へべれけ公爵令嬢の暴走
「・・・・サラ。あれってアリアさんだよね?」
『・・・俺にはにわかに信じがてぇ。貴族のお嬢様だったアリアが・・・』
『華の民』とお酒を飲みながら高笑いしている様子だった。
ー・・・ー
「アッハッハッハッハ!!」
「アリアさん一体何してるんですか!?」
「アッハッハッハッハッハッハ!!!」
『ダメだ。このお嬢、典型的な笑い上戸だ』
出会った頃の黒い外套のフードすっぽりかぶったアヤメとパンツを咥えたサラを目にして、アリアは腹を抱えて大爆笑していた。
今華の民たちと何をしていたかって言うと、囚人たちの脱獄作戦の成功を祝った宴会だそうだ。何とアリア、脱獄作戦に後方支援として参加していたらしい。
「でー何ですか?魔王四天王のラ インヤンとの喧嘩に負けて、今はインヤンの部下になっているって?」
「アッハッハ!!」
「笑い事じゃないでしょ!?どうするんですかこの状況!!」
『旅する立場ってのに組織に入っちまったのか。面倒なことになったな』
アリアは東の大陸に入って間もないとき、ラ インヤンとの喧嘩に負けて傘下に入ったのだ。
勝手に配下に加わって勝手に組織を抜けるならまだいい。しかし喧嘩の末に負けて配下に加わるのでは事情が変わってくる。華の民の矜持の元、喧嘩の間に交わされた誓いなら、勝手に組織を抜けるとなると筋が通らなくなってしまうのだ。
『勝手に逃げればいいんじゃね?組織を抜けるとかぶっちゃけ今更だろ?』
「いや、やめた方がいい。華の民は『誇り』を何より重んじる。矜持、いわば誇りを貶されたとなれば華の民の怒りを買うことになるわ」
「う~~~ん ヒック。さんせ~~い」
華の民の怒りを買う。それは絶対に避けなければならない事だ。誇りを貶され、真にブチ切れた華の民は神をも恐れると言われている。故に粛清騎士たちも下手な怒りを買うことはしない。
粗暴だが短気ではない『華の民』が本気で切れるとき、それはよっぽどの事態であると同時によっぽどの災害より恐ろしい出来事なのだ。
『え、同族が拷問されたりとかは大丈夫なん?』
「ま、いい気分はしてないでしょうね。それでも負けた者の末路であるなら本気で反感を買うほどのことではないらしい」
『ふーん?』
「問題行為の一つとしては誓いを破ること」
立てた誓いを蔑ろにすること、立てた誓いを他人が踏みにじること。華の民は何よりそれを嫌う。
「頭に叩き込んどいて。それだけは絶対やっちゃダメ。アリアさんを取り戻すには同じくこちらも『誓い』を立てないと」
『この喧嘩に勝ったらアリアを連れ戻させてもらう!!っとかか?』
「そんな感じね」
「アッハハ~~サラがたくさんいる~~」
『幼児退行してない?パンツ頂戴?』
「死ねこのド変態!!どさくさに紛れてアリアさんのを狙うな!」
アヤメに踏み抜かれる。サラと行動を共にして二週間ほどは経った。距離は縮まったらしい。
ともあれアリアの一件は厄介なことなのは事実。アリアを取り戻すには、アリアの喧嘩相手である『魔王四天王のラ インヤン』と一騎打ちしなければならないだろう。サラは弱いしアヤメは目立てない。ピグとイクオは行方不明だ。
「現状打つ手なしね。呼び出してゴメンねアリアさん。怪しまれないうちに宴席に戻ってね」
「えぇ~~一緒に宴会しようよ~~」
「アタシは目立てないの。アリアさんの近くで行動してるから、バレない様になら呼んでいいよ」
「ヤダヤダァ~~!」
「もー我が儘言わないの!アタシより年上でしょ!?」
『何かお姉さん口調になってない?』
「うっさい死ね!!」
『辛辣!!』
アリア渾身のふくれっ面。アヤメは割とドライだから相手にしてくれていない。イクオだったら秒で堕ちていただろうがアヤメはチョロくないようだ。
「じゃあねアリアさん」
『俺も行くぜ。魔法少女に勧誘するまでは行動を共にしたいからな』
「うっざ」
「む~~~~~」
二人は別行動する気で満々だ。後ろの方を向いて宴会とは逆の暗い方へと歩を進める。
アヤメの事情は聞かされていたが、それでも酔った勢いのアリアは理屈で納得しない。しびれを切らしたアリア。おもむろに魔剣を取り出した。
「え、ちょっ」
『え、ちょっ』
「えいッ!!」
「ああああああああ!?」
『ああああああああ!?』
魔剣を凍てつくような風が包み込む。一回でもアリアが二人目がけて魔剣を振るえば、一瞬の内に氷の標本の出来上がりだ。アヤメとサラは瞬く間に氷漬けにされてしまった。
北の神聖王国でもワガママお嬢様であったアリアが酔っ払ったのだ。酔ったアリアの駄々には誰も勝てないのかもしれない。
-・・・-
「血濡れの娘、帰ったか」
「その呼び方やめて下さいインヤン様~!不本意です~~!!」
「貴様こそウヌを『様付け』するな。『血濡れの怪物』そっくりの顔で言われると鳥肌が立つわ」
アリアは宴席に戻ってきた。
傍らには顔を青くした少女と何かを咀嚼している変態(変態)がちょこんと座らされていた。アヤメは深くかぶったフードに、イクオからもらった仮面をかぶっている。明らかに怪しい様相だが、バレるよりかはマシだろう。
