてその家を含む周辺の土地や家屋は国道開通と共に跡形も無く消え去ってしまいます。今は大凡、その家のあった辺りには某有名中華店が建っていますが…。中で食事しても、二度とその霊に会う事はありませんでした。
再び自分の勝手な想像ですが。あの家で小学一年生位の男の子をもつ母親が、この世に未練を残したまま亡くなられたのではないでしょうか?だから我が子と同じ歳位の似た自分とシンクロし、兄弟の卑劣な虐めから護ってくれたのではないかと…
基本的に霊関連の話は、仲の良かったナガ兄としかしてません。兄は「良かったな?」と言ってくれて。あの幽霊のお陰か。それからしばらくは、あの兄弟からの容赦無き虐めは影を潜めました。
そして再び、あの優しい雰囲気の霊と会う事はあるのでしょうか?しかし今はピカピカの一年生と言うには程遠い、デコがテカテカな只のオッサンですが…。でも、いつかきっと…
完。




