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〜異世メン〜  作者: マルージ
第二章 誇りの風が贈る[前編]
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平和主義者の華の民



「フシィィィィガルルルルルルッ!!」


「ミアちゃん。どうどう」



全員があまりにも酷い様相だったので湯浴みを借りた。通りがかりの華の民に服を貸してもらい、汁まみれモンスターからは辛くも脱却した。

目の前にいる元凶の男はアヤメに怯えてガタガタ震えていた。



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい悪気はなかったんです確かに悲しさで我を忘れて皆さんに多大なる迷惑をかけてしまったのですがこれも不慮の事故で間接的にはお父ちゃんの無茶ぶりからくるものでありまして別に僕だけが悪いわけではないんですなのでどうか命だけはお助け下さいこの通り僕は何の取り柄もないただのチビでございます賠償できるものも何もございませんのでどうかどうか見逃しては下さいませんかこの通りでございますなので・・・」


「ブツブツうるさいッ!!もっとシャキッと喋りなさいよ!!!」


「ヒィィ生きたまま細切れにされて家畜に食わされる!!!」


『被害妄想がはかどり過ぎだろ』



灰色の髪をした少年だ。見た目は人族の少年と違いはないのだが、魔力のありようは人族のものではなかった。つまり華の民である。怯え切った表情と涙グジュグジュの目つきは、情けなさを地で行く彼の性格をよく表していた。

名前は『ヨン』と言うらしい。



「・・・で?ヨンは何で泣いてたの?」


「ちょっとアリアさん!?コイツの面倒見るつもりじゃないでしょうね!?」


「ここまで泣きつかれたらほっとけないよ。話だけでも聞いとかないと」



泣きべそを掻いていた男は「え、いいんですか?」という表情を前面に出して、その顔の通り、何故相談に乗ってくれるのかという疑問をペラペラと自嘲気味に並べた。

数分ほどたってもまだウダウダしていたから、アヤメが威圧したらすぐに全てを話した。何でか尋問しているような絵面になってしまった。



  ~数日前~



「ヨン。貴様は何故そんなに腰抜けか」


「お父ちゃん・・・唐突にひどいよ」



母親はいない。父親と二人で暮らしている彼は、食事時に放たれた突然の蔑みに顔を青くした。そういう時は得てして父は厳しいのだ。



「また訳も分からん機械弄りに精を出しているようだな。俺はそんなことをさせるために育てた訳ではないぞ」


「うぅぅ・・・」


「今までは機械弄りも大目に見てやっていたが、それも今日限りでしまいだ。今日から貴様には修行をつけてやる」


「い・・・」


「嫌だとは言わせん」



この話が持ち込まれるのはこれが初めてという訳ではなかった。かつて何度も彼は父による修行を受けてきたのだが、一月も経たないうちに逃げ出すのが関の山だった。呆れられて次第に何も言わなくなっていった父親だが、今回ばかりは譲れないものがあった。

それは『獣人族の成人試験』というものだった。



「俺たち獣人族は50と生きれない短命な種族だ。一瞬の生涯に全力を尽くさなければ、他種族との生存競争には後れを取る。貴様は最後に修業したのはいつだ?」


「丁度一年前」



鬼人族は百年は生きれる。巨人族に至っては三百年は珍しくない寿命だ。それに比べて獣人は長く生きれて七十年。戦いに明け暮れ修行に身を費やせる時間が他種族の華の民に比べて圧倒的に短いのだ。

無駄にできる時間が少ない獣人族はその影響か戦いに徹底的で、実力至上主義の傾向が一際強いのだ。



「獣人族の一年は重い。貴様はその長期間分の鍛錬を怠った。だが一年の重みは修行期間でも言える事。『獣人の成人試験』までは後は?」


「・・・一年後」


「ヨン。一年もあれば十分だ。今後一切の機械弄りを禁止する」


「そ、そんなぁ!!」


「異議があるなら・・・わかっているな?」



意見を通したければ父に矛を向けなければなるまい。実力至上主義の傾向が強い獣人族の間では、決闘は何を決するにも戦いにゆだねられることが多い。ヨンが父に対して決闘を申し込むなど、実力も覚悟も何もかもが足りない。



「・・・わかりました・・・・・」


「修行は今から開始する。ついてこい。一年のブランクを一週間で取り戻させてやる」



その言葉はこれから待ち受ける地獄のような特訓を想像させるには十分すぎるほどの効果があった

こうして恐ろしき父親による猛特訓が幕を開けたのであった。ヨンは初日から喉が枯れるほど音を上げることとなる。



  ~二週間前~



「・・・と言うことです・・・・・」


「はぁ~・・・成る程~~」


「この問題を聞くにあたっては、まずは『獣人の成人試験』について知っておかないとね」


『知っているのかライデン(アヤメ)!?』


「誰がライデンよ誰が。それは転生者のネタでしょ」


『イクオが教えてくれた』



・獣人の成人試験

分類としては魔物にあたる華の民、そのうちの一種である獣人族とは、魔物で言うところの『合成獣(キメラ)』に該当する。古代魔法文明期の大魔導士アズマーンによって生み出された人と獣の合成生物が始祖だと伝わっている。真偽は定かではない。

