神の恩寵を使わぬ者
『おかあさま。どうしてこの話の続きがないのですか?』
アリアがまだまだ幼かったころ。母のクリスティアラにアリアはあることを尋ねた。それは物語『氷の国の姫』の結末についてである。
『王子と姫は結婚したのですよね?その後はどうなったのですか?』
『はて?どうなったのでしょう。その物語はそれで終わりですから』
『終わりなのですか?』
『その物語の結末はそれです。その後の話は誰にもわかりません』
アリアは「フーン」と納得したのかしてないのか微妙な返事をした。王子と姫の生活はむしろこれからのような気がしてならなかったのだ。せっかく障害を二人で乗り切ってこれから二人の生活が始まるというのに、ここで終わってしまうのはあんまりだ。
その後の話が無いなら自分で考えてしまおうとも思った。
国を出た後は二人でそのまま暮らしたのかな?
国にまた帰ってきて残された一族たちのも挨拶したのかな?
両国間の戦争を終わらせたという物語もいいかもしれない。
『幸せに暮らしているといいですね』
『フフフ・・・そうね。でもどうでしょう。色々ありますからね』
『いろいろ?』
『色々。もしかしたら完結した後すぐに大変なことが起きてるかもしれませんね』
はて、大変なこととは何が起こるのか。誰もが予想だにしていなかった事態が起きるかもしれない。アリアはまたまた考えてみる。
もしかしたら「意地悪な泉の精」がいたずらを仕掛けていたのかもしれない。
それとも逃げた先に新たな試練が待ち受けていたり?
それとも全く別の何かに襲われていたのかもしれない。
~・・・~
アリアは走る。
強大な力を持つ何かが、神聖王国を出る直前に現れた。旅はこれからだというのに。
「はぁ・・・はぁ・・・」
必死に走った挙句。アリアはたどり着いた。北の神聖王国の正門だ。
北の神聖王国は吹雪から民を守るように大きな壁で囲まれている。国と吹雪、その二つを隔てる巨大な壁にある大門なのだ。とても大きく存在感を放っていた。
アリアは門に手を突いた。
(イクオは待っててくれと言った。私はここで待つだけでいい)
アリアの体は震えていた。死の恐怖が体にこびりついて全然取れない。ここまで鮮明な死のイメージを感じたのはこれが初めてだった。
アリアは今まで死とは縁遠い暮らしをしていた。教養として剣や魔法を習っても本物の戦場は知らない。そんなアリアに、あの理不尽とも呼べる転生者のスキルは強大すぎた。
「うぅ・・・うぅぅ・・・・」
今また戦場に戻っても足手まといだ。震えて碌に動かない足でどう相手の攻撃をかわせというのだ。いまアリアにできることは、足手まといにならない様にここで三人が来るのを待つことだけだった。
「本当に・・・・・?本当にこれでいいの・・・・?」
喉の奥から焼き付くような恐怖が押し寄せてくる。初めて自分は死ぬかもしれないと本気で思った。それが怖くて動けない。
それでもイクオたちは立ち向かった。あの三人は自分が死ぬかもしれない境地に何度も立ってきた。立ってきて生還してきている人たちなのだ。
イクオにはあのスキルが効かないようだがそれでも一切影響がないとは言い切れないし、ピグとサラに至ってはあのスキルの餌食になれば確実に死に至るだろう。それなのに立ち向かうことを選んだ。
(惨めだ・・・死が怖くてこんなにも震えている)
アリアは出口の門を力一杯に叩いた。
自分の非力さが憎い。いや、非力さに憎いんじゃない。三人を守れる力を持っていながら立ち向かわず逃げてきた自分が許せない。あの三人に戦うことを押し付けて一人だけ逃げてしまったことが惨めでしょうがない。
「何でこんなに足が震えるの?何で動かないのこの怠け者!何で・・・何で・・・・・・!」
(何が『令嬢の中の令嬢』・・っ!!何が『魔力に愛された子』・・・・っ!!大層な称号を引っ提げて、実戦では何の役にも立たないなんてっ!!)
