二十六ノ怪 落武者と重役
頃は晩秋。
紅葉も終わりを告げ、肌寒い夕暮れ時に激しく降り頻る雨が寒さをより一層際立たせます。
そんな日の夕暮れ時。仕事を終えたのか工場内にある洗面台で帽子を深く被り、ブルブルと震えながら手を洗っている年配男性が一人。
(バチャ、バシャッ!)
しみる冷たさをグッと堪え、洗面台前で汚れた手を黙々と洗っているのです。
(スー…)
ここに来て、辺りは不穏な空気に包まれます。
すると、その背後に妖しく忍び寄る、もう一人の若い男性の影が…
『ケイジく〜〜ん』
そう言った彼は徐ろに両手を重ね、力強く祈る様な形を維持し、素早く両手人差し指をおっ立て…
『カンチョーオオオホホホーッ!!』
そう叫びながら、真っ直ぐに伸びた力強い二本の人差し指を強引且つ捻りを加えます。要は洗面台前に立っていた年配男性のケツ目掛け、若い男性がカンチョーを喰らわせたのです。
「あふぅ…」
更にグイッと追い討ちを掛けたのか?
容赦無く突き刺さる人差し指の第二関節はズボンの視界から消え去り。ゆうに第三関節まで到達寸前にまで…
そのあまりの衝撃に、カンチョーをまともに食らった年配男性の脚はガクガク、気持ちドキドキ、立っているのがやっとの状態だったのです。スキーのジャンプ競技で言えば、そのダメージはまさにK点超え…
「っ……。」
『ーー!?』
しかしです…
その快感…、いえ、間違えました…。そのダメージを受けた人の喘ぎ声が…、これも違うか…。ま、まぁいいとして…
もし″そのカンチョーが、名指し攻撃した相手ではなかった場合″はどうなるのか?
ーー背後から不意を突き。普通に手を洗っていた年配男性にカンチョーを食らわせた、その不届き者の名は″タマノ″。
もう現行犯且つ完全容疑者である彼は自分と間違えて、会社のとある重役の方にカンチョーを喰らわせてしまったのでした。
「タァーマァーノォーくぅ〜ん…」
『はぅっ!?』
手がビショビショに濡れながら、ゾンビの如く不気味に振り返ったその人物。それはーー
『ヤ、ヤナ工場長…!!!?』
恐ろしくもタマノは会社の重役且つ工場の最高責任者ヤナ工場長58歳へ、容赦無き強烈カンチョーを食らわせていたのです…。まさか定年前にオッサン重役になって、若手から強烈なカンチョーを喰らうとは夢にも思わなかった事でしょう。
そしてその瞬間。タマノはその指を自分の鼻の位置から目一杯遠ざけながら、有ろうことかその謝罪の引き合いに…
『ヤナ工場長っ!す、すいませんでした!後ろ姿があまりにも″ケイジ″と似ていたので、思いっ切り間違えてカンチョーしてしまいましたっ!アイツが悪いんですっ!ホントすいませんでしたぁー!!』
…そう弁解。(爆)
って、なんでやねん!(滝汗)
取り敢えずヤナ工場長の顔はシワシワで年相応。帽子の下はトレンディ的にバーコード頭…
しかしです。この頃は28歳だったケイジとは見た目は全く別人なのですが。だだ″深く帽子を被った後ろ姿と体の細いライン″だけが本当に似ていたらしいのです…
それを証明するかの如く、何度も他の社員たちに間違われた経験があるので(大泣)
そして情事の後。何も知らない自分はヤナ工場長と遭遇し、普通に…
「あ、工場長。お疲れ様です」
そう声を掛けたのです……が。
「ああっ!そうだ、ケイジ君っ!どうしてくれるんだっ!キミの所為で、タマノ君にカンチョーされてしまっただろっ!!」
「は、はひ…??」
ホワイ?待て待て、ウエイト、いや、待って下さい。取り敢えず落ち着きましょう。
…最初はゆっくりと深呼吸し、冷静沈着に、無想の境地へ、まったりしながら再確認し、解析する事に…
『……。』
この現場で一体どんな凄惨な事件が発生したのか?
まだ事態を把握しきれていない自分がいます。何故怒られたのかが全く分からない…。てか…、これは俺が悪いのか?状況証拠が無い上、完全無関係。捜査の基本に戻るしかなく、取り敢えずは、容疑者の事情聴取から…
「えー…。タマノさん?例の件なんですが…。何で僕が思いっ切り工場長に怒られたのでしょうか?」
「ケ、ケイジくんと間違えて…カンチョーを喰らわせて…えーっと…。コホンッ……更に捻って…その…。何か、ごめん」
「……。」
いやいや、ちょっと待て。
今この人、サラッと「捻った。」って言ってなかったか?あの工場長、もう定年前だぞ?
何んてことしてくれたんだ…。それよりも何で俺にカンチョーする気だったの?落ち着いて考えても、全く意味が分からないんですけど?
え?ひょっとして、俺が喜ぶとか思ってたの?…え?マジで?そうなのか!?……はぁはぁはぁ…自分の変態性癖にメラメラと燃え盛る炎が……
(違うっ!…と、思うっ!)
……ってか。怒られてた俺は全く無関係だろぉーがぁっ!!!……と、やっぱり心の中で叫びつつ、ホッとひと息。(照)
「はぁ……。もうタマノさん?一人で罰ゲームしたり、僕を引き合いに出す様な事は、二度としないで下さいね。工場長が変な世界に目覚めてしまったら、どーするんですか?」
「あははは…、ごめん、ごめん」
「まぁ…、死ぬほど面白かったから、もういいですけど…」
「だろ?あ、俺の指。嗅いでみる?」
徐ろに、両手人差し指を此方に向けてくるタマノ。
「…へ?…俺を殺す気ですか?」
し〜ん……
『……あはははっ』
…と。二人は最後に、めでたく仲良く大笑い。…って、何でやねんっ!!
この日を境に。自分は『工場長カンチョー事件の容疑者』、タマノは『カンチョーの実行犯』として、そのレッテルを長年貼り続けられたのは秘密です…
はぁはぁはぁ…。何て響きの良い称号だろう…、また、段々と興奮してきましたっ!(違)
あ、これではオチが弱い…??って、安心して下さい。履いてますよ?…ではなくて有りますよ?
…実はですね…
「″あ、工場長、お疲れ様です″」と、言った時点で、カンチョーに酔いしれ&興奮していた工場長に反応したのか。
普段からもよく有る事なのですが、仕事が終わった後の真っ暗な作業エリア。出入り口の自動ドアがやたらと開閉していたのです。もちろん昔、何度か業者に見てもらっても原因不明な件。
理由は怪奇現象として理解していましたので。でも自分にはその霊は全く見えません。で、ユウやキンちゃん曰く″悪意の無い、討ち死にした落武者の霊″…が工場内を彷徨っているとの事でした。
早い話が、イタズラはするけど無害な地縛霊。
やっぱり″バーコード頭の工場長だったから、部分的に共通するものがあり、その霊とシンクロ″していたのかもしれませんね…
そう言って仕事仲間と大爆笑していましたが。工場長、本当にごめんなさい。…と、また一人心の中だけで謝罪。ほんにお後がよろしいようで。 m(_ _)m (ぺこり)
…って、全然よろしくない…
完。




