三十ニノ怪 恐怖の墓参
これは自分が小学三年生くらいだったでしょうか?物心について色々と勉強する時期でもあり、壮絶な虐待を受けていた頃のお話でもあります。
そんな人生経験上でのお盆休み。
愛人に骨抜きにされ、全く家に帰ってこない常時行方不明なマイファーザー。よってその父の実弟である叔父が、いつも墓参りに連れて行ってくれていました。
しかし問題はその墓が有る場所。大阪に住んでいるのに墓は陸から海を越えた四国徳島にあったのです。そして渡船、フェリーを使っての往来。
※この頃、四国へは基本フェリーでの渡航が主で、淡路島を経由する陸路、明石海峡大橋が開通前の話です。
ですが直線距離は近いのに、行けば遠い、凄く遠い、本当に遠い。渡航の手間があるので所要時間がハンパない。墓が近ければ父親や叔父に頼らず、いつでもお参りに行けたのですが…
じゃあ父親の実弟の叔父優しい人?いえいえ、実はこの叔父に一度自分がコレクションしていた切手全てを勝手に質屋に売り捌かれた過去があり、父親と同じく大嫌いだったのです。他にも色々と多種多様な金銭トラブルが有りますが…
今回それは置いておいといて、自分がそんな環境下で墓参りに行った際。ナガ兄と一緒に恐ろしいタイプの霊と遭遇してしまった時の恐怖体験ですーー
(ブゥーン…)
「……。」
本日は至って快晴なり。まさに旅行日和だな。…だから墓参りだって?そして叔父の三列シート仕様の大きなワゴン車に乗り込み。女三人?鬼祖母と母親とワカ姉が真ん中の席。次男タメ兄、長男ナガ兄二人が最後部の席。
そして最前列。叔父が運転手で助手席には自分が座り、計七人で毎年恒例の墓参りへと向かいます。
でも、やっぱり大嫌いな叔父と会話する事無く、寝たフリを決め込む自分。
そもそも叔父を嫌いなのを知っていて兄弟は自分をいつも助手席に追いやるのです。まぁ、ウルトラクレイジーアルツハイマーの鬼祖母、超絶滅危惧種ヤンキーの次男タメ兄、悪魔の申し子で沈黙の殺し屋こと長女ワカ姉の横も絶対に嫌なのですが…、って、車内はどこも地獄まみれじゃないですかぁーっ!
…とは言えず、叫ばず、静かに、寝たフリを頑張ります。
(ぐー、ぐー、ぐー)
「はぁ…。ホント、よく寝る子ねぇ…」
と、呆れる母。好きで寝てるんじゃないんですが何か?すると祖母が横の母に
「ヨシコちゃん。ご飯はまだかいのぉ?」
「お義母さん私はアキですよ?それに、さっき車でおにぎり食べたでしょ?でも、ヨシコちゃん…って誰ですか?私、そんな人知りませんから…」
「はて?おかしいのぉ…」
「はぁ…」
いや、誰が見てもおかしいのは鬼祖母です。そんな二人の毎度毎度なコント。
そして、何んだかんだで寝たフリどころか本当に寝てしまう自分がいました。だって朝四時起きだったし、次に起こされるのはフェリーの中へ車ごと入り、船内で休憩する時ですから。
…で、自分は全く覚えてないのですが、知らぬ間にフェリー船内の休憩エリアに運ばれていて、そこで目覚めました。
「…はへ?」
ホケーっと馬鹿みたく完全な寝起き状態。自分の顔は涎塗れで、辺りを見渡せば床にカーペットが敷かれた雑魚寝出来る休憩場所でした。
靴を脱ぎ、すぐ横には見知らぬ家族が寝ていたり座っていたり、所狭しと休憩しています。
そこへ文句も言わず自分を運んでくれたのはナガ兄でした。九歳上な兄弟の中で一番頼れる存在で、そんな兄はまだ初心者ですが車の免許も持っていたのです。本音、叔父と運転のポジションを代わって欲しかったのですが…
「…じゃあ、寝るね…」
「え…、ケイジ、アンタまた??本当によく眠る子ねぇ…」
目の前に羊さんが絶えず飛び交っている自分。一匹、二匹…と数えながら、すぐさまゴロ寝しちゃいます。
それを横目に母は吐き捨てるかの様、深いため息をひとつ…。今ここには自分を含め、寝てるか起きてるか死んでいるのかが全く分からない鬼祖母。早起きだった上、運転疲れで爆睡中の叔父。黙々と本を読んでいる母親と合わせて四人しかいません。
残りの兄弟は船内で甲板から海を見たり、船内の探索でも楽しんでるのでしょうか?でも何故自分は船内探索に行かないか?もちろん、ある兄弟と遭遇するのが嫌だったからです。次男に遭遇したら海に放り込まれる可能性大…
一応トイレだけ済ませ、その後はサッサと爆睡しちゃいました。そして次に目覚めるきっかけが…
(キキィーッ!!)
