十九ノ怪 姉に憑く子猫
『ピーポー、ピーポー、ピーポー…』
今回。幼稚園児だった頃の自分が、救急車で病院へ救急搬送されるところから始まります。左掌から大量に出血し薄れゆく意識の中ーー
劣悪な家庭環境の中。我が家の四人兄弟でも三つ年上の寡黙的クレイジーシスターことワカ姉は、その隠した内面に凶暴性を秘める女性でした…
そんなある日の事。母親とその姉、自分の三人でとあるレストランに行った事があるのですが、大概の店のレジ横には子供用玩具が売ってますよね?
食後に大きくて丸っこくて可愛らしいネズミのぬいぐるみと、中ぐらいの大きさの本物感を出した猫のぬいぐるみが販売されていたのです。
「欲しいの?」
レジの会計時、母はそう聞いてきました。
しかし、その商品は各々一つずつしか無く。探しても同じのがありません。自分は先に″ネズミのぬいぐるみ″を手にし、頷きました。すると横から姉が力任せにソレを奪い取った挙げ句、自分を突き飛ばしたのです。
「いっ…」
姉は嫌いな弟が欲しがるものを先に奪う様なタイプの人間です。恐らくその姿形なんて気にしていなかった思います。ただ、気に入らない弟への嫌がらせもあったかもしれませんが…。
そして倒れはしませんでしたが、ネズミの人形を奪われ、仕方無く自分は横にあった猫のぬいぐるみを手にしました。
しかし幼いながら、奪われたそのショックからか、表情は暗く半泣き状態に
「もお…」
母親は呆れた顔でそう一言。
「それじゃあ、平等にジャンケンで決めなさい」
そう母親に言われ、姉は母をも睨みながら渋々ジャンケンをする事になりました。ですが…
「はい、ケイジの勝ちね?お姉ちゃんなんだから文句を言っちゃダメよ?」
「……。」
なんと、このジャンケンに勝ってしまった自分…。勝っているのに、こんな言い方は不思議でしょうが、自分にはそれが当然なのです。潜在的意識内の肯定とでも言いましょうか?
そして…それに対して姉は黙ったまま猫のぬいぐるみを変形するほど力任せに握り締め、歯軋りまで鳴らして自分を睨み続けていました…
そして帰宅後。大きな家なのに部屋は鬼祖母と一緒だった自分。その真横の部屋がワカ姉の部屋なのですが、その部屋から普段は聞こえない奇妙な物音が…
「ザクッ、ザクッ、ザクッ…」
「…?」
姉の部屋へは横開きの襖で仕切られていますが。その音があまりに気味が悪かったので、気になって気になって…、そっと中を覗いてみたのですが…
(!!!?)
とあるホラー映画のチャ◯ピーみたく?ワカ姉はあの猫のぬいぐるみを鋭利なハサミで滅多刺しにしているではありませんか。
まさに凄惨なスプラッターシーン…。表情は全くの無。かえってそれが自分を恐怖のドン底に叩き落とし震え上がらせるのです…
(ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ…)
そしてその日の夕方。フラフラ〜っと祖母は何処へやらと部屋から出て行きました。またいつもの姑の嫁揖斐りでしょうか?
そして暇な自分はお絵描きで貧乏削りした鉛筆…。所謂、両側を削った危険な鉛筆の事ですが。それで画用紙へ何気に落書きをしていたのです。カキカキカキカキ…、やがて先も丸まり、再び電動鉛筆削り機の前に猫背で座り、何回目かに左手で鉛筆の先を尖らせようと削り始めたまさにその時でした。
(ドンッ!!)
