愛と祈りと音楽の国
エピローグです。
圧巻の光景だった。
少女の保有する【恩寵スキル】の全魔力を内包した死の光線が、空に打ち上げられた。
荒れ狂う吹雪を押しのけ一切の抵抗を感じず空へ昇る。
光線はやがて吹雪を生み出している雲に届き、雲は死の光線により消滅、否、死んでいく。
死は雲から雲へ連鎖していき、瞬く間に空を覆っていた雲を侵食していく。
わずか一秒足らずで死の波は地平線まで到達する。ほんの一瞬の出来事だ。ほんの一瞬で吹雪の国だった神聖王国は快晴の空で澄み渡った。
「これが・・・【Lv100】の力・・・・!!」
アリアは不意につぶやく。その力の規模の違いに恐れを抱く。これは災害などの力ではない。『神の領域』。
「・・・・・すげぇ」
イクオは呆然と晴れ渡った空を眺めてしまった。
イクオにもこれと同じ魔力を内包する【スキル】が存在する。己の内に秘められた爆弾を再確認し、恐怖する。
これが紛れもない【恩寵スキル】の真の力。
【恩寵スキル】の深淵を覗いた出来事だった。
「おっと?」
少女はフラリとバランスを崩して倒れそうになる。イクオは前に倒れる少女を腕で支えた。気を失っていた。
『どうする?この子』
「一度は正気に戻ったけど、起きてこの国を攻撃しない確証はねーな」
「まだ暴れだす可能性はあるっちゅうことじゃな?」
今は眠っているが、それでも起きたらまたこの国を襲いに来る可能性がないわけではない。野放しにはできない。事情を話してこの国に預けるのが最善だが・・・
「・・・嫌だな」
『な』
「あれだけ清々しく分かれたのにまた顔を出すのはー・・・ねぇ」
全員は顔を合わせて苦笑いする。
ついさっきにメチャクチャカッコつけて別れたばかりなのだ。すごすごと再会して頼みごとをするのも何だか恥ずかしい。それに引き渡した後少女がどうなるかもわかったものではない。
「俺らで引き取るか!」
「正気か?」
「同じ転生者だ。こいつには聞きたいことが山ほどある」
(転生者特典として渡された【Lv100 スキル】。こいつの謎は深まるばかりだ。押し付けられた厄介スキルとしか考えてなかったが、もしかしたらこのスキルが渡された大きな理由があるのかもしれない)
ピグとサラは承諾しかねるようだ。
イクオの【恩寵スキル】なら仮面をかぶらせれば魅了が解け取り返しがつくが、少女の【恩寵スキル】は仮面をかぶらせても被害者は死んだままだろう。被害者が出れば取り返しがつかない。
「あ、私の【固有スキル】に『スキルを封印する』力を持ったスキルがあるよ!」
「まぢで!?」
「うん。ちょっと時間がかかるからこの子が眠ってるうちにかけちゃおう」
(うわーアリア滅茶便利。仮面をかぶせれば【恩寵スキル】は発動しなくなるから仮面をかぶせたままスキルを封印すれば安全だな。後で俺得性の仮面をかぶせてやろう)
今からこの四人による旅が始まる。今一人増えたから、計五人の旅だ。
旅立ちの際に大変な事件に巻き込まれたが、何とかここまで来た。行き先をきめよう。
『南の大陸に行こうぜ!俺向こうでは結構お偉いさんだから融通が利くぜ!』
「快適にするにゃあ西の大陸じゃろう。いろんなものが集まるから旅の準備には最適じゃ」
「中央の大陸行こーぜ!!」
「『行くか馬鹿!!』」
結局この三人の意見は凸凹していてまとまらない。辺りはすっかり晴れてしまったからそれほど寒くはない。言い争える元気が出る程度には旅日和になってしまった。
「ここは東の大陸だな!」
「その心は?」
「お姫様を連れて逃げるんなら東の国が相場だろう!」
何だかんだ次の行き先は『東の大陸』に決定した。
寒い北の大陸を超えるなら東の大陸に行くのが手っ取り早い。
「決まりだな」
『よし』
「ブヒっ」
「うん!」
この後イクオがスキルの反動でぶっ倒れたがそれはまた別の話。
四人は歩き出した。次なる目的地を目指して。
ー北の神聖王国 教会本部ー
「教皇様」
「・・・何でしょう・・・?」
教皇の部屋。
教会本部の内部にあるから世界樹の被害にあっている。所々に世界樹の木が侵入し、実がなって温かい光が部屋を包む。不思議とその様子が、落ち着きのある部屋を幻想的にさらに落ち着かせる。
教皇は柔らかい椅子に座り深く座っている。アンジェリーナはふと気になって教皇に話しかける。
「貴方はイクオをどう思っているのですか?」
「・・・・・どうって・・・・?」
「貴方は生涯愛する者がいる身。イクオに対し憤りを感じていないのですか?」
少しだけ沈黙が続く。
以前までのアンジェリーナだったら、教皇ははぐらかしていただろう。しかし今のアンジェリーナは教皇が本当に怒っているか否か冷静に聞こうという姿勢がある。イクオに対する考えが怒りや使命感だけではない。
今なら話せると思い、教皇は口を開く。
「・・・私は彼の能力を【啓示】で事前に知っていた。・・・そしてその一連の事件に悪気がなかったことも・・・」
「この国に何が起こるか最初から知っていたのですね」
「・・・彼のスキルにかかった私は随分とまあ彼に惚れこんでしまいましたが、許せるだけの心の余裕は準備できました・・・・・それに・・・」
「それに・・・?」
「あの人は私の好意が苦手ですからね。彼には妻がいるので・・・もう実らぬ恋なのです・・・・・」
「・・・」
「実らぬ恋を後悔はしていませんが、それでも怒る理由も私にはありません・・・」
教皇はうたた寝を始めた。小さないびきが聞こえる。少し寂しそうな顔だった。
温かい暖炉からパチパチと火の音が響く。怒る理由なんて必要なのか?というツッコミをアンジェリーナは飲み込んで質問をやめる。教皇のお人好しさは今に始まったことではない。アンジェリーナは教皇の少し後ろに立った。
(教皇様が許そうと民の怒りは収まらないだろう。私のイクオを捕らえるという役目は変わらない。ただ、教皇様の気持ちが聞けただけでも私の気持ちに区切りがついた)
美しい木目の木の部屋。少し床にはった世界樹のツタが目立つ。
(アリア。君の旅路にイム神の加護があらんことを。ただイクオ。貴様には祈らん!)
