ハートのクイーン
「・・・いまいち言ってる意味が分からねーな。お前は俺のスキルだと?」
「フフフ・・・違う違う。君が僕の器なのさ」
鼻につくようなキザったらしい青年が再び口を開きだす。
「僕が君の一部だなんてとんでもない。君が僕のモノなんだ」
「・・・・・ふーん?」
イクオは話半分で聞き流す。そして周囲の状況を見る。
足場は地平まで広がる枯れた大地。空は鮮やかな花弁が舞っている。どう考えたって別世界のようなものだ。さっきまでいた渓谷からここまで移動したとは考えられない。
「君の想像通り、ここは夢の世界のようなものだ。目が覚めた頃には元の世界に戻ってるさ」
「それを聞いて安心した。こんな悪趣味な空間で心中なんざ真っ平だからな」
クシャリと枯れた花弁のない花を踏みつけ、ハートと名乗る男がイクオに近づいていく。
「にしても君の顔は本当に醜い」
「ん? ウオッ!?俺の仮面がねえ!?」
「君の顔は常人が見たら吐いてしまう。普段仮面をかぶるのは正解だよ」
「喧嘩売ってんのか!?」
「やだなぁ当然のことを言っただけで一々怒らないでくれ。これだからブサイクは嫌いなんだ。僕のような気品がない」
イクオの額にピキリと怒りのあぜ道が浮かび上がる。心の底から『殴りたい欲』が沸々と湧き上がってきた。
口の端を吊り上がらせたまま、イクオは喋りを続ける。
「ナルシスト特級の称号を捧げたい気分だぜハートさんよーぉ?ご尊顔を擦り下ろしてやりたいところだ」
「フフフ・・・ブサイクしか取り柄の無い君ごときが、僕の顔に傷をつけられると?」
「ワッハッハ・・・イケメンしか特徴のねーお前なんぞ、のっぺらぼうにしてやる」
互いの間に緊張が入る。
ハートの魔力は膨大だ。以前アヤメと戦った時のような赤みがかった黒い雷が、ハートの周囲に出現する。それは【恩寵スキル】の本当の出力に他ならない。目が合った者を無差別に洗脳するほどの究極の魔力。常人が目の当たりにすればまともに会話すらできなくなるだろう。
「謝るなら今だよ『僕の器』。ここからはやぶさかじゃないぞ」
「上等。後な・・・俺はお前の器じゃねー」
イクオ、一歩も引かず。
「お前が俺のスキルだ。お前の器だとか、ましてやお前の下だとか、そんなもん天地がひっくり返ってもありえねーよ」
勝てる相手ではないことは重々承知の上だ。だからと言って降参するかは別の話だ。ゲオルグを前にした絶望感は全く感じていなかった。
ハートは黙ってイクオを見る。
【恩寵スキル】の魔力を真正面から視認して、なおイクオは汗一つ流さない。恐怖に震えることなど一切なかった。ジッとまっすぐにハートを睨みつけ、油断なく焦りなく冷静に観察している。
しばらく威圧を続けていたハートは、少し笑って魔力を解いた。
「フフフ・・・これだけの実力差を見せつけられて、君はまだ勝てる気持ちでいるんだね?」
「・・・見たとこ魔力量はゲオルグの数十、いや数百倍以上。あん時のアヤメの平常時魔力量より上でもあった。これでもお前は本気じゃないな」
「その通りさ。そこまでわかっていながら、君は僕を前に折れなかった。面白い素材だよ君は。ブサイクの癖に気に入ってしまったよ」
魔力量は確かに膨大だった。しかし、イクオはそれ以上の存在を知っていた。
アヤメと初めて戦ったあの時、アヤメが最後に放った死の光線。あれは【恩寵スキル】の真なる力の片鱗だと確信していた。ハートは本人なのだから【恩寵スキル】の力を自在に操れるだろう。【恩寵スキル】を使いこなせれば、さっきのような威圧も朝飯前にできるだろう。
(まー、魔力量だけで戦闘経験は俺と同じく低そうだけどな。ゲオルグよかコイツは単純だ。威圧されても全然こわかねーよ)
「さ、僕はそんな君に答え合わせをしに来たのさ」
「答え合わせー?」
「そ、答え合わせ」
後ろを向いてしゃべりだす。知識自慢をしているのだろう。喋り方に一々癖がある。
ちょくちょくイラつきながらもイクオは素直に話を聞く。これから聞くことがかなり重要なことになるだろうと予感したからだ。