「ぐぇっ…」
車で走行中での、いきなり急ブレーキ。そう、自分はまたまた?いつの間にか?車の助手席へ乗せられていたのです。
そしてこの車のシートベルトの安全性を、華奢なこの身体をもってフルに調査体験させられました。
(ぐふ…)
身体にキツく食い込むベルトを必死に緩めながら目を見開くと。車の前で進路を塞ぐガードマンが数人立っており。
「今。この先の道は事故で封鎖中、申し訳ないが迂回してくれ」との事でした。
実はこの事故は厄災の前触れに過ぎず。ナガ兄と自分が、あんな恐ろしい目に遭う必然的フラグだったのかもしれません…
「ちっ、仕方ないなぁ…。もう目と鼻の先の場所なのに…、くそっ…」
と、ボヤく叔父。気持ちは分からなくはないですが。仕方無く車は川沿いの道をグルリと迂回する事に。
しかし反対側からだと墓地の駐車場が無くて、仕方無く川の土手の急な傾斜スペースに無理やり車を駐車する事になりました。
その傾いた車内からやっとこさ降り。初めて通る幅の狭い砂利道を、墓地に向かって只管歩いて行く事になりました。
でも墓所近くなのに、空気が美味いし眺めは最高。蝉の鳴き声、大量に飛び交う蜻蛉たち。周囲は延々と広がる長閑な田んぼ地帯。遠くまで突き抜ける視界には障害物となる建物なんて殆ど見えません。
そして停めた車から墓までの距離は凡そ五百メートルくらいはあったでしょうか?やはり齢七十を超える祖母の足取りは重く、母が付き添いナガ兄と自分はそれに合わせ、墓地へゆっくりと向かっていました。
でも、待ちきれなかったのか叔父と他の兄弟はサッサと先に行ってしまったようですが…
しかしこの時、自分たちの目の前に″不気味なモノ″がその悍ましき姿を現したのです…
「お、おい。ケイジ?わかるか…?」
「うん…。わかってる…」
いつもとは違う墓地の反対側の道。初めて通るデコボコな砂利道で風化の激しい、お地蔵様が祀られた小さな社が進路の先に見え。その横に不気味な老婆が立っていた…と、後で兄にそう教えてもらったのですが。自分には薄っすらとその人の裸足の足元だけが見えていました。でも、ナガ兄にはその霊の全体像がハッキリクッキリと見えていたらしく。
″ソレ″が全く認識出来ない母と、アルツハイマーでいつも別の何かが見えてる既にヤバい霊と同類祖母は除外。その二人を盾に兄弟二人は霊がいる反対側の左寄りに移動し、視線を逸らして何とかその場をやり過ごしました。
「ナガ兄…?」
「大丈夫だ…、絶対目を合わせるんじゃないぞ?」
「う、うん。わかった…」
昔、生前のナガ兄と一緒に考えた霊対策。要は経験上での話ですが。案外、墓地には幽霊なんて出ないのです。出れば只の浮遊霊か、何かに憑かれた方々が″ソレ″を見てしまっただけ。
幽霊になる前提は何かの出来事をきっかけに発生した″強烈な苦しみや願望″が″思念体″として関連するその場で具現化し、位置固定されてしまった為だと思われます。
後に生き霊となって自分の前に現れたナガ兄の心霊現象も然り。だから死の瀬戸際の多き病院等は必然的に心霊現象が多くなります。
痛み、苦しみ、もだえ、恨み、助かりたいという願望が遺品みたく、場所や物に纏わり付く思念体となり。悲しくもこの世に心霊現象という形を遺してしまったモノだと考えているのです。
自分たち兄弟みたいに認識レベルは個人差がある様ですが、撮影機器で写るモノはオーブと呼ばれていて、それは映像化した思念体の一つだと思うのですが…まぁ、確証はありません…はい。
取り敢えず墓地で人は死にません。だから亡くなった方々が遺灰となり最終的に埋葬される場所なので、そこに″思念″など発生しようがありませんよね…?
