修行回 ヨンの【固有スキル】
「これがヨンの部屋かぁー」
「なんて言うか・・・ゴチャゴチャしてるわね」
「え、えへへ。これ、粗茶ですが・・・」
「お、サンキュー」
元々は味が濃いお茶だ。しかし外の人間はこれより薄味の方が舌に合う。ので、これはヨンが客人ように改良したものらしい。これなら東の大陸の外から来た人間でも抵抗なく飲める。
「美味しい!」
「え、えへへ」
『おいイクオ。お前も何か作って対抗するんだ』
「うっせ!【旅の心得Lv5】が【料理Lv60】に勝てるか!!」
ごもっとも。
照れて赤くなるヨン。
給仕は東の大陸では重宝はされるが、やはり戦士よりは階級は低い。喜ばれはするが下に見られることは多い。アリアの純粋な誉め言葉は嬉しかった。
「あ、次からは東の大陸で一般的な方のお茶も飲みたい!」
「え、味濃いですけど」
「いいのいいの!せっかく東の大陸に来たんだし、こっちの味も楽しみたいのよ!」
『おいイクオ。アリアまたここに来るつもりだぞ』
「うっせー!やっぱり料理できる男はモテるのかチキショー!!」
料理ができる男、ヨン。彼の部屋にお邪魔することになった。
至る所に紙や金属が散らばっている。この時代では比較的に高価である本が本棚にズラリと並んでいる。机の上は悲惨なほど紙で埋め尽くされていた。
「・・・旧人類の遺物?何に使うつもりなの?」
「アリアさん・・・ッあの・・・その・・・」
この時イクオに電流走る!
あまりにもバレバレなほどアリアにもじもじしているヨンに、【演算魔法】を習得したイクオが反応しないわけはなかった!魔力の指向性、数値の変化による感情の昂ぶり、何より明らかに赤くなっているヨンの頬にイクオは察しざるを得なかった!
(コイツ・・・アリアに惚れてるな?)
「ワッハッハッ!!!」
「あ、イクオさんが気づいた」
『爆笑してんじゃねぇか。ヤな予感する』
「レチタティーヴォでもそうじゃったが、コイツが恋敵を見つけるとめんどくさいんじゃがのう」
「アハハッ」
「???」
無作法にがさがさと物色するイクオ。
イクオはまだ文字は読めないが、どうにもこの感じ素人の知識ではないのが見て取れた。散らかっている試料も、中途半端に組み上げられた旧人類の遺物も、どれもが仕組みを理解していないと作れない代物だ。
「・・・ヨン。この散らかった資料は全部が料理の研究じゃねーな」
「イクオさんが料理の研究だけじゃないね、だって」(アヤメ翻訳)
「え?あぁ・・はい、そうですね。えへへ・・・」
イクオは【演算魔法】で旧人類の遺物を解析し始める。
(・・・やはりそうだ。これらに機能を持たそうとして組み立てられている。なんて野郎だ。ほぼノーヒントからここまで旧人類の遺物を解析したのか)
「にわかには信じらんねーな・・・ヨン。お前さては【固有スキル】持ちだな?」
「え・・・ッ」
『へぇ?どうしてそう思ったんだ?イクオ』
「そうじゃねーと説明がつかねーんだ。ノーヒントでスキルも無しに旧人類の遺物を解析しろだぁー?江戸時代の住人がAIロボ創るようなもんだ」
旧人類の栄華は永く、イクオの前世の時代より圧倒的に進んでいる技術力を誇る。
たかが500年の歴史の新人類が到達していい知識の領域じゃない。そうなるとユニークスキルを持ってないと説明がつかないのだ。
「・・・イクオさんの言う通りです。僕は【究明者の差し出す右手】というユニークスキルを持っています」
「【ユニークスキル】は本人の性格に如実に影響する。ヨンのこの部屋は知識欲によるモノなのね」
「んで、気になる効果は何なんじゃ?」
「はい。えぇ・・と・・・・」
ヨンは言葉に詰まった。
別に情報の漏洩を気にしている様子ではない。単純にどう説明すればいいのか悩んでいるようだ。スキルの名前からしても、解析系スキルなのは明らかだ。