自分は誰かから急に背中を押され、貧乏削りしていた鉛筆の先が左掌の皮膚をエグる様に突き刺さります。
「いぎゃ!?ぎゃああああああっ!!!ゔゔっ!」
…と、家中を響かせる程の自分の悲鳴や嗚咽。しかも鉛筆削りは電動、その手の中を鋭く尖った鉛筆の先が、手の平の中心部分をエグってくるのです。なんとか手を抜きましたが鉛筆削りから離れただけで手には中程で折れた鉛筆が刺さったまま…。自分は畳の上でのたうち回り、そこは真紅に染まる地獄絵図と化していました。やがて逃げもせずジッとこちらを見るその犯人の姿が視界へと入り込みます。
(ニヤリ…)
(……!?)
犯人こと、ワカ姉は黙ったまま此方を見下すかの様に。″笑ったまま″そこにしばらく立っていました。そこで自分は「フッ…」と意識が飛び気を失って…
(ピーポー、ピーポー、ピーポー…)
ーーその後の自分の記憶はその鳴り響くサイレンの音だけ。掌の怪我は神経にまで届き、医師から手術入院を告げられます。その頃はまだ小さくて細かい内容までは覚えてませんが、神経の接合が困難だとか言っていたと思います。更に見舞すら来ない犯人と虐待男の次男タメ兄。兄弟なのに…、この二人からは何故か殺意しか感じませんでした…。
しかし打って変わって長男ナガ兄は母と毎日来てくれていて、これが一つの心の支えとなっていたのです。そして退院前日に、そのナガ兄から恐ろしい話を聞かされました。
「なぁ、ケイジ…。ワカいるだろ?」
「うん」
「お前が入院してる間。アイツな?自分のタンスに、何処かで拾った子猫を詰め込んで殺してしまったんだ…」
「え!?」
「家の中で変な臭いがしてきてな?異臭に気付いた母さんが発見したみたいなんだ…。お前も家でアイツに何かされたんじゃないのか?」
「う、ううん…。自分で怪我しただけだから…」
姉の報復を恐れ、そう答える事しか出来なかった幼き自分。しかし兄は続けて
「けどな?アイツの部屋から毎晩子猫の泣き声が聞こえてくるんだよ…。もちろん部屋に子猫はいない…。しかもアイツには聞こえてないのか、知らんぷりだ…。これについてどう思う?」
「どう思うって言われても…」
長男のナガ兄は自分より霊感があります。子猫の死んだ理由は分からないですが、窒息するにしろ恐らく苦しみ抜いて死んだ事でしょう。気配りや優しさ、配慮といった感情がかなり欠落しているワカ姉。子猫はその無念を心霊現象という形で、あの人格破綻者の姉に訴えかけていたのかもしれません。
そして自分はめでたく退院となり家へと帰りましたが、再びあの地獄が始まると思えば、素直に喜ぶ事は出来ませでした。
「……。」
家に着くなり嫌そうな顔で出迎え反省の色すら見せないワカ姉。お陰で自分の左手には、今もその時の鉛筆の芯の墨痣が凄惨にも残っています。将来、姉は誰か殺してしまうのではないか?…と、思わせられるほどです…
それが自分でない事を願いつつ、ナガ兄の話を思い出しました。けど隣の部屋にいる自分には子猫の泣き声なんて一切聞こえてこないのです。兄より霊感が弱いからか?
「!!!?」
…しかしです。何度かワカ姉の足下に、子猫の様な小さな四つの脚影が見えました…。ナガ兄には猫の鳴き声が聞こえ、自分には猫の脚影が見えます…。この後、ワカ姉は長年にわたり色々な不幸に見舞われる事になるのですが…
自転車に乗っていて複数回に及ぶ車との接触事故。原因不明の度重なる入院。身体は既にボロボロに。自分の勝手な想像ですが。姉の心に秘めし憎悪が、何かしら良からぬものを引き込んでる様にしか思えないのです。
そして家族でも仲の良かった母親とナガ兄は既に他界し、今の実家に残ったのは会えば身体が拒絶反応を起こすモンスターばかり。
互いに全く興味が無く、実家族とは完全に疎遠となった今。その父親と姉、次男がその後どうなったかは分かりません。ひょっとするともう…
完。




