三十ノ怪 地獄のおでん
頃は神無月のある日の出来事。
気温は交互に暑い日や寒い日が疎に訪れ、落葉時期が近づく頃でもありました。
ここ大阪の富◯林では、時期的に地元の方にとっても凄く楽しみなイベントがあるのです。
それは″だんじり祭り″。
ただ他市に住む自分にとっては、その時に現場におられた祭りのメンバーが、かなりアクの強い人たちばかりで……ーー
今回、自分は仕事の先輩ハルから″だんじり祭り″に誘われ、賓客としてその席にお呼ばれしてしまいました…
たくさんの並べられた折りたたみの長テーブルに大量の丸椅子たち。しかし…、ただただ…座ってる周りの人たちの雰囲気が超強烈且つ異様に怖過ぎて…
…それは何故か?
「おっ、来客歓迎でんがなっ!あーっ、ハル兄の後輩様でっか?まぁ、ゆっくり楽しんでいっておくんなはれっ!」
「あ、はっ、はいっ…。ありがとうございます…」
その最初に挨拶をしてくれた方は、コテコテの関西弁にツルツル頭の丸坊主。雰囲気、お笑いタレントの◯峠さんを想像していただけたら幸いです。あ、眉毛も無かったです…、はい…
そして更に辺りを見渡してみると…
『エッサイゴー、オラッ、エッサイゴー、オラッ、エッサイゴー!!』
『どかんけぇー!ボケェ!!』
『いてまうど、ゴラァー!!』
(ブルブルブル…)
元気よく神輿を担ぐヤク……いえ…若者たち。ってか、近くに座っている半分以上の方々が丸坊主、眉毛剃ってるんですけど…?更にチラチラ、シャツの隙間から刺青が見え…!?
…と、脳内は既にパニック状態。しかも真横で『極道の何やら』で聞いた様な恐ろしい台詞が耳へと…
『あ、兄貴っ、お疲れさんっす。例のアレ、イッてもーときやしたでっ?』
『あほんだらぁあっ!!カタギの衆も来とるのに余計な事ぬかすなっ!時と場ぁ考ぇっ!この、どアホがっ!!』
『へ、へい…、すいやせん…』
(……。)
え?今、警◯庁24時?実録何ちゃら?極道の何ちゃらたちの生放送中!??
取り敢えず…、この会話は聞いてなかった事にしよう…、うん…
実は会社にいるハル先輩は地元でもかなり有名な元暴◯族だったらしく…、しかもかなり格上の方だったとか?よって、恐らくその後輩の方々は一般人の方々が少ないかと思われます…
そして宴会の場は野外の桜の木の下にいて、この場はまるで暴◯団事務所と化していました…。そこへ暴力◯員…、いえ、間違えました…。また、頭がツルッツルの男性がやって来て…
「おお、あなたがハル兄の後輩様でっか?」
え?自分は今、尋問中…?
「あ、はい。ここ…この、お祭りに、よ、呼んでいただきありがとうご、ございます…」
語彙力もぶっ飛び中…
「まぁ、そぉ凝り固まってんとぉ。気楽にしたっておくれなはれ?あ、そやそや…」
(……?)
と、ハル先輩の後輩が優しく?殺す勢い?で、殺意剥き出しの雰囲気のまま?そう笑顔で話し掛けて来てくれました…
やっぱり眉毛無いし、ハンパなく怖いのですが…
(ゴソゴソ…)
し、しかも、まだ何かあるのか!?