「僕の器よ。君たちが呼ぶには、僕たちを【恩寵スキル】と言うそうじゃないか。いい響きだ。僕たちのような上位な存在にはピッタリだ」
「命名はアヤメだよ」
「ふぅん?『スペード』の器の子だね?なかなかいい器を手に入れたではないか」
ハートはパチンの指を鳴らす。舞い踊っていた花弁は落ち着きだし、風の音は弱まった。奇麗だけど鬱陶しくもあったから正直助かった。
「僕達スキルは一個の魂だ」
「ファッ!?」
「レベルが低いうちは赤子も同然だが、高くなるにつれ自我が芽生えてくるものさ」
「・・・Lv100まで育っちまった結果がお前ってことか?」
「育つ、は僕たち限定で少し違う。僕たち【恩寵】は特別な存在なんだ。本来レベルは99を越えない。僕達Lv100の自我とLv99以下の自我を一緒にしないでほしい」
アリアがLv100に到達した人類はいなかったと言っていた。そのことはどうやら正しかったようだ。彼らは単純にレベルを上げた結果じゃない。何かスキルの習熟とは別のファクターが関わっていることが明らかになった。
「基本レベルとは0から始まる。【料理 スキルLv0】と、そもそも【料理スキル】を持っていないのとでは違うのは知っているだろう?」
「あぁ。それは確かにこの世界に来てから思ったさ。【跳躍】スキルを手にした頃から違和感には気づいていた」
スキルを覚えた直後は何も変わらない。自身の身体に宿った【スキル】に魔力を流し、【スキル】を発動させることによってその【スキルレベル】は上昇する。
「【跳躍】を取ったばっかだったころは面食らったな。【スキル】を発動させても暫くは一向に跳躍力が上がらねーんだよ」
仮に【跳躍スキル】に魔力を流さずそのまま跳躍の練習をしようと、【跳躍スキル】のレベルは一向に上がらない。上達するのはジャンプするときのコツや、脚力が強くなるだけだ。魔力のブーストにより肉体が活性化する補正は一切強化されない。
「ただ僕たち【恩寵】は違う。誰の身体で成長したわけでもない。僕たちは元々レベルが100なのさ」
「・・・本来は誰かの身体で成長するのがスキルだが、お前ら【恩寵スキル】は元からLv100として誕生したわけだ」
「フフフ・・・その通りさ。だから僕たちは我が特別強い。誰の身体で育ったわけでもない。僕たちは完全に独立した一個の魂だからさ」
【恩寵スキル】。それはイクオにとっても避けては通れないキーワード。その真相が本人の口から跳び込んできた。
「【スクロール】によって自分で発現させ自分で育てたスキルを【先天的スキル】と言うなら、さしずめお前ら恩寵は【後天的スキル】というわけだ」
魔法系スキルや技能系スキル。
常時発動系スキルや指定発動系スキル。
【スキル】は多くの分類に分けられるが、まずは大きく次の二つに分けるべきだろう。それが【先天的スキル】と【後天的スキル】。先天的は非常に身近なものだろう。だが後天的は特殊な事情がない限り滅多にない。そして性質も強烈だ。
「元々僕らは他人なのさ。だから君は僕の『器』なんだよ」
「・・・確かに俺の『一部』とは言えないな。俺の『寄生虫』とは言えるが」
「響きから気持ち悪い!」
ビシィ ビシィ ビシィ (エコー)
「イテー殴んな!あとその気持ち悪いツッコミの仕方を今からやめろ!!」
「・・・その呼び方はやめてくれ」
「お?嫌がってくれんのか?俺はお前が嫌がることなら何だってするぜ」
「き、君意外と性格が悪いね」
「お互いにな」
(『寄生虫』。ぶっちゃけこの例えはシャレにならん。【恩寵スキル】、正確には【後天的スキル】は宿主の人格を乗っ取っていくと思われるからな)
スキルは一個の魂とハートは言った。別人の魂が一つの肉体に宿っているようなものだ。人格に影響がない方がおかしい。イクオはそう考えた。
そしてその予想は・・・
「アヤメが【恩寵スキル】に飲まれた謎が解けたぜ。【恩寵スキル】の人格が、アヤメの魂を侵食したんだな?」
「フフフ」
的中していた。
「その通りさ『僕の器』よ。僕達【恩寵】は君たちの人格を何時でも狙っている。君たちの肉体を自分のものにしようと必死なのさ」
「へ・・・何が【恩寵】だ。立派な【呪い】じゃねーか」
