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〜異世メン〜  作者: マルージ
第一章 氷の国のロマン姫
19/74

荒れるマスカレイド



  ー氷の国の姫 姫の婚約者ー





『お美しい 貴方は私の理想だ』



とても真っ直ぐした目。裏表を感じさせない声と身振り手振り。姫の婚約者の男は気持ちを伝えるのになんの躊躇いもなかった。



『この(わたくし)は貴方を生涯守ることを誓おう 決して貴女を悲しませたりはしない!』


『・・・えぇ』



姫の反応に熱は帯びていない。まだ王子を遠ざける言葉を言ってからあまり時が経っていない。姫は立ち直れずにいた。


あれから王子とは一度も会っていない。自分の為に全てを捨ててくれたというのに、姫は王子に非難の言葉を投げかけたのだ。嫌われて当然だ。


婚約者である男は姫が落ち込んでいるのに気がついた。婚約者の男は何とかして力になりたかった。



『姫よ 何か辛いことがあったのか?(わたくし)に力になれることがあれば何なりと申し上げよ』


『いえ・・・いいのです 何でもありません』


『・・・ですが 貴方からは悲しみが感じられる 止めどなく流れ出る川の水のように悲しみが溢れている 貴方をそのままにさせておくのは(わたくし)には出来ない』



婚約者の男の言葉は姫にとっても嬉しかった。しかしその優しさをどうしても王子と比較してしまう。それは意味の無い事だ。してはならない事ですらある。


しかし思い出してしまう。王子が駆け付けてくれた時の嬉しさを。

姫は振り払うように婚約者の優しさを断る。



『何でもありません・・・・・』


『・・・・・そうか・・・』



婚約者の男はそれ以上の追求をやめた。問い詰め続けることが姫の心を傷つけると判断したからだ。

何故そんな頑なに断るのか、婚約者の男は知りたかった。出来れば問い質したかっただろう。

その気持ちに姫は心を痛める。言い過ぎたと後悔するが、婚約者の男の心に配慮を配れるほど姫の心に余裕は無かった。



『結婚の話はもう少しだけ待って頂けませんか

 どうか落ち着く時間をください』


『貴方が望むなら・・・』



  ー観客席 最後列ー





言葉を歌に乗せて紡ぐ。(アリア)と王子の美しい歌声が舞台に響く。

オーケストラの演奏が耳だけでなく全身で感じられる。

舞台の上で踊る(アリア)達の姿は今この場の何よりも美しい。


最早喋る者などいない。その美しさに、その綺麗さに、皆が目を奪われていた。



「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」



幾度か休憩を挟み物語は進んでいく。


婚約者の男と王子が出会う場面

戦う場面

姫が結婚を受け入れた場面

その後涙を流した場面

王子が姫は王子を嫌ってなどいなかったと知った場面

王子が勇気を取り戻す場面


物語はクライマックスに向けてどんどん進んでいく。長く美しい物語も閉幕が近づいていた。



「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」



そしてそれはアリアとレチタティーヴォの誓のキスをする瞬間が近づいてきた事も表していた。観客席にいる人々は皆今か今かと待っていた。そして遂に王子が姫を連れて逃げ出す場面が始まろうとして・・・・・



「アンジェリーナ様」


「何だ、今いい所だ」


「めちゃくちゃ見入っててたじゃないですか。仕事して下さい。報告です」



例えどれだけ素晴らしい舞台が目の前で繰り広げられていようと、近衛騎士達は調査を辞めるわけにはいかない。何せイクオの現れる瞬間はアリアの劇中である可能性が高い。



「やはり魔力の発生した瞬間だろうとイクオは現れていません。魔力の発生源を各地に設置しているとしか思えません」


「そうか・・・」


「・・・アンジェリーナ様?」


「あぁ。聞いている聞いている」


「・・・・・多少迷惑はかかりますが外に出ますか」


「う、うむ・・・」



  ー舞台会場前ー



親友であるアリアの劇はアンジェリーナにとっては是非とも見てみたいと言うのが本音だ。ただその不覚で舞台がめちゃくちゃになる可能性もある。渋々アンジェリーナは劇を見ることを止めた。



「魔力発生源にイクオは現れなかった、だったか?」


「はい」


(撹乱目的なら誘拐する時間より少し前にする方が効果はある。そもそも混乱を招いたところで影響は薄い・・・)