それでも今は足の震えが止まらない。あの三人の役に立ちたいのに体が言うことを聞いてくれない。今はただ指をくわえて見ているしかできなかった。
-・・・-
「ピグ!!あぶなーーーーーい!!!」
「ブッヒュ!!?・・・・・・・」
イクオは【跳躍】仕込みの蹴りでピグを蹴っ飛ばす。ピグがいた場所に禍々しいどす黒いオーラの斬撃が放たれる。イクオが間に合わずピグがあれに直撃していたらと考えるとゾッとする。
「考えないのが吉ッ!」
「ブヒィ♡!!!」
ピグは遠くへ吹っ飛ばされて建物の壁に突き刺さる。ビクンビクンと痙攣を起こして悦んでいるということはまだまだ余裕があるということだ。イクオはピグをほったらかしにして前を見る。
あとチョットだけ悪態をつく。
「・・・クッソー。中二チックでカッコイイな・・・!」
目の前の少女の持つナイフの切っ先から黒いオーラが赤みがかった雷のエフェクトを帯びて伸びている。黒いオーブと相まって凄いダーティーだ。中二心をくすぐられたイクオはボソリと独り言をつぶやいた。
「サラとピグ。言うまでもないだろうが、あれは赤信号だぜ?絶対に食らうなよ」
『言うまでもねぇな。あんなの即死魔法じゃなくてもゴメンだ』
凄まじい魔力出力が感じられる。少なくともイクオの【演算魔法】で測定できる範疇を軽く超えている。あのナイフの切っ先から伸びる魔力オーラは1メートルちょっとの長さなのに、あれ一つに自然災害クラスのエネルギーが感じられる。
「・・・俺が食らっても死にそうだ」
「そういうあなたは【恩寵スキル】を使わないの?」
「あ?」
少女の問いかけにイクオはピクリと反応する。聞いたことのない単語が聞こえた。恐らくそれはイクオの持っているあのスキルのことだろう。確認してみる。
「【恩寵スキル】だぁ??」
「私たち転生者が神に贈られる【スキル】のことよ。その力をもってすれば私の力にも対抗できるはずよ?」
「ふーん?興味ねーな。俺はあのスキルはもう使わないと決めてんだ。オメーと違ってな」
「・・・ッ」
少女はナイフを振るう。イクオは跳び、ピグは跳ね、サラは下へかいくぐり少女の下着を確認する。
横なぎに放たれた斬撃は建物を一気に切り裂く。真っ二つになった住宅の切り口は見事な断面だ。無駄な傷は一つもなくきれいに切られている。
(いや、切られていると言うより消えている。消えているも違うかもしれない。あれは切られたところが死んでいるんだ。解釈の仕方で術者は魔力に簡単に影響を与えられる。死=消失と定義できるんだ)
「・・・本来は無茶な話なんだろうが、あのデタラメな魔力量が可能にしてるのか。あれは一種の願いを叶える力だ。死しかもたらさんがな!」
イクオたちは今、神話級のエネルギーを前に戦っているのだと思い知らされる。この魔力量はまさに神の領域。神代の力に他ならない。そうイクオは確信した。
「さあ!貴方の魔力を解き放ちなさい!!同じ力で対抗しない限り貴方は私には勝てない!」
「それは本気で嫌ッ!!」
イクオは住宅の壁を利用して【跳躍】する。少女に向かって一直線に跳び込む。少女はイクオにめがけて死の刃を振るう。
「ハッ!なめんなロリッ子風情が!!俺のチートスキルは何も一つじゃねーんだよ!!」
【集中】、そして【演算魔法】の同時発動。魔力量が計り知れないから正確な相手の攻撃の座標は編み出しにくいが、それでも攻撃一つかわす事なんて訳ない。空中で身をよじってかわし、頭に向かって足を突き出す。
「キィィイイッッックゥゥゥウウウウ!!!」
「ッ!!」
少女は膝をカクッと曲げる。頭が後ろ向きに倒れてイクオの蹴りがかすめる。カウンターを見事正面から見切られた。
「え、すご!?レチタティーヴォなら食らってたぞ!?」
だがイクオはあの一瞬で少女がスキルを使ったことを見逃さなかった。
(殺せと依頼された口ぶりだったから暗殺者かなんかだろうな。だということは密偵系のスキルを持ってるはず。身のこなしを侮ってはいけなさそうだ)
「ピグ!!」
「おう!!」
イクオが勢い余って飛んで行った先にはピグが回り込んでいた。ピグを踏んずけて反発力で再び少女に向かって跳躍。
「「おぅら【人力キャノン】んんぁ!!!」」
「え、キモ」
吹っ飛ぶ風圧で頬の皮膚がビロビロとはためく形相のイクオにシンプルかつ正直な感想を抱く少女は、カウンター返しを警戒して今度は端から回避を狙う。
しかし、ぬかるみを踏んだかごとく少女は足を滑らしてしまった。
