四十四ノ怪 わたしのプリン
これはむかぁ〜し、むかしの話。
妻は三人目の出産で、とある産婦人科の大きな病院へ入院していました。長女ヤカは十二歳、次女サリは六歳。まだまだ可愛い盛りで御座います。
しかし問題はその二人を預ける先…。自分は仕事の都合上、仕方無く実家の母に娘二人の面倒を見てもらう事になってしまいました。
会社では管理職に就いていた自分は仕事が回らなくなるので基本的に休めません…
一人っ子である妻の実家は実の母親が産後急死しており、更に頼みの綱である筈の父親は多種多様な問題があり選択肢から即除外ーー
時はバブル崩壊真っ只中。
父親の不動産経営はまさに不景気のドン底に陥り。更にはバブル時代のク◯愛人から逆三下り半を突きつけられ、残りの財産を根刮啜り盗られると、その女は何処へとなく行方知れずに。
そんな親父は収入無き浪費の化身と化し、あらゆる身内、親戚や金融機関から金を借りまくりました。
そして金を借りる限界が来たら、お次は長男のクレジットカードでブランド物を買いまくり、即売って端金を入手。続いて母の名義でも借金をしまくりました…
もちろん借金は当の母親と長男、二人の知らないところで負わされました…。まさに他人までをも巻き込む甲斐性無し最低性欲ク◯野朗。
…と。こんな地獄絵図な実家で子供の面倒を見てもらう事になり…。やはりハイエナみたく、これはチャンスとばかり親父は母に子供の面倒見を押し付け。その預かるという名目で、自分に要求してくるのは金、金、銭、金、メシ、銭、金…
「ケイジ、悪いが生活費が足りないんだ…。だからな?頼む…」
「はぁ…、わかったよ」
敢えて手渡した、その金額は言いませんが…
父に、そこから我が娘たちに何か買ってやってくれる″ほんの少しの優しさが芽生える″事を祈りつつお金を手渡したのです。それで少しは″祖父らしいトコ″を孫に見せてやってくれないか??しかし、この考えは後にやっぱり仇となるのですが…
するとお金を手渡した瞬間、過去がフラッシュバックした自分。ふと、ある事件を思い出してしまいました。それは家出した、あの日の出来事ーー
「母さん?車が欲しいから銀行のキャッシュカードを返してくれる?乗っていた単車は下取りの準備をしておいたし、貯金してた金がすぐにいるんだよ」
「…えっ!!?」
これは家出する時の話。
クレイジー散財父親が管理していた自分の古いキャッシュカードに、もちろん預金なんて残ってる筈がない。
だから親父に内緒で新しく″金を盗まれない″為に別のキャッシュカードを作っていました。学業と並行しバイトをして、学校を卒業してからも会社の給料を無駄遣いせずコツコツここへ貯金していたのです。
まぁ一度だけ、効率よく通勤する為に単車を一台買ったくらいでしょうか?
それに少しでも早くこんな実家から脱出したかった自分は、家族には内緒で結婚を視野に車を買ってサッサと家を出る用意もしていました。
だからあの危険な父親に見つからない様にカードを母親へ預けていたのですが…。この考えの甘さが、後に妻をも巻き込む悲惨な結果を生んでしまうのです…
「どうしたの母さん?そんな固まって?」
そして普通にキャッシュカードを返してほしいと言った後。母からまさかの返事が…
「ケ、ケ…ケイジ…、ごめんね…。実は…」
「え…?」
何故謝る…?だ・か・らっ、何故謝るんだ!?
