開幕 アリア誘拐作戦
「御機嫌よう、アンジェ。今日は満月だなぁー」
「愛称で呼ぶな外道め。貴様は誘拐などする愚か者ではないと踏んでいたが、どうやら私の見込み違いだったようだ」
「お?ヘタレとでも言う気か?」
「馬鹿ではあろうが悪人ではないと思っていたのだ」
『イクオイケメン事件』は凄まじい傷を神聖王国に残していった。事故ではすまない事件だ。しかし事故であることはアンジェリーナも勘づいていた。
「イクオは悪人ではない」そう思えるほどアンジェリーナはイクオと行動を共にしたのだ。その二人の間には妙な信頼があった。
「何故だ!何故アリアを拐おうとする!
貴様は意図せず悪事を働いてしまったとしても、自ら悪に手を染める奴ではなかったはずだ!」
「・・・俺は正しいと思っていることをしてるぜ?『正義は沢山ある』。イム神教の教えに確かそんなんが有ったろ?レチタティーヴォから聞いたさ」
「は!?レチタティーヴォから!?」
「レチタティーヴォと俺は一緒にティータイムできる程仲良しだぜ?」
「なっ!?」
「うそぉ!?」
「マジ」
イクオの解答にアンジェリーナは驚く(ついでにアリアも)。ついこの間まで殺し合いをしていた二人が仲良くなるなんて話はフィクションのみの話だとそう思っていた二人には、確かに信じられない話だ。
「お前はアリアを連れ戻すのが正しいと思っている。俺はアリアを誘拐するのが正しいと思っている。対立する理由はこれで十分じゃないか?」
イクオの目には信念が宿っている。あぁなってしまっえばイクオはテコでも動かない。
(いや、イクオが信念を持ってアリアを奪おうとしていたのはわかっていた事だ。そうでなければ奴はこんな事をしない。今もっと謎なのは・・・)
「アリアァ!!何故抵抗しない!魅了無効を持っているアリアにはイクオの洗脳は効かないだろう!そいつはお前の両親でさえ洗脳した男なんだぞ!!」
アリアに訴え掛けた。アリアの実力はアンジェリーナにも並ぶ。それ程の力があればイクオを逆に捕えることなど訳も無いはずだ。
だというのにアリアは寧ろイクオに掴まる体勢でいる。
「・・・ごめんね?アンジェ」
「!?」
「私は今回はどちらにも加担しないの。アンジェ達が勝てば私はこの国に残る。イクオが勝てば私はこの国を出て行く。そう決めているの・・・」
「・・・・・っ?!」
「私はね。もっと遠くの世界を見てみたいの。
この国ではない。
この大陸ではない。
この星ではない。
この世界ですらない。
そんな『異世界』を私は見てみたいの。イクオと旅をすれば・・・・・それが分かる気がするの・・・」
アリアは喜びと歓喜に満ちた声で唄うように語る。その目はもっと遠くの世界を見ている。ここでは無い何処か・・・それこそ異世界を見るかのような。
「そんな異世界の・・・『ロマン』って文化が!!」
「イクオぉ!?アリアに何を吹き込んだ!?」
「俺は何も悪いことやってないですぅー!ただアリアに異世界の知識をたらしこんだだけですぅー!」
「言い方をやめろ!」
そうこう喋っている内に屋上に多くの騎士達が集まって来る。イクオを包囲するように取り囲む。
イクオにとって前方は騎士軍、後方は空。逃げ場は無い。
「アンジェリーナ様。遅くなりましたが到着致しました」
「あぁ。
イクオ!もうお喋りは終いだ。今度こそ貴様を捕える!!」
もうこれ以上の会話は無意味だ。アンジェリーナは腰に差した剣に手を添える。闘気がこの空間に満ちる。風吹き荒れるこの屋上が一瞬にして戦場へと化したのが理解出来る。
「私の力は知っているな?イクオ。貴様の得意とする【跳躍】スキルによる滑走は使えないぞ」
「あぁ、覚えてるさ。『あの時』はアンジェがいつも嬉しそうに自慢してたじゃないか」
「なぁ!??」
あの時。そう、アンジェリーナが洗脳されていてイクオに恋をしていた時。アンジェリーナはあの時の記憶を思い出し赤面する。当然イクオはその隙を見逃さない。
「ま、そういうこった!ここからは鬼ごっこ。俺がこの国を出るまでに俺を捕まえてみろ!!」
イクオはアリアを抱えたままフワリと屋上から飛び出し、真っ逆さまに頭から地面に向かって落下していく。
アンジェリーナはすぐさま対応する。なんの手心も加えず端から全力で聖剣に・・・
「・・・【聖剣解放】!!」
魔力を込める!