『足元ドロドロしまっせぇ』
「え?はぁ!?」
何とサラが地面とにらめっこしたまま少女の足元を熱でドロドロに溶かしていた。
足元をすくわれバランスを崩した少女に対しイクオは腹に容赦なく・・・
蹴りを見舞いする。
「カ‥ハァ!」
「ドリャア!!」
【跳躍】スキルでそのまま後方へ吹き飛ばす。吹き飛びながらも手を地面について跳び、空中で回転して着地。やはり見事な身のこなしだ。
「何故・・・?」
「あん?」
「この力があれば無敵なのよ?何故貴方はその力を自ら封じたの?」
少女はイクオに疑問を投げかけた。
【恩寵スキル】の力は絶大だ。事実イクオも顔をさらして国中を歩き回るだけで国家転覆ができたのだ。その力を存分に振るって好き放題するのは自然だ。
「私たちは身勝手にもこの世界に呼ばれた。私たちの意思なんかお構いなくよ?おかげで私たちはどれだけこの世界で理不尽な目にあってきたか。貴方もこの世界で苦しめられたでしょう?」
「・・・」
「言語もわからない地に一人。碌に他人と目を合わせることもできない体。【恩寵スキル】を使わなかったら誰にも勝てない軟弱さ」
少女はこの世界での苦労を話し出す。
言語もアイコンタクトもできないならコミュニケーションは困難だ。そんな世界に一人放り出されたら誰だって苦しいに決まっている。それに【恩寵スキル】を持つ者はすべからく嫌われ者になる。
「私たちは何も悪くない!!そうでしょ!?このスキルが常時発動するおかげで私たちは碌に誰かと仲良くなることもできない!!」
「・・・・・・」
イクオは黙って少女の話を聞く。仮面をつけているから今イクオがどんな表情をしているのかはわからない。その無言が、いつも単純なイクオの考えを分からせなくさせていた。
「私たちは了承もなくこの世界に呼ばれた!なら私たちだって好き勝手しても罪はない筈よ!?【恩寵スキル】を使いなさい!!そしてこの世界そのものに報復を・・・」
「あ~ハイハイ。そういうのいいから」
「・・・・・は?」
イクオは仮面と顔の間に手を突っ込んで鼻をほじりながら適当にあしらう。やっぱりイクオの考えていることは単純だった。騒いでいた少女も、勝手にハラハラしていた変態コンビも目を丸くして驚いた。
イクオは淡々としゃべりだす。
「いいかヒステリックなロリッ子。お前の言い分もわかるが、俺を勝手にかわいそうな奴扱いすんな!」
「・・・?」
イクオはパッと手を開いて楽しそうに語りだす。憎しみを声に乗せた少女の声とは相対的な、心から楽しそうな明るい声だった。
「いいか?確かに俺もひどい目にあってきたがそれは全部俺の自業自得。俺は仲間を手に入れたし好きな子も見つけた!家族はメチャクチャ恋しいけど、それでも俺はこの世界を愛してるぞ!」
大変なことも、死にそうになったこともたくさんあった。それでもイクオの幸せは確かにここにある。場所が変わっても勝手が違っても、確かにイクオはこの世界で幸せをつかんでいた。
(いや、好きな子については全く進展していないが・・・)
「まあ、ぶっちゃけ俺も前世に未練タラタラだけど今のこの生活を捨てる気は一切ない!!」
「・・・・・」
「辛そうだなと思ってるんならそれはお前の思い込みだ。そういう視野の狭さはやっぱりまだ子供なんだな」
少女の目がカッと開く。そして手に持ったナイフからオーラが火山の噴火のごとく出力を増す。少女は明確に怒っていた。尋常じゃない殺意をイクオに向かって突きつける。
「・・・馬鹿にしてるの?」
「いいや、安心してんだ。得体のしれない子供だと思ってたけど、お前はやっぱり人間らしいところを持ってたんだな」
挑発のつもりではなかったが上手く怒りを買えたらしい。イクオは気を引き締めて構えなおす。恐らくここからが本番だ。魔力出力はもはや形容できないほどの強大さにまで膨らんだ。
「おいイクオ。おヌシ随分怒りを買ったようじゃが何が狙いじゃ?」
「あれほどのエネルギー、人ひとりでコントロールできる魔力量じゃない。必ずバテが来る!俺たちはあの子の限界まで避け続ければいい!」
少女が三人に飛びかかる。三人は散開してそれぞれの方法で動き回る。
怒りに荒れ狂う少女。死の一撃を振り回す少女にイクオたち三人は一歩も引かない。
北の神聖王国編 最後の戦い。その終わりが刻一刻と近づいてきていた。
「やれるものならやってみなさい。皆殺しにしてあげる」




