魔眼の残した憎悪
東の大陸には栄華を誇った二つの種族が存在した。
怪力と防御力の二つを兼ね添え、美しく戦場を舞う神秘の戦闘種族。
『竜人族』
絶大な魔力量を誇り、莫大な生命力で不老の肉体を得た長命種。
『吸血族』
東の大陸の種族は大きく分けて五種となるが、この二種族だけは頭が抜きんでていた。鬼人族も巨人族も獣人族も、この二種族には勝らなかった。
この二強が北と東の大陸のパワーバランスを保っていた。
北の神聖王国『過激派』は、この二つの種族が存在するが故に攻めあぐねていた。如何に『剣聖』の称号を持つゲオルグ・イェレミエフでさえ、この二種族は脅威に値した。
吸血族はそのあふれんばかりの生命力で粛清騎士団を|フロントライン・ハイウェイ《戦線高速路上》にて食い止めた。この一種族で粛清騎士団と張り合ったのだ。同等の力を有する竜人族が後を控えているとなれば、北の神聖王国も迂闊に攻められなかったのである。
粛清騎士団と吸血族の戦力は拮抗していた。小競り合いから大規模な戦争まで含めると百年余り続くこの戦争は、誰もが予測していなかったほどの長期戦となった。が、そこに事件が起きた。
~二年前~
「来ないで・・・!来ないで!!」
「かはッ・・・」
「う・・・ぐ・・・・」
「あ・・ぁ・・」
圧倒的実力を誇るはずの吸血族が、一人の少女によって死体の山と化す。次々と現れる吸血族は、少女の目を見ると同時にこと切れていく。バタバタと死んでいく同胞を前に一人の少年は、ただうずくまって身を隠しているだけだった。
「何故だ貴様・・・何故だ・・・・!」
「嫌っ・・・やめて・・・やめてよぉ!!」
一人の吸血族の男が少女に憤りを含んだ言葉を投げかける。
「何故貴様は戦おうとすらしないんだ!!」
少女は怯えた顔で吸血族たちを前に目をつむる。自身の目線が相手の命を奪うことを知っている。目を閉じて犠牲者を増やさないようしているのだ。
だが、それは吸血族たちにとって、否『華の民』にとっての侮辱だった。
「オウも、ジョも、チュウも、皆戦いで死ぬことを望んでいた!血にまみれながらも、臓腑を地にまき散らしながらも、最期まで戦って死にたいという『誇り』を胸に抱いていた同胞たちだ!!」
「うぅ・・・うぅぅ・・・・・」
「殺された同胞たちには傷がない!外傷がない!戦った証がないんだ!!」
少女は涙を流す。耳に手を当てて首を振る。
「こんなもの・・・こんなもの・・・・」
吸血族の男の目から涙が浮かんでくる。同胞の気持ちを踏みにじり尚、それを受け止めようとすらしない少女の姿に悔しさが溢れる。
「戦いとは言えない!!!」
「嫌ッ!!聞きたくない!!聞きたくないよぉぉおお!!!」
子供の駄々のように泣き叫ぶ少女に吸血族は怒りを抑えきれなくなる。怒号と共に、涙と共に、吸血族は剣を構えて少女に襲い掛かる。
少女は目を開けた。
「か・・・・・はぁ・・・・・・」
吸血族の男は息絶える。
後続にいる吸血族も怒りと悲しみに我を忘れて突貫する。その吸血族たちを、少女は死の目線で蹂躙していく。
痛みに苦しむ叫び声もなく、
自背の句を残すこともなく、
戦った証をその身に刻むこともなく、
ただ魂を抜き取られたかのような気味の悪い呻きを最後に吸血族が息を引き取っていく。うずくまって震えて隠れていた少年には、それが気持ちが悪くてくて仕方なかった。
「おぉぉ・・・」
「あッ・・・あぁ・・・」
「く・・・ぉ・・ぉ・・」
「がぁ・・・ぁ・・・」
「ぎ・・ぎ・・・」
「おごぉ・・ぁ・・・」
「ころ・・・ぅ・・」
「ぐぅ・・く・・・・」
「ぬ・・ぅ・・・ぁ・・・」
「し・・・・ぇ・・」
「ゆ・・る・・ぁ・ぇ・」
「げぇ・・ぁ・・・」
「あ・・カッ・・・」
「すぁ・・・ぅ・・・・」
「うぉ・・・ぉ・・ぉ・・・」
「よく・・・・ぉ・・ぉ・・・」
「っう・ぁ・・・・あ・・・」
「ぃい・・・ぁ・・」
「くる・・・ぃい・・・・・」
「おぉ・・・ぉ・ぉ・・」
「い・・ぁ・・・・だ・・」
「あ・・が・・・ぁ・・」
「こ・・・・の・・・ぉ・・」
