十七ノ怪 死を誘う、あかずの間
これは薄っすらとした記憶の中、自分が五〜六歳?だった頃の話です。
その時に住んでた家は屋敷の様に大きく、しかも三階建て。しかし一番上の階への入り口は、板に釘を打ち込まれ固く閉ざされていました。そこは所謂″開かずの間″であり、誰も入れない様に完全封鎖されていたのです。
その頃、自分はまだ小さかったので心霊現象というものを全く理解しておらず。三階には、ぶ厚い板を並べただけの階段があり。更に入り口が塞がれたその階段の下は、ちょうど自分の様な小さい子供が一人隠れる事が出来るスペースが有ったのですがーー
「ケイジッ!どこいったっっ!!出て来いっ!」
母親が買い物に行った後、やたらと広い家に響き渡る次男タメ兄の怒鳴り声。
体格は大人と子供くらいの差があります。何故か彼は、いつも罪無き自分を苛めようと躍起になってました。しかも姉のワカに見つかっても「あ、ケイジだ!」と大声を出して兄に知らせ追いかけてくるのです。そんな二人の虐げから逃れる為、悲しくも小さなこの身体で家の彼方此方に身を隠す日々を過ごしていて…
…と、そんなある日の事。あの二人に絶対に見つからないであろう、絶好の隠れ場所を発見したのです。
「あ、ここなら…」
自分はその開かずの間にある不気味で真っ暗な階段の下に身を潜めました。
「くそっ、アイツどこに隠れやがったっ!!」
と、遠くで悔しがっているアレの叫び声が。何故か兄や姉はこの″三階に続く階段″には近寄ってこないのです。この時の自分は、その理由を全く知らずに喜んでいましたが
(ほっ…、良い場所を見つけた…。ここなら誰も来ないかも?…って、あれ?今、誰かに触られた?)
すると、フワッと蜘蛛の糸でも絡まったのか。首筋に何か変な違和感を感じました。確か階段の下に潜り込んだ時、そんなのは無かった筈。しかし幼い自分はそこまで知恵が回りません。
「ま、いいか」
後は母親が帰って来るまで、ここに身を潜めておくだけ…。自分的にはラッキーな隠れ場所を発見出来てウキウキしていました。そこはかなり危険な場所だとも知らずに…
そして数日が経過したある日、自分はある怪奇現象に見舞われます。
「今日もここだ。ここにいよう…」
すると何度か隠れたこの場所で、初日以外に変な現象が一切起こらなかったのに。再び首筋を蜘蛛の糸が掠めた様な感覚が
「はへ?」
自分はポカンと口を開けたまま、マヌケな顔でキョロキョロと辺りを見回しますが
「また?蜘蛛糸かな…?」
すると…
「くおらぁ!ケイジッ!何処だっ!!…くそっ、最近うまい具合に隠れやがって…」
鬼さんこちら〜、手のなる方へ〜…。…奴に見つかってなるものか…。…と。もう、この絶好の隠れ場所から離れられません。しかし、その時…
『ガガッ……………、、、バシャーン……』
急に何か引っ掛けた様な音が鳴った後、有り得ない水飛沫の音が。そう、ここは三階へと続く階段下。要は二階でも高所です。もし一階の風呂場や台所で水の音が鳴ったとしても、その音はかなり小さい筈…。しかも何故かこの場所で聞こえた音はハッキリ水飛沫だと理解出来る音だったのです。だけど頭の悪い自分は…
「あ、タメ兄。自分を見つけれないから風呂場で八つ当たりしてるんだ…」
と、勝手にそう解釈していました。しかし別の日、再び同じ様に階段下で隠れていると…
(ひゃわ…)
え?何?…な感じに再び首筋にあの変な違和感が…。そして、ふと振り返ったその時です。
「…え?」
ほんの一瞬の出来事でしたが。薄く半透明の手が後方の壁側へ『スー…』と、吸い込まれる様に消え去ったのです。そこで自分は小さな脳で考えました。『あれは一体何だろう?』…と。しかし人生経験自体が超短いバカな自分には全く答えが出ませんでした。その上
『ガガガガッ…………、、、、バシャーン…』
と、再びあの水飛沫の音が。事態を把握出来ないまま自分は他の日も何度も何度も同じ経験をする事になります。
″何かが何処かで勝手に何処かの音が鳴っている″と。別にその怪奇現象自体に手痛い思いをさせられた訳でもありませんし、生きた人間の方が自分にとっては本当の恐怖そのものだったからです。
ーーそして月日は流れ。高校生になった自分は、あるタイミングで、その正体を母親から聞かされる事になりました。
「…あの薄気味悪い、三階あったでしょ?実はね…」
時代は古く、曽祖父が生きていた頃にまで遡ります。早い話が戦時中″お国の為に死ぬ事こそが美徳″とされていた時代。「鉄を差し出せ」と鍋や工場の鉄壁、簾の機械を国に押収され、工場で働く元気な若者には特攻隊の赤紙が…。残酷な事に、後者の戦争に行った方々は全て亡くなられたとか。平和な時代に生まれた自分たちには想像だに出来ない地獄の様な世界。まさにそれが原因で、あの三階は″あかずの間″となってしまうのです。
そして、その中を最後まで見る事は無かったのですが。あの階段を上がり三階の部屋に入ると、屋根の形に沿った三角の小さな小部屋が大黒柱を挟む感じで二部屋あったらしいです。そこは工場で働く若者が寝泊りしていた場所。遠くから出稼ぎに来ている者、住む所が無い者、天涯孤独な者…と、理由は様々だったようで。
働き手が何人もいた事を考えれば、中はちょっと狭い気もしますが。手前の部屋には家の地下まで縦に一直線。丁度人ひとり通れる幅の、井戸に通じる通気口の様なものがあったらしく、これで井戸の湿気を防ぐ為の換気口だったのかもしれませんね。しかし当時の人間は生きていませんし、その本当の用途は全くもって不明です。
そしてある日。工場で働いていた若者に″死の宣告″と恐れられている″赤紙″が届いてしまうのです。
工場で働く男性のほとんどがその戦争に行き帰ってこなかったとか…。あとは醤油を大量に飲んで死んでしまった人や、同じくそれで身体を壊し戦争に行かず助かった人…。そして問題なのが、この″三階から井戸に飛び込んで自殺した方々″がいたらしいのです。
しかも大量に醤油を飲んで助かった人が「井戸に飛び込んで自殺した人たちが部屋にいる」と言って。後日、結局その人も井戸に飛び込んで死んでしまったとか…。まさに呪いが呪いを呼ぶ連鎖状態に…
結論から言うと、後からそこで寝泊まりして同じ様に亡くなった方がいて、その数も十人を超えていたとか…。三階には部屋に取り憑いた″死を誘う死神″がいたのです。
曽祖父は慌てて祈祷師を呼び、死者の魂を供養してもらおうとしたのですが、その怨念のパワーがあまりにも凄まじく。結果、祈祷師にも断られ。仕方無く中に除霊祈願の神像を祀り、外から部屋を完全に封印してしてしまいました。
そこから時は流れホボ都市伝説的お話ですが、自分は今でも覚えてます。あの引っ掛けた様なガガって音は、井戸まで続く穴の蓋を開けた音で。そして時間をおいて鳴った水飛沫の音。そのいずれもが、この世に未練を残し、井戸に飛び込み自殺した人のその瞬間を物語っていたのでしょう…。ゾゾっ…
完。




