二十七ノ怪 畔道の待ち人
これは昔の仕事仲間、パワフルシングルマザーこと派遣社員キンちゃんから聞いた心霊現象話。
大阪を流れる一級河川、大和川という名前の川があるのですが。柏原国分の地より流れ出る川がそこで合流する分岐点辺りの道路沿いの田畑…。その畔道で、いつまでも立ち続けている女性の霊がいたのです。その人の右手は事故か何かで失ってしまったのか、何処にも見当たらないらしくてーー
「ママ〜。あの人、いつもあそこで何してるの〜?」
「レンちゃん?あの人に声を掛けたり、見たり、目を合わせたりしちゃ絶対ダメだよ?だって、すっごく″怖い人″なんだよ?」
「はーい」
キンちゃんは毎日。幼い娘さんを大型スクーターの後部席に乗せ保育所に送迎するのが日課でした。そして道中。家の近くにある畑の畔道に、いつも生気無く立っている女性が目につくのです。
「……。」
雨の日も、風の日も、少し下を向き加減。ず〜っと一人、頭に手拭いの様なものを被り。昔話か何かで出て来そうな、薄汚れた農民の格好で立っているらしいのです。そして何かの事故で失ってしまったのか、見当たらない彼女の右手。青褪めた表情に生気無く立つ姿は…
そうです、その女性は一般的に地縛霊といわれる存在でした。キンちゃんは自分の過去の経験から、その類の霊と接点さえ持たなければ、トラブルに巻き込まれないと分かっていたのです。だから極力、意識しない様にしていたのですが…
「ママ、またいるね?」
「だ〜め。いつも言ってるでしょ?レンちゃん。見ちゃダメよ?」
「は〜い」
母親譲りか。キンちゃんの娘も霊感が強く、その霊が見えるようでした。しかし保育所へ通う小さな女の子。年齢的にも好奇心旺盛な時期であり、そんなある休日の出来事…
「レン〜、レンちゃん〜。ご飯出来たわよ〜」
キンちゃん宅にて、今日の夕食は会心の出来か?腕によりをかけ、美味しそうなタコライス、ゴーヤチャンプルをテーブルに並べ、部屋へ愛娘を迎えに行ったキンちゃん。しかし…
「…レンちゃん??」
布団を捲ると、中には前に買ってあげたクマの人形が隠れ身の術とばかりに置かれていたのです。彼女は慌てて玄関に向かいますが、確かに施錠した筈の扉が何故か開いたままになっていて
「ど、どこに…!?レーン!!レンちゃーんっ!!」
彼女は必死に叫びました。でも…
「レーンッ!何処にいるの?レーンッ!!」
(……。)
虚しい静けさが残ります。この様子からも、既に娘は家にいないと判断に至ります。よってキンちゃんは、素早く家を飛び出して、道路側に向かって走り出しました。必死にキョロキョロと周囲を見渡し、娘の後を追いかけます。
「レーンッ!!」
やがて、あの畑にある畔道の近くへと辿り着きました。するとそこには…
「ああっ……!!?」
キンちゃんは愕然とした表情でその場に立ち尽くします。それは娘のレンがあの地縛霊の前に立ち、何かしら会話をしている様なのです。
(ソソゾッ…)
頼んでもない大量の冷や汗と悪寒がキンちゃんを執拗に襲います。
「っ……」
娘がその霊に取り憑かれ、呪い殺されたりするのではないか?そんな最悪のケースが脳裏に過ぎり、キンちゃんは考えるより先に叫んでしまいました。
「レーンッ!!ダメって言ったでしょっ!!早くこっちに来なさいっ!!」
『!?』
するとレンは母の叫び声に気付き、怒られると思ったのか、慌てて手前の一般道へと戻ろうとしました。しかしタイミングが悪く、ワンボックス車が物凄い勢いで、その道路を通過しようとしていてーー
「いゃあああああっ!!レーンッ!!」
キンちゃんは両手で自分の顔を覆い隠し、その場にへたりと座り込んでしまいました。あのタイミングなら娘は車に轢かれてしまった筈…。自分は走って娘を助けに行かずに、何で先に大声を出してしまったのか?全ては自分の責任だ…と。そう後悔し、絶望していたのです。
…でも。
「…ママ?」
(!!!?)
驚いた事に。まさかの娘の声が我が耳へと届いてきました。耳鳴?幻聴?いえ、ふと目の前を見ると。そこには全くの無傷の娘が立っており。その後ろ、少し離れた場所にあの地縛霊も立っていました。
霊体である彼女は何も言わず。ただ、じっと此方を見つめていて、やがて道路の左右を可愛らしくキョロキョロ…っと確認した娘が、小さな歩幅で母親の元へトコトコやって来ます。
「ごめんね?ママ…」
「ママこそごめんね。良かった…、本当に良かった…」
その間も女性の霊はその場に立ったまま、俯き加減。静かに此方を見ていたらしいです。表情も変えず、ただただ寂しげにずっと…
そして娘と一緒に家へと帰ったキンちゃんは。昔、自分の母から教わったまじないを口ずさみました。
「まぶゃぁ、まぶゃぁ………」
キンちゃんは、お祓い的にもこれで安心し、ホッとひと息つきます。すると娘があの畔道にいた女性の霊に対して感じた事を話し始めたのです。
「ママ?あの人はね?」
「うん…」
「あの時、レンにね?″危ない″って…」
「そう言ったの?」
「ううん…。後ろでそう言われた気がしたの」
「そ、そうなんだ…」
年端も行かぬ小さな女の子の話で、確証は無いです。でも、もしそれが本当なら娘のレンは、あの地縛霊に助けられたという事になります。しかも
「それでね?それでね?あのお母さんはね?わたしみたいな娘をね?ず〜っと、探してるんだって?」
「って、言ったの?」
「え?そう感じたよ?」
「へ、へぇ…。そうなのね…」
その地縛霊は下手をすれば江戸時代よりも前に生きていた人の様な気もします。そして近代化により変わりゆく風景。しかも見つかる事の無い我が子を今も探し求め、あの場所で一人寂しくずっと待ち続けているのかもしれません…
そして安心した事に、自分や娘にあの地縛霊から取り憑かれた感は無かったとの事。しかし生活をする上で、ある一つの変化があったらしいです…
「……。」
母親の運転するバイクの後部席で、小さく手を振る娘レンの姿が。いつもの畔道で下を向いていたあの地縛霊が、キンちゃん親子がその道を通る度。下向き加減ですが、じっと此方を見つめてくる様になったのです。何をする訳でもなく、だだじ〜っと…
地縛霊は無視しろと言った手前。あの霊には娘を救ってもらった可能性があったので、キンちゃんは
「レン?″あの霊だけは特別だから″ね?他にあんな感じの人がいても絶対に手を振ったりしちゃダメよ?それに、この事は保育士さんやお友達にも絶対の絶対に言っちゃダメ。わかった?」
「はーい」
娘さんは上機嫌。しかし彼女は会話もせず、その地縛霊とコンタクトしていた様だと、霊感の強い母親であるキンちゃん自身がその驚きを隠せなかった…と。自分に話をしてくれたのを今でも覚えています。
その地縛霊は一体何年そこで帰らぬ娘を待ち続けているのでしょうか?
…と、今回も霊的事案は解決する可能性が低く…
そんな事を考えると、ちょっと切なく悲しいお話になってしまいましたね…
完。