「くぅ・ぁ・・・・・」
「い・・・ぇ・・・お・・・・おぉ」
「あ・・・っか・・ぁ・・・」
怖い。怖い。怖い。
家族のように慕っていた同胞たちが、静かに命を散らしていく。戦いの中で『華』のように散ることを夢に思っていた彼らが、こうもアッサリと死んでいく。
(怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い)
『魔眼事件』
一人の転生者が東の大陸に降り立ったのが今から二年前の話だ。転生者は強力な【即死魔法】を内包した魔眼を保有していた。この事件の被害者となったのが他でもない『吸血族』である。『吸血族領』の中心に降り立った転生者の魔力は、見る見るうちに彼らを蝕んだ。
あまりの生命力に『不老不死』とすら謳われた『吸血族』は一晩で全滅した。
何より不幸だったのは最初の犠牲者が、当時は吸血族の王にして魔王四天王最強の男だったことだ。
吸血族の頂点が潰れ、吸血族はパニックに陥り対応ができなかった。結果、全滅と言う最悪の事態になる。栄華を誇った『吸血族』は突如として終わりを告げたのだ。
いつしか転生者の名は呼ぶことさえはばかられるほど嫌悪の対象となった。
-二年後 竹林-
「んッ!」
「ハァ!!」
斬撃音は小さく鋭い。
両者の得物は小さなナイフで、火力重視の武器ではない。しかし喉を切り裂けば相手を葬ることはできる。言うまでもなく暗殺者向けの武器だ。
「・・・くそっ!」
シンユエの頬に紅い一筋の傷がつけられた。頬を伝って地面に血が落ちる。
アヤメの頬には傷がない。同じ流派の戦い方でもアヤメの方が数枚上手だ。アヤメは余裕の表情を崩さず静かにシンユエを見つめている。
(・・・強い。とても平和な世界に生まれた者とは思えない身のこなしだ)
シンユエはそう思考した。異世界者であることが真実であれ嘘であれ、彼女が卓越した才能を持っていることは誰の目にも明白。彼女は天才だ。
再び打ち合う。金属音が絶え間なく鳴り響き、風圧が竹林を揺らす。カラコロと音を立てて竹同士が響き合う。
(いや、違う。僕が弱いんだ。僕たちは正面戦闘を想定して訓練されていたわけではない。同じ訓練を受けていた以上、通常戦闘では天性のセンスで奴に敵わない)
「考え事すんじゃないわよ」
「ッ!?」
ナイフ一閃。戦線を離脱しようとシンユエは跳び上がる。着地したが、彼の身にまとっていた黒い外套が消えていた。
黒い外套はアヤメのナイフに刺さっていた。外套をナイフから抜き取ってそこらに投げると、アヤメは話を始めた。
「どうせ『やっぱり正面じゃ勝てない』とか思ってるんでしょ?戦う前から想定していれば戦闘中にわざわざ考える必要もない。精神面での下準備がなってないからこうなるのよ」
「くそっ・・・」
(いや、思考スピードが異常すぎて戦闘中に無駄な思考ばっかした方が強くなる馬鹿がアタシの仲間にいるけどね)
誰かさんの高笑いが聞こえた気がしたが、聞こえないふりをした。
黒い外套は身体を闇に隠す役割がある。その他にも外套の裏には武器が隠されてあるのだ。暗闇で視認されやすくなり、武器も在庫が大幅に減った。
「フーン?つめは甘いままだけど、武器の手入れの丁寧さも相変わらずね」
くすねたナイフ一本を手でクルクル回す。アヤメの意識はナイフ弄りに向けられる。実力を侮られていることはシンユエにも理解できた。悔しさで憎悪が湧きたつのを感じる。
深く静かに怒るように自身を律する。「目に見えた挑発に乗るつもりはない」。シンユエはそう自分に言い聞かせた。
「随分と後先考えずにアタシに戦いを挑んでくるのね。罠でも不意打ちでも何でもすればよかったのに」
「何の因縁もないただのクズならそうしたさ。でもこれは僕の復讐だ。正面から倒さないと『父上』には認めてもらえないだろう」
(嘘ね。単純に自暴自棄で自分の死に場所をアタシに選んだだけ。アタシに本気で歯向かってくるにはもう少し実力と自信が必要か)
