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〜異世メン〜  作者: マルージ
第二章 誇りの風が贈る[前編]
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二重人格


(腹減った。何も頭が回らねー)


頭の中にもやがかかったみたいだ。その男の思考はおぼろげでいた。それは空腹によるモノなのか、はたまた全く別の要因によるモノなのかは、その男には判断できなかった。


(何か喧騒が聞こえる。ま、関係ねーか)


その男、イクオはこのおぼろげなる世界でうたた寝のごとく揺蕩う。

身体が自分の意思に関係なく動いている感じはする。しかしそれはイクオにとっては心地よかった。とにかく眠くて腹が減って堪らない。このまま身を任せても平気ならそれに越したことは無い。


(でも、なんでかな・・・)


何か忘れているような気がした。自分にとって大切なもの。

物質ではない。はたまた人物でもない。もっと形の無いもの。より抽象的であやふやなもの。されど大切なもの。

思想?愛情?道徳?


(・・・信念・・・・・)


何かが聞こえる。おぼろげな意識の先に、誰かが懸命にこちらに話しかけているのを感じる。目が覚めるような声だ。透き通っていて、ハッキリしていて、とても元気づけられる声だ。


(この声の主はアリアか。俺の・・・俺の・・・・)


聞こえる。その闇を払う声。おぼろげの思考に渇を入れ、意識の覚醒を呼び覚ます一声。


(アリアは俺の・・・恋人だーァ!!)


嘘である。



  -・・・-



「貴方はイクオではない。誰なの?」


アリアは目前の男を睨んだ。

仮面は同じもの。服だって同じだ。普段のイクオよりかなり痩せているが、見た目はイクオ以外の何者でもなかった。

だと言うのにアリアは目の前の男を信じれずにいた。雰囲気が全然違った。男はアリアの腰に手を回す。


「おいおいアリア。()の名前を忘れたのかい?結婚式をぶっ壊して、一緒に雪原を抜けた仲じゃないか」

「気やすく触らないで。それはイクオよ。貴方じゃない」


同じく四天王も動けない。この者の魔力、計り知れない。かの魔眼事件の元凶を前にしたがごとくの存在感。一目見て察した。この男こそが、北の大陸からやってきた新たな転生者。


「アリアよ。この者が・・・」

「えぇ。そのはずなんだけど・・・」


イクオの格好をした謎の男は、四天王の面々に向かってお辞儀をし、貴族然とした立ち振る舞いで丁寧に挨拶する。口調も変わっている。


「お初にお目にかかります。僕の名前は『ブサワ イクオ』。しかし、アリアは僕のことを認めてくれない様子。なので今回は『ハート』と名乗らせていただきます」


アリアはスキルを発動させる。【見抜きの鳩(サーチ・ピジョン)】。アリアの所有する鑑定スキルだが、目の前のハートと名乗る男を鑑定してみると、持っているスキルはイクオと完全に一致していた。

しかし、【イケメン Lv100】のスキルの内包する魔力が、以前のとは比べ物にならないほど膨れ上がっていた。


「【恩寵スキル】は使用者の心を蝕む。貴方がイクオの精神を乗っ取ったていうの?」

「6割と言ったところかな。見ての通りこの身体は非常に衰弱している。ここまで器が弱ってなければここまで乗っ取ることはできなかっただろうな」


イクオ(ハート)の身体はガリガリに痩せていた。イクオは三週間近く碌な食べ物を摂取していない。

イクオの強力な精神により今まで恩寵スキルによる精神支配を抑えてきたが、身体の衰弱がたたり精神支配を6割も許してしまっていた。

しかし、イクオの自我4割は馬鹿にはできない。


「ッ!!?」


ハートは胸を抑えた。

今まさにアリアの声をきっかけにイクオの意思が息を吹き返した。


「チッ・・・厄介な・・・」


抑え込む。しかしイクオの自我が暴れだすのも時間の問題だろう。

そうなる前に目の前の者どもは片を付けなければならない。ハートは四天王達に意識を向ける。フラフラな体がシャンと背を伸ばす。ハートは構えた。


「そんな体でアタシらとヤリ合おうなんざ無茶するねェ。ゼノスが言っていた脱獄の協力者って言うのはアンタかい。戦闘に特化した能力でもない癖にアタシら全員を相手するつもりかい?」

「えぇ。容易いかと」


ハートは四天王三人を前にして「容易い」と答えた。明らかに無謀な挑戦だと言うのにさらに挑発までしたのだ。

四天王達は心の中で怒りを沸々と沸かせていた。侮られている。百戦錬磨の我らに対し、この傲岸不遜ぶりは耐えがたい。


「いいだろう。ウヌの挑発に乗ってやる」

「死んで後悔するんじゃねえぞ」


三人が一斉に攻勢に出た。

一瞬のうちに間合いを詰める。インヤンの拳。シェンマオの槍。ズァオスの獣人の爪。



「うひゃっ!!!」



ハートは笑顔でそれら攻撃を迎える。



(右、左、上、この回避方向を0.003秒間隔で・・・)



