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三十一ノ怪 物言わぬ釣り人

今から約二十数年くらい前でしょうか?自分ケイジが高校時代の同級生だった友達の″ワダ″から聞いた心霊体験談です。そして彼は「良い釣り場があるよ」と友人スウに誘われ、とある池で一緒に釣りをする事になったのですが…

そこは大阪の八尾にある、周囲が住宅に囲まれた小さな溜池。想像ですが恐らくは農業用貯水池でしょうか?横に水門も有り、片側半分はコンクリートで覆われ、残りはぐるり昔ながらの土を盛られただけの足場です。後者は鬱蒼とした草木が生い茂り蜘蛛の巣だらけの場所なので、友達はそこへ侵入しなかったとかーー




「ワダ!″雷魚″がたくさんいる秘密の池を発見したんだけど、今から行かないかっ?」


「え?マジで?秘密って事は近場じゃないな、遠いのか?」


「遠い…って聞くだけでワクワクしないか?穴場だよ、穴場。ちょいと自転車チャリを飛ばせば、すぐ着くからっ!」


「おおっ、分かったっ!スウ、俺の方が大っきなの釣っからな?」


「ふん。キサマには負けんっ!」


″雷魚″とは現在特定外来生物に指定された見た目、蛇とウツボを足した様な淡水魚と言えば分かり易いでしょうか?そのサイズも50〜80センチと大きく、釣り針を付けたカエルの擬似餌で同じく外来生物ブラックバス共々、一緒に釣れる事があるのです。

今はある有名テレビ番組で知っている方も多いと思いますが、この頃は法律的なしがらみ等が無く、そのきらわれものたちは釣り人を喜ばせる存在でした。

そして二人はその現場へと到着し、足場の良い平らなコンクリートの足場に釣り道具を置き陣取りました。


「着いたはいいけど…。こんなトコ…ホントにいるの?あの雷魚だよ?」


「おいワダ、俺が嘘ついてるとでも?」


「そうは言ってないだろ」


そう言った傍から…


(バシャーン!!)


『ーーおおっ!!』


雷魚かブラックバスかは分からないですが。目の前で巨大魚が飛び跳ね、水面に巨大な波紋を残したのです。それはまごう事なき目撃証拠であり、嘘の雰囲気など一気に払拭してしまう事になるのです。


「今のはぬしだっ、この池の主っ!アレは俺が絶対に釣ってやるからなっ!」


「いいや、俺だっ!俺が先に主を釣ってやるっ!!」


この池の魚に勝手に名付けた、「ぬし」という名前。ただ目の前で跳ねた魚を、雰囲気だけで一番大きいと決めつけた単なる気分的な敬称でしょう。もちろん自分ケイジも同じ様な事を言ってたと思いますが…


『よーしっ!』


既に二人の気合いはマックス状態。しかし魚なんてそう簡単に釣れるものでもありません。その証拠に、何も釣れずに一時間、二時間と時が流れていきます。それでもしつこくルアーを投げていると。ワダが池の反対側にもう一人、釣りしている男性がいる事に気付きました。


(あれは…)


遠目に見て。その人はジーンズ姿にアイボリーのフィッシングベストを着ており、折りたたみの小さな椅子に座り水面をじっと眺めていました。しかし身なりは釣り人なのに、何故か竿などは持っておらず。足元辺りにも道具らしき物は見当たらないのです…


「おい、スウ。もう一人釣り人がいるよ?魚が逃げたら悪いから、いつもの様に騒ぐのはやめようか…」


「あ、はいはい。りょーかいっ。ちと、ふざけ過ぎたな…。ごめんごめん…」


(バシャーンッ!!)