話は脱線したが、獣人族同士の交配によって生まれた子供は『真獣人』と呼ばれ、人そっくりの姿をしている。この生まれてきた子供に獣を合成させることによって獣人族が誕生するのだ。では、合成するための獣はどうやって調達するのか?それこそが獣人の成人試験なのである。

男の獣人族は一人前になるために、自らの子供の為に獣を狩ってくる習わしがある。つまりは狩ってきた獣が強く、大物であるほど、子供は強くなるのだ。

余談だが、プロポーズが成功すれば婚姻はその時点で成立される。華の民の結婚に婚姻の書類は必要ない。誠実さは誇りで示せ。



「ごちゃごちゃしてきたわね。ここで分かりやすく一言」


「へ~い!」

『待ってましたミア先生!』


「『強い獣を狩ればモテる』っという訳!!」


「想像以上に分かりやすい!!」



追記として要点を三つにまとめてみよう。

①成人式とは子供と合成させるための獣を狩る儀式。

②狩った獣が強ければ強いほどモテる。

③告白が成立すれば即結婚する電撃結婚の文化。

この三点が今回の話に重要なこと。強くデカい獣を狩ればモテる。実に分かりやすい話だ。

しかし、と言うことは・・・



「そう、弱い獣しか狩れないと結婚できない可能性が生まれてくるわけよ」


「成る程~~」

『随分詳しいなミア先生』


「フフンッ。勉強したからね」



鼻高々にエッヘンするアヤメ。



「お父ちゃんは弱い獣は認めないと言ってくるんだ・・・僕には無理だ。喧嘩だってしたことないのに」



話を聞いていた三人とも目を丸くした。華の民であるにもかかわらず、この男は喧嘩をしたことがないと言ったのだ。戦いは華の民に根強く植え付けられた本能だ。遊ぶのが嫌いな子供のごとくレアな事例である。

アリアは思考を巡らせた。



(この様子は単に戦うことに無関心なだけじゃない。戦うことそのものが嫌いなんだ。人族からすれば美点とも言えるだろうけど、東の大陸でこれ程生きずらい性格は無い)


「華の民に生まれた平和主義者なんだね・・・」



ヨンはビクリと反応すると、それ以降返答をしない。

その無言からは肯定の意味が取れたように見えた。きっと彼は恥ずべきことだと思っているのだろう。戦いこそが全てである集落に生まれた彼は、いままでに幾度となく非難の言葉を浴びせられただろう。



「もう駄目だぁぁ!こんな僕なんかに強い獣なんて狩れるわけない!!きっとお父ちゃんは僕なんかに期待なんてしてるはずないんだぁぁあああ!」



アリアは身を乗り出した。そして再びワンワン泣き出したヨンに近づこうとする。真剣に見つめるアリアの目には決意の光が宿っている。

アヤメはそれを察知した。アヤメとしては面倒ごとをこれ以上しょい込むのは勘弁したかった。しかし、それを言い聞かせて「はいそうですかと」ならないことは、アヤメは短い付き合いながらも感じ取っていた。アヤメは内心ため息をついた。



「別に結婚しなくてもいいんじゃない?」


「アヤメちゃん!」


「婚約破棄したアリアさんは黙ってて」


「コフッ・・・!(吐血)」



瞬殺。



「どうせそんな性格じゃ気の強い獣人族の嫁とはそりが合わないだろうし、長続きしないんならいっそのこと獣なんて狩ってこなければいいのよ」


「うぅ・・・でも・・・」


「でもも何もないでしょ。戦わなくてもいいし、嫁の重圧からも親の重圧からも逃げればいいだけ。いい手でしょ?アンタにはピッタリよ」


「いや・・・・その・・・・」


「父ちゃんから虐められるんでしょ?そんな親なんかちゃっちゃと縁を切ればいいのy・・・」



「アヤメちゃん!!!」



アリアは声を張り上げる。その言葉は簡単に聞き流すことはできない。アリアとて譲れないものがある。家族との絆を蔑ろにする発言だ。



「そんな簡単に親と縁を切らそうとしないで!家族愛を何だと思ってるの!?」



生半可な思いで親との縁を切ってほしくない。家族愛は、あの時確かに学んだアリアの新たな信念だ。何の気持ちもなくそんなことを言うのはアリアにとっては許せなかった。

アヤメはアリアの言葉に少し眉を動かした。過去に何かを思い出したのか。なんにせよアヤメは口を閉じて黙認する姿勢に入った。



「いい?ヨン。貴方の父さんは何ていったか思い出して」


「え・・・」


「一年もあれば十分って言ったんだよね?。本当に見捨てたような父親はそんなこと言わない。本当に見捨てたんなら、きっと貴方のことなんて見向きもしてないはずなの!」



アリアは知っている。両親のお節介は愛情の裏返しであると。婚約者を探すために奔走し続けた母の姿を、目をつむれば鮮明に思い出せる。もし母が娘の結婚を諦めていたら、きっとあそこまで駄々をこねる娘に怒りはしなかっただろう。

