教皇のスキル
少し世界観の説明をする。
中央を除く東西南北の四つの大陸の国々は、中央の大陸の取り合いをしている。誰も足を踏み入れれば帰って来ないので、土地の所有だけでもと四つ国々が争っているのだ。
中央の大陸は新人類が残した文明の宝庫だ。
西の大陸は溢れんばかりの資源が・・・
南の大陸はまだ見ぬ魔法の叡智が・・・
東の大陸は腕試しの場として中央の大陸を欲しがっている。
では北の大陸は何を欲しがっているのか?
この世で最も清く美しい地。『聖地』だ。
古代の旧人類の頃から続く『イム神教』。その聖地が中央の大陸に存在するのだ。
北の神聖王国は聖地奪還を望んでいた。信者達の帰る場所を、全ての祈りが集う場所を。神聖王国の教会は何よりも望んでいた。
とまあ話は変わるが、北の神聖王国にはその中央の大陸にある聖地を除くと最も清く美しい地とされる場所がある。
ー教会本部ー
教皇様の住まう宮殿。最も大きな音楽会場。壮大な白い教会。結婚式場。
愛と祈りと音楽。この国の全てが集まる聖なる土地。この国のまさに中枢である。
「で 話を聞こうか。サラマンダー様?」
『うぇい』
「国家転覆罪の ブサワ イクオ にかけられた、下着を窃盗した罪。これなんだが君が起こしたという噂がいくつも立っている」
『うぇい』
「住宅街で1238件・・・貴族の屋敷からは321件・・・そして教会本部で新たに54件の下着の紛失が続いている」
『うぇい』
「何か申し開きは?」
『うぇい』
「寝ているだろ貴様ぁ!!!」
清く美しい地では最近下着紛失事件が続出。原因はお察しの通りである。今は一人の女騎士から尋問をかけられていた。
女性は白い鎧を着ていて、肩からは大きなマントを羽織っていた。そして背中には大きな剣が掛かっていた。かなり大きな魔力を感じる。
『いいかアンジェリーナ!!お前の目の前に上質な肉が一つ置いてあるとしよう!!』
「うむ」
『肉の傍にはお前の恋人から「食べてもいいよ♡」と書かれた手紙が置いてある!!』
「うむ」
『お前はそれでも肉にかぶりつかないのか!?嗅ぐだけで脳がとろけるような芳醇な香りがそこから醸し出されているんだぞ!?』
「まず下着は食い物ではない!
この国の女性はお前の恋人ではない!
「食べてもいいよ」などとは絶対に言ってない!
芳醇な香りなどしない!
例え話が間違いしかないじゃないか!!」
『食い物だし香るわ!!嗅いでみろ!!そうすればお前もパンツイーターの仲間入りだ!!』
「ならん!!」
『なれ!!』
「なるか戯け者!!」
近衛騎士団 団長 アンジェリーナ・カラシニコワ
『法の騎士』の称号を持つ。神聖王国No.2の実力者。アリアとは年の離れた親友らしい。
近衛騎士団の訓練の名物、アンジェリーナによる近衛騎士百人斬りは有名である。もはや観光すら訪れるレベルだ。つまり何が言いたいかというと、
めちゃくちゃ強い。その一言だ。
「流石にこの件数は異常だ。南の大陸に連絡してからサラマンダー様の処罰は考えよう。仮にも貴殿は南の大陸の精霊王だ。南の王と話合わなければな」
『うぇーい・・・厄介だなぁ。まさか法の騎士に見つかってしまうとは。実力者には魔力を視認されて霊体化が意味をなさないから本当に厄介だ』
「霊体化におごって魔力の制限を怠ったのが貴殿の敗因だ」
『精霊種に魔力制限は難しいんだぞぉ!?体が魔力だからな!』
サラは文句をたれる。実力者に霊体化は通用しない。科学より魔法で文明が発達した神聖王国なら尚更である。見事にサラの罪が暴かれてしまい尋問はこれにて終了・・・
かに思えた。
「・・・・・霊体化してまでこの教会本部に侵入してきたのは何が目的だ?」
『おパンティーハンティング』
「貴殿は頭が回らない訳ではない。なぜ己の身を危険に晒してまでここに侵入しに来たのだ?」
『パンツの旨味を理解できないやつには到底理解できないものさ』
