蒼黒のユグドレイシア
世界樹は瞬く間に成長した。上空では吹雪が吹き荒れる夜の神聖王国だが、その樹は音を立てて神聖王国の中心にそびえ立った。尚まだ成長を続けている。
アリアは離れた所でその成長を目の当たりにしていた。
「ほ、ほんとに世界樹だった・・・・・」
正直に言うと半信半疑だったアリアは、教会本部から見える凄まじいデカさの世界樹を見て流石に真実だとさとった。
(イクオは【世界樹の種】があると言っていた。となると発芽して一気にあの大きさまで成長したのか。成程、これは世界樹だ。ここまでの急成長は流石に常軌を逸脱しすぎている)
「・・・っ!!」
アリアは後方から気配を察知。イクオとレチタティーヴォだ。ガチンコの一対一をやっていたはずだが、こちらに向かってきている。逃げるイクオをレチタティーヴォは追いつこうと走る。イクオは待ってましたとばかりに叫ぶ。
「ついに来たなー!!来い、レチタティーヴォ!!」
「待てっ!!・・・て何ですかアレ!!?」
「世界樹だよ!気づいてなかったのかよ!!」
イクオが跳躍で教会本部の方向へ跳んだ。それを追いかけるようにレチタティーヴォも後に続く。場所を移すつもりだ。世界樹で何をするつもりなのか、とにかくイクオはロマンのためなら何をしでかすかわからない。
「・・・とにかく私もあそこに行かないと。まさか教会本部で発芽するなんて」
アリアは走り出した。世界樹は恩恵をもたらすものだが、この世界樹は北の大陸の地力を吸い取り植物の成長を妨げた、言わば害のある世界樹。何が起こるかわからない以上、野放しにするのは避けたい。教会本部にいる友人たちを危険な目には合わせられない。
走り出したアリアにメイドは呼びかける。
「アリア様!?戻られるのですか!?」
「な訳ないでしょ!イクオ達を追うの!」
メイド達を振り切るが如くスピードで世界樹の方向へ一直線で走る。
今、多くの者たちが世界樹の下へと向かう。
イクオ、レチタティーヴォ、アリア、クリスティアラ、アルセーニス、アンジェリーナ、ピグレット、サラマンダー、デニス
全員が世界樹へ集う。
ー世界樹ふもとー
まず目立つのは根だ。
凄まじい大きさの三本の根が樹を支えている。地中には収まりきらず、硬いタイルに囲まれた大地をいとも容易く砕き割り、その地中に根をはった。
そして葉。
葉の色が黒い。夜だから見えずらく黒く見えているだけなのかもしれないが、その葉の色は確かに黒かった。青みがかった黒の葉が、空を覆い尽くした。
世界樹は成長を続けどんどん空を埋めつくしていく。空を侵食する黒の世界樹の葉に恐怖すら感じる。アンジェリーナとピグとサラは度肝を抜かれていた。
「そんな・・・馬鹿な・・・・・!」
「ブヒヒ・・・これは洒落にならんぞいイクオ」
『で、でけぇ!植物が育たなかったのはこれが原因だったのか!凄まじい生命力だ!』
サラは植物の生命力を感じ取る。サラはそのはち切れんばかりのエネルギーをこの目に焼き付けた。視界のすべてが生命エネルギーの塊に埋め尽くされ、肌で感じる出力によろめくほどの衝撃を受けた。
『大陸規模の生命エネルギーを内包してる!この大地の地力をほぼ全て独り占めにして力を蓄えていたのか!この成長速度も納得出来る!』
「納得しとる場合じゃないぞいサラ!暗くてよく見えんが何やら変化が起きとるぞ!」
世界樹の葉からチラチラと光が見える。【世界樹の実】だ。世界樹の実が明るい青色で輝き出した。波打つように光を放つ世界樹。冬の街の青いイルミネーションの様に神聖王国の町中を照らしだした。
「な、何て美しさだ・・・」