此方に背を向け、別テーブルで包丁片手に何かしていますが…
(トントン…)
えー…。もしかして、アレでしょうか?…今から自分はケイジがケジメとか何かで、その包丁で小指をスパッと切り落とされてしまうのでしょうか…?うぅ…、冗談でも笑えない……
「あ、待たして、ホンマすんまへんな?」
「い、いえ、そんな…」
(ゴクリ…)
すると彼の手にはプラスチック製の円形お碗の中に、溢れんばかりの″おでん″が盛り付けられていました。取り敢えず、包丁の使い所が切り分けられたのが大きな蒟蒻で安心しましたが…
それを自分が座るテーブルの前に箸を添えて「ドンッ!」と置いて下さり…。ついでに、立ったままテーブルの上に手を「バンッ!」と叩く様に乗せ、優しく此方を再び睨んでくるのです…
(じぃ〜…………)
名前も分からない暴力◯員さん…いえ、間違いました…。ハル先輩のとてもとても優しい後輩様…
(ゴクリ…)
「……。」
味の感想を聞きたいのか?ま、まさか殺る気なのか!?こっちに敵意剥き出しの笑顔で優しく睨…違…、見つめてきて…。当然ながら、自分の額や頬には大量の冷や汗が伝いっ放しですが…
そして、あまりに怖くてしばらく俯いていたのですが…
『あ〜、後輩様?遠慮してんと″おでん食べや?″ワシらのおでんは味がギューっとしゅんどるから、ホンマに美味いで?だから、そんなぁ気ぃ遣わんと、はよ″おでん食べてみてなさいや?″』
同じ大阪でも南側…、怖さの度合いが全く違う″ど河内弁″。「しゅんどる」とは『味がとても染み込んでる』と同意。決して下手打ちした部下が『死んだ』と言う意味ではありません…(泣)
「食わないとこの人に殺られる…」と、そう判断した自分はこの地獄から抜け出す為、おでんを実食する事に……と。取り敢えず、そのおでんの出汁から味わいました…
(ゴク、ゴク…)
(じぃ〜…………)
すっごい睨んでくるんですがぁ〜…
「す、凄ぐ…、く出汁が、を、美味しいですぅ…」
しかし、あまりの恐怖に呂律半壊。味覚は怖さの所為?で完全無味無臭…。そんな悲惨な状態でも、必死で見事に無難なグダグダ回答を…
「おおっ、そうでっしゃろっ!それやったら次っ!″おでんの具食べやっ?″ホンマ、味しゅんどるから?″おでんの具っ!!″」
「は、はい…」
(じぃ〜…………)
大量に垂れてくる冷や汗を必死に拭いながら…、もぐもぐ、もしゃもしゃと…。まるで流れ作業の様、具を口へと運び、なんとか完食。
「…で、味。……ど〜でっか?」
じぃ〜……
(ひぃ…!?)
最後に総まとめ…
とてもとても優しく、殺すように睨みながら味の感想を笑顔で聞いてくるハル先輩の後輩様。もしこれに答えなければ明日の朝、自分の体は冷たくなり、大阪南港の海辺りに浮いていたりするんじゃないでしょうか…?
「と、とと…」
「とととぉ?」
「と、とてもスっごく、無茶苦茶美味しかったですっ!はぃ、すいませんっ!!」
(ニヤァ…)
その後輩さんはその感想を聞くと無言でニヤリと笑みを浮かべた後、この場からゆっくり去っていきました…
その後ろ姿はまるで今から何処かの事務所へ襲撃…、所謂、拳銃か日本刀を持ってカチコミに向かう様な雰囲気を醸し出していて…
…ってか去り際!シャツの袖からチラリ、見事な刺青がバッチリ見えてますからぁっっ!!
(……。)
俺は何も見ていない…、見てません…、よしっ…
ただ、このだんじり祭りに行った感想は。神輿を見た、おでんを食べたという記憶よりも、恐らく味がすっごく染み込んで美味しい筈のおでんが、後輩の方々が怖過ぎてか「全く味がしなかった」という事です…
あんな恐ろしい顔で『美味しいから、おでん食べや?』と言われても。笑顔でずっと睨まれながら食べさせられて…、あまりの恐怖に味覚が完全に麻痺してたのかもしれません…
そして、あの桜の木の場所が悪かったのか、この集まったメンバーに問題があったのかは分かりませんが…
ただ、家に帰ると非常に身体が重くなっている事に気付きました…。要は何かに取り憑かれた様で…。ほんのり痺れる手足、怠くて身体中に大量の冷や汗が流れ出て、肩辺りに半端なく重い違和感が…
そう、経験上…これはまさに″アレ″のお持ち帰り状態なワケで…
そして次の日…
「あ、ケイジさん…。今、背中に何か憑いてるんじゃないですか?」
「へ?」
いきなり職場の部下キンちゃんにそう言われて。そして彼女に背中をキツめバンバン、パンパンと叩いてお祓いしてもらったら。スーッという感じに、不思議とあの重かった身体の不調が治りました…。流石は幽霊対策の知恵袋キンちゃん。
「けど…、背中が痛い…うぅ…」
やはりあの様な血ま…違…、″祭り″の場は自分には向かないと再認識した今回の件。もしかすると自分は何か″良からぬモノ″貰って帰った可能性が高いのかもしれません…
しかし、あの場の心霊現象なんかよりも、あの場にいた″人″たちの見た目の方がリアルに超怖かったのですが…(泣)
完