…と。こんな言い方は身も蓋もなく、これを読まれていて仏教を信心されている読者の方々には本当に申し訳ないですが、この話は自分とナガ兄の戯言だと思ってお許し下さいませ…
ただ、外国では人間が生きたまま墓地に生き埋めにされたという恐ろしい事件があると聞きました…。他に死刑場所とか…。そんな場合では、うーらーめーしー屋ぁー…と、ポルターガイスト的な幽霊が出たりする可能性は非常に高く、本当に痛ましい事件なら、余計、思念体発生現象にかなりの影響…………と。かなり脱線した話を戻して…
「よし。完全に過ぎたか?でも、ケイジ。後ろは絶対に振り向くんじゃないぞ?」
「ナガ兄、わかってる…」
自分とナガ兄とは十近く歳が離れているので、まるで大人と子供。そんな兄に手を引かれ、横では母が右往左往と暴走する鬼祖母の面倒見で精一杯。いっその事、あのヤバそうな霊をこのクレイジー祖母にアタックさせてみては…?とも思ってましたが…
「あー、ヨシコちゃん?」
ただ、この手の祖母を卑下する会話は、何故か母親に聞かれると怒られるのでヒソヒソ、コッソリと密かに会話していました。
やがて盆休み限定、我が家の墓へ一年ぶりの到着。金持ちだった?頃の名残か、凄く大きなお墓でタタミ十畳くらいの敷地面積はあるんじゃないでしょうか?
そしてまずは草引きから……あー、ク◯親父はコレが嫌だから来ないんだな。うん。
取り敢えず去年の盆に来たっきりだから、一年経てば雑草がわんさか。蜘蛛の巣やら鳥の巣やら…、酷い時は蜂の巣がぶら下がっている時もありました。だから殺虫剤は必須だったり。
「よいしょ、…あいたっ…」
「ケイジ、邪魔だっ!!どけっ!」
「う、うん…」
雑草でも少し太いキク科の多年草、セイタカアワダチソウを自分に投げ付けてきたタメ兄。
お前は馬鹿か?その雑草は投げるモノじゃないっ!抜いて纏めて捨てる物だ!太いから木みたいに当たると痛いんだからなっ!…と、格好良く心の中で怒鳴りつけてやりました。
でもリアルは半泣きになりながら、自分は母親の元へ逃げて行く自分。
「これっ、タメちゃん!いい加減にしなさいっ!」
「ちっ…」
しかもワカ姉は蜘蛛の巣まみれのセイタカアワダチソウを棒代わりに、巨大な芋虫を更に装備させ、こちらを不気味に睨んでいました。掃除もせず姉は一体それで自分に何をする気なのでしょうか?
「これ、あなたたち。ケイジをいじめたらダメでしょ?」
『チッ…』
…と、次男と長女の息ピッタリな舌打ち。
ここで掃除し続ければあの恐ろしい兄弟の標的になるのは目に見えています。だから自分は母親の後ろにずっと隠れていましたが、もちろん面倒な祖母もセットなのです…
「あー、アンタは誰じゃ?」
「ケイジだよ、ばあちゃん」
「イチローじゃな?嘘を言わんでも分かるわい」
「やめてよ…。イチローは…親父だよ…?」
「へー、そうなんじゃな?じゃあ早く家に帰ろうかの?」
そこで母が割り込み…
「お義母さん…、まだ義父さんのお墓の掃除中だから、待ってて下さいね?」
「はて、アンタは誰や?」
「…アキです。イチローの妻ですよ?」
「わしゃ、そんな女っ。知らんなっ!」
「お義母さんが知らなくても、私が知っているからいいんです…」
「ほうほう、そうかいな?じゃあ″おたゆうさん″に会えるんじゃな?」
だから『おたゆうさん』…って何?