直撃の刹那に思考する。



(右に避ける・・・)



インヤンの拳。



(左に跳ぶ・・・)



シェンマオの槍。



(槍を足場に跳ぶ・・・)



ズァオスの爪。



「フフフフフハハハハハハハハハハァハァハァハァハッ!!!」



衝撃音と共に爆風のごとき風圧が辺りを巻き込んだ。アリアは身を屈めてその場に食らいつき、周囲の観客たちは堪らず腕で顔を守った。

ハートの笑い声は一言も聞こえなかった。その笑い声が発されたころには、ハートは遥か彼方にまで吹き飛んでいた。


「ズァオスッ!!!」

「あぁ。俺の攻撃も当たってなかった。あの一瞬で全部避けやがったんだ」

「追うぞ・・・」


四天王全員が散開した。

あの一瞬でハートの持つ計り知れないスペックを垣間見た。全員、最強の一撃とは言えずとも、一切の手加減を無しに放った殺すつもりの一撃だった。それがいとも容易く全て避けられたのだ。

様子見や小手調べなどしている時じゃない。


「どうしたっていうのよ・・・」

「ッ!? アヤメちゃん!?」

『アリア嬢。何かエライことになってるな!』


すぐさま駆け付けた二人組。四天王が遠くに離れたからアヤメが顔を出すことが出来るようになったのだ。


「あれはイクオの身体で間違いないと思う。でも中に入っているのが別人って感じなの」

「・・・覚えがあるわね。アタシがアリアさんたちと出会った時の状態よ」


アリアとサラは思い出した。

あの時のアヤメは性格だけでなく口調も替わっていた。内包する魔力量も現在のイクオと非常に類似している。


「あれは『セカンドルーツ』と呼ばれる現象よ。高レベルのスキルが起こす()()()()()()()()()。【恩寵スキル】はこの現象が異常なほど影響が大きいの」

『自我の発露ォ!!?』

「そんなことが起こりうるの!?」

「本来有り得ない程の極小の確率らしいわ。でも後天的スキルで我の強い【恩寵スキル】は、ほぼ確定でこの現象に陥る!」


今まさにイクオは力に振り回され、スキルによる精神支配が刻一刻と進んでいる。このままではイクオは元に戻れなくなり、スキルに自我を奪われる。


「アタシのときは『セカンドルーツ』発現から三日ほどで直してもらったけど、イクオはどれだけ時間が経過したのか分からない」

「・・・・・一週間。」

『こんな時に『イェレミエフ家の勘』かよ!!ほぼ確定じゃねえか!!』

「アタシの時より四日も多いの!?」


予言。

この予想は完全に的中していた。事実、イクオはセカンドルーツ発言からおよそ7日と12時間が経過していた。スキルによる精神支配の進行度は、恩寵スキルを多用していたアヤメの時より進んでいる。



  -・・・-



長城。

魔王宮へと続く道は東西南北に伸びる長城である。華の民たちは威風堂々と建つこの道を通り、魔王宮へ足を運ぶ。

吹き飛ばされたハートは、魔王宮を離れる形で長城を【跳躍ダッシュ】で爆走していた。【恩寵スキル】に裏打ちされた超速度のダッシュは、普段のイクオとは比べ物にならない速度を出している。


(てか完全に『万里の長城』だな。僕の【跳躍ダッシュ】で駆け抜けることが出来るとは嬉しい限りだ・・・ん?)

「イクオの影響か?どうも考えがロマン思考に流される」

「待ちなぁ!!」


ハートの跳躍ダッシュについてきているのは、馬に乗って表れたシェンマオだ。

シェンマオの馬は特殊訓練により【気闘法】を覚えさせた馬。何とハートのスピードについてきたのだ。


「ひゅう。やるね」

「上から目線でいられるのも今の内だよ。アタシらの技を避けた程度で調子に乗るんじゃないよ!!」

「うお!?」


乗馬からの槍捌き。右へ左へ繰り出される槍の斬撃がハートに襲い掛かる。ハートも応戦する。

攻防が超速度による移動をしたままの繰り広げられる。長城の外壁を崩壊させながら戦闘が始まった。槍の柄の先がハートの腹にめり込む。


「ぐえェ!」

「もう一丁!!」

「チ・・・ッ!」


怯んだハートに向けて槍を横に薙ぎ払う。長城を切断し付近の森にも深々と傷跡を残す。

手ごたえはない。ハートの姿が何処にもいないのだ。


「ここだ・・ぜッ!!」


薙ぎ払った槍の上にハートは足を置いて乗っかっていた。ガシリと槍の柄を掴んでシェンマオの顔面目掛けて蹴りを放つ。【跳躍蹴り】はダメージより吹っ飛ばしに重点を置いた攻撃。シェンマオは堪らず馬の上から弾き飛ばされた。


