氷の国のロマン姫
「・・・いた・・!」
肩で息をする。正門から全速力で帰ってきたアリアは戦場を見渡した。
イクオは外傷は治したが蓄積された疲労から【演算魔法】の回りが悪い。ピグはまず攻撃を受けなければならないという戦い方の大前提を覆され思うように戦えていない。サラは魔力がつきかけていた。
それに比べ少女の攻撃は苛烈さを増すばかりだ。
誰の目から見ても戦いは劣勢だった。
(私は・・・こんなにまでなっている皆を置いて逃げたのか・・・・)
魔力がアリアの憤りに呼応するように波打つ。自身への不甲斐なさ、情けなさを感じ取った魔力はアリアに背中を押すように力強く渦巻く。
「スウウウゥゥゥゥッ ドリャァァァァアアアア!!!」
アリアは飛び出した。
一歩のミスが死へと繋がる恐ろしき戦場に、今度は一瞬の迷いもなく踏み込んだ。
-・・・-
「ハッ!!」
「ウラァ!!」
少女の振るう死の刃を気合で避ける。
頭がいまいち回らず【演算魔法】がうまく扱えない。少女はイクオとの戦い方に適応してきている。魔力の込め方に緩急をつけて魔力計算をやりにくくしているからイクオはうまく戦えない。もはやパンク寸前の頭では回避するのがやっとだ。
「て・・・適応能力が高すぎる!」
(嘘だろ!?レチタティーヴォも対抗策に気付くのは早かったけどコイツの方が数倍も早い!!並の感性じゃない!天才か!?)
少女は刃を振りかぶる。イクオは途切れ途切れの集中力を必死になってかき集め回避に専念しようと試みる。しかし、
足を滑らした。
「うぉぉおお!?」
『あ、やべ!足元ドロドロしまっせぇ』
「サラ テメェェエエエ!!!」
サラの不手際で重心が滑り大きな隙が生まれてしまった。当然その隙を見逃してくれるほど敵は甘くない。イクオ目がけて容赦なく刃を振るう。
「ウオォォォオオ死ぬぅぅぅぅううううう!!?」
少女は勝利を確信した。
「・・・・あれ?」
イクオは間抜けな声を発する。
少女の死の刃を氷のレイピアが受け止めた。イクオに振るわれていた死の刃は食い止められ、少女は動きを止める。
アリアが少女の刃を受け止めていた。
髪のなびきが落ち着いたら、アリアの閉じた瞳があらわになった。アリアは視覚を完全に閉じて死の刃を受け止めた。
「・・・アリアッ!!」
「逃げてごめんイクオ!!加勢に来たよ!!」
サラ、ピグ、少女が驚愕する。一度心は折れたはずだ。死の恐怖はこんな短時間で簡単に覆るものではない。それを三人とも知っていた。
つい先ほどまで恐ろしさに逃げていたはずが、当たれば死ぬ攻撃を目を閉じて受けている。並の胆力ではない。
「アリア嬢!何で戻ってきたんじゃ!」
『あぶねぇよ!!』
アリアの体に最早震えはなくなっていた。
肉親との真の別れの覚悟を決めた。そして今、死が身近な世界へと足を踏み入れる覚悟を決めようとしていた。
「うん。でもね・・・今は不思議と戦える気がするの」
少女のナイフを払いのける。単純な力はこの場の誰よりもアリアが上だ。弾き飛ばされた少女は遠くへ飛ばされる。着地したころにはもう十分な距離をとられていた。
アリアはポツポツと話し始める。
「私は死が怖い。もう二度と戻ってこれないような淵に引きずり込まれるような恐怖を感じた。意気揚々と旅に出た心は簡単に砕かれた。
イクオ。旅に出るって。後ろ盾を失うことってこう言うことなんだね」
「・・・」
「守ってくれる家族がもういないことに今初めて気づいたよ」
レイピアを下ろす。胸に手を当て気持ちを素直に伝える。敵にも味方にも自分の気持ちを伝えようと話す。この素直さがアリアの悪い癖であり、北の神聖王国の魔法最強たる所以だ。気持ちを伝える意思の魔法は万人の心を動かす。
アリアは少女の方へ向き直す。