「そこの人族と精霊は何だ?」
「私の仲間~~」
「・・・ミヤ・アーガメイ(偽名)です」
『サラマンダー。モッチャモッチャ』
アヤメは自身をミアと名乗った。
一先ず正体はバレていない模様。アリアはとある事件で華の民には顔が割れている。
「サラマンダァ~?サラの坊やが来てるのかい!」
『げ、シェンマオ』
宴席の上空から巨人が覗き込んでくる。魔王四天王のソン シェンマオだ。彼女含む脱獄組もこの宴席に加わっている。
奇襲係にはラ インヤン。脱獄犯扇動にはソン シェンマオ。この脱獄作戦には二人もの『魔王四天王』が参加していたのだ。
巨大な体を持つ巨人族のシェンマオはサラを覗き込む。サラは臆することなくシェンマオに言い放った。
『お前のパンティは食い応えがありそうだからな。是非とも今度こそは盗ませてもらう』
「堂々とした下着泥棒宣言。アタシは嫌いじゃないよ。何時でも挑戦してきな」
サラは以前東の大陸に来たとき、シェンマオの下着を盗もうとして失敗したことがある。サラの霊体化能力を見事に打ち破りとっちめたのち、顎骨を粉砕した事件は東と南の大陸の間でちょっとした問題になった。
サラの変態性を理解している南の大陸は素直に謝罪したため、険悪な状態にはならなかったらしいが。
(何やってんのよこの変態は・・・)
「さて、ウヌは何者だ?」
「ひゃ、ひゃい!?」
変な声が出た。
できるだけ目立たないように振舞っていたアヤメだが、やはり何もしゃべらず宴席を過ごすことはできないようだ。不意にかけられた言葉に、アヤメはインヤンの問いかけの反応が遅れてしまった。
「先ほどから何もしゃべらんが?」
「な、何でもないです」
「ミヤちゃんはね~~?と~~~~ってもシャイなの~~~~」
(う、アリアさん。偽名で呼んでくれたのは安心しましたが、その紹介は恥ずかしいです!)
うかつに喋るとぼろが出そうになるが、喋らなすぎも怪しまれる。宴席の端っこならまだしも、魔王四天王と言う大物の前でだんまりを決め込むのはリスクが生まれてしまう。
観念したアヤメは慎重に言葉を選びながら話し出す。
(うぅぅ・・・何でこんなことに)
「ちょ、ちょっと調子が悪いらしいの。気にしないで」
「ほう?異国の名前だが流暢な『東言語』だ。そこの『血濡れの娘』よりは上手だぞ」
「へぇー?偉いね。こんなちんまいのに他国の言葉を話せるなんて」
四天王二人に挟み込まれる。流石にはたから見ていてハラハラしていたサラが間に割り込もうとすると、そこに一人の男が先に割り込んできた。
ゼノスだ。
「四天王のお二方。ちょっと耳に入れてほしい情報があります。少しだけ席を外してくださいませんかね?」
「ヌゥ。今は宴席だ。後にしろ」
ゼノスはインヤンの耳元でぼそりと呟く。
「・・・アヤメと同じ転生者のことです」
インヤンは表情を崩しはしなかったが、心の奥底にある闘気に僅かにぶれがあったように見えた。少し間が開いたがインヤンは平常を装ってゼノスの要求に承諾する。
「『血濡れの娘』。しばし席を外す。すまないな」
「は~~~い!」
「シェンマオ。貴様も来い」
「ちっ。しょうがないね」
インヤンとシェンマオは席から立ち上がり宴会場の離れに向かって歩き出す。後を追うべきゼノスは足早にアヤメに近づき、今度はアヤメに向かって呟く。
「これで借り一つですよ、アヤメお嬢?」
「悪いわね、恩に着るわ」
そう言うとゼノスは四天王二人の後を追って闇に消えた。
残されたアリア、アヤメ、サラの三人は宴会の喧騒の中ぽつねんと取り残された。しかしこれはアヤメとサラの二人には好機だった。
アヤメは既に泥酔の状態に入りつつあるアリアに向かって囁く。
「アリアさんアリアさん」
「なぁ~にぃ~~?」
「ちょっとお手洗い行ってくるわね?」
「いってらっしゃ~~~い・・・・・」
「サラ。行くわよ?」
『俺は残る。お前のことは適当にはぐらかしとくよ。明日の早朝に鬼人族村広場の西のスペースに落ちあおう』
「助かるわ」
こう言ういざという時のサラの対応力は地味に助かる。精霊王なだけあって優秀だ。たまにパンツ欲に負けて仕事放棄するのが最大の難点なのだが。
アヤメは頭を下げると遠くへと消えていった。
『・・・行ったか。アイツの身のこなしは何だろうな。とても平和な異世界で生まれた少女とは思えない洗練された動きだ。どこで学んだんだろうな』
最初にアヤメと戦った時もサラは違和感を覚えていた。アヤメの動きは斥候や暗殺者と言った者の動き方だ。確かに【トーリマ Lv100】のスキルと組み合わせれば暗殺者としてはとてつもない実力を誇るだろう。彼女は天才だから覚えも早い筈。
じゃあその動きを何処から学んだのかが問題なのだ。
(アヤメは東の大陸に転生したと言っていた。東の大陸は正面戦闘大好きの連中だ。暗殺者を育てるなんて考え付く奴はそうはいない。アヤメ、その動きの師は誰なんだ?)