「?……多分、絶対に会えないよ、ソレ…」
最後にツッコミを入れる自分。
″ソレ″は一体何なのか?興味も無いですが…。ある意味、妖怪と化した鬼祖母と暇つぶしをするのなら、最適なイジれる情報源かもしれません。
やがて墓掃除もひと段落し、皆で母の手製弁当を食べる事に。その時に隣に座っていたナガ兄が、軽く肘で自分を突っついてきて
「ケ、ケイジ…、食べ終わったら墓地の手洗い場まで来い…」
「ん?はほっふぁ…」
…と、声を掛けてきたのです。しかし、まだまだ自分はおにぎりを頬張り中。喉に詰まりそうになりながらも、なんとか頑張って食べきり、急ぎナガ兄の元へと向かいました。ですが待っていた兄の表情は暗く青褪め、ゆっくり重き口を開いたのです…
「ケイジ…。″アレ″が見えるか…?」
「アレって…?」
自分はナガ兄が指差す先、墓の出入口付近に目をやりました。しかしそこには何もありません。そこで兄は更に肘で突っついてきて
「痛い…」
「お前は″アレ″の足元が見えるんだろ?墓地の出入口の付近、下の方に老婆の足が見えないか…?」
「へ?……出入口の下辺りって事?…………っは!?」
状況はかなり最悪。明らかに先程の社にいた老婆がこちらに近づいて来ていたのです。自分にはその霊の足が薄っすらとしか見えませんが。しかし何故かその霊は壁に遮られたみたいに、墓地へそれ以上入って来れない様でした。でも兄にはハッキリと老婆の全体像が見えていて、その表情は怯えきっているのです。
「あの老婆を無視したけど、気付かれてしまったみたいだ…。俺の所為だな…。ごめんケイジ…?」
「ナガ兄は悪く無いよ…。だってハッキリと見えるんだから仕方ないじゃない…。でも、僕を呼んだって事は何か対策があるんじゃないの?」
「ああ、ケイジ…、聞いてくれ…」
周囲はでっかい田んぼで稲が幅広く植えられている水田ばかり。ナガ兄は皆が帰る際。老婆の霊がいる方から九十度真横の、田んぼの間にある畔道から車に向かう事を提案しました。そして、その霊をもう一度確認すると
「やっぱり墓地に入って来れないみたいだな…」
自分にはその老婆の上半身が見えませんが、見えた足の爪先は確実にこちらへ向いていました。その老婆が立っている位置に、他の墓参に来られた方々がスーっとすり抜けていましたが。接触しても何の変化もなく、ずっとこちらを見たままなのです…。まさに空気の様な存在ですが、悍ましさが半端ない…。そして
「そろそろいいか…」
叔父の一声。ついにやってきた帰宅の時。更に母の号令がかかり…
「ナガ、タメ、ワカ、ケイジ〜!今からみんなで、車に戻って家に帰るわよ!戻ってらっしゃーい!」
『は〜いっ!』
そこで待ってましたとばかり。ナガ兄は母を捕まえてこう切り出しました。
「母さん?俺、ケイジと一緒に。本日、徳島最後のトンボを見たいから田んぼの畔道を通って帰るよ。だから先に行くね?」
「え??そうなの?…気をつけてね…?」
「うん…」
しかしです。兄に手を引かれ、その大きな背で前が見えないのですが。横の畔道から逃げようとしたその先に、いつの間にかあの老婆が先回りしていたみたいで
「うわっ!?ダ、ダメだ…」
「な、何が?」
「い、いるんだ…、この先に…」
「っ!?」
兄の背で″ソレ″は見えませんが。ふと元の道を見たら、母親たち一行は来た道を普通に帰って行きます。
「ナ、ナガ兄?母さんたち、帰ってくよ?」
「くっ、よしっ!一緒に来た道を帰ろうっ!」
「うん…」
そして元の道に戻ろうとすると、歩く自分たちの家族をスーッと通り抜け、再び老婆がその不気味な姿を現したのです。手招きをする訳でもなく下向き加減、こちらを直視してはいなかった様ですが。ただ、両腕をだら〜んと力無いまま、常に顔方向はこっちに向いていたとか…
「ナガ兄…どうするの?母さんたち、行っちゃったよ?」
「……。」
しかし兄は黙ったまま考え込んでいました。恐らく違う道を選んでも、この霊に回り込まれる可能性が高いのです。そして長い沈黙を経て、兄は自分にこう指示してきました。
「田んぼの畔道は幅がかなり狭く、逃げるにしろ二人では危険だ。どの道、あの幽霊に回り込まれるくらいなら。いっそ道幅の広い安全な元来た道を突っ切る方がいい…。ケイジ、お前は俺が手を引っ張ってやるから、口を閉じ、しっかり目も瞑って一緒ついてくればいいからな…?」
「……。」
「返事は?」
「は、はい…」
一瞬、自分は返事に戸惑いました。兄の作戦は単純明快、只の″強行突破″なのです。しかも、そうこう話をしている内に先に行った家族が少しずつ遠目になって…
「このままじゃあ、母さんたちが見えなくなる…。いくぞっ!」
「う、うん!」
じりじりと墓地の出入り口へと向かうナガ兄。右手を引かれ、小さな自分にはその背がとても広く、頼もしく感じました。そして兄はタイミングを見計らって
「今だ!走れ、ケイジッ!」
「うん!」
″うん″しか言えない情けない自分。しかも大人の兄は早く逃げれるのに、わざわざ自分の歩幅に合わせて走ってくれていました。
しかし、目を瞑っていて分からなかったのですが。位置的にも墓地の出入口付近でしょうか?そこで…
(ゾワッ…)
っと、強烈な違和感が身体全体を貫きました。寒気?悪寒?オカンだったら母親?…すいません、関係ないです…。しかし霊感の弱い自分にも、その老婆の思念が身体中に伝わってくる様な気がしました。
この暑い真夏の盆休みに、何故か『寒い、寒い…』と…。それに自分でもこんなに感じているのに、霊感の強いナガ兄ならもっと酷い事になっているのではないでしょうか…?