「それでも!!私だけ生き残るのはもっと嫌っ!!全員を生かす結末を精一杯模索すると決めた!!」
胸の前でこぶしをグッと握りしめる。
目は閉じているがそれでも顔つきはいつものアリアとは違っていた。眉間に力が入り険しい表情になる。口は大きく開き気迫のこもった声が出る。
「私はアリア・イェレミエフだ!!もう二度と屈すると思うなよ!!!」
「・・・ッ!」
(・・・・・何この清々しい魔力。生を謳歌しているかのような純粋さ。さっきまでわが身の惜しさに震えて逃げた女の癖に)
「・・・不快ね」
アリアは後方のイクオに叫ぶ。
「何すればいい!?」
「相手の魔力が切れるまで耐えろ!!」
「ラジャーッ!!」
アリアはスキルを発動する。それは【感知魔法】のスキル。【感知魔法】は魔力感覚は無いものの、一定の空間内を探知できるスキルだ。アリアはこのスキルのおかげで目をつむってでも戦いに参加できる。
「【氷皇魔法】」
究極の氷魔法。その力の強大さは一帯の気候にすら影響し、生態系をも狂わせる。
凄まじい冷気が辺りを包み込む。イクオたちは堪らず体をブルリと震わせる。というか体の震えが止まらない。寒すぎてヤバい。
「ななななな、なーピグ」
「なんじゃ?ガチガチガチガチガチ」
「早速規模が桁違いじゃねーかかかかかか?」
「気のせいじゃのうアブブブブブブブブ」
「【飛剣】!!」
アリアが腕を振るうより早く少女は跳んだ。
【氷皇魔法】を込めた【飛剣】は通常のと飛剣とは隔絶されたパワーを発揮する。斬撃は振るわれた軌跡を描いて建物を全て両断する。そして瞬く間に氷漬けにする。真っ二つにされた住宅は氷のオブジェに変わる。
「魔法剣士。それが【イェレミエフ流剣術】よ!!」
「イェレミエフ流・・・魔法剣術に特化した家柄・・・・?」
「よく知ってるね・・・ハッ!!」
【氷の千乱飛剣】
一瞬のうちに放たれた魔法斬撃の暴風雨。射程範囲のすべての物質を無慈悲に切り裂き凍らせる。冷気の余波がイクオの方にまで届く。
「さっっっっぶぅ!!?」
『ぎゃぁぁぁぁぁつめてぇぇぇぇぇ』
「おうサラが弱点突かれて死にそうじゃ!!」
少女は最小限の動きで何とかかわしているが、流石に凍てつくような冷気は避けることができない。一撃の被弾も許さなかったが体は霜だらけになり動きが鈍くなる。
「くぅ・・・!」
(避けるだけでは体力の消耗が激しい!寒さで体力が奪われる!)
「隙ありゃあああ!!!」
アリアの攻撃を切る抜けたや否や、今度はイクオが少女に飛びかかる。スキを突かれて蹴りが命中。そのまま後方へ吹っ飛ばされる。
『そのまま向こうへ運ぶぜ師匠!!』
「おうよ!」
「俺も手伝うぜーぇ!!」
サラは少女の軌道に沿って足元を溶かしまくる。ドロドロに溶けたタイルに従い少女は何処までも滑っていく。その滑った先にいるのはピグだ。
「調子に乗るなぁぁあ!!!」
少女の魔力が増大し、ナイフから再び死の刃が顕現する。しかし吹き飛ばされた少女のスピードの追いついたイクオがガッチリと少女の腕をロック。
「はぁ!?」
「オッシャいけーぇ!!」
「ヌンッ!!」
ピグは全身に力を入れる。体の肉が肥大し弾力は格段に上昇する。
少女を捕らえたイクオごとピグは、吹っ飛ぶ勢いを殺さず前へ弾く。前方の少し上空を弾き飛ばされ、イクオと少女は空中を飛ぶ。
「ダメ押しの【跳躍】キック!!」
さらに前方へ押し出す。
「ぐあぁ・・・ぁ・・・・!!」
「イクオー!!」
「何だアリア―!!」
「私も吹っ飛ばして!!」
「おーう!!」
今宙にいるイクオにアリアはスキル無しの跳躍力で接近する。アリアはイクオの足に乗る。
「大盤振る舞いの【跳躍】キィィィックーゥゥア!!」
「うひゃ!!」
上空で凄まじい速度で飛んでいる少女にさらに追いつく。