「・・・遺物たちの声が聞こえるんです」
「?」
『どゆこと?』
「えと、物に触れるとですね、何だか声が聞こえてくるような気がするんです。「自分はこんなことが出来るよ」だとか、「自分はこうすると役に立つよ」とか」
つまり、見たことも聞いたこともないような物質でも、触れただけで簡単に理解できるというものらしい。
例えば、前世の道具であった洗濯機。原始人が見たら何をするものなのかよくわからないだろうが、ヨンが手にしたら前情報無しに洗剤や細かなボタンすら使いこなして洗濯できるらしい。
「いや、軽くぶっ壊れてんな・・・生まれが東の大陸じゃなかったら歴史に名が残るくらいの天才だぞ?」
『お前南の方で働かない?』
「うわッ何のためらいもなくスカウトに入りおったぞこのパンツの精霊王」
声が聞こえていると言うのも聴覚的なものではなく、感覚的に何をすべきか何ができるのかが掴めるような物らしい。
こうして珍しい旧人類の遺物があったら部屋に持ち帰って独学で研究しているらしい。
「成る程ね。そんなスキルがあったら独学でも研究が趣味になるわけだわ」
「は、はい。東の大陸では体を動かさない趣味は少なくて・・・」
~・・・~
「これが・・・そのぉ・・・」
「俺たちがキューブと呼んでいる奴だ。正直得体が知れなくて持て余しているところだ」
「どうじゃ?触れてみてなんか分からんか?」
「えぇっと・・・」
イクオたちはキューブをヨンに触れさせてみた。
超大量の魔力を保持することが出来る、という機能以外イクオたちは分かっていない。それ以外の機能があるであろうと踏んではいるのだが、全く糸口がつかめないでいた。
なので、ヨンのスキルに頼ってみる。ヨンはオズオズとキューブに触れた。
「・・・ッ!!」
「お?何かわかることでもあったか?」
「これ・・・『魔石』だ!」
「魔石ぃ?」
反応したのはアヤメだった。
イクオ以外の三人は知識としては知っていたが、具体的にどういう物質なのか分からない。(イクオはそもそも知らない)
「魔石・・・聞いたことはあるけどどういった物なの?」
「魔石は魔物の体内にある内臓の一つよ。魂をつかさどっている器官と言われていて人体にどう関わっているかは未だに謎なんだけど、心臓や脳と同じで損傷が命にかかわるほど大事な器官なの」
神秘の臓器『魔石』
丁度心臓と左右対称になるように右胸の辺りにある臓器で、動物には存在しないモノである。(この世界では生物は大きく、微生物、植物、動物、魔物、の四つに分類わけされている)
知能を持たない野生の魔物や魔族の体内に見られていて、生物の分類的には『魔物』に位置する生物が持っている。
「へぇー・・・じゃあ魔石が貫かれたら華の民は死ぬのか」
「死ぬわね」
「にしても魔石かぁ。もっとロボットっぽいモノだと思ってたのに随分と生物学的な分野ね」
「いえ、これは恐らく・・・『人口魔石』です」
「人工臓器か!?」
新人類の文明では謎に包まれた魔石だが、なんと目の前にあるのは人工的に作られた魔石。
これが表すことは、新人類ではどうしても解明することが出来なかった魔石を、旧人類は人工的に作り出すに至るまで解析を終えていたのだ。
「ちょっと待って!?それじゃあキューブが人工的な魔石だとするのなら、魔石の機能は『魔力を保存する』器官ってこと!?」
『はは~?成る程な。東の大陸で【気闘法】という戦い方が生まれるわけだ。魔力を体内に保存するってやり方は華の民の肉体構造的にも非常にマッチしていたんだ』
「何だか魔石の正体が凄いアッサリ判明して頭が追いつかないんだけど・・・医学者たちの苦労は何だったのよ」
まぁ魔石の正体だ何だの重要性はさしてこの物語に深い関係があるわけではないので、アヤメがどれだけ驚いただとかはこの際割愛する。
