馬鹿上等
ちゃっちゃと決着させます。
四天王三人による猛攻。
イクオとハートが並列集中で二つずつ意識を向けれるとしたら、四天王一人だけ対応がややこしくなる。インヤンはイクオが、ズァオスはハートが対応するとなると、シェンマオだけは対応が奪い合いになる。そのタイミングで二人は一々対立して真っ向から攻撃を食らう。
「ぐふぉ!!?」
『べぅえッ!!』
「・・・何でアタシだけ攻撃が通用してんだ?」
その疑問。もっともだが実態は非常にしょうもない。いわば子供同士の席の奪い合いだった。
ここでハートは膝をついた。
『ってアホ!走ってる最中で膝を折るなアホ!』
「え?あっ」
『ギャーアアアア膝が擦り下ろされるぅーううううう!!?』
地面にガリガリと膝を擦りつけてハートは減速する。
こうなるのは必然だ。イクオの身体はもうとっくに限界を超えている。寧ろここまで動いたのが奇跡というものだ。
『オイオイ!ズァオスが迫ってきてんぞ!?サッサと動けこのアホ!!』
「君は少し黙っててくれないか!?あとその対応は君に任せる」
『カー ッペ!わかったよこの野郎!!』
右腕に力を入れて腕の力で【跳躍】する。魔力リソースにより跳躍力が格段に跳ね上がってはいるものの、分不相応の力は肉体に深刻な負荷をかける。満身創痍のイクオの身体がさらに悲鳴を上げる。
「調子乗って高く飛びやがったな!?」
「ゲッ シェンマオ」
『しゃらくせーぇ!!』
巨大化したシェンマオが槍で叩き落そうとする。
イクオの【魔力放出スクリプト】が炸裂。超高密度魔力の放出により、シェンマオの槍の一撃を純粋な魔力の推力だけで相殺する。
本来不可能な芸当だが、【恩寵スキル】による膨大な魔力リソースがそれを可能にしていた。
「なっ!?」
『インヤンが後ろに来てる!』
「分かっているよ」
今度は背後から迫るインヤン。着地地点を狙って攻撃を仕掛けてくる。
ハートが受け流しを試みる。受け流し最適解の動きを、その場で演算して実行する。【演算魔法】による思考の加速化も、この魔力さえあれば何十倍、何百倍にも跳ね上がる。
「そらっ!!」
「ぬ・・・!」
「後ろからズァオス接近」
『じゃあ俺が・・・』
「じゃあ僕が・・・やばっ」
ズァオスの爪がハートに迫る。
三人目は処理落ちする。イクオとハートの二人の足並みがやはり会っていない。今回の戦闘がハートとの初の共闘である。四天王三人相手によくもったとも言えるが。
「んん!!」
『うるぁ!!』
ハートとイクオ個々がそれぞれ気合を発する。回避しきれず足に爪が引っかかり、足の大部分を切り裂かれる。
「やはり三発目が通用する!攻撃を絶やすな!コイツに処理の余地を与えるな!」
「ぐっ・・・僕の器。これ以上の戦闘は無理だ。アリアの安全確保という目的は既に達成している。ここは引き上げよう」
『チッ もうちょい粘れると思ったんだがな』
イクオにとって逃げることは戦う事より得意だ。離脱の為に【スクリプト】は極力使わずに溜めておいている。これをフルに使えば、ボロボロの身体と少ない魔力でも彼らを騙すことはできるだろう。
ハートはニヤリと笑った。いや、今はイクオの側面の方が強いだろう。自我の覚醒が完全になってきているのだ。
不敵に笑うイクオの面が強くなってきている。
「・・・一つ問う」
「なんだね?君は確かインヤンと言う名だったか」
『アリアと殴り合ってた奴か』
インヤンはボロボロでも立ち上がろうとする彼に畏怖を覚えた。その気には負の感情が一切宿っていない。体の不調を些事とばかりに気にしないその様。
戦い好きな華の民でも、もっとマシな顔をする。戦場では不似合いな喜び一色の顔。訳が分からない。
「何故そこまでして戦う?ウヌらにとって戦いは生命活動だ。しかしヌシら人間は違う。だと言うのに・・・」
インヤンは口を閉じた。認めたくなかった。戦いに生きる自分たち華の民より、戦いを楽しんでいるなど。
インヤンとて戦場で死の恐怖は付き纏う。死地にいることは誇りだが、死の恐怖が楽しいかと問われればそれは断じて違う。
常住戦場の心こそが争う者の証となる。華の民は死の恐怖こそが誇りなのだ。しかし彼は・・・?
