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〜異世メン〜  作者: マルージ
第一章 氷の国のロマン姫
33/74

手を伸ばす流星



演奏が終わりを告げる。

つかの間の静寂の後、氷のマネキンや手の持ったそれぞれの楽器は、透き通るような細く美しい音で弾ける。アリアの視線の先はキラキラと輝くクリスタルの破片で埋め尽くされる。


氷の楽器は音に弱い。音の振動が響くたびに氷の体にヒビが入る。そして演奏が終わった瞬間に耐えれなくなった氷はガラスのように美しく割れて消える。



「ハァ・・・ハァ・・・」



肩で息をするアリア。何十分も戦い続ける彼らの後ろで演奏し続けたのだ。ステージの維持も、五十のマネキンの操作も、並の集中力では成し遂げることはできない。

アリアも体力をかなり消耗していた。



「アリア。大丈夫か?」


「・・・えぇ。ありがとうアンジェ」


「【感知魔法】で二人を感知した。二人とも無事とは言えないが生きている」


「フフッ・・・当然ね」



世界樹の実が輝きだす。それぞれが繋ぎ合わさり、一本の橋のように形を作る。行く先はイクオたちが突き抜けた樹冠の穴だ。世界樹のてっぺんまで続いているようだ。



「アリア。まだこれ程の力を残していたのか?」


「・・・いいえ。これはおそらく世界樹のせいね。私を彼らのもとへ送ってくれるみたい」


「植物とは思えんな」


「植物にも魔力が宿る。魔力が意志の力なら、自我を持ってる樹があるのは何らおかしいことではないんじゃない?」



暗い夜の中に一本だけ通る光の道。アリアは世界樹の実でできた道を踏みしめる。十分通っていけることを理解した後、アリアは後ろを振り返る。



「教皇様。アンジェ。お父様。お母様。・・・・行ってまいります」



全員が何も言わず無言でうなずく。アリアはそれ以上は何も言わずに走っていった。世界樹の実もそれに乗って動いているのか、普通に走るより速い。世界樹の樹冠はかなり大きいがこれならさほど時間はかからずにたどり着けるだろう。

アンジェリーナはクリスティアラに話しかける。



「師匠。イクオのことはどう思っているのですか」


「・・・私もあの事件の被害者。イクオには恨みがあります。ただ・・・・・」


「ただ・・・?」


「アリアが本当に楽しそうな顔を見せたのはイクオと出会ってからなのです。アリアの選択を優先できるほどには、私は彼を買っています」



横顔は悲しそうな表情だった。しかしかつて息子のゲオルグを見送った時の表情とは違う。前回のような報われない別れではないことにアンジェリーナは安堵した。そしてそれ以上の追及をやめた。




  -世界樹 頂上-




ジワジワとした火傷の痛み。体中が熱くて苦しい。それは大怪我によるものなのか、火傷によるものなのか、はたまた体を酷使し続けた結果なのか、レチタティーヴォには判断できなかった。

重い体に力を入れて起き上がろうとする。聖剣は片方をどこかで放してしまって一本ないが、もう片方は手に握られていた。杖にして起き上がる。



「・・・フっ・・・・フっ・・・・・」



呼吸すらままならない状態で世界樹の枝を足場に歩く。世界樹の葉は紺色に似た黒だ。空に輝く星ですら吹雪が邪魔で見えない真っ黒い空間で、おぼつかない足取りで進む。


目の前にはイクオが構えていた。



「・・・・ハ・・・・・・・ハ・・・・・・」



全身は切り傷まみれ。右足はぐしゃぐしゃに折れ、左足も酷使しすぎて立っているのもやっと。【スクリプト・ボム】の火傷も残ってある。

外傷はレチタティーヴォとは比べ物にならないほど悲惨だった。


それでもまだ立ち向かおうと構えてレチタティーヴォをにらんでいた。

戦意はまだ微塵も消えていない。


狂気。

レチタティーヴォは戦慄する。



「何故・・・です?」


「・・・・・・・・・・?」


「何故そこまでアリアに・・・?」



レチタティーヴォには想像できた。あれほどの傷を負っては自分なら絶対に立ってなどいられない。限界を超えたのはレチタティーヴォも同じ。それなのにイクオの受けたダメージはレチタティーヴォとは隔絶した差があった。

イクオは震える唇を微かに動かして呟くように喋った。



「ア・・リア・・・と・・・・・」


「・・・」


「旅が・・・したいからだ・・・・」



ただそれだけの事。

アリアと旅がしたいだけなら、レチタティーヴォとの決闘も、結婚式の妨害も、何もかも無視して国を出ればよかった。そうすればこんな傷なんて負わずとも容易く国を出れたはずだ。

