十四ノ怪 ブラックデビル=BD
あれはそう。自分がとある職場にて、中国から輸入した乾物系原料の製造や梱包、販売に携わる仕事をしていた頃の話。申し訳ないですが、今回は人によっては幽霊より怖いと恐れられているゴキ◯リ…。以下、略してブラックデビル=BDと称します。仕事上、BDこと彼らのエサが会社中に散らばっている職場。それが一体何を意味するのか…
そして嫌われ者は他種でも、正式名称は言えませんが…体は小さいのに細長い足がたくさんワジャワジャ怪物。百の脚を持つ漆黒のウニョウニョ蛇みたく噛んできたりする気味の悪い怪物もいました。
後者は仕事で使うコンプレッサーの電源を入れる為。朝一番に会社の裏のドアを開けるのですが、希に扉の上の隙間に潜んでいたBDを含むソレらがランダムにドアノブを持つ自分の手の上に落ちてきます…(涙)あ、食事されていたなら誠に申し訳ありません…。しかも建物が山手に有り大量にいる″ソレら″や他の昆虫が彼方此方にいるものですから…
では『バルサンを焚けば解決するのでは?』…と、なりますが、一般に売っている殺虫薬剤では、取り扱う食品原料に殺虫成分が付着。残留してしまうのです。実はその規定ラインは法律上グレーゾーンでしたが。
でも口に入る商品を取り扱う以上。専門業者として、その処理や加熱の過程で農薬成分が残らない特殊なバルサンを使用する事を義務付けしていました。要は最終行程で″人体に無害な殺虫薬剤″を使っていたのです。
しかし今日。その会社中にいるBD共が日頃からバルサンやら殺虫剤、はたまたトリモチの復讐や怨念とばかりに、反撃の狼煙を上げるのでしたーー
「あれ?電話が繋がらないわ…」
「あらっ、こっちも…何故かしら?」
工場内で作業する自分たち。朝は営業の持ち出し用意等で品出しが忙しく、現在進行形。事務所で起こっている怪奇現象なんて気付きもしませんでした。
「大変…、修理を頼まなきゃ…」
電話回線が完全不通に。これは一日の売り上げに関わる会社の一大事。事務員の女性は自分の携帯を使い急ぎ修理業者を呼びました。やがてモジュラー線を外した電話機十数台を事務机に並べ待っていると、颯爽と二人の修理業者さんが現れ
「まいどー、電話機の修理に来ましたー…」
「あ、お忙しいところ急いで来ていただいて本当にありがとうございます…」
「いえいえ、これが僕たちの仕事ですから。安心して、どーんと任せて下さい」
彼らは腰に修理に必要な道具をたくさん下げ。手際良く電話機を裏返しドライバーでネジを外し始めました。その方は几帳面なのか、事務机には外したネジが綺麗に並べられています。そして持っていたドライバーを口に咥え。電話機を優しく且つ力強く持ちながら、底蓋を外した……まさにその時でした。
「っ!!!?」
(バタン!)
何故か彼は顔面蒼白。慌てて底蓋を再び閉じ直したのです。一体、中には何が……?
「んー!んんー!!」
ドライバーを咥えたままでは、彼が何を言っているのか全くわかりません。その上、両手で電話機を持っていて手は塞がってます。「口を開けてドライバーを離せば?」と、皆が心の中で呟いてますが、残念ながら彼の耳に届く事はありませんでした。
「んーー!!!」
すると、それを見かねた相方がドライバーをそっと手で取ってあげると。電話機を押さえたままの彼が…
「で、出たっ!やばいっ…、わらわら、わらわらって…この中、ホントにやばいってっ!!」
″でた?ヤバイ?″それはまさに″幽霊″に遭遇した事を彷彿させる様な台詞。しかし彼は震え、電話機を持ったままで…。ひょっとすると、その中に本当に幽霊がいるのでしょうか?