アンジェリーナは思わず見とれてしまう。街の騒動に目を覚ました住民たちも、その突如現れた美しすぎる世界樹に目を奪われる。遠目から見る世界樹の樹冠は、極寒の空の星にも劣ることなく光り輝く。
神聖王国は淡く優しい光で包まれた。
「・・・て、全然優しくないぞアンジェリーナ貴様!」
「・・・はっ!!」
『あの世界樹の実!恐らくあの成長スピードなら間もなく熟れて落っこちてくる!アレはひと粒ひと粒が生命エネルギーの塊でできた『小さな爆弾』だ!!あの数が街に押し寄せてきたらただじゃ済まないぞ!!』
「なに!?」
「何を引き起こすかはわからんが、少なくとも教会本部近くの街は全滅するのう・・・」
ただの爆弾ならまだしも、その正体は生命エネルギーだ。爆発はしないかもしれないが、あれ程の高密度のエネルギーを落とされたらどうなるかは見当がつかない。得体がしれない以上は無闇に街に落とすのは危険だ。
「アンジェリーナ!手を貸せ!」
「・・・悪いが信用出来ん」
「そう言っとる場合か!イクオの奴が何を考えているかはワシらには知らされておらん!これ以上は何が起こるか見当もつかんぞ!それに・・・・・」
ピグはアンジェリーナに世界樹の上の方を見るように合図する。アンジェリーナがその方向を見ると驚くべきものを発見した。
「デニスがいる!?」
デニスがつるに巻き付かれて樹冠の少し下に貼り付けられていた。背後にはひときわ強く輝く世界樹の実があった。そこからは見るだけで目眩がするようなエネルギーが発せられている。
デニスは気を失っているが、悪意に満ちた顔で街を見下ろしている。
『もしかしたら今世界樹を操ってるのはデニスかもしれないな』
「あれは操れるものなのか?」
『生命エネルギーがあそこを中心にめぐってる。断言はできないがあいつの意思がトリガーになってる確率は高い。そうなると俺らも安全じゃない』
「恨みを買いすぎてるからのう・・・。デニスが操ってるとなるとワシらも無事じゃ済まんじゃろう。そこでじゃ!!」
ピグはアンジェリーナの方を向きなおし、堂々と宣言する。
「お主は街を守りたい。ワシらはどうにかこの国を出たい。世界樹を止めるという目的は一致している筈じゃ」
「・・・・・」
見ればわかる。今ピグは余裕が無い。
アンジェリーナの足止めに精一杯だったが、そこで世界樹という爆弾が投下された。そもそも【仮契約】という謎の力を扱うのに慣れていなかったというのも理由の一つだ。
もうなりふり構う余裕が無い。
「手段をもはや選ばんようだな」
「おう」
その時ピグの足元に青く輝く雪のような何かが飛来した。
上空で変化があった。強大な魔力のうねりを感じ、アンジェリーナは上を見上げる。ついに世界樹の実が落ちてきたのだ。青く輝く実が雪のようにユラユラと落下する。
早めに落ちてきた世界樹の実が一粒がピグの足元に落ちてきたのだ。
『あ、やべっ』
「ぬう!?」
落ちた場所から小さな樹が凄まじい速度で生えた。
その樹はピグを感知したかのように動く。そして獲物を狩るかのようにピグに巻き付きギリギリと締め付けだした。
「お? お♡ おぉふっ♡♡ ブヒヒヒヒ!!」
『びょえぇぇえぇえええ』
締め付ける力が強くなっていく。ピグの生命力を吸い取っている(ついでにサラも)。
『いででででっ!この吸収力っ!ヤバイ!何かもうすげぇ力が吸われてぇぇぇ ぇ ぇ』
ピグは終始笑いながらどんどんシオシオと干からびていき締め付ける樹に埋もれていく。その間小さな樹はグングンと伸びていき吸収スピードも上がっていく。
(世界樹の力は【成長】と【吸収】か!!超速度で瞬く間に成長し、捕らえた相手の生命力をミイラになるまで吸い取り続ける!)