「【呪い】・・・それもいい。僕らは【神の呪い】だ」
隠そうともせずに自白した。
明かすメリットは一切ない。寧ろ知られては警戒されてデメリットになるはずの情報だ。それを自ら開示するのは、【神の恩寵】の傲慢さなのかもしれない。
「さあ、君は見事この世界のスキルの真実にたどり着いたわけだ。おめでとう」
「・・・この情報。スキルの正体は一個の魂だと言う真実は、旧人類にはよく知られていることなのか?」
「安心しなよ。ごくごく一部さ。間違っても広めるんじゃないよ?」
「当たり前だ。今まで頼っていた【スキル】という力が、得体のしれない存在に認識が書き換わる。俺ら『転生者』なら割り切れるかもしれんが、現地人には言えねー」
スキルが一個の魂である。その話が本当なら、この世界の生物の人体には複数の魂が存在していることになる。スキルを使い続ければ大なり小なり精神に影響が起こることを知れば、スキルの認識が大きく変わる。
転生者にとって【スキル】の存在は当たり前の物ではない。古くから定着された認識を持つ現地人には、話せばどんな事態になるか想像できない以上、うかつに開示できない情報だ。
「話を戻そう。君には正解にたどり着いた報酬として一つ、『詠唱』を授けようと思う」
「・・・詠唱!?」
詠唱。
アリアにも詠唱が何故【スキル】の力を促進させるのかは理解していなかった。詠唱は一朝一夕に身につけれる力ではない。
「『花弁の空へ誘おう』。これが一小節目さ。使いこなせるようになることを祈ってるよ」
「い・・・言いたくねー・・・。何だそのいかにもお前の趣味丸出しなナルシスト全開詠唱は」
「ははは!どうとでも言うがいい!!」
イクオの顔にズイッと近寄ってハートは顔を寄せる。一種の威圧のような強力な魔力をイクオに向けて自信満々に宣言した。
「断言しよう。君はこの詠唱に頼らざるを得ない状況になる。必ずね」
「あ・・・?」
「君は否が応でもこの詠唱を言わなければならない状況が来るのさ。だからこの詠唱を覚えておくといいよ」
ハートの言ったことの真意をイクオはまだ測りかねていた。この男が何をもって何を考えてこう予測したのか、それはまだわからない。
ただ、仮面をかぶっただけで【恩寵スキル】の魔の手から逃れたとは考えない方がよさそうだと、イクオは直感した。
(ただよ、俺は仮面をかぶったとき【イケメン】を使わないと決意した。この不幸を呼ぶ【恩寵スキル】と決別したんだ)
「今更んな力に頼るかよ・・・!」
「精々あがくといいさ。早速君は起きぬけに【恩寵スキル】の一端に触れることになるからね」
これは挑戦状だ。イクオとハートの自我の奪い合いがこれから本当の意味で始まるのだ。ハートは今まで傍観を決め込んできたのが、いよいよイクオの意思に介入してくるだろう。
「そうなれば、君も今までと同じことを言ってはいられなくなる。強すぎる力に振り回されるのを人間は好むからね」
ハートはイクオの額を突いた。バランスを崩したイクオは後ろに倒れるが、地面に背中を打ち付けることは無かった。倒れた先には穴があって、イクオは底なしに落ちていった。
辺りは暗闇で何も見えず、花の蜜の匂いは消えた。そして堕ちる感覚だけが自身の身体にまとわりついた。
(もうじき夢から覚めるか。起き抜けに何かあるって言ってたな。蛇が出るか鬼が出るか・・・)
「上等だよ。俺の自我は俺だけのもんだ」
強大な魔力が自身の身体に流れ込んできた。
恐らく【恩寵スキル】の意思の世界に介入したことによって、自身の中に眠っていた【恩寵スキル】の鍵が開いたのだ。
【イケメン Lv100】はセカンドステージに進んでいった。
イクオの魂は【恩寵スキル】に耐えうるように今までハートに改造されてきました。【恩寵スキル】の魂への定着力が安定してきたので、ハートは初めてイクオの意思に介入することができました。
ここからはハートは割と本気でイクオの自我を奪いにかかります。
まずは【恩寵スキル】は第二ステージへと移行します。
旧人類の時代には『セカンド・ルーツ』と呼ばれたものです。