ちょっとだけ意地を張ってみた。
-イェレミエフ邸-
「はああああああ・・・・」
貴婦人の集まるお茶会でクリスティアは超絶デカい溜息をかましてしまった。後々ハッとなって集まっていただいた方々に謝罪する。
(うぅ~ん何故かしら。あれだけ失礼な溜息をしてしまったというのに皆さん何故こんなにもほっこりした表情なのでしょう?)
あ~娘がどっか旅立ってしまったな~。でも娘が自分の意思で立ち上がって行動したのを認めないのもな~。それはそうと娘に手紙送り付けたいな~。
なんて考えているのがバレバレだから皆意図せずほっこりしてしまうのだ。自分の表情が読まれやすいなんてこれっぽっちも気づいていないクリスティアは再び談笑を始める。
「嬉しそうですねクリスティア様?」
「?・・・あら、そう見えたかしら?」
「えぇ、それはもう」
「あの名前を呼ぶのも汚らわしいあの男にアリア様がさらわれたときは、クリスティア様にどう声をかけようかとても悩んでお茶会に参加したのよ?」
「あら・・・」
「でも・・・悔いのない別れだったのね?」
他国にも名をとどろかせた元騎士とのお茶会。当然今の時期は機嫌を損ねているだろうから非常に覚悟してお茶会に臨んだらしい。
それでも今のクリスティアの落ち着いた表情は、それらの気構えが杞憂だったと知らせてくれた。
「いや・・・どうでしょう?私としてはまだまだ言い足りないことが沢山ありました。悔いがないと言えば嘘になりましょう」
「あらあら」
「ただ・・・」
「ただ?」
「まぁ・・・あの子なら何とかなる、と信じることにしたんです」
「あら」
「あらあら」
「「「ウフフフフッ♡」」」
「な・・・なんでしょう、その笑い・・・?」
クリスティアはまたしても気づかない。いったい自分がついさっきどんな顔をしていたのか。
ただここにはアルセーニスも、イクオもアリアも誰もいない。貴婦人たちは今クリスティアが見せてくれた表情を、誰にも話すまいと心にしまった。
-イェレミエフ邸 執務室-
「アルセーニス様!結婚式の事後処理がもう大変です!」
「・・・・・」
「アルセーニス様!?起きてますか!?」
「・・・・・」
「し・・・・・死んでる・・・・・・」
嗚呼、哀れアルセーニス。人知れず過労で息を引き取った。
-神聖王国 住宅街-
「・・・・・」
こちらも息を引き取ったはずの男。しかし、あの少女が仮面をかぶった事によりスキルの効果が切れたのだろう。あのスキルは対象を奇麗に殺しすぎるので、殺して直ぐでは肉体が死んでないのだ。
「・・・・・ッッゲホッゲホッ!!」
悪運が強いことに、あの男は再び息を吹き返した。ひとしきりに咳を済ませた後、再びその男は重い体をゆすって歩き出す。
「はぁ・・・はぁ・・・」
今に見ていろ。
そんな相を顔に浮かべていた。この男と彼らはまたどこかで相まみえるだろう。ただそれはまた遠い話。
-世界樹 頂上-
「すぅ・・・すぅ・・・」
「んん・・くあ・・・ぁ・・・」
「少し寝すぎましたか」
世界樹の上。
国の文化遺産としても非常に価値がある世界樹の上で眠るという非常識をぶちかました騎士がいるとか。イクオが聞いたら羨ましいと本気で悔しがるだろう。世界樹の木の上で眠るなんて飛び切りのロマンなのだから。
「うん?空が快晴ですね。こんなに晴れていなかった筈ですが?」
まあ北の神聖王国が晴れるなんて言う異常事態、一体誰の仕業かなんて大方見当もついているのだが。きっと彼らの仕業だろう。夜にあれだけドンパチ戦ったというのに、その後すぐこんな大事件を起こすなんて元気にもほどがある。
「さぁ。どうやってここから降りましょうか」
『執行の騎士』レチタティーヴォの朝は早い。しかし、今日は彼にしては珍しい大遅刻だ。
結婚式の事後処理も、世界樹の件も、他国からやってきたお偉いさん達の対応も、領地管理も、剣の稽古も、騎士の仕事も、朝の祈りも、彼にはやらなくてはいけない仕事が山ほどある。
「まずは迷惑をかけた皆様に謝らなくてはなりません!」
世界樹から飛び降りる。
