二十八ノ怪 されど5センチ
「おばぁちゃん…。いい加減、扉開けてぇ…」
今日のお昼頃なら実家にあの父親がいないと電話で母が言ってました。これはチャンスだ!…とばかり、自分は社内旅行で買ってきた土産を大量に車へ乗せ実家へと向かいます。
そしてニコニコて爽やかな笑顔で玄関のベルを鳴らしました。
(ピンポーン!)
今回の目的は、普段から世話になっているナガ兄や母親に旅行先の美味しい特産品を色々食べてもらう為です。
ですが…
「わからん…」
…と、玄関の扉のその向こう側に″ヤマンバ?″…いぇ…間違えました…。重度アルツハイマーの鬼祖母がそこに立っていたのです。ハッキリ言って、これは想定外且つ最悪な事態に陥り…
「あー……母さん…。俺、昼くらいに土産持って行くって言ったよね…??」
家の中までこの扉を隔てた、たった5センチの頑丈で果てしなき壁…
愕然、唖然とした表情のまま空を見上げる自分
やはり家に祖母以外誰もいない様で。自分は祖母に必死こいて「婆ちゃん、玄関開けて!」と言い続けてるのですが、祖母は「わからん」の一点張り。
少しも玄関の鍵の開錠すら挑戦しようともせず、ただひたすら同じ言葉を繰り返すだけでした。
「…で、あんたは誰や?」
ムカッ…
「はぁ…、さっきから何度も言ってるけど、孫の″ケ・イ・ジ″だ!!」
確か母に″本日昼頃、土産を持って行くからね″と伝えておいた筈なのに何故?
玄関の隙間から土産を祖母に渡せるでしょうが、奴には一度土産を無茶苦茶にされた前科が有るので、その案は即却下に…
(チラッ…)
振り返えると玄関先から母と兄の自転車が無くなっていました…。何故!?恐らく、そんな話は忘れて買い物に出掛けたのかも?
…いやいや、土産持ってきた自分に母さんを取られるとヤキモチを焼くから…。長女が甘えた時も拗ねて二階に駆け上がったらしいし…。今までにも何度も何度も同じ様な事があったからなぁ…
かなりマザコン罹ってるナガ兄が無理矢理連れ出した可能性大でした。
しかも母の携帯に電話しても家の中から、そのコール音が聞こえ…
(ノォー!!)
しかし目的地は″たった5センチを隔てた、この玄関の扉″の向こう側、すぐそこなのにっ!
だから自分はめげずに、ヤマン……いぇ……祖母を頑張って説得しようとしました。
「ガチャガチャするドアの取手上に、チェーンの付いた丸い金属あるよね?それを上に持ち上げてから引っ張ってみて?お願いだから。ね?ね?」
そんなやり取りを何度も何度も…
「うーん…………、わからん」
だから先に手を動かせよっ!う〜ん…とか、長時間考えるのはハッキリ言って無駄なんだよっ!
「くっ……」
(そして扉の隙間から此方をチラッと覗き込んでくる鬼祖母)
じぃ〜…
頼むからその″意味不明な間″はやめてくれ…
「…で、あんたは誰や?」
「だぁかぁらぁ…、孫の″ケ・イ・ジ″だってっ!」
するとその叫びを聞いていたのか。お隣りの優しいオバさんが玄関から出て来て
「ケイジくんだね?久しぶり、いつも大変さねぇ?早く扉が開けばいいのにねぇ?」
と言って、オバさんは手馴れた手つきで庭の手入れを始めました。
「あ、お隣りのオバさん。どうもお久しぶりです。お恥ずかしところを…、ホントすいません…」
「恥ずかしいとか…、そんな事言われようが、わしゃ、わからん…」
「……。」
それは婆ちゃんに言ったんじゃなくて、お隣さんにいったんだよっ!
そして再び振り出しに戻るパターンを何度も何度も繰り返していると、まさかの奇跡が…
「あー…こうかのぉ…?」
(カチャ!!)
偶然、ドアの開錠に成功したのか?ありがとう神様、諦めない子は報われる…。とまでは考えていなかったですが…
「よいしょっ…」
だがしかし、でもしかし…
(ガッチャン!)
「オー、ノォー!フェイクアンローック!!」
少し扉を開け、再び此方を覗き込む祖母。全くもって外れてなかったチェーンロックに、またまた進入を妨げられてしまいました。
「ばぁちゃんっ!いい加減チェーンロック外してっ!あと少しだからっ!」
「…ワシャ、干し芋は好きじゃが?…はてのぉ?………わからん」
「ぐっ……」
″干し芋″とか、誰もそんな事聞いてないっ!そして怒りに任せ、少し開いた扉の隙間から手を入れ。そのチェーン部分を指差しながら、丁寧にロック解除方法を説明したのです。
「いや″わからん″じゃなくてココを見てっ!ココ!ココのチョッポリあるじゃない?ココを指で摘んで上にこうスーッと上にあげて、最後に手前に引っ張るだけっ、分かったっ?」
「あーあーなるほどー、そうなんじゃなぁ…」
「よしっ、やっと分かってくれた?良かった…、じゃあ、開けてみて?」
「ヨシコちゃんは元気なんじゃな?」
「誰だよそれっ!?もういいから…!!だ・か・ら、と・び・ら・を・あ・け・てっ…!!」
「あー…………んー、えー……………ふむ、…わからん」
「マァイッ、ゴッー!!」
オマケに、ついでに、更に…
「…で、あんたは誰や?」
「孫っ!孫のケイジだってっ!!いい加減、玄関開けてくれぇーっ!!」
そして最後。扉の隙間から凍る様な視線でこちらを再び覗き見る祖母の姿が…
「あんたは…、あんたはケイジちゃんと違う。ケイジちゃんはもっと、こう、小さな…」
「……。」
更に、その絶妙なタイミングで隣のオバさんが…
「人間、諦めが肝心…て時もあるさね…。ケイジくん?あまり無理しなさんな?」
(バタン…)
と言って家の中に入っていきました…。何か見捨てられた感が半端なく、そして虚しさだけが全身を覆いつくします…。覇気も無くなり、落ち込む自分…
そこで追撃の手を緩めない祖母が
「あんたはケイジちゃんとは違う。…で、あんたは誰や?」
「あー、それはもういいから…。ばぁちゃん?そのチョッポリを摘んで…上へあげてからスッと引っ張って?そしたら開くから…」
「あー、なるほど、そうなんじゃな?」
「そー…」
「あー………んー………わからん」
「……。」
「…で、あんたは誰や?」
「……。」
「あー、あんた?ウチのケイジちゃん知らんか?ずっと探しとるんじゃが…、何処行ったのか…、おかしいのぉ〜…」
「……。」
「ヨシコちゃん。朝ごはんは、まだなんか…?」
……
スタスタスタ…
(バタン……キュルキュルキュル………、ブォーン……、ぶぅ〜ん……………キキーッ!!)
一時間に及ぶ悍ましき格闘虚しく。閑静な住宅街で寂しげに鳴り響く、とある車のエンジン音。一体自分はク◯イジー祖母に何回「あんたは誰や?」と言われたのか?まるで魂が抜けた表情のまま、車内でずっと数えていました…
そして後日。死ぬほど謝る母親を連れて、ナガ兄が土産を家まで取りに来ましたが…
今回はホボ妖怪と化した鬼祖母の相手という、その壮絶な怪奇現象を体験し。果て無き精神修行の一環として、己の鍛錬をも………って、違うわぁーっ!!
完。