「・・・・・まぁ考えても仕方ないっと片付けたいところだが、如何せん不確定要素が多すぎる。不明な点を多く残したままイクオに挑むことは出来れば避けたい」


「ですね」



ここらでおさらいも含めてアンジェリーナはイクオの残した謎を頭の中で整理する。




一つ、魔力を誤魔化す術


(・・・いや、奴は発生源にいた訳ではなかった。元々その場にいなかったのだから魔力を誤魔化す術を持っていた訳では無い。イクオはまだ教会本部に潜入していない)


魔力を誤魔化す術はない。




二つ、発生させた場所に書いてあった謎の文字


(あの文字の書いてあるランプ等が魔力の発生装置?いや、魔道具は文字を書いた程度では完成しない。いや、魔力を誤魔化すより現実的ではあるか・・・?わざわざ手がかりのような物を残した意図までは分からんが・・・)


短期間での魔道具の製造。




三つ、未だ潜入していないのは何故か


(ここが謎だ。アリアとレチタティーヴォの誓のキスは必ず邪魔すると思っていた。もうそのシーンが始まってしまう。

今から潜入して我々の目を掻い潜りアリアを誘拐するのは不可能と言っていい。

仮説として一気に侵入してここまで来る道が何処かに隠されているとかか?)


全てを置き去りにするほどの突破法。




「考えすぎなのではないでしょうか?」


「・・・そうかもしれんが・・・奴とて考えなしの男ではない。何か策を弄しているのは確実だ」



アンジェリーナが思考の海に沈んでいる間にも物語は絶えず流れる。

今まさに『氷の国の姫』の最大の名場面が始まろうとしていた。





  ー氷の国の姫ー





塔の上

風が強く吹きつけるこの場所で姫はたそがれていた。婚約は両方の家の間でもう決まったことだ。今更覆りようがない。

婚約者の男は決して金に目がくらみ結婚しようなどという男ではない。地位も力も名も姿も、全てが非の打ち所が無い。それでも・・・・・



『・・・王子・・・・・・

 私はやはり貴方を忘れることが出来ません

 この胸に空いた穴を埋めることが出来るのは貴方しかいません

 ですが私は貴方に恐ろしい仕打ちをしました

 どうして貴方の前に立つことが出来ましょう』



涙はもはや涸れてしまった。頬に伝う涙の感覚はない。冷たい風が肌を撫でるのみ。


全てをキッパリ諦めることが出来たらどれだけ楽だろうか。王子は来ない。結婚は絶対。そう考えて楽になればいい。

なのにもしかしたら助け出してくれるかもという期待が心の奥底のどこかである。そんな一抹の思いが頭をよぎるだけで胸が苦しくなる。



『・・・・・それでも・・・忘れなくては

 あの人との思い出の全てを今日限りで忘れよう

 あの男の何が不満だと言うのか

 忘れなくては

 もう思い出さないように

 苦しい記憶にこれ以上囚われないように』



風が強くなってきた。髪が激しくなびき、寒さに震え出す。こんな所にいても風邪を引くだけだ。

もはや姫がかつて愛した男は敵国の者ですらない。もう二度と会うことは無い。


それでいい。

姫は後ろを振り返るとそのまま歩き出した。











  『姫っ!!』



背中にぶつかるような風が吹き付けた。大きく、力強く、どこか優しさも帯びた風だった。

ぼんやりと輝く月を背景に一人の男がこちらを見ていた。



『・・・・・・王子っ!!』





  ー舞台会場前ー





「アンジェリーナ様。次の指示を」



近衛騎士団の調査はここに来て定着状態に入る。今近衛騎士達は教会本部の各地で散り散りになっている。



(高速で侵入し、高速で誘拐する。

その方法しか今イクオには残されていない。相手がスピード勝負を仕掛けるというのならこちらは十全に構えて迎え撃つ。その為にはまず散らばった騎士たちをここへ集めなければ)


「調査に割いた人員を速やかに舞台前に集結させろ」


「はっ」


(振り出しに戻った気分だ。魔力を放出する装置を予め設置しているのなら魔力の反応が無いのも まあ 納得できる。生物ではないから魔力の反応を消すのは理論上は可能だ。今はそう考えるしかない。