「何が為にそこまでヌシを駆り立てる?戦いに何を求める?ウヌらは『誇り』の為だ。ヌシは何だ?」
「・・・・・」
ハートは黙った。頬に手を当てると、頬が吊り上がっていて自分が笑顔だというのに気が付いた。
自分が笑っていたことに気が付いてなかった。これは半分くらい自分と一体化したイクオの側面だ。ハートとて戦いの真っ最中にゲラゲラ笑うほど変態ではない。
(気持ちわるっ)
ハートは自分の器だと思っていた男に嫌悪感を抱いた。
ハートはイクオが力に溺れると思っていた。この男が戦いの真っ最中によく笑うのは良く知っている。この男は戦闘狂なのだと思った。ならば自分が持っている莫大な魔力はイクオの戦闘意欲をさらに掻き立てる。あっさり力に溺れて自我が自分のモノになると思っていた。
(僕の器の事。初めて同調してようやく少しわかった。コイツは戦闘狂じゃなかった。もっと異質な何か・・・)
ただ単純にロマン馬鹿なだけだ。
しかし、その抽象的な概念がハートにはつかみかねていた。イクオは恐らく深く考えてはいないだろうが、共感しないことにはイクオの自我を乗っ取るには不足だろう。少なくとも今現在ではイクオの自我を乗っ取るのは不可能だと感じた。
「・・・本人に聞きな」
「ぬ?」
(今回は僕の負けだ、イクオ。インヤンの問いにどう答えるか、僕も気になるしね)
ハートの身体に舞っていた膨大な魔力は、身体に吸い込まれた。そして魔力による威圧感は嘘のように消えた。
「馬鹿な!?」
「あれ程の気が一瞬で消えた!?」
ハートは【スキル】としてもう一度イクオの身体に収まった。イクオは自我を取り戻した。ハートによる精神支配の一環であった『眠気』は嘘のように消え、イクオの目は冴えわたっている。
「インヤン。質問の答えだ」
「ッ!」
自我を取り戻したイクオは手を握りしめる。
空腹も、体中の痛みも、随分と酷いものだが、イクオの心は揺るがない。この狂気的なタフさこそがイクオ足る所以だ。
「ヒロインのピンチに颯爽と現れるのがロマンだからさ。俺はその為に命を懸ける。このカッコつけに命を懸ける価値を、俺は見出してんだ」
「そんな理由で・・・!?」
「そうさ。その程度の理由さ。馬鹿だと呆れる奴がほとんどだろう・・・」
魔王四天王は、イクオの言うロマンを解していた。
華の民の言うところの『誇り』は、イクオのそれに通ずるところがあるからだ。
戦場は地獄。
命の背後には命がいる。つい先ほど殺した相手に、帰りを待つ家族がいることなど当然であり、そうでなくとも一つの尊い命を無残にも奪う。命の奪い合いに誇りを見出すのは、戦場を知らない無知なるものか、狂気に帯びた馬鹿しかいない。華の民はいわば、そういった馬鹿の集まりなのだ。
そんな馬鹿が呆れた。目の前にいる男は、自分たちよりはるかに馬鹿なのだ。
「馬鹿上等ッ!!俺の『誇り』はロマンの中にある!」
握りしめた拳をインヤンに突き出す。ダンと大見得を切るように足を踏み鳴らし、そして高らかに叫ぶ。
戯言より酷く滑稽なセリフ。血にまみれた体を奮い起こし、震える全身を気力で抑える弱々しい姿。それでも闘志は揺るがない。
だからこそ四天王は理解できた。この男の戯言は、実現する。
「・・・負けだ」
「あぁあッ。アタシもだ」
「付き合ってられん」
イクオには敵が四人いた。
ハート、インヤン、シェンマオ、ズァオス。強さ比べならイクオは誰にも勝っていない。全員に負けているといえる。イクオを殺そうと思えば何時でも殺せる。
しかし、そんな勝利に何の意味がある。ここで仮にイクオに止めを刺したとして、本当に完全勝利と言えるのか?精神では負けているのに?
