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三十三ノ怪 怪異、エリマキトカゲ

「きゃあああああーーーっ!!」


深夜。閑静な住宅街に突如鳴り響く母親の絶叫。寝室の薄暗いオレンジ色の常夜灯を頼りに、母は慌てて自分の上の掛け布団をめくりました。


(カサカサガサカサ…)


「ひぎぃ…っ!?」


丁度母の太腿の上辺りを、ある小さな″生き物″が徘徊中。

長い舌をニョロニョロと出し入れしながら「良い足場だ」と言わんばかりに乗っかっている″この生き物″。

母はそれを手で払い除けようとしましたが、逆に危険を察知したその″生き物″は、素早くササッっと母の着るパジャマの中へと忍び込ました…


「いゃあああああああああっ!!?」


母は飛ぶ様に立ち上がり、両手を振り回しながら更に気が狂ったかの様に絶叫ダンス。

ピョンピョン、ピョンピョン…と飛び跳ねて踊っています。『一体何故…?』と、真横で寝ていた小学五年位だった?自分ケイジは、その騒ぎで起こされてしまいます。気持ちは「まったく…誰だよ、こんな夜中に…」なのです。


「いるのっ!付いてるのっ!!ケイジッ!取ってっ、早くっ、いゃあああああっ!!」


(…???)


…これじゃあ、内容が全く伝わって来ません。母の身体に″何かいる″のは分かったのですが…。こんな静かな真夜中に、この事件を起した最低最悪な容疑者は一体誰だ…?とか思っていたら…


(ぽとり…)


恥もへったくれも無く、母親が半狂乱に踊り狂ったお陰か。自分ケイジの上布団に落ちて来た″犯人″と、その事件の全容が明らかに…


「トカゲ………?」


深夜。母親の気を狂わせた正体は″トカゲ″でした。

しかも真ん中をくり抜いた円形の紙を、茶色く塗り潰し潜る様に首元へ装着していたのを思い出しました…


そう、これは知る人ぞ知る大昔に流行った『エリマキトカゲ』をモチーフに、自分ケイジが全身全霊を込め編み出したトカゲ装着用、手製エリマキ紙。

実は紙をハサミで切って色を塗っただけの物ですが、色鉛筆でカラーにもかなり気を使った傑作&会心の作品″だった″のです……が。

確かに、ちゃんと、しっかりと、確実に、逃げないように、多分…、虫かごに入れていたはずなのに…。おやぁ〜………??


「あ…」


自分の斜めになった上布団の乱れ、その真横に置いてあった虫かごの倒れ具合…。おい、夜中に母親へ死ぬ程迷惑掛けたヤツは一体誰だっ…!!ってぇ〜、俺やないかぁーいっ!!


『……ねぇ、…ケイジ…………?』


「は…、はひ…」


『あなた…、確か今日。捕まえてきたトカゲに何かしてなかったかしら……?』


「は、はひ?…知らな…」


『反省なさいっ!!』


(バッチーンッ!!)


母の怒髪天を衝く怒号に、容赦無き激痛フルスイングビンタ。昔のプロボクサー、マイク◯イソンに殴られた方々は自分と同じくらい首が捻れ、吹っ飛び、ノックアウトしていたと思います…


「ぐぇ!?」


気持ち三回転半の高得点で敷布団横にドスンと着床。この時、たらーり…とマジ鼻血が出ました。

これだとギネス認定では?夜中にトカゲが原因で頭にキタ母親に顔を叩かれ、鼻血を出した小学生はこの世界中にそうはいない筈(照)

でも、そんな自分は必死で母に無実を訴え掛けました。


俺の所為じゃない!


俺は悪くないよっ!


俺は悪くない…と思う。


俺が悪い…のかな?


悪くなかったらいいな…


…と、心の中で。


『何っ!?その反抗的な目付きわっ!!!』


お、僕が悪かったです…


「ご、ごめんなひゃい…」


『今すぐっソレをっ!!捨ててらっしゃいっ!!!』


このひと憲兵か何かの偉い人か?外に向かってビシッとキマッた人差し指。まるで『さっさと外へ出ろ』と怒鳴られてるみたいで、やたらと怖い…


「はひぃ…」


後にも先にも、母親がここまで怒り狂った姿は初めて見ました。よほど爬虫類が苦手なのでしょう…。夜で薄暗くハッキリ見えませんでしたが、恐らく顔は真っ赤っか。しかも玄関を出た先まで付いて来て


「次はエリマキ付けないから…」


『じゃかましいっ!!!』


「あひぃ…!?」


残念だが、問題点はそこじゃない…


『家の近くで逃したりして…、万が一″ソレ″を再び見つけようものなら………ケイジ…?分かってるでしょうね……?』


「ひゃいぃ…」


眠いし、あわよくば玄関先で逃してしまおう…とか。甘い考えは超絶ガン見に阻止され、こちらをまるで般若の様な顔で睨んでくる僕の優しい母親…。怖い…


(しくしく……、僕は悪くないのに……)


どう見ても悪いのは貴方ケイジですが…

仕方無く家から少し歩いた先。近くの古墳の横にある緑の多い砂利道でトカゲを逃す事にしました。

普段は絶対に歩かない深夜の大型前方後円墳周囲の砂利道。その池の周りには三人掛け位のベンチが数席常設されていて。光の弱い外灯か球が切れかけなのか、チカチカと不気味に点滅中。更に野鳥やら蝙蝠やらカエルなのかは分かりませんが、鈴虫の鳴き声に紛れ多種多様な異音が聞こえてくるのです…