いわばこれは婚活だ。ならば尚更ヨンの父はヨンの結婚を諦めていないだろう。アリアはそう確信していた。



「貴方は絶対に理想を捨ててはいけない。ここは誇りを尊ぶ国よ?誇りさえ失ってしまったら貴方はこの国では生きていけないよ!?」


「うぅぅ・・・」


「結婚したいんでしょ!!?」


「でも・・・」


「大丈夫!!この国に来て二週間は経ったけど、皆いい人よ!必死になって狩ってきた獲物を笑うような『華の民』はこの国にはいない!!」


「・・・っ」



小さな獲物でも全力で挑んできたなら、それを笑う者はいない。他者の誇りを貶すことを『華の民』は絶対にしない。それはヨンが一番分かっていた。この場で誰より長く東の大陸で育ったのは誰でもないヨン自身だ。


「もしそれでも笑われたら迷わず私を呼んで」


アリアは拳を握り締める。そしてヨンに突き出して宣言した。


「そんな奴私がぶっ飛ばすから!」


自信満々の笑顔による激励にヨンは衝撃を受ける。今までそんな風に応援してくれるような人はいなかっただろう。強さがものを言う環境で他人に頼る術を知らなかったヨンは、それはそれは恐ろしくチョロかったみたいだ。

ヨンの瞳に光がともった。



「・・・どうして僕にそこまでしてくれるの・・・?」


「・・・貴方も諦めていないでしょ?」


「え、そんな筈は・・・」


「ある!」



またもや断言。

アリアにとって、本人すら気づかない本音を言い当てるなんて朝飯前だ。イェレミエフ家の勘は恐ろしいほど当たるのだ。



「きっとお父さんの修行は厳しかったでしょう。毎日毎日打ち込まれたり、走らされたり。とっても辛い思いをしてきたのよね?」


「うぐっ・・・グスッ・・・」


「でも忘れないで。その厳しい修行に二週間も耐えたのは誰?」


「・・・っ!!」


「聞かせて!?貴方は何でそこまで耐えれたの!?貴方は何故自分の気持ちを奮い立たせれたか、その答えは既に知っているはず!!?」



ヨンの瞳から一滴の涙が零れた。鼻水交じりの汚い汁じゃない。輝き透き通る宝石のような雫。

ヨンは知っている。なぜ自分がここまで頑張れたか。二週間という(別段メチャメチャ長くもない微妙な)時間を耐えられた自分の心の本音を既に獲得している。

震える唇を僅かに開かせ、搾り取るように微かな声で、ヨンは本音を口にした。




「も・・・モテたいです・・・・・ッ!!」




下に沈んでいた目線は徐々に上を向いていく。せき止められていた本心があふれ出し、次第に声が大きくなっていく。



「僕だってモテたい!女の子にちやほやされたい!誰もが憧れるような男になりたい!!」


「うん!!」


「魅力的な男になって、女の子たちに引っ張りだこになるような存在になりたい!!」


「うん!!」



アリアは大きくうなずく。そして手を伸ばし、一言。



「それが貴方の本音よ・・・!」


「うぅぅぅ・・・アリアさぁぁぁぁあああああん!!!」



ヨンはヒシッとアリアに抱き着く。



「サラ?」


『んー?』


「これ何見せられてんの?」


『さぁ?』



完全に壁になっている二人は、前方で繰り広げられる謎の茶番をどうでもよさそうに眺める。

二人は嫌な予感を感じていた。ヨンの目にともる光が、はたして希望()()なのか。もしかしたら彼は・・・



「流石にイクオに同情するわ」


『後はレチタティーヴォに、かな?』




大変遅くなりました申し訳ないいいいいい!!!!


という訳で今回のアリアの犠牲者である『ヨン』君です。比較的に情けなさをイメージして作りました。ビビりで情けないところばっか書きますがどうか嫌いにならないで上げてください。この子結構重要です。



華の民(魔族)を『人』と描写しないのには実は訳があります。

人(動物)と華の民(魔物)とでは生物の分類が違うのです。『植物』と『動物』が分類わけされているように、華の民も『魔物』として別の生物に分類されているのです。


動物と魔物が区分けされているのにははっきりとした訳があります。その違いはまた別の機会に記述しようと考えています。

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