…そして、その強烈に嫌な予感は見事的中します。銀行には細かい端数を切り捨て、256万8千300円ほど貯金してあったのですが。あの馬鹿父親が″借金の利息が増える″やら″自分の姉さんの借金を早く返さないと怒られる″とかの嘘を言って、母親から半ば強引に奪い取った自分のキャッシュカード。それを本人には内緒のまま、ホボ全ての貯金を下ろしていたのです。自分や妻の人生まで狂わす親父のあまりにも酷い所業、その怒りは怒髪天をつき…
「このク◯親父っ!!俺が何で家を出たがってるか分かるか!?それは全部アンタやタメ兄の所為だ!!それに恥を知れっ!!しかも家族の一銭の得にもならない、お前の愛人やバクチで散々金を捨ててきただろうがっ!!そこへ我が子のなけなしの年玉まで全部使い切りやがるしっ!!返済や補填だと??はぁ??どうせ返す気もないくせにっ、貯めてもどーせすぐバクチで消えるだけだろっ!!このク◯野郎がっ!!!」
面と向かいハッキリそう言ってやりました。
その後私は、即家出します。まぁ、あの父親は「あの金を返さなくて済んだ、ラッキー」程度にしか思ってなかったでしょうが…
そして余談ですが。その後、万が一を考え銀行に行きカード番号を変更すると、返された古い通帳の履歴で…
「8月4日。窓口256万円お引き出し…。残金8千300円…」
更に、次の日…
「8月5日。ATM″8千円お引き出し″…。残金300円…」
「…って、根刮ぎかっ!!!」
この所為で、頭の中が再爆発…
もしかして、この256万で足りなかったのか!?次の日に″8千円お引き出し″って何だよっ!!
そして残金300円…?……ビックマックすら買えねーだろぉぉぉっ!!
あんの…ク◯親父がぁっっ…あぁ………はぁ…
その生々しい通帳記録を見てしまった自分は怒りが頂点を通り越し、一気に下降しブルーとなったガラスの心は、果てし無い喪失感と絶望に打ちひしがれヒビだらけに…
オマケに結婚式すら挙げれず、約一年間ずっと自暴自棄に陥りました…。まぁ、式は挙げずとも同棲や入籍は出来ますから…
取り敢えず住む所を見つけるまでは、友達の家や会社で寝泊まりして頑張るしかありません。次の給料日まで妻に生活費を頼り。その妻の長女妊娠も重なってしまい。夫婦共、最初の頃は辛い新婚生活が続いたのは秘密です…。ホント…、あのアホでク◯親父に対しては、ロクな記憶が無くて…酷い思い出ばかり…
…と過去の愚痴は即棚に置き。話を強引に戻しまして…
慌ただしく仕事を終えた自分は、心では既に絶縁している大嫌いな親父のいる実家へ子供たちを迎えに行きました。
ふと「次は何処に実家が変わるんだろう?」…とか、そんな事を考えていたり。近くは絶対にイヤだが、遠くも困るか…
「母さん、ありがとう。じゃあ明日も頼むよ」
「いえいえ。ケイジにはいつも助けてもらってるから…。これくらいは恩返しさせてね…?」
「そう言ってもらえたら助かるよ…」
そんな会話の中。ゆっくりと玄関が開き、クッチャクッチャと思いっ切りプリンを食べながら出てきた我がク◯親父。超珍しく自分たち親子を見送ってくれるのか?もしくは恐ろしい天変地異の前触れなのか…?
「クチャクチャもぐもぐ…。おうケイジ、お疲れさん」
さっき、こっそり金をあげた事を少しは気にかけてくれたのか?しかし親父を見た六歳の次女サリの眉は情けなくもハの字に…
まさかサリが、実家のク◯親父から酷い目に遭ってトラウマを負ってしまったとか…!?でも、長女ヤカは普段通り自分の「じゃあ、帰ろうか」の掛け声がかかるまで祖母に甘えっ放しなのだが…?
「おうケイジ、明日も仕事忙しいだろ?早く帰れ…」
「……。」
相変わらず、どの口が″ソレ″を言っているのでしょうか?平気で恩を仇で返す親父はサッサと帰れ宣言…。その態度に対し返事もせず完全無視する自分。
そして小さなサリを抱きかかえ車に乗り込みました。ハッキリ言って、この親父の顔なんて見たくはないのです。もちろん子供たちも本当は会わせたくありません。″今は仕方無しに…だからです。そして車に乗り込むと、それを見た長女ヤカが慌てて乗車してきて、やっと車は発車する事に
「パパァ〜。お仕事お疲れ様ぁ〜」
「ぱぱ、さまぁさまぁ〜」
「おぉ、二人ともパパを労ってくれるのか?本当にありがとうな」
アットホームな車内。長女の優しい労いに次いで、次女も優しくそう言ってくれました。何という癒しの言葉でしょう?これからも自分は子供たちの為に必死に頑張って…とか思っていたら、長女ヤカが自分の肩をチョンチョンと突っつき…
「パパ…あのね?今日。お爺ちゃん、お婆ちゃんと一緒に歩いて〇〇へ買い物へ行ったんだけどね?」
「ほうほう、〇〇は古◯駅近くの、あの激安スーパーだな?で、どうした?」
※このスーパーは近年閉店しました。
「煙突?店の横の四角い石の塊みたいな所の上に、怖ぁ〜い顔の女の人が立ってたんだよ?身体の調子が悪いのかなぁ…?凄く真っ青で…」
「…!?」
確かそこは正面、店舗の左側。コンクリート製の貯水槽みたいなのがあった筈…。キーワードはやたらと怖い顔の女…。まさか自分の鬼嫁…?ゾッ…。いや、これは書かなかったという事で…
(あんな貯水槽の上にわざわざ立つ女性なんて、普通に考えてもおかしいな……って事はやっぱり…?)
