最後の流星
「うおおおおあああああああああ!!!」
「ハァァァアアアアアアアアアア!!!」
イクオは上段の回し蹴り。レチタティーヴォは袈裟斬り。
剣の腹を弾くように斬撃をいなす。衝撃は遥か下で戦いを見守っている人々にも届く。ただ無言で二人の行く末を見守ろうとする人々。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・ばれ・・・・」
「・・・・えっ?」
沈黙を破ったのは小さな少女だった。
「がんばれレチタティーヴォさまぁああああああ!!!」
お隣さんの同い年の少年に恋心を抱いていた少女は『イクオイケメン事件』に巻き込まれ、その恋心を無慈悲に奪われた。ゲロ吐くほどのブサイクに熱愛してしまい、幼い恋は無残に踏みにじられた。
「がんばれぇぇええええええ!!!」
「・・・がんばれ!」
「そうだ頑張ってくれレチタティーヴォ様!!」
「私の初めての恋を奪った恨みを晴らしてくださいレチタティーヴォ様!!」
「愛する妻への思いを奪った罪を!!!」
「出張から帰ったら彼女はお前の虜になってたんだ!!!」
「私は彼氏の思いを!!!」
「そのくそ野郎への恨みを晴らしてくださいレチタティーヴォ様ぁぁあああ!!!」
熱は次第に伝播していき、声は大きくなっていく。
戦いが続けば続くほど声は大きく、大きく、大きく、大きく、大きく、大きく・・・
『イクオを倒してくださいレチタティーヴォ様ぁぁああああ!!!』
国中の心からの叫びが北の神聖王国を震撼させる。いつの間にか教会本部周りに人々が集まり、危険も承知で応援していた。
教会本部の屋上にいる人々もその応援に交わる。
「イクオを倒せレチタティーヴォおおおおおお!!!」
「「「レチタティーヴォ様ああああ!!!」」」
「レチタティーヴォっ!」
「レチタティーヴォ君!!」
「いけっ!!そこじゃレチタティーヴォ!!」
『備蓄パンツ燃やした恨みをついでに晴らしてくれレチタティーヴォ!!』
「うおっ!?いつの間にいたサラマンダー様と豚!!」
「レチタティーヴォ様ぁぁああ!!」
「・・・・・フフッ・・・」
『頑張れレチタティーヴォ!!!』
「うるせぇえええ!!!うるせうるせうるせ ッスウウウゥゥゥゥ うるせええええええええええええええええええええ!!!!」
「自業! 自得! です!!!」
蹴り上げようとする足を剣の柄頭で叩き落す。
「いってぇ!!?」
逆立ちで地面に立ち、手で【跳躍】。レチタティーヴォの顎に掠る。
「くっ!!」
「ダァ!!!」
空中で身を捻り後ろ回し蹴り。
「ぜぇあ!!!」
鍔と剣身のくぼみで受け止める。
「ヤバい!?」
「ハァ!!」
そのまま足を切り裂こうと剣身を滑らせる。
「ドウラァアrrrrr!!!」
剣を足場に【跳躍】。引っかかった足を軸に、スイングに合わせて回転する。
「フッ!」
着地。足に切り傷はついていない。
「ガアアアアアアアアアアアア!!!」
「ツアアアアアアアアアアアア!!!」
気持ちと気持ちのぶつかり合い。世界樹はどんどん魔力の祝福を二人に浴びせ続ける。すでに疲労困憊のはずの二人の戦いは苛烈さを増し続ける。
「ぬううううあああああああああ!!!」
「アアアアアアアアアアアアアア!!!」
戦い続ける。勢いは増し続ける。いつしか二人の耳には応援が聞こえなくなっていた。
声、音楽、戦いの衝撃音。夜の神聖王国の街は眩しいだけでなく騒ぎも尋常じゃなくなっていた。
アリアはこの音楽をイクオとレチタティーヴォに捧げている。アリアは背を向けてオーケストラを奏でているマネキンを指揮している。二人の戦いは目に入っていなかった。
それでもふと気になって後ろを振り向いてしまう。
自分の能力で作った氷のステージ。
ステージの上で自分を奪い合う男ども。
応援する人たち。
(ああ・・・こんなにも皆この戦いに集中している。私が今まで体験したどのステージよりも輝いている気がする)
ポツリと一言。つぶやいてしまった。