とにかく調査に人員を使いすぎた。集合するまで少し時間がかかるだろう・・・・・ーー)



「・・・・・・あっ」




四つ、何故手掛かりを自ら残していったのか。





  ー氷の国の姫ー





『ダメよ 私は貴方のもとにはいけない』



今、目の前にはあれ程愛した王子がいる。胸の底から喜びが溢れてきた。「あれだけ酷いことを言ったのに戻って来てくれた」と思うとはち切れんばかりの喜びが押し寄せてきた。



『私たちは決して結ばれることは無い たとえ神が許したとしてもお父様とお母様は許さない』



涙が溢れてくる。とうに枯れたはずの涙がまた目じりに浮かんでくる。遠ざけたいハズなのに喜びの感情しかもはや表に出せない。

俯き肩を震えさせる姫に王子は手を伸ばす。



『何故? 愛し合う二人が何故結ばれてはならないのだ 私達のただ純粋な愛がなぜ許されないのだ』


『私たちは敵同士 地位が 力が 名が 私たちを妨げる』



王子は手を握る。暖かい手だ。塔の上でたそがれていて手が冷えていた姫にはたまらない程暖かく感じた。

手を振りほどこうとするが離れない。全てを捨てて得た力。自分に嘘をつき自ら別れようとする姫には到底振り解けない力だ。



『ならば私は捨てよう 地位も 力も 父から賜った名でさえ 私は貴方の為ならば全てを捨てて愛し合うことを誓おう』



たとえ敵同士であったとしても、王子は諦めなかった。自らの意思を曲げず一直線で突き進んで行く。


王子のそんな所が好きになったのだ。



『全てを・・・・・捨てて・・・?』


『そうさ 俺と一緒に全てを捨てよう そして永遠の愛を得よう



   さあ!』











「その手を掴んではダメだアリアァ!!」







「・・・・・・えっ?」


王子の手が強引に姫の・・・いや、アリアの手を掴んだ。



「・・・・・・捕まえたぜ?」



王子は指を鳴らす。その途端に舞台の照明は全て爆発するかのような炎に呑まれる。会場は光を失う。キラキラと照明のガラスが輝き雪のように舞い落ちる。



「な、何だ!?」


「キャァァアア!!」


「おい、何が起きている!騎士たちはどうした!」



何も見えなくなった空間に会場の人々はパニックを引き起こす。騒ぎ立てる人々の声に紛れて、窓ガラスの破り、部屋の外へ脱出する音が聞こえた。

間違い無い、奴がいたのだ。



「ブサワ イクオォォオォオオォオオオオ!!!」



アンジェリーナの怒号。



(やられた!

『魔力を誤魔化すことはやはり出来ないと誤認させられた!』

今までの回りくどい誘導は騎士たちを分散させる以外にこんな目的があったとは!奴は魔力の隠蔽法をやはり知っていたんだ!!)



走り出したアンジェリーナは魔力感知を全開にして王子の姿をした男を探す。今は魔力を誤魔化していない。


魔力感知や感知魔法を発動させたことによって気付く。今、教会本部では信じられない事が多発していた。

廊下や部屋、各地の天井が溶け出してはまた固められ、壁を作り出していた。その壁の量は膨大で教会本部内を瞬く間に迷宮に変えた。



(ここまで大規模な準備を行っていたとは。『魔力の隠蔽法は無い』と言う常識を見事に利用させられた。ここまでの準備を事前に気付けていないとは・・・・・屈辱だ!)



男は凄まじいスピードで教会本部を駆け上がる。アンジェリーナはそれを全速力で追う。追従する騎士たちに指示を出して動かす。皆が散開し、教会本部の廊下は慌ただしく動く。


そして息を切らして教会本部の屋上に来た。



ぼんやりと輝く月を背景に一人の男が立っていた。服はもう王子の服ではない。顔前面を隠す仮面に大袈裟になびくスカーフ。・・・そして全身タイツ。

アリアは男の首に手を回し立っていた。



「御機嫌よう、アンジェ。今日は満月だなぁー」



見るだけで不快になるような御下劣な顔を、限界まで歪ませて笑うイクオの様。

アンジェリーナは容易に想像できた。



アンジェリーナに

「くっ殺せっ!!」

っていうセリフを言わせたい。


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