そして彼はその後。少し蓋を開け、相方にこっそりと中身を見せました。
「うわあぁっ!閉じてっ、閉じてっ!!」
この驚き様。まさかUMA?未知との遭遇?新種の生物?と、色々な考えが脳内を錯綜します。しかしその答えは意外にもあっさりと…
「い、一体何が入っていたんですか?」
と、事務の女性が恐る恐る質問すると…
「な、中に…、中には……」
「中には…?」
「た、たたたたた、大量の″BD″ピーが中に、い、いましたっ!!」
『きゃああああああっ!!!』
声を揃え女性事務員は悲鳴の上を逝く絶叫。そして顔を歪めながら一気に後退り。そんな怯え怖がる彼女たちを救う勇者はココに現れるのだろうか!?…と、必然的にBDと戦えるのは会社の男性社員と相場が決まっていて…
「ケイジさ〜ん…。あの〜」
…って、ご指名は俺なんかーいっ!仕方ない、いっちょやってやるか…。修理業者さんの話によると中に大量の小さなBDがわいているとか…。おーい、俺はこの後。美味しい美味し〜い昼飯が待っているのですが何か?
しかし助平なケイジは仕事が忙しいのに、若い女性事務員の頼みを絶対に断れません。(おい)
急ぎ自分は倉庫の奥へファイバードラムを取りに行き。代わりに部下へは会社にある他の電話機も集めてもらう指示をしました。※ファイバードラムは分厚い紙製のドラム缶と思っていただけたら理解し易いでしょうか?
「さあ、世界初。電話機の大量バルサンがけだぁ!!」
「おおっ!!」
自分の、そんな意味のないバカな叫びに呼応する優しい社員たち。なんと良い社員だろう…。そして五分、十分と時間が経過し、仕事も急ぐ為。もうそろそろかな?と、蓋を外して中を確認し…
(ぱかっ…)
「…っ!!!?」
中は真っ黒な小さなゴキ…いえ、BDたちがブツブツブツ…と斑ら模様に大量死していました…。あ、食事中の方々、何度もすいません…。そして中にいた大半の″ソレ″は凄く小さかったり奇形体が多く…。数匹は羽が無く食べたれたか退化していたか?それに身体の胴体部分が全部卵で、その卵の先に頭と手足が付いている奇形体ばかり…。子孫を残す、凄まじき環境適応力に驚愕…
しかもバルサンを焚いても何匹かは死にきれておらず、蠢き、ワラワラと…かなり不気味な様相を醸し出しています。普通に考えて電話機の中に食べ物なんて無いじゃないですか?だから共喰いや死骸や、糞までも食べ尽くし、魑魅魍魎的な新しい生態系がその狭い中で出来上がっていたのでしょうか?そしてこの電話機の中は小説では書き切れていない程の悍ましい光景が広がっていたのです…、あぁ、絶句。
ただ、中は電気熱で年中暖かいので、小さなBDの子供が中へ何匹も入り込み、そんな世界が出来上がったのかもしれません。そして機械内部をミニ箒でパタパタと掃除し、業者さんにその故障の原因をちゃんと調べてもったら
「中にいたBDの所為で、内部配電の接触不良が原因かと…。すぐ部品を取り替えますね。それに。他の電話機もブレーカーが落ち電源を入れ直した時、一斉に壊れたかもしれません…」
今、手持ちの部品が電話機五台分しかないと言われ。残りは明日の朝一、確認後に修理してもらう事になりました。しかし自分は差し迫った発送作業が忙しく。これ以上、電話機の掃除に時間を費やす事が出来ません。それにゴキ……おっと、すいません…。BDの死骸処理を女性に任せるなんて自分にはとても、とても…
「どうしよう…、明日の朝一、業者さんが来るまでに掃除してる暇が無い…」
すると、そう悩んでいる自分に天使の声が…