(イクオは【跳躍】スキルを連続使用することにより建物の壁を滑走し、落下の衝撃を受け流すことが出来る。ならばっ!)
『【法の聖剣 洛陽を至らせし我が法】!!
教会本部全域を我が領域で満たせ!!』
視認できる魔力の領域がアンジェリーナを中心に展開する。落下中のイクオやアリア、教会本部内にいる人々も全て飲み込みアンジェリーナが空間の『法』を支配する。
「・・・やっぱ厄介だな。一帯を聖剣の領域にするのにどんだけ魔力が必要だと思ってるんだ?
レチタティーヴォは公園全域が精々だったじゃねぇか」
「そんなこと言ってる場合!?このままだと落下死しちゃうよ!?」
「・・・・・・・・だな」
どんなスキルがあろうとアンジェリーナには関係ない。そう、彼女の力はこの世界の根底を覆す。
『我が領域内において【スキルの使用】を禁ず!!』
アンジェリーナ含む、全ての人々の【スキル】が禁じられた。領域内ならば彼女がルールだ。
こうなってしまえばイクオは壁を滑走する事が出来ない。
「ど・・・どうするの・・・・・?」
「う~~~ん?」
イクオは懐から石ころを取り出して何やら握ったり離したりを繰り返している。
「って、遊んでいる場合!?」
「・・・ん?あぁ、そう言やアリアはこの通信機知らなかったな」
みるみる地面が近づいてきている。あと少しでイクオとアリアは地面に激突してペシャンコだ。
しかし通信機からは・・・
『くかァァーーーァァァ ズゴゴゴゴゴッ』
(くっそーコイツ!!気持ちよさそうな寝息を通信機越しに垂れ流しやがって!俺の渾身の罵倒をくらいやがれ!!)
「ピグゥゥゥゥウウウウウ!!!
何時まで寝てんだこのゴミ豚ぁぁああ!!!」
イクオは限界まで吸い込んだ空気をピグレット目掛けて力を込めてぶちかます。
待ってましたとばかりに落下地点にあったマンホールから突然豚が飛び出した。不快感を催すその顔には気持ちの悪い笑顔をネッチョリと貼り付けていた。
「罵倒する良い子は何処じゃブヒヒヒヒヒィ!!!」
ピグレット登場!イクオも待ってましたと地面に向けていた頭をすぐ様上に向ける。アリアをお姫様抱っこの体勢に変えた後、再び叫ぶ。
「行くぞピグゥゥゥゥウウウウウ!!」
「来やがれイクオォォオオオ!!」
「「協・力・必・殺!!」」
ピグは身体全身に パンッ☆ と力を入れる。
ピグの身体は力を入れる事でとてつもない弾力を生み出す。イクオも【跳躍】スキルに頼らずとも培ってきた経験と筋力は消えたりはしない。
ピグを全体重かけて踏んづけた!
「ブヒヒヒヒヒッ!キよるわ キよるわ この全身を駆け巡る圧による快・感☆!!
さぁさぁ天の果までスっとべぇ!!」
「人・・・」
「力・・・」
「「キャノン!!(NOスキルバージョン)」」
イクオとアリアの落下による衝撃を全てピグが吸収し(←バカ)、その反動はイクオ&アリアをぶっ飛ばす力に変わる。ギリギリと圧縮されたピグが再び元の姿に跳ね返る時、想像も出来ないエネルギーが発生する。
「ヒャッホォォォォォォオオオオオオウゥ!!!」
「キャァァァァァァァアアアアアアア!!!」
弾力と跳躍力。イクオはピグを落下の緩衝材にした次いでにトランポリンとしても活用する。イクオとアリアは見る見る遠ざかっていき・・・・・
キラン☆
っと空へ消えていった。
「っな!?」
アンジェリーナは絶句。当然である。何かしら対策しているとは踏んでいたがまさか着地せずにそのパワーを利用するとは思わなかった。
弾丸さながら空の果まですっ飛んでいく彼らはあっという間にアンジェリーナの領域を外れ、視認できないところまで・・・・・
「まだだ!すぐ追えばまだ時間はある!