アンジェリーナの顔つきが変わる。真剣な顔つきだ。サラは下手な言葉は発せないと判断する。
今のサラの実力ではアンジェリーナには天地がひっくり返っても勝つことはありえない。
『その顔は信用してないな?君たち人間だって味の探求には命をかけているではないか』
「・・・・・質問を変えよう」
ヘラヘラと質問を回避するサラ。しかし次の返答でサラは誤魔化しずらくなる。
「なぜ下着窃盗の罪がブサワ イクオにかかっていたのだ?」
ピクリとサラの眉が動く。
イクオとサラが協力関係にあるのがバレる訳にはいかない。そうなればサラの行動がイクオの潜入のための手助けとバレてしまう。作戦前にバレれば警備の厳重さは跳ね上がるだろう。それは何としてでも避けなければならない。
『そいつはこの国中の連中を洗脳した大変態だぜ?パンツを盗むのが趣味でもおかしくはねぇだろ』
「違うな。奴はそんな奴じゃない。好意を持って迫る女に逃げ出すヘタレだからだ」
『ふぅん?・・・会ったことでもあんのか?』
そう。アンジェリーナはイクオに面識がある。
「・・・・・どうも奴と貴殿が協力しているような気がしてならない。奴は教会本部に何の用だ?」
『・・・知らん。少なくとも俺の知った話ではない』
サラはあくまでシラを切る。しかしアンジェリーナは最初に見せたサラの眉の動きを見放さなかった。疑いは晴れない。しばらくじっとみたまま・・・
「ま、いいだろう。霊体化できる精霊などに入れてやる牢は無い。盗人の真似事以外なら好きにしろ」
『おーう!』
思いのほか早く諦めてくれた。サラは勢いよく椅子から立ち上がりその場を去ろうとする。
「次に何か盗んだらウンディーネ様を呼ぶ」
『人生観が変わりました。もう何も盗みません』
「よろしい」
神聖王国脱出までサラはマジで何も盗まなかったそうな・・・・・・
『ま そろそろ潮時かね。潜入から半月経ったし、もうここの構造は把握完了だ』
サラの任務は完了した。半月後にアリアの結婚式が始まる。
如何なる作戦を立てるかはイクオにゆだねられた。
『この国を出るまでの協力関係だったが、こんな危険な道を歩むことになるとはな。わざわざ教会本部に潜入しなくても、もっと確実な方法があるだろうに』
サラは愚痴をこぼす。もともとビジネスパートナーのような関係だったのだ。公爵令嬢をさらうなんて言う作戦に首を突っ込む羽目になるとは思いもしていなかった。
『・・・飽きないねぇ。神聖王国を出てもついて行ってみようかな?』
(そうすれば俺の目的も果たせるかもしれねぇ)
精霊は長生きだ。長命な種族にとって退屈というのはは最大級の敵。サラはイクオと行動を共にすれば退屈しない生活がのぞめると確信していた。
あと関係ない話だが、サラの目的は想像以上に早く達成することになる。
ー協会本部 一階ー
(私は『法の騎士』アンジェリーナ・カラシニコワ。神聖王国二強とされる近衛騎士団の団長だ。一方はゲオルグ殿率いる粛清騎士団である)
カツン カツンと靴を鳴らせて宮殿の廊下を歩く。アンジェリーナの仕事は近衛騎士の訓練、そして・・・
「教皇様。ただいま戻りました」
(教皇様の護衛だ)
貴族然とした豪勢な部屋ではなく、赤いじゅうたんやカーテン、木目の美しい茶色い木で出来た床や壁。外は暗く、部屋もほんのり明るい程度。暖炉もあり、小さな炎がパチパチと音を立てて燃えている。
暖かい椅子にフワリと座った女性がそこには居た。透明感があるような人で、そこにまるでいないかのようだった。歳は若く見えるが雰囲気は大人びている。もしかしたら見た目よりもっと長く生きているかもしれない。
「・・・アンジェ・・・・・サラマンダー様に無礼は働かなかったかい?」
「働きました。あのままでは罪を重ねると判断致しましたので」
「・・・・・そうかい・・・」
あとは何も喋らなかった。これ以上話が無いとわかり、アンジェリーナは一礼して教皇の後ろに立った。教皇はいつもお気に入りの椅子に深く座ってうたた寝をしている。