「ぐっ…。と、通り過ぎたぞっ!」
(ホッ…)
兄の言葉でミッションコンプリート。自分は一安心…と思ったら、『ガクンッ』と。状況は一転。ナガ兄はその場で急に立ち止まったのです。
「手を掴むな…、やめてくれ…」
「ご、ごめんなさい…」
「ち、違う。ケイジの事じゃない…」
「…??」
事後のナガ兄の第一声はそれでした。状況から霊に手を掴まれたのでしょうか?目を開けるなと言われてましたが。自分と反対側、兄の左手を少し目を開け見てみると…
(!!!?)
薄っすらと白みがかった皺だらけの手が、ナガ兄の左の手首を掴み離さないのです。必死に兄は抵抗してる様ですが、びくともしません…。僕ら兄弟に、この老婆は何故こんなにも執着してくるのでしょうか?そこで…
「いいか?ケイジ。よく聞け?お前だけでも逃げろ、この霊が落ち着いたら、兄ちゃんもその後を追うから。な?」
「…!?」
また、こんな小さな小学生にそんな無理難題を…。とは思わず。当然、自分もナガ兄を放っておいて逃げる事なんて出来ません。だから老婆が掴む兄の左手に、自分がガバッとしがみ付き、強引にその老婆から引き剥がしたのです。
「んー!!」
「おわっ!?」
抱きついた時。案外、すんなり老婆の手が外れた気がしました…が、その勢い余ってナガ兄は思いっ切り踏ん張っていた力が外れ、翻筋斗打って地面に転がってしまったのです。
「あたたた…」
「だ、大丈夫?ナガ兄…」
「あ、ああ…。ケイジ早くっ!」
「う、うん…」
もう自分の視界に老婆の足元は見えていません。そして兄に手を引かれながらダッシュで先に進んでいる母親たちの後を追いました。その間もナガ兄は何度か振り返っていましたが、老婆の姿はもう消えていたとの事。やがて視界に駐車中の叔父の車が見えてきて、ホッと一安心…
「ケイジ?気分が悪くなったり、身体が重くなったりしてないか?」
「うん、全然大丈夫だよ?ありがとうナガ兄…。あ、ナガ兄は体大丈夫なの?」
「俺も大丈夫だ…。一体あの老婆は何だったんだ…?真夏なのに凄く寒気がしなかったか…?」
「…え!?」
この時、自分と同じく兄もあの老婆から『寒さ』的な何かを感じ取っていた様なのです。ひょっとして遠い昔に、あの辺りで凍死でもしたのでしょうか?もう、そんな事を確認する勇気など全く無いですが…
「叔父さん、遅くなってすいません…」
「ああ、いいよ。ちょうど一服してたし。じゃ、行くか?」
「あ、はいっ。」
先に行くと言って。結果、皆を待たせる事になった二人。しかし叔父は陽気な笑顔でナガ兄にそう答えました。ちょっと待たされたタメ兄とワカ姉の顔が少し怖かった気はしますが…
ホッとして、自分はこの心霊現象はこれで終わったと安心していたのです。しかし帰りのフェリー内、トイレの手洗い場で兄の左手首辺りを見てみると…
「ふぅ……、ケイジ?これで何事も無く帰れそうだな?」
「うん………?」
「どうしたケイジ、何に驚いて…」
「ナ、ナガ兄!ひ、左手首に″あの老婆の手形跡が…″」
「え…?」
完。