「せいっ!!」
アンジェリーナはピグの体に巻き付いていた小さな世界樹を切り刻む。バラバラと巻き付いていた樹がほどけ、なんかちょっとスリムになった豚がつっ立っていた。
「ありがとよ・・・アンジェリーナ・・・(イケボ)」
「協力はせん。ただひとまず貴様らは保留だ!私は私の責務を遂行する!!」
『邪魔しないってこったな』
「それは場合による!私は教会本部の中にいた人々の救出に向かう!」
「ならワシらは世界樹の実の落下を少しでも食い止めよう!」
アンジェリーナとピグ&サラは走り出した。ピグは足の裏からジェット噴射でどこか遠くへ飛んでいく。アンジェリーナは騎士たちに連絡を入れる。
「総員聞けぇ!!現在我らが神聖王国は未曽有の危機に陥っている!近衛騎士団は収集命令!その他は消火活動を中断し、住民の避難に手を回せ!!」
「し、しかし!このまま火が回り続けば街中が燃えてしまいます!!」
「任せろ・・・【聖剣開放】!!『我が意志に応えよ【洛陽を至らせし我が法】!!精霊の炎の範囲内を我が領域で満たせ!!』」
聖剣の力が一帯を包む。聖剣の詠唱をアンジェリーナは高らかに詠む。そして力強く波打つ聖剣の魔力をそのまま攻撃に転用する。
「ハァッ!!」
膨大な魔力の聖剣をそのまま全力で横にスイング。いや、そのスイングは一撃に見えた高濃度の連撃。燃え移っていた部位は全て一瞬にして切り離された。宙に浮いた炎上する瓦礫にアンジェリーナは素早く宣言する。
『我が領域内において【精霊魔法の存在】を禁ず!!』
精霊の力によって存在していた炎達は瞬時にフッと消え失せた。燃えていた瓦礫は黒く焦げた部位を残して静かに落ちる。
聖剣を鞘にしまうと同時にアンジェリーナの作り出した領域ははじけるように霧散し、瓦礫は音を立てて砕け散った。
「お、おおぉぉ・・・。何で最初からしなかったんですか?」
「【存在の禁止】は必要な魔力の量が多い。しかし今は効率より時間を優先すべきだ」
アンジェリーナの周りには近衛騎士が集まっていたはアンジェリーナが直々に育て上げた強豪たち。息を限界まで吸い込み、腹の中で決意と覚悟を込めて放つ。
「私に続けえええぇぇぇぇぇええええええ!!!」
「「「「「うぉおおおぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!」」」」」
地を震撼させるさせるようなアンジェリーナの号令に騎士たちは一斉に返事を返す。この場の指揮をほかの騎士にバトンタッチで任せる。
そしてアンジェリーナは崩壊した教会本部の中心にそびえたつ巨大な世界樹に立ち向かうように進みだした。そこへ手練れであろう数々の騎士たちが後に続く。
(くっ!アリアの救出が後回しになってしまった。教皇様の安否を確かめるためしょうがないとは言え、これ以上イクオにアリアを預けておくのは不安の種だ。アリアは無事だろうか・・・)
ー???ー
「教皇様。一体どこに向かわれるのですか?」
教皇は世界樹に侵食されすっかり苔むし根が露出した教会をテクテクと進んでいた。ところどころから世界樹の実がなり、灯が消え薄暗くなった回廊を青白く照らす。その中心を従者とともに突き進む姿は幻想的な美しさを感じさせる。
「デニスのもとへ顔を出しにね・・・。今彼は非常に精神が不安定だ・・・」
「危険です。私個人としては何が何でも止めたいですが・・・・」
アンジェリーナの部下である近衛騎士副団長は、教皇のスキル【啓示】を思いその先を口に出すのをやめた。教皇の【啓示】による予言は今まで外れたことがない。教皇が何か突飛な行動に出たときは、その行動には必ず意味がある。
「せめて聞かせてください。デニスは今どんな状況なのですか?」
「今彼は世界樹を取り込んでる・・」
「え?は?取り込んでる?取り込まれているじゃなく?」
副隊長の意見は当然だ。あれほどの力を取り込み我が物にするのは不可能に近い。教皇から帰ってきた返事は意外なものだった。
「【世界樹 ユグドレイシア】・・・。その特性は『ためた力を何者かに譲渡する』というもの・・・」
「つまり今はデニス枢機卿様に力が譲渡されている状態・・・と?」
「しかし今は大量の魔力を短期間で取り込みすぎて精神に多大な負荷が生じている・・・」
うなづき返すと同時に今のデニスの状況を聞かされてより不安が増した。デニスはこの強大な力を独り占めにしているのだ。それも精神状態が不安定な状態で。
「止めなくては」
「えぇ・・・・・」
教皇と近衛騎士副団長は薄暗い闇の中を寸分の迷いなく踏み込んでいく。
Q なんで教皇様は世界樹の名前知ってんの?
A 【啓示】で聞こえた
【啓示】って便利ですね。【啓示】で聞こえる限り教皇は本当になんでも知ってます。