華の民は、そこに否と答える者たちの総称である。
「おーおー派手にやられたのう。イクオぉ」
「・・・ピグ?」
勝敗が決したときにノコノコ現れたのは、ここ三週間に忽然と姿をくらましていたピグだった。
-・・・-
イクオは九死に一生を得た。
ピグの登場で気が抜けたのか、それを境に喋らなくなった。体力の回復に専念するようだ。この場はピグが取り持つことになった。
「まさかピグレット殿がいらっしゃるとは」
「ブヒヒッ!ワシは現在イクオと行動を共にしとる」
ピグの発現には全員が驚いた。西の大陸では実はピグは有名人だ。東の大陸で高い地位を築いた四天王とて、その名は耳にも入っている。そんなピグが、先ほど戦った男に組しているのだ。
さて、ピグがニチャリと口元をゆがめた。四天王達は嫌な予感がする。西の大陸出身の者は、外交や話し合いの場ではかなり油断ができない。
「そういやおヌシら、イクオに負けたとか言っておったのう」
「ぬ・・・」
「おヌシの目的は大体わかる。アヤメの情報じゃろ?」
「・・・そうだよ。アタシらの目的は以前変わりなくミヤガワ アヤメを殺すことだ」
「じゃと言うのにおヌシらは負けた。おヌシらが勝手に喧嘩を吹っかけておいて、負けて何もお咎め無しとは流石にいかんじゃろう」
「・・・」
ピグはそう言った。
決闘の誓いは、現在の戦いにおいては立たされていなかった。ハッキリ言ってこの戦闘には報酬というのは決められていない。アリアを捕らえられるのが確定事項として進められていた話だからである。
ピグの口車に乗る必要は本来はない。ただし・・・
「おヌシらはイクオの信念に『誇り』を感じ取っておろう?一人の武人として認めて戦ったのなら、報酬は考えてやらぬばのう?」
東の大陸の治安維持の機関として戦ったのならいざ知らず、後半は完全に誇りとの戦闘に変わっていた。戦いに精神的な意味を見出してしまった時点で、ビジネスや大義を盾に逃げるには少々問題があった。その話を持ち込んでしまうと、戦いが奇麗事ではなくなるからである。
これは戦いに華を見出す華の民だからこその問題である。
「何が望みだい?」
「簡単なことじゃ。アヤメを見逃せ。具体的にはアヤメとの戦闘行為を禁止するわけじゃ」
「あぁ!?」
「アヤメを殺すための戦いだったんじゃろう?なれば、アヤメを見逃すのが同等の報酬というものじゃ」
「・・・それで納得するとでも?」
「もちろん思わん。だから期間を決めようではないか」
「ふむ・・・」
ピグはトコトコと四天王達の間を歩き回り、商談のごとく淡々と話しを進めていく。
「期間は一年じゃ。一年間、アヤメとワシらの東の大陸での活動を認めよ。その後はワシらは東の大陸を出ていこう」
「・・・ふむ、まあそれなら許容範囲だ」
「いいのかインヤン。俺はゴメンだが」
「獣人族にとっては一年が長く、この申し入れは気に食わんじゃろう。だが譲歩はせぬぞ?」
「・・・チッ!!」
ズァオスは舌打ちと共にそっぽを向いた。納得はしてはいない。しかし聞き入れてはくれたようだ。
ピグは内心でホッと胸をなでおろした。アヤメを受け入れてもらわない限り、東の大陸での滞在は絶望的だ。対面上は滞在を聞き入れてくれないと、まともに暮らす事すら困難だろう。第一の目標は達成と言える。
ただし、ピグの目的はもう一つある。
「そしておヌシらにはもう一つ聞き入れてほしいことがある。これは取引というよりお願いじゃな」
「ふむ・・・残念だが話を聞いてやる義理はない。お帰り願う」
これも当然の話。聞き入れてほしいお願いと言っておきながら、断れない状況に持っていくのは西の大陸出身の商人はよくやることだ。
嘘も害もないだけに、華の民の誇りを傷つけることが多々ある。取引はこれで終わりにしたいと思うのは当然のことだ。
彼がいなければ。
「儂の話でもかァ?」
その声に四天王達は一斉に振り向いた。その声の主が誰なのか、彼らはよく知っている。
華の民において強大すぎるほどの実力を持っていながら、中立という立場を貫き続ける高潔なる種族。『竜人族』
その長であるもう四天王の一人が、ピグの後ろから顔を出したのだ。
「一様自己紹介だァ。儂は魔王四天王『現最強』リー バロン。儂はこの豚の願いを聞き入れてやる事にしたァ」
これにて魔王四天王は全員が集結いたしました。
ラ インヤン(鬼人族)
ソン シェンマオ(巨人族)
レン ズァオス(獣人族)
リー バロン(竜人族)
東の大陸にはかつて五つの種族が闊歩していました。その残り一つは吸血族ですね。アヤメが滅ぼして今は生き残りは一人になってしまいました。
東の大陸編の役者はほぼそろいました。魔王様の登場はまだまだ先なので、実質メインキャストは集結です。
さあ、修行シーズンが始まります。ストーリーの進展はいったん休憩で、ちょっと長い番外編です。




