流星となれ
「開き直るってのも悪かないだろ?」
「・・・・・・喉の奥に詰まっていたものが落ちた感覚です。ですが・・・」
顏から悔しさの感情は消えていた。自分でも気づけなかった自身の気持ちを知り、レチタティーヴォは晴れ晴れとしていた。しかし口に出しただけでまだ行動に移すかどうかは判断しかねていた。まだアリアの気持ちを優先したいという感情が残っていた。
「別にアリアのことをどうこうするかは俺をはったおしてから考えたらいいだろ。アリアに頭下げるのもよし。国を出て世界を回ってみるのもいいな」
「国を出る・・・?」
「なーに信じられないような顔してんだ!」
イクオの提案は想像したこともないようなものだった。この国を出る。そう軽々と口にしたイクオには、そうすることに何のためらいを持っていないという自由奔放さが感じられた。
その奔放さを今度はレチタティーヴォに向けて放つ。
「ここは『愛と信仰と音楽の国』なんだぜ!?」
「・・・・・・・」
~・・・~
「貴方と結婚する気は無いわ」
(はいーーーーー???)
「貴方が嫌いだからとかじゃなくて、私が政略結婚が嫌だからよ」
(えぇ・・・えぇ・・・・・・)
ちまたでは令嬢の鏡と呼ばれているのが嘘のようだった。アリアは被っていた猫を全て脱いで話してくれた。その気持ちは嬉しかったが、信じられない気持ちでいっぱいになった。本当のアリアを見た瞬間だった。
「婚約破棄を狙っているのですか!?無茶です!公爵家と断罪の騎士が結婚を承認しているのですから今更覆りませんよ!」
「あら、貴方は優しいですね。他の人達は皆「私には魅力がありませんか?」とか言って引きずって来るのに貴方は私の身を案じてくれるのですか?」
「貴方の身だけではなく国家レベルでの損害についての話です!貴方が婚約を破棄する話になったらどれだけの人に迷惑をかかると思ってるんですか!」
令嬢の鏡と謳われたアリア・イェレミエフの婚約破棄。理由が「政略結婚が気に食わないから」じゃなくても許される話ではないだろう。アリアというブランドに大きな傷を入れてしまう。
「そうですね・・・。イェレミエフ公爵家やアルハンゲルスキー伯爵家だけでなく、両家にコネを持った多くの貴族達の顔に泥を塗ることになりますね」
「分かっているなら・・・・・」
「おかしくないですか?」
「・・・・・・えっ?」
「ここは北の神聖王国ですよ?」
イム神の教えの一番重要な項。第一項・・・
~・・・~
「イム神教 第一項 『汝、愛を妨げてはいけない。汝、愛を諦めてはいけない』・・・」
イム神教は愛の宗教。何よりも自由なる愛をたたえるのがこの宗教なのだ。レチタティーヴォはその本当の意味を今ここで理解した。かつて理解できなかった第一項を、しかとかみしめるように口に出していた。
「不思議な気持ちです。前、アリア様に『ここは北の神聖王国ですよ』と言われたことがありました。貴方はアリア様と同じ言葉を言うのですね」
「まぢで?ワッハッハ!!そりゃー嬉しいな!」
豪快に笑う。辺りは驚くほど静かだった。その中にイクオの笑い声がこだまする。避難所の近くはあんなにも騒がしいのにここは静寂に包まれている。
その静かさを打ち消すようにイクオは高らかにけたたましく声を放つ。
「愛をたたえるこの国だからこそ、お前のワガママは通用する!!愛に目覚めた今!お前を縛るものはもう何もない!!」
レチタティーヴォは二本の聖剣を再び強く握りしめた。愛に生きることを覚えたレチタティーヴォの体は驚くほど軽そうに動いた。
「イクオ・・・貴方もなんですね・・・・・」
「おん?」
清々しい気持ちで微笑みかける。晴れ晴れとした表情で、レチタティーヴォはほんの少しだけ、イクオの今までの言葉の仕返しをした。
「・・・アリア様に恋をしているのは」
「うっ・・・・・」
(頭ガシガシ)
「あー・・・・・そうだよ。俺だってばれてやんの。アカン、想像以上にはっずいな」
「今までの仕返しです。存分に味わいなさい」
「お前何かやな奴になってない!?」
「ハハハ。前に戻った方がいいですか?」
イクオは頭をかいていた手を止めた。
「今の方が何百倍いい」
仮面でイクオの顔は見えない。しかし嬉しそうにしているのは仮面越しでも読み取れた。
「・・・そうだよ。俺もアリアが好きだ。だから俺はお前と戦わなければならなかった」
「それがロマンだから・・・ですか?成る程。ならば私たちは戦わなければならない運命だったということですね」
大気中にうごめく魔力が流れを変える。レチタティーヴォの心に【執行の聖剣】が応えたのだ。あの夜、初めて戦った時よりもその流れに無駄がない。青く輝く【世界樹の種】も聖剣に吸い込まれる。輝く粒子の密度が見る見るうちに上がっていく。
イクオは思わずつばを飲み込んだ。
(すげぇ・・・これが本当の聖剣の力・・・!)