「ぬぅおおおおッ!!?」


道の端に沿うように城壁を崩壊させながら、シェンマオは前方向に吹き飛ばされる。

ハートはシェンマオが乗っていた馬に着地すると。シェンマオが手放した槍をギリリと握りしめ身を翻した。


「お返しだオラァ!!」


若干イクオの口調が混じったハートはシェンマオに向けて渾身の力で槍をぶん投げる。

避けられたが服に槍が突き刺さった。隙を作ってしまったシェンマオはそのまま超スピードで置き去りにされた。


「・・・チっ。やはり厄介なのは四天王ではなく、僕の内にいるイクオ。君のようだね。あれだけ精神をすり減らしたと言うのにまだ自我を僕に明け渡さないのか!」

『バァーカ!!そう簡単に渡すかダボ!!』


主が背から消えて暴れだす馬をさっそうと乗り捨てて、再びハートは走り出す。自身の内にいる別人格(イクオ)が再び目を覚ましたのだ。


『チッ!俺が眠っていた間に一週間もたっていたのか!アリアの声のお陰で目が覚めたぜ。ハート、お前の好きにはさせねーぞ!!』


自我の奪い合いが始まった。

すでにイクオの自我が半分混じった状態だったが、ここにきてイクオの意識が完全復活した。口調はイクオとハートを混ぜたあやふやな状態だったのが、再び分離して融解を避けたのである。

これで五分。ハートによるイクオの身体の乗っ取りは、振り出しに戻されたことになったのだ。


『その乗り捨てた馬みてーに俺の身体を返せコノヤロー!!』

「君の身体に馬以上の価値があると思っているのかい駄馬ッ!」

『やかましいわ馬の骨が如く役に立たない糞スキルめ!!』

「おっと馬の耳に念仏だったか」

『この馬鹿ヤローが!!』

「黙れ馬糞男!!」


馬に失礼じゃなかろうか。

口論をギャンギャン繰り返していると、こめかみ目がけて拳が飛んできた。

二人はどうする。


「右へよける!」

『馬鹿左へよけろ!』

「右のほうが効率よくかわせるだろう!!」

『いいや左の方がカッコよくかわせるね!!』

「今それは関係ないだr」


 メキョッ


「ぐふ」

『ぎょへぇ』


前方に吹き飛ばされる。結局は効率もカッコよさも一番酷い結果になった。勢いは殺されていないので、その衝撃を利用してトタタッと地に足を付け再び走り出す。後ろから追いついてきたのはズァオスとその背に乗ったインヤンだ。


「何だ?アッサリ攻撃が当たったぞ」

「うむ・・・何やら独り言が多いな」

「怪しいな。炙り出す!」

「あぁ」


獣化したズァオスの爪が足場を切り裂き迫ってくる。ジワジワと距離を詰められる状況に、二人は揃って猛ダッシュする。


「やっば」

『ワッハッハ!!ヒィーィイイイ!!』

「悲鳴上げながらニヤニヤ笑うなよ気持ち悪いなぁ」


追いつかれた二人は切り裂かれた足場に体勢を崩す。右からインヤン。左からズァオスが迫る。


「右は任せた!左は僕が引き受ける!」

『指図すんな!めんどくせー方任せやがって!』

「大きい魔力には小さい魔力で、だろう?」

わーったわーった(分かった分かった)!』


右手右足でインヤンの拳をいなし、左手左足でズァオスの爪を側面から弾く。

脳が二つ無ければできないような無茶な動きは、いざ戦闘で繰り出されると奇怪な動きになりがちである。仮面をつけてて分かりずらいが、いま彼らの表情を表現するなら左右の目が完全に別方向を向いていただろう。


「うわっ」

「気持ち悪ッ!」


「言われてるぞ僕の器」

『テメーも一役買ってんだよーッ!!』


自我の奪い合いと戦闘の両立。これらをこなせれるのは【並列集中】のお陰と言えよう。ただし、【恩寵スキル】による魔力リソースが無ければ実現しない戦い方でもあった。

それらリソースを思いっきり無駄遣いした喚き散らし合いの口論。

方や手を組んだと思えば、ご覧の通りのバグった挙動。


何これ



Q ハートは何で転生前の世界の知識を知ってるの?

A イクオの記憶からパクりました。


ハートはイクオの過去に何があったのかとかも完全に把握しています。イクオはこの事実に過去最高のしかめっ面をかましました。イクオとてプライベートは大事。

アリアに妙に馴れ馴れしいのは、イクオが好いてる女を洗脳したらイクオの絶望により自我を奪いやすくなると考えたためです。そうじゃなくてもアリアの奇麗な外見から、手ごまにしたいとは思うでしょう。


イクオは激おこです。

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