「・・・・・・がんばれ、イクオ」
その一言は騒音にかき消された。
「「ッ!!!?」」
その声を、舞台の二人だけが直感で感じ取った。
レチタティーヴォの魔力が一瞬だけぶれる。その隙をイクオは逃さない。強烈な蹴りを腹に食らわせる。
「カッ・・・ハァ・・・・・・!!」
「オラァ!!!」
【跳躍】仕込みの蹴り。レチタティーヴォは大きく吹き飛ばされる。
「レチタティーヴォ様!!!」
人々は叫ぶ。ステージを飛ぶように転げまわるレチタティーヴォ。体勢を立て直そうと足を踏んじばってブレーキをかける。
「ワッハッハ!!!」
「っ!!」
連続跳躍によるイクオの超速歩行。吹き飛ばされた先にイクオは回り込んだ。
「ハァッ!!!」
振り向きざまに柄頭でぶん殴る。
「ぐべあ!!?」
イクオの口から歯がこぼれる。横なぎに殴られ横に向いた首をグルリと回転させレチタティーヴォに向き直る。
「ハグアアアアアアアアアアア!!!」
「うああああああああああああ!!!」
「もう限界じゃ!!二人とも体がぶっ壊れちまうぞ!!」
『ダメだ!!世界樹がいつまでたっても魔力を送り続けるから二人とも止まるに止まれねぇんだ!!』
血を吐きながら叫び続ける。足を突き出すのを、剣を振るのやめない。全身から血をまき散らしながら体を限界を超えて動かせる。
アンジェリーナは叫んだ。
「このままではどちらも死んでしまう!!」
この惨状に悲鳴すら上げる者がいる。傷つく姿に涙を流す人々もいる。
「ぐふぁ・・・ァ・・・」
片方が膝をついた。レチタティーヴォだ。
(馬鹿な!身体的疲労は私よりイクオの方が大きい筈!なのに私が先にバテるなんて!イクオ!!貴方はなんて・・・・)
「ぐおおおおおおおおおおお!!!」
イクオは跳び上がる。体を縮こませ、ゴムが反発するように体を伸ばし足を突き出す。蹴り飛ばす先は斜め下のステージの床だ。
(なんてスタミナなんだ!!)
「ダァア!!!」
イクオの足がレチタティーヴォの顔面にめり込む。【跳躍】で弾き飛ばされた頭がステージの床に強打する。
頭から血が噴き出る。ここにきてレチタティーヴォは致命的な一撃を受けた。
「グアア・・・ッハアアアアアウッ・・ウアアアアアアア!!!」
「キャアアアアアアアア!!!!」
「レチタティーヴォ様ああああ!!!」
下から悲鳴が聞こえる。頭から血を噴き出し崩れ落ちるレチタティーヴォに人々は叫ぶ。もう見るに堪えないと目を背ける者たちもいる。
そんな人々に目もくれずイクオは叫ぶ。
「まだだレチタティーヴォ!!お前の意思はそんなもんじゃねえ!もっとだ!!もっとだアアアア!!!」
『いやヤベぇぞイクオの野郎!!もう半狂乱になっちまってる!!』
「流石に決闘なんて言っている場合じゃない!!私は止めに入るぞ!!」
「ワシも手を貸す!!」
アンジェリーナとピグはステージに乗り組もうとする。
しかし二人はすぐに静止した。ステージに立っている男が二人を止める合図を出している。
「レチタティーヴォ・・・ッ!」
「もう駄目じゃ!!これ以上戦うな!!」
「まだ・・・私は諦めない・・・・・【執行の聖剣 主よ私は誓いを立てる】よ!!」
レチタティーヴォは切り札を切る。
執行の聖剣の力。宣言により膨大な魔力を聖剣を介して手に入れるという力。限界すら超えた状態でこの力を使うことは自殺行為にも等しい。
レチタティーヴォは直感する。
(この攻撃が私の最後の攻撃だ)
『私は《刑》を執行する』
魔力のブーストが起こる。いつしか見せた青い流星の力。命を燃やした最後の挑戦だ。
(刑を執行?なんかよくわからない言い回しだな。この宣言の言い方には何か目的がある)
「【マインド・パーセプション】」
魔力から感情を読み取るスキル。レチタティーヴォには何か考えがあることを確信した。何をするかまではわからないが、ここにきての不確定要素はイクオにとってはかなりマズかった。
だが、
「来いよ・・・受けて立ってやる」
「カァッ!!!」