「ど・・・何処まで追いかけるの・・・!?」
「貴方が諦めるまでよ。後ろを見て」
少女は後ろを向く。少女が来た道をたどっているのだ。行きつく先はただ一つ。北の神聖王国の正門だ。
アリアは拳にありったけの力を入れる。
「まさか・・・強引にここから追い出す気!?」
「この・・・神聖王国から・・・・・」
まるで筋肉が軋む音を立てているかの如くギリギリと拳を引き絞る。力を込める。ひたすら力を込める。そして少女の顔面に向かって容赦なくその拳を突き出した。
「出ていけ!!!」
炸裂
少女はぶっ飛ぶ。とてつもない推力を持ってアリアから離れていく。正門へどんどん接近していき激突する。
固い錠を弾き飛ばし開く。かなりの大きさを誇っていた神聖王国正門が勢いよく叩き破られるように開くのは何とも豪快だ。少女は強制的に神聖王国の外に飛ばされ、雪の上に落下する。
「ぐあ・・・!!」
吹雪が吹き荒れる神聖王国の外。およそ生物が暮らすことができなさそうな過酷な地。
少女は腕の力で起き上がる。上体を起こし前方を確認するころには相手四人が立っていた。
体を押さえてガタガタ震えるけたたましい精霊。
『さっっっっっむいぃぃいいい!!!』
仮面をかぶった全身タイツの謎の男。
「サラー!!死ぬなーぁあああ!!」
ため息とともに寒さを心地よさそうに受け止める豚。
「前途多難じゃのう」
そして寒がるサラの要望に応えるがごとく、吹雪は人を避けるように軌道を変える。その白髪ハーフアップの貴族令嬢が指揮棒を振ると、吹雪は喜んで道を譲る。
積もる雪を踏みしめ、堂々と少女に接近する。
「フィナーレよ!」
(何で・・・!さっきまで怖さに震えてただけの弱っちい奴だと思ってたのに!!眼中にない小物だったはずなのに!!)
理解できない。対処できない。何故この女は死の恐怖を克服したのか。頭の中から悪態がどんどん湧いて出てくる。
イクオが少女に向かって語り掛ける。
「小物だと思ったか?」
少女は考えていることをイクオに読まれて不快になる。
イクオは【古代演算魔法】で感情の波を感じ取ることが可能だ。心を読むとは少し違うが、考えていることを推測するのは今のイクオでも容易く行える。
「とんだ大物だったな。コイツはロマンのためだけに国を出たような奴だ。あのまま震えているわけがねー!」
「はぁ?・・・ロマン?」
「ロマンは力をくれる。本当の脅威に立ち向かう力をくれる革命の力だ!!」
閉ざされた氷の国の
『アリアの好きな話はロマンチックな方じゃなかった?』
「俺とアリアの出会いは王子と姫みたいに美しくはなかっただろ」
「アハハ・・・私は寝巻でイクオは血だらけ。だいぶ泥臭かったなぁ」
「そういうこった!ロマンチックより男のロマンの方が近いんだよ!」
「う~ん私はロマンチックなのがよかったな!」
ある日ロマンを知った
「意地悪な泉の精じゃなくてスケベな炎の精。
白馬に乗った王子じゃなくて豚に乗った全身タイツ。
こりゃあロマンチックの欠片もないのう」
「おいアリアがいねえじゃねえか」
王国の姫の冒険譚。
『ロマン姫?』
「ダサい!?」
「ワッハッハ!ある種らしくねーか!?」
「らしくないよ!!」
その頭の悪い物語のタイトルは・・・
「じゃあ例の小説からとって『氷の国のロマン姫』かのう」
「それだ!」
『それだ!』
「私の大好きな小説のタイトルをコメディにしないでよぉ!もぉー!!」
敵前で騒ぎ出す。目の前の少女は怒りのあぜ道を顔にいくつも刻み込みプルプル震えている。死の恐怖とは程遠い雰囲気になってしっまった。
嗚呼、この身勝手さこそこいつ等の王道。
ついていけない少女が一人。
引きずり込もうではないか。
なんせ彼女はメインキャストだ。
遊びを知らない少女にはバカな息抜きが必要だ。