志は『華の民』としては立派なのだろう。憎しみに取りつかれてはいるものの、『誇り』を体裁に自身を律することはできている。一族を皆殺しにされてありながら、『誇りある華の民』を保とうとしているのは素晴らしい精神力なのだろう。
「随分と父親を尊敬してるのね」
「・・・『父上』は全ての『華の民』の目標だった。実力も、信念も、誇りある華の民の見本だったんだ。父上が僕の全てだ。それを君が奪ったんだ」
「お涙頂戴のストーリーを所望した覚えはないわ。単純に理解できないだけよ」
本当に興味がなさそうにあしらった。その態度がさらにシンユエの心を荒立たせる。その気持ちすらもよそに、アヤメは真剣な顔つきでシンユエに語り掛ける。
「アンタは『鷹の目』に向かないわ。これは自論なんだけどね、華の民でありながら誇りを捨てた裏切り者、そういう者に『鷹の目』が務まるの」
「何を馬鹿な!誇りを捨てるなど!」
「だからアンタは才能ないのよ」
殺意が漏れ出してしまう。
彼女は吸血族を殺すだけ殺し、自身を育てた組織すら裏切った。彼女は『誇り』など持ち合わせていない。その態度と精神がシンユエには癇に障った。
「とにかく、アンタがアタシに勝てないと思っている以上、現状は時間の無駄ね」
「まだだ!僕は負けてない!」
「そう思ってるなら後ろからでも切りかかってきなさい」
アヤメは聞く耳を持たない。
後ろを向いて歩きだした。その背後を狙おうとシンユエは武器を構えるが、どうしても刃が届くビジョンが浮かばなかった。
「待てッアヤメ!何故組織を裏切った!!」
「・・・ん?」
「確かに僕には暗殺者の才はない!しかし君は違うだろう!裏切る必要などなかったはずだぞ!!」
悔しまぎれの言葉しか出なかった。『自分ではアヤメを倒せない』。そう心の奥どこかで思っていた。それを看破され、シンユエのプライドはもうぐしゃぐしゃだ。負け惜しみのような問しか返せなかった。
アヤメはぼそりと呟く。
「チッ・・・そういうことね」
その問いに何か思うことがあったらしい。残念そうな表情を表に出さず、アヤメはそのまま無言でその場を去った。
夜の月が天に浮かぶ竹林の中心で、シンユエは一人取り残される。拳を握り締めて地面を殴る音が竹林の竹に響いた。
「くそぉ・・・くそぉ・・・・!!」
心理戦でも彼女には遠く及ばない。それがシンユエには堪らなく悔しかった。
-・・・-
「進歩無し。アタシが組織にいない間に色々あったみたいだけど、彼の成長を促進させるような心境の変化は未だになかったみたいね」
アヤメは竹林を再び走り抜ける。ただ、最初のころのように無心で駆け抜けるわけではなく、いろいろと考え事が増えてしまった。
アヤメの表情は悲しそうだった。
「シンユエ。こんなこと言ったらムカつくだけでしょうけど、アタシは別にアンタのことが嫌いじゃないのよ?」
この表情は吸血族への後ろめたさか、アヤメの目には悲しみ一色が映っている。
そう、アヤメはシンユエが嫌いではない。ただ、争い合う運命になってしまったことが、アヤメにとっては悲しかった。
「ただ・・・アンタはアタシより強くなってもらわなくちゃ困るのよ」
真意が何であれ、アヤメはシンユエの成長を望む。
打算を含んだ表情ではない。
ただ悲しみだけを内包した表情でもなくなった。
純粋な望みでもなさそうだった
諦めた表情。
今はそういう表現が一番正しいのかもしれない。アヤメは沈む月を背中に、竹林の道なき道を駆け抜けた。
アヤメちゃんは『異世メン』の登場人物の中でも三本の指に入るレベルで殺しを行った人物です。『イクオイケメン事件』然りですが、転生者は軒並みほとんどが大事件を引き起こす元凶です。更に言うなれば、その事件における『加害者』です。
・レイ シンユエ
アヤメ『魔眼事件』からの唯一の生き残り。当時は魔王四天王最強の男だった『レイ マンユエ』の実の息子である。実力は父親には遠く及ばなかったが、才能のないシンユエにも父マンユエは全力の愛情を注いで育てた。父親に憧れていたシンユエは、父親を殺したアヤメに復讐することを決意した。今はこの世にたった一人の『吸血族』の生き残りである。