「ケイジさんっ。その仕事、このわたしに任せて下さいっ」
沖縄のパワフル母さんこと、キンちゃんが自分の両頬へ人差し指を当て、可愛らしくぶりっ子しながら現れました…。ただ、その時代は平成後期。年齢的にも彼女の凄まじい破壊力に一瞬たじろぎ、対応に戸惑いましたが…。そんな頼れる彼女の気分を害する事など出来はせず
「おおっ、キンちゃん!す、すっごく可愛いよっ!けど…BDの死骸の後処理だよ?勘弁、勘弁だよ?本当に大丈夫?中、ブツブツブツと真っ黒だし…」
「あははは、ケイジさん?聞いて驚いて下さい。実はわたし…」
彼女曰く、沖縄のゴキブ…いえ…。だからBDです、はい。すいません…。キンちゃんの地元の″ソレ″はかなりビッグサイズらしいのです。想像なんて出来ませんが、その大きさは彼女がグッっと前に出してきた女性の手の平ほどのサイズがあるとかで。しかも飛ぶ時に「バァサッ、バァサッ…」と大きな羽音を鳴らし、ボディをぶらんと下に垂らしながら向かって飛んでくるとか…。怖っ!まるでドス黒い怪物モスラ…。そんな彼女の体験からすれば大阪に潜むBDなんて、地元のソレと比べれば小さな蚊程度との事でした。
「本当にごめんね?」
「まっ…かせて下さいっ」
そして文句も言わず、黙々と電話機を綺麗に掃除してくれているキンちゃん。いつも幽霊話しや冗談ばかり言ってる彼女が、今日は一際輝いて見えました。そして課せられた仕事は二人分…。他のメンバーユウと二人で二人三脚。って感じに奮闘し…
と、その時でした。
(カサカサ…ゴソゴソ…)
「…?」
『チュー、チュー…』
「っ!!!?」
そうです。BDがいる所、チュー太郎さん有り。ただ…
「ぎゃあああぁあっ!!!」
キンちゃんの天敵が″ソレ″…、ネズミが大の苦手だったみたいで…。足元に来たもんだから彼女はピョンピョン跳ね、最初のジャンプで電話機の底蓋の外れ。それが放物線を描きながら、めでたく自分の頭部へ直撃。
「あいたーっ!」
血こそ出ませんでしたが、過去にも別の誰かに同じ様な目に遭わされた記憶がありますが…。しかし彼女の暴走はまだ止まりません。
「ぎゃあああぁあ!!」
冗談では無く、本当にチュー太郎さんがNGだったみたいで。彼女は叫びながら、そのまま疾風の如く上の階へ逃げていきました…。取り敢えず仕事にならないのでチュー太郎さんを追い払い、何とか彼女を説得したのですが……残念無念。
「ケイジさん、ごめんなさい!ケイジさんっ、ごめんなさいっ!!ケイジさん、ごめんなさいっ!!!」
「いいよ?後はやっておくから。けど、電話機の掃除は本当に助かった、ありがとうね」
「ごめんなさい…」
「後で、トリモチ増やしてもらう様に社長に頼んでおくから。だから今日はもう上がっていいよ?」
「ありがとうございます、ごめんなさい…」
ですが。害虫をまったく怖がらない、あのパワフル母さんキンちゃんにも苦手なものがあったのが驚きです。そして掃除が残っている電話機はあと五台。それは家に持ち帰り、自分が嫁に怒鳴られながら家外で掃除しましたが…。しかし家に″BD″の死骸を捨てる許可がもらえなかったので。深夜前、わざわざコンビニのゴミ箱にビニール袋に入れた″ソレ″を捨てに行ったのは秘密です…。そしてコンビニさんもごめんなさい…(泣)
…あ、ヤバい…このままだとオチが無い…。だから、電話機が直撃したのに自分の頭は割れませんでしたが…代わりに落ちた電話機が割れちゃって、社長に謝罪を含めた稟議書を書く羽目になりました。
無理矢理だな……(ちゃん、ちゃん…泣)
完。