だというのにイクオは、レチタティーヴォと決闘し、デニスを陥れ、世界樹をこの国にもたらし、あまつさえ敵であるレチタティーヴォに恋心を気づかせた。アリアの心残りをすべて解消できるように。


そうしないとアリアが気持ちよくこの国を出れないからだ。


ただそれだけのためにここまでセッティングしたのだ。アリアが全員と別れを済ませ、後腐れなくこの国を出れるように。デニスの悪行も、国の発展の悩みも、すべて解決するような別れを。



「望み・・・すぎですね・・・・」



そう。これこそがイクオの求めるロマンなのだ。大団円。目標はただそれだけのために。

しかし、まだ一つだけイクオは達成していない。



「まだだ・・・まだお前に・・・・勝ててない・・・・・!」


「・・・・っ!」



イクオは一歩踏み出す。壊れた足で。もう碌に動かない足で。一歩一歩ずつ近寄ってくる。目には闘志を燃やし、まだ負けてないと主張する。



(押されては駄目だ。イクオの気迫にのまれては駄目だ!私も踏み出すんだ!)



レチタティーヴォも負けじと歩を進める。距離を詰めていく。

こぶしを握り締め、剣を構え、どちらかが一歩詰めれば相手側もまた一歩踏み出す。

目と鼻の先まで接近する。



「まだ・・・おれ・・・・・は・・・・・・・・・」
















































































イクオは立ったまま気を失っていた。


目つきは強く、顎は引いてあり、こぶしは握りしめたままだ。



レチタティーヴォの勝利だった。



「勝った・・・・のか・・・・・・・?」



膝をつきうつむく。彼の姿に勝利の実感が持てない。彼は負けてもなお敵に立ち向かっていた。



(アリア様が近づいてくる。しばらくすれば着くだろう)



イクオは立ったままだ。もう戦いは終わった。もう立っている必要はない。腰を下ろさせてやりたい。それでもレチタティーヴォはイクオをその姿のままにさせた。

この姿をアリアに見せてやりたかった。最後まで立ち向かった彼の雄姿を。



  ~・・・~



「そう・・・イクオは負けたのね・・・・」



アリアが世界樹の頂上に到着した。イクオを横にさせ、膝枕をしてあげる。ここまで頑張ったんだ。これくらいはしてあげても罰は当たらない。



「約束通り。私はここに残るよ。イクオは逃がしてやりたいけど・・・それはキツイかな?」


「どうでしょう。デニスの失墜と世界樹を発現させた功績は彼のものです。死刑は免れるよう交渉します」



アリアは残念そうに笑った。イクオは約束を果たせなかったが、それを責めるつもりはない。イクオは十分頑張った。それがアリアの気持ちだった。せめて打ち首だけは防ぎたい。

生きてこの国を出てくれたら、もうかかわらない様にしていきたい。



「あああー。思いっきりお母様に別れのセリフを告げちゃったな。今から撤廃するのも何だか恥ずかしいな」


「ははは・・・」



レチタティーヴォは立ち上がる。



「アリア様・・・・」


「・・・・・何?」


「私と・・・・・・・」



喉で言葉が詰まりそうになる。口に出すのをためらってしまう。ここまで苦しいものだとは思わなかった。

でも言わなくては。言わなくてはならない。自分の気持ちをまっすぐ伝えなくては、今そこで寝ているイクオに怒られてしまう。

やっと気づけた自分の気持ち。レチタティーヴォは息を深く吸って答えた。





「・・・結婚してください」





アリアはレチタティーヴォの目を見つめる。

その眼はまっすぐ自分の目を見つめ返してくれる。誠実さが表れる素敵な目だ。ここまで相手の目をハッキリ見れる人は少ないだろう。



(この国を出ないのなら、私は貴族社会に則って政略結婚を受け入れなければならない。返事をしないと。ちゃんとレチタティーヴォの告白を受けないとね・・・)



本当にそれでいいのか?