また彼の変わらない日々が始まるのだ。部下に迷惑をかけるほど働いて、部下に怒られて、それでもやっぱり働いて。
そんないつもの日常が待っている。
ここは世界地図の北に位置する北の大陸。
国民は皆、愛を尊ぶ。今日もどこかで男女二人は永遠の愛を誓っている。
日々国民は祈りを捧げ、日々の生活に感謝する。神を心の支えに苦しい日々だって乗り越える。
そして国民は音楽をたしなむ。道の端で演奏をしている人はこの国では何ら珍しくもない。
ここは『愛と祈りと音楽の国』北の神聖王国。
今は寒く貧しくても、この国はまだまだ発展できる。人々には愛が、祈りが、音楽があるから。
『北の大陸の国』『愛と祈りと音楽の国』
北の神聖王国
最高権力者 教皇 エリザヴェータ7世
最高戦力 ゲオルグ・イェレミエフ
中央の大陸への望み 聖地
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転生者 部沢 郁男
・イム神教
イム神ただ一人を信仰する一神教でありながら、『多数の正義』の存在を認める多神教的な考えも説く。少し前世とは変わった特徴を持つ宗教。
『イム神教は愛の宗教』が謳い文句で、その通り貴族社会なのに自由な愛を尊ぶ。その教えのおかげか北の神聖王国を政略結婚が邪道という非常に愛に忠実な国柄へと変えた。
イム神教の存在自体は500年前の旧人類の文明から確認されていた。しかし、旧人類から新人類へと変わる大災害『人類の漂白』により旧人類が滅んでからというもの、イム神教もかなり姿が変わってしまった。元々はどんな宗教だったのか、北の神聖王国の国民たちは知る由もない。旧人類のころのイム神教といったいどれほどの差異があるのか、それを確かめるために今も北の神聖王国は中央の大陸の聖地に存在する『聖典』を求めている。
・音楽
別段イム神の教えに音楽の勧めがあるわけではない。これは大英雄『レオン・ロイヤル』が中央の大陸から北の大陸に持ち出した文化に、大々的に音楽が含まれていたからである。大英雄が北の大陸にもたらしたモノで代表的なのは『イム神教』と『音楽文化』の二つである。
音楽が主体ではあるが、それから時が経つにつれどんどんいろんな文化に派生していった。今では総合文学である『オペラ』が代表的な文化である。
また、レオンの持ち帰った物には随分と世代にむらがあり、中世的な文明レベルの癖にエレキギター弾いてたりするから存外ギャグである。
・詳細
建国は今から約300年前とされる。初代教皇である『エリザヴェータ一世』が、初めて【啓示】スキルに目覚めてからというもの、建国に至るまでは非常にスムーズだったと言われている。当然この国は『宗教』と『音楽』と共に発展していった。
先ほどにも言った通り、文明レベルは中世ヨーロッパ程度なのだが、立地とレオンのもたらしたモノ頼りな発展をしてしまったため、文明レベルには非常にむらがある。
北の大陸の年間平均気温は氷点下10度に達し、壁に囲まれた国内でも寒いときは氷点下50度に達するという。国の外では植物は育たず、国内も世界樹の影響で作物を育てるのは非常に困難だった。世界樹の発芽をきっかけに、この国はより速いスピードで進化するだろう。
尚、約一年前にこの国は国家が転覆している。今もその事件は『イクオイケメン事件』と呼ばれ、国民たちに反吐のごとく嫌われている。
あと最近、公爵令嬢が逃げた。
・追記
イセメン第一章の『北の神聖王国編』はこれにて終了です。とは言いつつもこの国にはまだ明かされていない謎が沢山あります。後々明かしていくつもりです。
何故北の国を宗教国家にしたのかはいまいち覚えてはいませんでしたが、イセメンのヒロインにあたるアリアを、とびっきりロマンチックに演出したいと思い立った覚えがあります。雪の降る教会で祖国に別れを告げるって何だかロマンじゃないですか。ロマン好きなイクオの旅の始まりにはピッタリな国だと思ったんですよ。
という感じでイセメン第一章はこれにて終了です。これまで読んでいただきありがとうございました!まだまだ拙い語彙ですが、引き続き読んでいただければ幸いです。




