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三十八ノ怪 他力本願な男

これはある心霊現象に悩んでいた人から相談された時の話です。

その相談相手…。彼女の名前を仮に″ユメ″とし、その旦那様を″カネ″としておきましょうか。ちなみに名前は何ら悪意ある意図的なモノでは御座いません……多分。

そしてその夫婦はアラフォー世代。歳や子供の人数までは分かりませんが、大きなお子さんのいるとの事でした。まぁ心霊現象に苦しみ、回りまわって何故か自分ケイジが相談される事になったのですが…。でも霊感も弱くて、普通に幽霊を怖がる凡人の私にどうしろと…??ーー





「行ってきまぁーす」


大学生、もしくは高校生でしょうか。ホボ親の手のかからない年齢まで成長した子供たち。

朝食後、普段通り幸運招来、家内安全、幸福祈願。家から通学するのを見送り、次はゴミを持ってゴミ捨て場へと。主婦の朝はとても忙しいのです。

するとゴミ出しを終えた玄関先で、いつもよく話をする隣近所の仲良しおばさんに声を掛けられました。


「ユメさん、おはようさ〜ん」


「あ、おはよう御座います」


「あ、そうそう…。ユメさん?増やした苺の株が沢山余ってるんだけど、アンタ、いらないかい?」


「苺の株…ですか?」


時は雨季前。家は陽当たりの良い広い庭のある一戸建て。中古物件の購入でしたが、住み始めて十年にもなる馴染み深い家になっていました。小さな子がいた頃と違い、あまり子育てに手が掛からなくなった分、専業主婦ですし少しは時間に余裕があります。


そしてそのおばさんの話では、苺は蔦が伸び、その先で出た芽が地に根付けば新たな株が出来るらしいのです。こうやって成長範囲を大きく広げていくのでしょう。巷ではこの作業を「苺のランナー」と呼んでいる様です。


「ホント簡単だよ?私にだって出来たんだから。アンタにも出来るさ。あははは」


「じゃぁ…、やってみようかしら…?」


ユメは彼女に言われた通りホームセンターでプランターを幾つか買い揃え、肥料を盛り庭の陽当たりの良い場所に木の土台を置いて、その上に苺を植えたプランターを並べました。

そして近所のおばさんプロデュース、苺菜園の出来上がり。見た目にも収穫時期の苺狩りを想像するだけで気分はウキウキ…って古いか…。

取り敢えず雛壇みたく、白いプランターが横に二つ、三段に並べられた苺のみの家庭菜園。収穫がホント楽しみで待ち遠しかったらしいです。


「ちょっと大きくし過ぎたかしら…?その分、楽しみも大きくなるからいいでしょ?うふふ…」


ユメの話では、彼女の夫のカネは細かい事を気にしない、超おっとりタイプの人間だとか。けど騙されたりはしない案外頼れるしっかり者でもあるらしいです。

取り敢えず苺のプランターを並べたくらいで文句は言われないと分かっていました。ですがこの日を境にユメとカネは、ある謎の怪奇現象によって毎日悩まされる事なるのでした…


「近所のおばさんが?…へぇ〜。苺の苗か…。結構たくさんだな?いつ頃、実が出来るんだい?」


「収穫は来年の今頃だって?子供たちも凄く喜ぶと思うんだけど。楽しみでしょう?」


「だな。うんうん」


仕事から帰宅した旦那様、カネとの会話が弾みます。収穫なんてまだ一年先の話で、取らぬ狸の皮算用的に夫婦仲良くその日を夢見ていたのです。しかし


(……。)


「ん?……今。庭の方で猫の鳴き声がしなかったか?」


「猫…ですか?わたしには聞こえませんでしたけど…?」


「そっか。近所の飼い猫か野良猫かもしれないな?久しぶりに猫の声なんて聞いた気がするけど…」


「苺の香りにつられてやって来たのかしら?」


「かもな?う〜ん…」


自宅を含め隣近所で猫を飼ってる家はありません。すると鳴いていたのは、彷徨い歩く野良猫だったのでしょうか?しかしその日の晩は、それを気にする事なく夫婦はいつも通りに就寝。

しかしです。刻は丑三つ時、一階の寝室で寝ていたユメとカネ夫婦。今度は先に奥さんが鳴き続ける猫の声で、目を覚ましてしまいました。


「……?」


(にゃー…、にゃー…。にゃー…、にゃー………。)