【聖剣解除】!!
近衛騎士団総員っ!あの者達を直ちに追えぇ!!」
感知魔法を解禁させたことにより、その指示は部下に知れ渡る。だがここでも問題が発生していた。返って来たのは「了解」の返事ではない。
『アンジェリーナ様!感知魔法で聴いていますか!?今は教会本部内でも大変なことになっています!!』
(今はイクオの騒動以外は耳に入れたくない!)
「何だ!?手短に話せ!!」
アンジェリーナは愚痴を部下に零さず飲み込み、教会本部を飛び降りる。そして落下しながら部下の話を聞く。
『今、教会本部内でアリアの母であるクリスティアラ様が大暴れしています!!怒り先は枢機卿のデニス様です!!』
「は・・・はぁあ!!?」
地面が近くなるとクルリと回転し、壁に剣を突き立て減速し着地する。
降り立った先にはピグが仁王立ちしていた。
「・・・見ない顔だな、貴様は。新たなイクオの仲間か・・・」
「おぅ。ワシゃあキャプテン・ピグレット!お主がワシのご主人になるのかの?」
「貴様ら一体教会本部で何をしたァ!!!」
冗談を黙って聞けるほど気持ちは落ち着いていない。お決まりの決めゼリフを無視されて残念な反面、ちょっと顔を赤くしているキモイ豚は「へーへー」と言ったふうに喋り出す。
「そんな慌てなさんな。特別な事はしておらん。ただVIP含む舞台観客席にサラが現れただけじゃ」
「サラマンダー様・・・?いや、それは・・・・・」
アンジェリーナの顔は漫画のように一瞬で青ざめた。
ー舞台 観客席ー
「デニスゥゥゥゥウウウウウ!!!」
「クリスティアラ落ち着いて!他国の人々がいる前でその般若顔は色々と不味い!!」
「出てきなさいィ!!股間のブツを粉々に踏み砕いて差し上げます!!」
「クリスティアラァ!!?」
鬼の形相で吼えるアリアの母 クリスティアラを必死に止めようとするアリアの父 アルセーニス。その後ろではサラが演説の如くベラベラと大声で喋っていた。口調すら変えて。
『つまり!!今この国で起きているアリア誘拐事件はイクオとデニスの二人による共同作戦だったのである!!』
「「「な、なんだってぇええ!!?」」」
『イクオは『イケメン事件』を終えた後、この国中の女性達に飽きたのだ!イクオはデニスと繋がりを持ってアリアを盗み出すことにしたのだ!デニスはイクオと裏で繋がっていたのである!!』
サラは他国の重鎮のいる場所でやったらめったらにデニス枢機卿のあることない事を言い散らかしていた。
当然、『デニスはイクオにアリアを差し出した』なんて事は嘘っぱちだ。しかし、それが例え本当かどうかわからない話でも
『他国間でも良い噂を聞かない枢機卿デニス』と、
『誇り高き妖精王で通っているサラマンダー』とではどちらを信用するかは火を見るより明らか。
南の大陸出身の人々は熱狂的に支援してくれるから大多数の人間は同調して巻き込めれる。
アリアの母、クリスティアラはまんまとかかってくれたのだ。
「デニスゥゥゥゥウウウウウ!!!」
「うわぁぁぁぁぁあああああ!!!」
アリアの母 クリスティアラの怒号がここ、ホールの中で響き渡った。
アリアとレチタティーヴォの結婚式は後に『北の大陸 アリア誘拐事件』として世界各地に知れ渡る。この事件は後世に名を轟かせるビッグイベントとなるのだ。
しかし、今までの騒動は全て前座。この事件はまだ始まったばっかりだ。
アリアの誘拐
デニス枢機卿の失墜
〇〇〇の発見、そして〇〇
良くか悪くかは分からないが、この事件はイクオの名を世界に知らしめた。
これこそが、イクオが贈る波乱万丈の異世界ライフ最初の大騒動なのである。
だいたいこれから数サイドに物語が別れます。
確定しているのは
イクオ VS レチタティーヴォ
サラ&ピグ VS アンジェリーナ
アリア夫婦 VS デニス枢機卿
です(正直デニスサイドはVSではないような気がしないこともない)。
今はこれですが物語が進むにつれてどんどん変わっていきます。どんどん変わってどんどん進むけど、物語をややこしくしないように努力します。
それではイクオ達の活躍をどうぞご覧下さい。