北の神聖王国 最高権力者 エリザヴェータ教皇
体が弱く戦えないので東の国の王のような実力は持っていない。争いを止めることもせず、また起こすこともない。国の外交といった仕事を果たす以外はイム神教の教えに則った生活を送る信徒だ。
しかし彼女にはあるスキルがあった。
【啓示】
本人曰く、「神のお告げが聴こえる」だそうだ。そのお告げが本物の神のお告げなのかどうか、証明することは出来ない。
ただ言えることは、彼女による神から下されたとされる言葉は外れたことがない。もはや予言の領域なのだ。
(教皇様は何を考えているのだろうか。忌々しい『イケメン事件』で被害を受けた身であるにも関わらず怒ろうとも罰そうともしない)
スキル【イケメン】はかかった者を無理矢理 恋 に落とすスキルだ。愛の国であるが故に、愛に情熱的で、恋人や家族のいる国民からは、イクオは本当の怒りを受けている。
(教皇様には愛する人がいた。その御方と教皇様は永遠の愛を誓った。だと言うのにあの男はその心を奪った。無理矢理恋に引きずり込んだ)
人の愛を弄ぶ所業。この国で最も嫌われるであろう行為。実際、教皇はイクオに一時期だけ溺愛していた。なのに教皇は何の怒りも見せずにいる。
(イクオに対して何の啓示も来てないのか?それとも啓示がイクオを野放しにしろと言っているのか?理解できない。誰よりも怒っていいはずだ。
私は許す気は無い。教皇様の心を弄んだ罪、その首を切り落とすまで拭えない)
決意を固くする。アンジェリーナは近衛騎士として長く教皇に使えている身。その忠誠心は計り知れない。アンジェリーナはイクオという存在を一秒たりとも許したことは無い。
「・・・・・・アンジェリーナ・・・」
「っ!? はっ!!」
急な呼びかけでアンジェリーナは一瞬取り乱す。直ぐに返事をした後に教皇の言葉を待つ。
「半月後、アリアの結婚式で・・・ブサワ イクオが現れる・・・」
「・・・・・・啓示ですか?」
「えぇ・・・・・・お達しがきました」
アンジェリーナは歯を食いしばり拳を強く握る。教皇の前だ。怒りを見せまいと必死になるがそれでも怒気が溢れる。
(絶対に仕留める。教皇様だけでなく親友のアリアにまで手を出すとは。許さない。絶対に捕らえてみせる)
顎は引かれ、目元まで影が差す。紅い瞳が煌々と輝く。
(どうか私に捕らえよと命令を下さい。教皇様を御守りできなかったこと、今こそ償わせて・・・)
教皇は優しく言い放った。
「・・・・・・協力してあげてね・・・」
「・・・え?」
アンジェリーナは困惑する。予想していた支持とはいささか違っていた。しかし教皇は喋らなくなった。椅子に深く座り、またうたた寝を始めた。
(協力?どうゆう事だ?アリアと協力しイクオを捕らえよということか?)
真意を聞きそびれてしまったアンジェリーナは熟考する。
(いや、こういう時の教皇様は裏がある。そんな単純な話ではないだろう。協力?誰と?アリア、それともレチタティーヴォか?)
暖かい部屋。部屋には教皇と近衛騎士の二人だけ。赤いじゅうたんやカーテンに、木目の美しい木製の床や壁。教皇の私室には今日も特別な物は無い。
ただ暖炉の小さい炎が煌々と燃えているだけ・・・
教皇のスキルは使用したいと思っても発動しません。いつなんの前触れもなく突然と発動します。(そして理不尽に大量の魔力を吸い取られます)
なんの情報が流れるのかも分からないので、正しく『神の気まぐれ』のようなスキルなのです。
神聖王国の国民達は「イム神様の声だ!」と言ってそれがイム神の言葉だと思って疑わないけど、他の国からしたら「迷信じゃね?」という認識がほとんどです。
まあどっちも証明できてないからどっちが正しいとは言えません。
神がいるのかいないのか。証明できないのはこの世界も同じです。
最初イクオにスキルを授けた自称神も本物かどうか分かりません。
誰なんでしょうね?