母猫を探す子猫でしょうか?それは屋外から、切なく小さな鳴き声で、まるで脳に訴え掛けて来るように聞こえてくるのです。


「あなた…、起きて…」


「…んん?…何だい…?」


「子猫かしら?外で、ずっと鳴いているのよ…?」


「子猫…?あ〜…、夕方鳴いていた野良猫だな?放っておいたら親猫が来て、すぐ子猫は泣き止むよ…。だか…ら……ぐー…ぐー…」


「もおっ…」


不安になり相談するユメを放置し、眠さに全く勝てないカネ。さっさと一人、夢の世界へと旅立ってしまいました。

タイプ的に自分ケイジと少し似ているのかも…?いや…そっくり…?だから旦那さんの事を、あまり悪く書きませんが…


(にゃー…、にゃー…。にゃー…、にゃー……)


でもやっぱり子猫の鳴き声は止みません。だからユメは寝室から庭の見える居間に向かいました。泣き止まぬ子猫の鳴き声…。カーテンを開け、見通しの良い全面フロートガラスのスライドドアから外の様子をそっと窺います。


「おかしいわね…」


(にゃー…、にゃー…。にゃー…、にゃー……)


低木が数本疎に植えられ、手入れの良く行き届いた庭。視界良好、月夜に照らし出されよく見える周囲を見渡すも、子猫の姿なんて何処にも見当たりませんでした。


「一体どこにいるのかしら……?」


ユメは子猫が何かに挟まって苦しんでいるのではないか?そう思い慌てて扉を開けた、まさにその時でした


(にゃー…、にゃー…に……)


(ガラガラ……)


(し〜ん…)


扉を開けたその音に驚いたのか、あれだけ鳴いていた猫の鳴き声がピタリと止んだのです。ユメはその後、軒下を覗いたり周囲を歩いて確認しましたが、そこに生き物のいる気配はありませんでした。


「おかしいわねぇ…」


外塀や庭木の上も確認しましたが何も無く。子猫の鳴き声が聞こえた場所は、位置的にもプランター辺りかと思ってましたが…


(ガラガラ…)


探してもやっぱり鳴いてたぬしは、何処にも見当たらないのです。

ユメは首を傾げ溜息ひとつ、仕方無く寝室へと戻りました。ですが横になり掛け布団を掛けた辺りで再び…


(にゃー…、にゃー…)


と、鳴き声が再び聞こえて来たのです。この時ユメは家の壁の向こう側、お隣さんの庭で子猫が鳴いてると思い、その日は疲れで寝てしまいました。

しかし次の日も、またその次の日も、丑三つ時辺りになると必ず猫の鳴き声が聞こえてくるのです…


(にゃー…、にゃー…)


(にゃー…、にゃー… 、にゃー…、にゃー…)


「ユメ、また聞こえるぞ…?一体どうなってるんだ…」


「小さな鳴き声だけど、何か気味が悪いわ…」


夫婦揃って居間に向かい、フロートガラスのドアを開けると必ず泣き止む子猫の鳴き声。そして二人の考えはやがて一つの結論に至ります。


『近所のおばさんに貰った″苺の苗の所為?″』


そうです。全ての始まりは苺の株を分けて貰い、プランターに植えてからでした。ですが、そのおばさんに同じ株を貰った奥様友達から聞いた話では、同じ怪奇現象は全く起きてはいないとの事。では一体何故なのか…?


「ユメ…。い、一度プランターを裏庭に移動しないか?」


「…え?」


旦那のカネの発案。これで解決か?そして裏庭には大きくて入らない木枠の台はそのままに。わざわざ陽当たりが悪く幅の狭い裏庭に、プランターを並べ換えたらしいです。しかしその日の晩も…


(にゃー…、にゃー…、にゃー…、にゃー…)


相変わらず、子猫の鳴き声が何かを訴え掛ける様に聞こえてきました。その場所もやっぱり表の庭の木枠の台辺り。という事は消去法的に考え、苺が原因では無いという事でしょうか?そして木枠の台も畳み、同じく裏庭へ置き…


(にゃー…、にゃー…、にゃー…、にゃー…、にゃー…、にゃー…、にゃー…、にゃー…、にゃー…、にゃー…、にゃー…、にゃー…)