(リーン…、リーン……)


「ギュェー、キュェー…」


「モォー、モォー、モォー…」


と、気味の悪いセレナーデを奏でて


(怖いよぉ…)


ふと振り返ると、母はもう付いて来ていませんでした。ここなら家から遠いし、トカゲを逃しても家に戻って来る事はないでしょう。だから虫かごの蓋を開け、トカゲに付けていたエリマキを外してあげて、かごを横に向け


(パカッ、……カサカサカサ…)


「もう、人間なんかに捕まるんじゃないぞぉ」


ちょっと寂しくて、ちょっと切なくて、ちょっと感動。そしてトカゲがダメなら、それに似ている″ヤモリ″を次のエリマキにするかマジ検討してみる事に。

…って、いつか自分は母親に殺されるのでは?…と、その時でした…


『……。』


見た事の無いお爺さんが池の端に立っていたのです。その位置は外灯と外灯の間の奥側、かなり薄暗い場所で何故こんな深夜に立っているのでしょうか…?時間的にも不気味なソレは″幽霊″かもしれません…、いや、あれは幽霊かっ!?

自分は見てはいけないものを見てしまった…と、驚きのあまり。その場で虫かごを落とし腰を抜かしてしまいました。


「あわわわ…」


『……?』


霊らしき存在がいる場所で、不覚にも虫かごを落とし大きな音を立ててしまうという失態をやらかし…

時既に遅し、その事に反省する間も無く老人は無言のまま、ゆっくりと此方へ近づいて来たのです。


(やだぁあああ!?)


正直に言いますが、実はこの時。少し″ち◯っちゃいました″が何か?それだけ自分は幽霊を恐れ慄いていたのです。やがて1メートルも無い距離にまで近寄って来た老人の霊…。そしてこちらをググッと覗き込んでくると同時に…


(バッ……)



…と、油断していた背後から急に。まさかの自分の肩が何者かに掴まれたのです。


「ひゃわああああっ!!!?」


(!!!?)


(ゴツンッ!!)


「ぎゃふんっ!!」


大声で自分ケイジが驚いた瞬間、脳への衝撃に飛び出す目玉。心配して自分を探しに来た母がその大声に驚き、ケイジの頭部へ拳骨を食らわせたのでした。


「こらっ、何で声を出すのっ!ケイジッ、ビックリしたでしょっ!!もおっ…。お爺さん、どーもすいません…」


『あー?いやいや、暗うて、よう見えんかったんじゃ。坊や、驚かしてすまんのぉ?』


「…はへ?母さん…?幽…じゃなくて、お爺いひゃん…?」


完全なる早とちり。老人は幽霊ではありませんでした。話によると少し朝昼逆転していて。ちょっと夜中に散歩すれば、その後、凄く良く寝れるとの事で。全く傍迷惑な話です…とか、トカゲをエリマキトカゲ化した自分ケイジに、そんな事を言う資格があるのか?(汗)あー、良かった良かった。


…と、その帰り道の事です…


「もう、あんな事しちゃダメよ?生き物だって、必死に生きているんだからね?でないと幽霊になってあなたの前に出て来ちゃうわよ?」


「は、はーい…」


そう優しく怒られました。

そして優しく母に手を引かれ、古墳周囲の砂利道をゆっくりと歩きながら帰っていると…


(…あれ?)


今度は砂利道に常設されている、別の薄暗いベンチに老婆が俯き加減で座っているのが見えたのです。この人も夜中の散歩でしょうか?しかし母親は気にする事無く、その老婆の前をギリギリの幅で通り過ぎようとしました。もしかして、あまりに暗くて気付かなかったとか?でも自分にはハッキリと″老婆ソレ″が見えていて、ぶつかりそうだったので母親の反対側にサッと移動したのです。


「あ、もうっ。ケイジったら、何してるの?」


「だってほら…、そこのベンチに座ってる、お婆さんにぶつかりかけたから…」


「え…?」


一緒に、綺麗に、同じタイミングでバッチリと振り返る母親とその息子。流石の血の繋がり。と、思ったのも束の間。


(ゴツンッ!!)


「ぎゃふんっ!!」


再び激しく揺れる脳、ポッコリ飛び出す目玉。耳から脳みそが流れ出て、本当に馬鹿になっちゃうよ?あ、馬鹿に馬鹿だから逆に賢くなっちゃったりするのかな?…と、脱線すいません…

取り敢えずは、容赦の無い母親の拳骨が頭部に炸裂…。怒られた理由は″誰もいない場所ベンチに老婆がいる″などと自分ケイジが言って母親を怖がらせたからです。

僕からすれば、まさに『え!?』な出来事…


「トカゲだけじゃ飽き足らず、またそんな事言って…。どれだけ私を怖がらせたら気が済むの!?」


「ち、違うよ…、だって本当に…」


「もうっ、知らないっ!」


まさに問答無用。母親は自分を置いてサッサと家へと帰って行きました。何度か振り返って見てみましたが、その老婆はベンチから音も無く消え去っていたのです…。そして″ゾッ″とした自分は母親を半泣き状態で追い掛ける羽目に。しかし自分はあの時、確かに僕は見たのです。俯き加減の老婆が寂しげにベンチへ座っている姿を…





完。

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