「ここからが本番だな」
「【聖剣開放】・・・!今一度力を貸してくれ【執行の聖剣 主よ私は誓いを立てる】!!私はもう・・・」
数々の光の粒子は点から線へ、線は波のように大きくなる。全ては二本の聖剣に集められ、優しい光で夜闇を照らす。
『何も迷わない!!』
レチタティーヴォの宣言は詠唱へと変わる。
世界樹の力は【成長】【吸収】そして【譲渡】。レチタティーヴォのゆるぎない強い意志は世界樹にも影響を与えていた。世界樹はその大気中に散布した世界樹の実の行く末を変えていた。デニスにわたった世界樹の主導権はレチタティーヴォへと移っていく。これはデニスの意思ではない。世界樹の意思だった。
(世界樹が発芽すれば恐らく今後の戦いは世界樹の主導権の奪い合いになる)
これは世界樹の存在に気付いたイクオの推測である。演算魔法により世界樹の魔力構造を解析したイクオは、その世界樹の能力に【譲渡】が含まれることを予想した。
そしてその予想はどちらも的中したと言える。今まさに世界樹は、新たな主をレチタティーヴォだと認めようとしていた。
世界樹の主導権を得たことにより得た膨大な魔力リソース。そして【執行の聖剣】の引き金である『何かを成し遂げるという強い意志』の両方の条件を満たした。
「凄まじい魔力濃度を持った世界樹の実が・・・【吸収】ではなく【譲渡】を目的として私の所へ集まっている・・・」
(世界樹の声が聞こえる・・・。これは・・・・・・応援?)
無邪気な子供の笑い声が聞こえた気がした。人気者のヒーローに集まるように、世界樹の実はレチタティーヴォの周りに集まる。
(この世界樹は害樹ではないのかもしれない。ただ無垢にデニス様の意思に従っていただけで、その本心はこんなにも清らかなのか・・・)
レチタティーヴォは二つだけ世界樹に祈った。一つは世界樹の【吸収】を止めてくれと。もう一つはイクオと戦うための力を貸してくれと。世界樹は笑顔で引き受けた。
「第二ラウンドだぜレチタティーヴォ!!」
「えぇ。私は今までの何倍も強い。しかし手は抜きません」
「っっったりめーよぉぉぉおおお!!!」
輝く世界樹の実が振り払われた。そこには神々しい青の魔力に身を包んだ一人の騎士が立っていた。もはや視認できるほどの魔力のオーラを身に包む。
彼の眼つきからは迷いは一切感じられない。威風堂々たる様は弱みを一切感じられない。
彼を名付けるならそう・・・
「【執行の騎士】!!!」
「えぇ!私こそが教皇様よりその名を賜った至高の騎士が一人、執行の騎士 レチタティーヴォ・アルハンゲルスキー!!今一度!!貴方に勝負を挑む!!」
「言い値で買ったぁあ!!!」
両者、足に限界まで力が入る。足場の建物の屋根は陥没し、姿はフッと消える。イクオの尾を引く長いスカーフが一直線に張る。レチタティーヴォの魔力は流星のごとく青い軌跡を描く。激突の時。
「ぜぁあ!!」
「うんぬぁ!!」
青い衝撃波がすさまじい音を立てて響き渡る。ほんの少しの減速もなくレチタティーヴォは競り勝った。青い流星はそのまま勢いを落とすことなく街を駆ける。
激突の瞬間、二本の聖剣は振るわれなかった。イクオは振りかぶられた腕に【跳躍】込みの蹴りを二発かましスイングを食い止めた。
(やっっっべぇぇぇえええ!!見えなかった!見えてなかった!!【アタック・プロジェクション】で攻撃の軌道が分かったから何とかかわせたけど、もうもはや目では追えねえ!!感覚と魔力の軌道でかわし続けなければならないって何そのクソゲー!手に負えん!!)
イクオはスカーフから紙を取り出す。紙には【スクリプト】が仕込まれている。仕込まれた魔法は【魔力放出】。イクオは紙にありったけの魔力を込めた。
「どぉぉぉおおおおりゃぁぁぁあああああ!!!」
「!!?」
(こいつは言わば全身を魔力でまとったスーパー〇イヤ人状態!オーラを構成するのが魔力なら軌道を変えるのはわけない!!魔力の流れを乱すのに大きな魔力なんざ必要ねーんだよ!!)
流星は弧を描いて行き先を変えていく。もちろんレチタティーヴォの意思ではない。イクオの手によって進行方向をそらされていた。魔力の流れを【演算魔法】が示すとおりに狂わせれば、魔力は意のままだ。この力でイクオは世界樹の種の波長を狂わせ、発芽させたのだ。
「ブラリ空の旅だ!!ちょっとばかし付き合ってもらうぜーぇぇええ!!!」
「・・・っ!!どうやら私の意思では進行方向を変えることはできないようですね。なら貴方の思惑通りにならないよう、貴方を妨害するのみ!!」
(現在魔力量 193,600!!こいつ今は通常の十倍以上の魔力持ってんのか!!ってことはアリアの四倍っ!?ヤバすぎる!!)
現在魔力量 193,600
現在魔力量 142,600
(おう!?魔力がゴッソリ消えたぞ!?何する気・・・いや、この魔力消費量は見たことがある。魔力消費量は51,000・・・・・)
「おいおいまさか・・・!」
レチタティーヴォは魔力を推進力にして飛行したままして剣を構える。イクオは考えるより先にスカーフの中に手を突っ込んだ。紙を取り出し魔力を死に物狂いで込めまくる。あの技が来る。
「【偉大なる誓の十字】!!!」
(こいつノーチャージで【グランド・クロス】が放てるようになったのか!!?)
「【スクリプト・ボム】ゥ!!」
弧を描く流星の周りを無数の十字架が光を放ちながら出現する。流星は尚移動を続け、数々の十字が尾を引く流星の残光に取り残される。出現する十字架はとどまるところを知らず輝きを増し続ける。そして街中を照らすほどの強い輝きを爆発のごとく放ち、流星は弾けた。