不意にアリアがそう思ってしまったのはイクオへの名残ではない。レチタティーヴォの目つきだった。

少なくとも目の前にいるレチタティーヴォは妥協なんて求めていない。アリアの本心を望んでいる目だった。政略結婚だとか、イクオとの約束だとか、全てを棚上げにしてアリアの素直な気持ちを望んでいた。



(イクオとの戦いでレチタティーヴォはイクオを理解したんだ。そしてレチタティーヴォはイクオのロマンを取り入れた。そんな自分を私に見せることがレチタティーヴォの渾身の告白なんだ)



少し、自分より先にロマンを理解したレチタティーヴォが羨ましかった。そして数秒前の自分を責めた。妥協なんて言葉でレチタティーヴォと結婚するなんて失礼すぎる。

あるがままに。正直に伝えよう。そう心に決めた。





「ごめんなさい。私はまだ・・・心の中ではイクオを諦めきれてない。まだ外の世界を知りたい・・・!」





「・・・・・」


(ありがとうございますアリア様。私の意思を感じ取ってくれて。フラれることなど分かっていた。これで承諾されれば私は嫌がる君とずっと過ごしていかなければならなかった。それは・・・とても辛い)



レチタティーヴォは理解していた。決闘には勝った。でも勝負には負けていたこと。レチタティーヴォは最後イクオに気圧された。意志の力で負けたのだ。

この戦いは気持ちの勝負。力で勝つなんて意味のない戦いだったんだ。



(それを最後の最後でようやく気づけたよイクオ)



レチタティーヴォは零れそうになった涙を我慢する。そしてアリアに言い渡した。



「アリア様。イクオを連れて国を出てください」


「・・・えっ?」


「幸い、ここは私と貴方とイクオしかいません。イクオが勝ったことにして下りれば皆納得してくれます」


「でっ・・でも・・・・」


「これは私が望んでいることなのです。貴方はイクオといるべきだ」



レチタティーヴォは自分が掴めなかったアリアの幸せをイクオに託した。勝ちの権利を全て明け渡す。イクオとアリア二人のためだ。そして自分のためにも・・・



「私はしばらくここにいます。ここで眠るのもいい気持ちでしょう」


「・・・・・」


「アリア様・・・・」



世界樹の頂上。上も下も何もかもが黒く、闇の中にいるような世界。

そんな闇の世界に光がさす。正面にいるレチタティーヴォの背後から太陽の光が差し込んだ。闇を切り裂く陽光を背景に、レチタティーヴォは心から祝福する。




「貴方たちの旅路に、イム神様の加護があらんことを」




アリアは礼をした。イクオが今まで見せてくれたどのセリフよりもロマンを感じた。最後の最後でレチタティーヴォはイクオに勝ったのかもしれない。


世界樹の実で作られた道を、アリアはイクオを担いで下りていく。その姿を消えなくなるまで見送った。



「初めての失恋です。この世の終わりみたいな気分ですよ。こんなに苦しいなんて思いもしませんでした」


(でも不思議と負の感情は沸いてこない。こんなに清々しい気持ちなのは何ででしょう)



レチタティーヴォにはその謎は解けなかった。でも考えるのは疲れる。今はとにかく休みたい。レチタティーヴォは世界樹のてっぺんで横になる。この高さなら本来凍えるように寒い筈だけど、世界樹の生命力のおかげか不思議と温かかった。



目には涙は浮かんでいなかった。日差しの中でレチタティーヴォは深い眠りについた。





『至高の三騎士』『執行の騎士』

レチタティーヴォ・アルハンゲルスキー


Lv       67

平常時魔力量  19,700

限界魔力量   56,000

職業  伯爵位の貴族騎士

スキル 【アルハンゲルスキー流 剣術 Lv67】

    【嗅覚 LV24】

    【心眼 Lv45】

    【身体強化魔法 LV46】等



・アルハンゲルスキー家


彼が生まれた頃はアルハンゲルスキー家はまだ歴史の浅い男爵家だった。もともと平民だった男が貴族の女性と恋をして奔走した。功績が認められ爵位を得て、愛の自由を手に入れたのだった。こうして生まれたのがアルハンゲルスキー家。もと平民だったため貴族たちからは下に見られ続けてきた家だが、その成り立ちはどの貴族より愛の神聖王国らしかった。



・剣術


レチタティーヴォは才能がない。剣を始めたのはアンジェリーナより早かったが一年も経たずに追い抜かれた。アリア含む神聖王国トップ3の三人とは超えられない壁を感じつつも、それでも鍛錬を続けた。世界樹による流星の力を使いこなすことができたのは、そのたゆまぬ努力のおかげだったと言える。愚直ながらも流星のように美しい軌跡を描く剣術だ。



・詳細


彼は男爵から伯爵まで成り上がるまでに特別大きな功績を残したわけではない。ただひたすら小さな功績を積み重ねただけだった。そして民を愛し信仰心を忘れないその姿がイム神教の教徒の見本だった。レチタティーヴォは誰よりも敬虔な信徒だ。

ただイム神教は愛の宗教であり、レチタティーヴォは国を愛してはいれど恋愛には無縁だった。それが実はコンプレックスだったりとか。恋するものの気持ちがわからず、求婚とか迫られてもいい対応ができなかったり。

まあその心配はもうしなくてもいいが。


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