でも早く釣ってとばかり、目の前で巨大魚が何度も跳ねます。で、やっぱり戦績は全くのオケラ状態。暇で暇で仕方無くて。やがて、そんな二人の意識は次第に謎の釣り人の方へと…


「ワダ?あの人、手釣りか何かかな?」


「いや、動いてる気配すら無いんだけど…」


「や、やっぱりそう思う?なんだか怖いな…?」


「あ、ああ…」


そう、ヒソヒソと小さな声で話す二人。その謎の男性が座ってる場所は、雑木林の鬱蒼とした茂みのど真ん中。蜘蛛の巣やら草木、雑草を掻き分け、わざわざあの様な場所に一人で移動したのでしょうか?しかも何もせずにジッとしていて、釣り竿すら持っていなくて、見た目にも異様としか言い様がありません。


「あ、あれってまさか…」


「スウ、まさかって?」


「あ、あれだよ、あれ……。ワダ、分からないのか?あれが″霊″ってヤツじゃないのか…?」


「……ぅえ!?」


ここにきて初めて二人は背筋が凍りつきました。互いに冷んやりした汗が頬を伝います。さっきまでテンションMAXだった二人は何処へやら。気分は一気にゼロ値まで駄々下がりに…


「ど、道具…しまおうか、スウ…?」


「ああ…、ここから早く逃げよう…」


二人は物音を立てない様に。静かに、コソコソ、素早く釣り道具をしまっていきます。そして竿をたたみ、あと少しというところで…


(ドバシャーンッ!!!)


『っ!!!?』


さっきまで魚が跳ねていた小さな音とは違い、何か大きなモノが池に落ちた音が鳴ったのです。二人は声を揃えて


『な、何だ!?』


…と。しかし気味の悪い事に、あれだけ大きな音を鳴らしておきながら、水面には波紋一つ発生していませんでした。二人は同時に顔を見合わせていたので幻聴や聞き違いなどではないでしょう。


「ワダ…、これって?」


「スウッ!…アレを…!!」


すると例の気味悪い釣り人がスー…っと立ち上がり。背後の雑木林の方へ振り向いた瞬間バランスを崩し。ワダとスウ、二人の見てる目の前で背中から池に転落したのです。


(ドバシャーンッ!!!)


『わぁ!?……って、えぇ!?』


…ですが。その釣り人は池に転落した筈なのに落ちた本人の姿は消え去り、水面には小さな波紋すら起きず静寂を保っているのでした。今、この現場では一体何が起こっているのでしょうか?などと考える間も無く再び…


「あ……」


(ドバシャーンッ!!!)


スー…っと再び現れた男性が、またまた背中から池に落ちたのです。音が聞こえても、やはり水面には波紋すらたたず、また椅子に座っている姿に戻って…。立ち上がっては再び体勢を崩して池に落ち…、また椅子に座って…と、それが目の前で何度も繰り返され…


(ドバシャーンッ!!!)


『ぎゃああああああああーっ!!』


世にも奇妙な心霊現象を目の当たりにしてしまった二人は慌てふためき。その場から死に物狂いで逃げ出しました。あの不気味な男性は一体何だったのでしょうか?と、ワダはその時の疑問を後日、自分ケイジにぶつけてきたのです。


「なぁ、ケイジ。お前、こんな話好きだろ?な、何だと思う?…アレは?」


「お、おいおい…心霊現象が好きとか語弊を生む言い方はよしてくれ…。むしろさぁ?俺、幽霊は死ぬほど怖いんだけど…?あっ、でも。そんな状況下だったら…その霊は多分…」


そして自分は簡単に推理しました。恐らくワダとスウ、二人の意識が暇だった釣りから、その釣り人の地縛霊に移行し。二人からシンクロされ刺激を受けた霊が、自分の死に様を訴え掛けようとしてきたのかもしれない……と。

そんな人気ひとけの無い場所で一人転落死したら、誰も気付かない可能性の方が高いでしょう。

もしかすると、その釣り人は池に転落したまま未だに遺体が上がっていないのかもしれませんね…

まぁ、自分は「ヘタレッ!お前は怖がりかっ!この弱虫っ!クズッ!足臭いぞっ!」…とか言われようが…


『……。』


…ワクワク、ドキドキ…何か少し興奮してきました…


取り敢えず幽霊が出ると確定している、そんな危険で怖い場所は絶対に行きませんので…





完。

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