恐らくそれは普通に考えても″地縛霊″の類いかと。自分が単車でその前の道を何度も通りましたが。駅付近で人が多く″ソレ″がいたとしても全く気付いてはいなかったと思います。
まぁ、駅付近で車で行ける場所ではないので来客は徒歩やバイクや自転車の客ばかり。今、車オンリーな自分には全く馴染みの無い店でした。
「で、ヤカはどうしたんだい?」
「うん。でね、でね?店内でもズッとお婆ちゃんとサリと一緒にいたの。わたし、あの店怖い…。もう行きたく無い…」
「わかったヤカ。お母さんが病院から帰ってくるまでの間。お前たちを連れて、その店に行かないでくれと婆ちゃんに頼んでおいてやるよ。うん大丈夫、大丈夫。だから安心しろ」
「パパ、ありがとう」
うむ…「パパありがとう」ああ、なんという癒しの言葉だろう…
取り敢えず娘の背中を厄除けの御守りを握った手で数回叩き、軽く払っておきましたが。これは気持ちの問題です。効果は有る無しの判断は自分には出来ません。と、そこでチャイルドシートに座っていた、次女のサリがシクシクと突如泣き始めたのですが…。何故だ!?
「うぅ…、ぐすっ。サリの…、サリの…」
ま、まさか…。その女性の幽霊にサリは取り憑かれてしまったのか?悪霊!?怨霊!?悍しい生き霊に取り憑かれたとか!?いや、取り憑くのなら、あのク◯親父にしろって!!
…とか思いつつ、もしや次女にもその幽霊が見えていたなんて事が…!?
すると長女のヤカが再び自分の肩をチョンチョンと突っつき
「パパ?実は、サリが泣いてる理由はね?」
「う、うん。何で?」
『おお、ヤカ、サリ。好きなの買えよ?ん?サリはプリンか?このプリンが欲しいのか?よ〜しっ、買ってやろう』
と、親父のモノマネ上手な長女ヤカ。それを聞いた自分の怒りが脳天直撃、大爆発………ちゅどーんっ!!
「あのク◯親父っ!孫たちにプリンを買ってやったんじゃねーのかよっ!見送りの際、そのプリンを買ってやった″孫の目の前で、そのプリンを美味しそうに食ってやがった″しっ!しかもそれは小遣い…俺の金だろーがっ…!!」
″お爺ちゃんが孫に買ってやった百円の安い三連プッチンプリンを、お爺ちゃんが孫の目の前でソレを美味しそうに食べながら、その孫にさっさと帰れと実のお爺ちゃんが言った事実″…。おー、あんびりーばぼぉ〜…
子供たち、その孫たちからも完全に信用が失墜したカ◯親父。取り敢えず帰りのコンビニで、凄く値段の高いプリンを二個買わさるハメになりましたが何か?
次女サリはそれでやっとこさ泣き止みましたが…。更に長女にはポッキーだったか…?しかし、それでも妻の入院期間だけは父の横暴に対しても辛抱するしかなかったのです…
そして次女のサリは大学に通う今でも、その時の事をネタでこう言うのです。
「あの時、わたしびっくりしたから…。お爺ちゃんがプリンをわざわざ食べてなかったら、あー、忘れてるんだなー…程度で済んだ話なのに。お爺ちゃんがわたしに買ってくれたプリンを、わたしの目の前で美味しそうに食べながら、わたしにバイバイって……」
……と。
完。