重要なのは【気闘法】という戦い方が、華の民専用のものかもしれないという事だ。
「じゃあちょっと待てよ?魔石が無い俺らは【気闘法】を真の意味で使いこなすことが出来ねーのか?」
『いや、そんなこたねぇ。人族が【気闘法】を使った例はある。それどころか人族と華の民の【気闘法】にさしたる差はなかったはず』
「え、じゃあ魔石っていったい何の為にあんのよ?」
「・・・さぁ?」
結局キューブに関する手掛かりはほぼほぼ無いに等しかった。分かったのは人工臓器の一種だという事。だれが何のために作ったのか、またどんな用途があるのか、いまいち進展はなかった。
「じゃ、じゃあヨン!コイツはどうだ!?」
イクオがハッと思い出したように懐から本を取り出す。
キューブを拾った例の研究室で見つけた研究者の『日誌』だ。旧人類の言語で書かれているため、一体何が記されているかはまだ分からない。が、僅か一説読めただけでこの本にどれだけ重要なことが記されているか十分に分かった。
「・・・凄い・・・旧人類の言語で書かれてる!これは旧人類の日誌!?」
「おーう!しかも研究職に就いていたであろう旧人類の日誌だ!ロマンだろーッ!!」
「凄い!!」
「何でイクオさんが誇らしげなの?」
ヨンはページを開いてみる。細かく熟読するわけではなく、ページをパラパラめくっているだけで読んではいない。しかし、各ページに書かれた文字を把握している。
そんなに時間をかけずにヨンは日誌を閉じた。
「ちょっと時間がかかりそう。ただ単純に旧人類の言語で書かれているなら問題ないんだけど、ちょっとこれは特殊みたい」
「特殊?どういうことじゃ?」
「暗号化されてる」
『えっ』
「えっとね。この日誌は大まかに五章に分けられてて、僕はこの二番目の章しか読めないみたい」
「じゃあ・・全部は読めないってこと?」
「うん・・・残念ながらね。旧人類の言語にも色々あってね。東の旧人類語だったり、西の旧人類語だったり、大陸によって旧人類語も変わってくるんだ」
考えてみれば当然である。旧人類だって一枚岩じゃない。旧人類の文明だって大陸が分けられていて、それぞれ独自の文化圏を築いてきた。ので、旧人類の時代でも大陸によって言語が違うのは当然である。
「五章それぞれが別の言語で暗号化されているみたい。言語を完全にマスターしてないと暗号化された文は翻訳しにくい。少なくとも東の旧人類語しか分からない僕には二章目しか読めないみたい・・・」
「成る程。それは難しいうえに手間がかかる・・・」
「ていうか何でそんな回りくどい日誌にしたのかな?」
(大体予想はつく。コイツは単純に日誌に書き記したわけじゃねー。いつか生まれるであろう新人類に残したメッセージだ。新人類の誰かに時間をかけて読んでもらうために)
イクオはそう思考した。
事実、この日誌の最後に記されている日本語で書かれた、『七つの機神を探せ』という一説は、日記というよりはメッセージや忠告といったたぐいだ。
「ヨン。俺たちが東の大陸に滞在している間、この日誌の解読を頼めるか?二章だけでいい」
「え、いいの!?」
「あーぁ。俺たちが頼みたいくらいだ」
「そうね。一体何が書かれているかすっごい楽しみ!」
こうしてヨンに旧人類の日誌を手渡すことになった。
翻訳は長期にわたり、イクオたちの滞在いっぱいまでかかることとなった。
この翻訳は、ヨンの人生を大きく変える事となる。
そう、大きく変える事となってしまったのだ。
今回のまとめ
①ヨンは物質の声を聴く【ユニークスキル】を持っていた!
②キューブの正体は『人工臓器』だった!
③いつぞや拾った『日誌』を翻訳し始めた!
前回はレチタティーヴォが半ば主人公みたいなモノでしたが、今回はヨンが頑張るときです。
『誇りの風が贈る』は、ヨンの成長の物語。