と、何も置かなくなった庭からも…。やはり、子猫の鳴き声が止む事はありませんでした…


で…、そこでキタコレ。霊験あらたか、頭脳明晰、古今独歩、仙才鬼才、才色兼備…七転八倒…?…な、私こと自分ケイジの登場です。(自分で言ってて何か腹が立ってきました。ごめんなさい…)




「ーー……という事なんです」


ある日の仕事帰り、場所はとある喫茶店内。

今まで体験した心霊現象の経緯を事細かに一時間ほど聞かされたのは秘密です…。仕事仲間の知り合いだし、そんな方を無碍にも出来ません。そしてユメさん本人は顔も痩せ細り、本当に頭を悩ませている様でした。


「あの〜…。僕も普通に幽霊が怖いですし、自他認めるかなりの凡人ですよ?言っててコレ死ぬ程恥ずかしですけど、僕なんかの話で大丈夫ですか…?」


「いえ、そんな事ないです…。助言でも何でもいいので、何かお話を聞かせていただけたら…と」


食い入る様に見られて、ちょっと引いてしまった自分ケイジ…。しかし彼女は本当に困っている様子でした。家族が原因不明の不調になったり、一番の問題は稼ぎ頭で大黒柱の旦那様が寝不足になる死活問題だとか…


「お話するにしても動物霊は特殊なんです…。何をなして死に至ったか?それは人間と違い、動物は″この世の未練が何んなのか分からない″事の方が多いんですよ…。まぁ、こんな話も知人の受け売りなんですけどね?」


そんな自慢げに恥ずかしい台詞を言ってのける自分。いや、本当マジに恥ずかしい…


「じゃあ、どうすれば…?このままだとわたし…」


と、泣き出される始末…。茶店で周囲の視線がやたら気になる自分。ち、痴情の縺れや不倫じゃないからな!…と、心の中で叫びつつ


「ち、ちょっと泣かないで下さい…。状況は分かりました…。数点気になった点がありますから、今から説明します。だからメモっておいて下さいね?」


「は、はい…」


こんな相談は二度と無い事を祈りつつ、自分の小さな脳で考えてみました。それは



一、表の庭の木枠の台を置いていた下の土を調べる。もし前に先住者が埋めた動物の亡骸が出ればそれが原因。寝ていた子猫の霊を木枠設置で起こしてしまったのかも?よって神社で即、亡骸を手厚く動物供養する。


二、一度家族全員で交代しながら知人か誰かの家に一泊させてもらい、そこで猫の鳴き声が聞こえる憑依されたであろう人を特定する。もし、旦那様だけ鳴き声が聞こえたりしたらそれが原因。二人いれば二人共。神社で即、個人の動物霊のお祓いを受ける。


三、自分ケイジが持参した乾燥又度かんそうまたたびを砕いた物を少々。ちょっと、あるルートから仕入れた品です。まるで酔っぱらった様になる、まさに猫大好きフリス…いやいや…、これを子猫の鳴き声が聞こえる場所に撒くだけ…って、そもそも子猫の霊が匂いを嗅ぐのか?…コレが一番信憑性が低いな…。でも一応、一つの案と言えば案…



これらを迅速に実行する事を推奨。しかし、まるで公約みたく自慢げにメモらせておいて。内二つは神社でお祓いだし、最後は『猫大好きフリ◯キ〜』的に餌で釣る、まさに他力本願。

おい、ほんとうに自分こいつの言う事聞いて大丈夫なのか?と心の中で死ぬ程ツッコミを入れる自分ケイジ

それなのにユメは恥ずかしげも無く、それをちゃんとメモり。仰々しく頭を下げ、家に帰って行かれました。しかもサンドやコーヒーの喫茶店代まで支払ってくれて…

でも後日、それらが功を奏したのか?″お陰で無事解決した″との連絡が。会社仲間からの手渡しですが、自分に菓子詰め合わせの手土産まで買ってくれて…

購入したものを突き返す訳にもいかず、少し気が引けましたが…仕方無くそれは貰う事にしました…。とか控え目に言って、実はウチは子供が多いから喜んでいたりしますが!


しかし自分は敢えて何が解決に至ったかユメからは聞いてません。こういった事例は謎のままの方が良いのです。…と、最後は格好良く語ってますが、その方は凄く美人だったので、はい。これ以上関わったら…「惚れてまうやろぉーっ!!」な上…。更に、ヨメにバレたら「殺されてまうやろぉーっ!!」……


…と、オチもついたところで落ち着いて。今回はここで、お開きとさせていただきます…涙。




完。

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