「スヤ・・・スヤ・・・・」
『・・・今ならパンティを盗んでもバレないのでは!?』
眠りについたアリアを前に、サラは顔を下品すぎて通報不可避の表情に歪ませる。
翌日目を覚ましたアリアはパンツを履いていないことを確認したのち、サラをひき肉にしたとか。まあパンツ狂いの畜生が肉塊になったことは割とどうでもいい話なので割愛。
ー・・・ー
アヤメは道のない暗闇の中を走り抜ける。上空に満月がぼんやり浮かんでいる竹林を走るのは気分がいい、なんてイクオは言っただろうがアヤメはそんなことを少しも思考しなかった。仕事人モードのアヤメはいつもこんな感じだ。
「・・・・・」
竹林は風の音がよく聞こえる。風は東の大陸の象徴だ。この大地に流れる空気には何か特別な力が作用しているかもしれない。
アヤメは立ち止まった。
「・・・つけてきているのは誰?」
「・・・・・」
竹林の影から一人の子供が現れた。アヤメと同じ材質の黒い外套を纏っている。チラリと見える腰に下げたナイフも、アヤメが使っていたものと同じものだ。
「・・・シンユエ。相変わらず女の子みたいね」
「・・・アヤメ。あの時から僕は君を探し続けてきたんだ」
腰に差したナイフをスラリと抜く。
「アタシと殺り合う気?得物を抜いたからにはやぶさかじゃないわよ」
「君に騙されていたあの時の僕とは違う。僕は魔王様から本当のことを聞いたんだ」
「騙された?・・・・・ふーん?」
魔力は人の性格を如実に表してしまう。イクオは【演算魔法】故に魔力の指向性を読み取るのが異常なほど長けている。しかし【演算魔法】抜きでもそれを感じ取る力は磨くことができる。
アヤメは感じ取っていた。目の前の少年の内にある、竹林の暗闇よりドス黒い魔力を。
「君が一族の誇りを汚した」
「そうね」
「組織を裏切って北に逃げた」
「それで?」
「僕は君を許さない」
「だから?」
少年シンユエは手に握られたナイフをさらに強く握りしめる。まるで目の前の少女は自分たち一族の死に何の関心もないような態度。
神経を逆なでした。怒りが沸々と込みあがってきた。苦しいほど憎くなった。
「アンタね。建前ばっか喋ってんじゃないわよ。金魚の糞より興味は無いわ」
しかし、アヤメの一言で不思議と黒い魔力は収まった。その興味のなさそうな薄情なセリフは挑発に近く、本来ならさらに怒りがこみ上げるものだ。
目障りに思っていた気配が消えて、代わりにおぞましいほど静かになった。感じる魔力はより鋭く、より冷たい。
「フフフフフ。その通りだよ。一族の誇りより僕は『父上』の死が何より苦しかった。さっき言ったのは全て建前さ。ただ君が憎かった。ただ君を殺したかった」
彼は
「僕は復讐者だ」
「その言葉が聞きたかったわ」
アヤメの顔が歪んだ。少女のものとは思えない凶悪な笑み。アヤメは彼が復讐者を名乗ったことが嬉しくてしょうがない。
彼女も復讐者だ。彼女の憎悪は彼の主、魔王に一直線に向けられていた。
二人は跳び上がる。
東の大陸。月光輝く竹林で、誰にも知られることのない決闘が人知れず始まった。
ショタとロリだやったぁ!!正確には男の娘とロリだったり。
少年とショタは違うかったり、少女とロリは違うかったりしますが、シリアス的展開上は少年と少女という表現で通します。
というわけで何かと今後も因縁がある二人の邂逅です。割と因縁ゴリゴリの真っ暗な関係です。
『転生者』
宮川 アヤメ
『吸血族の生き残り』
レイ シンユエ