一閃
流星はイクオと激突する。イクオはやはり【跳躍】で受ける衝撃を減らし流星に食らいつく。イクオを連れて流星は空高くへと飛んでいく。
「レチタティーヴォっ!!」
アンジェリーナは声をあげる。流星はステージから上空へ飛行し、はるか高くへと昇っていく。人々は眩いほど輝く流星を指さし、その軌跡を追うように見つめる。
流星の目指す先は・・・・
『世界樹の樹冠か!!!』
世界樹の実がおびただしい数生り、枝が多く密集している世界樹の樹冠。レチタティーヴォはそこを突き抜けようとしているのだ。
「いや無理じゃろ!?あの世界樹は【超成長】でとてつもないデカさになっとる!小さな浮島を貫こうとしとるようなもんじゃ!!正面からぶち当たれば潰れて死ぬぞ!!」
「ダメだ!この距離ではもう止めれない!!引き返せレチタティーヴォオオオ!!!」
止まらない。レチタティーヴォはより速度を上げて世界樹へと向かっていく。
「おうレチタティーヴォ。死ぬ気か?」
「死ぬ気はありません。貴方も死ぬ気なんて毛頭ないでしょう?死なない程度に負かせて見せますよ」
「負かすに関して以外は期待してるぜ」
「フフフ」
「ワッハッハアアアアァァァァ・・ァ・・・・・ァ・・・・・」
「・・・・・イクオを倒して」
「イクオを倒してくれ」
「あのクソ野郎に一杯食わせてやってくれ」
『イクオをハッ倒してくれレチタティーヴォ様!!!』
イム神教 第六項 『汝、他者の愛を弄ぶ者は許してはならない』
北の神聖王国では愛の裏切りや奪う行為は法の下で罰される。第一級の大犯罪だ。国の創設者も立法で暴れたものだ。
レチタティーヴォはイクオを打倒することを《刑》と称した。イクオを断罪せよと言う国中の皆の気持ちは一つにまとまり行き先を変えていた。
聖剣の力がレチタティーヴォを介して世界樹に。
世界樹が断罪の気持ちを持っている民に共鳴。結果、神聖王国の国中の民が世界樹の権限を少しだけ手に入れる。
その魔力は世界樹を介してレチタティーヴォの物へなっていった。
国中の気持ちが一つになる。
『イクオを許すな』
その魔力はレチタティーヴォに託された。
「チョイチョイチョイ タァァァアアアアンマッ!!!なにレチタティーヴォその魔力!!待てよ?《刑》を執行するってまさか!!?」
「『利用できるものは何でも利用する』。貴方の言葉ですよ」
「チッ・・・チクショオオオオオオオオ!!!?」
恒星のごとき輝きを放つ。下にいる人々はたまらず目を閉じる。500年間溜め続けた魔力。そのほぼ全てをレチタティーヴォは、国中のみんなの魔力保有量の上限に利用して耐えていた。
「大丈夫ですイクオ。この流星の魔力の大半を防御力に振りました。受ける衝撃は百分の一にも満たない。頑張れば耐えれます」
「どこも大丈夫じゃな・・・・ヒィイイイ!!?」
巨大隕石クラスの衝撃が世界樹の樹冠に炸裂した。
とてつもない轟音をあげて世界樹の中を何かが突き抜けていく。
枝をへし折り、葉をかき分け、音速の壁をぶち抜き、風圧で余計な分まで破壊し、ことごとくを貫き続ける。
比喩表現抜きの流星級のエネルギーが発生した。
それでも魔力は次第に消えていき、光は小さくなっていく。
遂に世界樹の樹冠を突き抜ける。いつの間にか本当の雪は止んでいて、月が空の端で輝いていた。
流星の光はか細い弱々しい輝きに変わっていた。
「マ・・・・ダ・・・マダ・・アキラ・・・・メル・・・・・・・・カ・・・ァ・・・」
イクオの微かな呟き。レチタティーヴォは胸騒ぎを感じる。
脇にいつの間にかスクリプトの紙が貼りつけられていた。
【スクリプト・ボム】
イクオの最後の攻撃がレチタティーヴォに直撃した。
人々は世界樹の樹冠に遮られて何も見えない。
誰にも見られることなく、イクオとレチタティーヴォの決闘は決着した。
アルセーニスが頑張って避難させた人々はまた中心に集まって来ちゃいましたね。
ああアルセーニス。やっぱり徒労に終わってしまった。




