壱 ーー 遠のく影 ーー (4)
誰にでも、こだわりというものがあると思います。そのこだわりに共感してもらえれば嬉しいけれど、不思議がられたりすると、ちょっと寂しい気がします。それでも、どうしてもこだわりを曲げたくない。なんか難しいところだと思います。
4
あらためてSNSを開こうとして、行動に移ったのは通話を切ってから三十分が経ってからである。
写真を片付けなければ、と何かと理由を作って遅らせていたのは、学がまだちょっとSNSに臆していたからである。
スマホはもう準備している。あとはアカントを入力してしまえばいいだけ。
胡座を掻きながら、膝の上で頬杖を突く。しばらく目蓋を閉じ、唇を噛んでいた。
目蓋の奥の暗闇に浮かび上がるのは、夢で見た渡瀬由紀のぼやけた影であったのは、皮肉でしかなかった。
「っよし。いこうっ」
パッと目を開き、恐れる自分を鼓舞するために声を張り上げ、恐怖心を払拭すると、そのままの勢いでスマホを操作した。
スマホの画面に広がるのはある人物のSNSの画面。アカント名の横には、どこかの建物をシルエットにした写真が載っていた。
そこにはいくつもの投稿が反映されていた。
載せられているのは投稿者は卒業生なのか、自分の学生時代の思い出や、今の生徒に対しての文句などが書かれている。
圭介の話では、冗談に乗っかかる者もいると言っていたが、確かに遊びだろうと思える投稿も見えた。
なかには、在校生を特定するような投稿もあったが、そこに学の望む投稿はなく、半分は肩すかしになり、胸を撫で下ろした。
ただ、気になる投稿も少なからずあった。
それは学校に関する噂が書かれている。それらを読んでいて、学はため息をこぼした。
「なんだよ、これ。ただの学校の七不思議じゃん…… バカか」
圭介の話を思い出し、これのことか、と呆れて丸めていた背中を伸ばした。
「ったく。小学生じゃないんたから……」
学はホラーといったものを苦手とするなか、学校にまつわるものは特に嫌がっていた。怪奇現象と呼ばれるなかでも、特に「学校の七不思議」とは、小学生が作った幼稚な話だと捉えてしまい、恐れよりも現実離れした気がして本気で嫌がっていた。
だからこそ、ここに似たような項目が投稿されていることに、少なからず憤りを抱いてしまう。
ある意味、期待を裏切られてしまい、苛立ちながらも項目を動かしていると、このアカントが生まれた当初の項目にまで遡っていた。
そこで、手が止まる。
突然、クラスから消えてしまった人。
言葉が入ってくると、急激に胸がざわめいて食い入ってしまう。
その日、一日が始まろうとしていた日の朝のHR。担任が出席を取り終えたあと、奇妙な違和感がありました。
誰か一人、呼ばれない気がしたんです。
そのときは気のせいだと思っていたのですが、次の日、また次の日と、誰か一人が呼ばれない気がしてなりませんでした。
無論、この違和感を確認しました。けれど誰もが、「知らない」「誰のこと?」と、誰も覚えていないのです。
そして、それは私も同じでした。
誰かがいた。
そんな気がするのに、それが誰であったのか、そもそも、男の子なのか女の子なのかも、それすらも分からないのです。
それでも、誰かがいたはずなんだと思える気持ちは消えませんでした。それは一週間、一ヶ月、一年経ち、そして卒業してからも。
あのとき、本当に誰かがあのクラスにいたのでしょうか?
**期生
「……ーー期生ってことは、僕の十年先輩。一年経って卒業ってことは、十一年前の出来事ぬるのか……」
このアカントの最初の方に投稿されたもの。ここからいろいろと変な内容が連なっていた。
投稿を読み終え、学は焦燥感に苛まれてしまう。
それまで嫌がっていたのに、今は真剣に食い入ってしまう。誰かに訴えるような、手紙を書いているような内容に、より現実味を増していると感じずにはいられず、静かに息を呑み込んだ。
この人は、捜している人に再会できたのだろうか? ーー
ありきたりな疑問が浮かんだが、それ以上のことは何も投稿されていなかった。
この投稿に対して、いくつかのリツイートがあった。
それらは、「誰それ?」「そんな奴いた?」「バカらしい」といった、批判や冗談めいた投稿ばかりになっていた。
それらは、この投稿の直後に集中しており、最近では誰もリツイートしていない。
いや、最近では、このアカントに反応を見せる者がいなかった。
悩みを投稿した者に対し、辛辣な言葉で返す群衆に嫌気が差し、目を逸らしてしまう。
そのまま動作を終え、スマホをベッドに放り投げると、ベッドの脇に凭れ蛍光灯を眺めた。白い明かりが目に降り注ぎ、頭がクラッとしてしまうが、目を逸らさなかった。
「……同じだよ。これを投稿した人と……」
胸苦しさを助長する結果になってしまった。
むしろ、これを読んでしまうと、夢なんだと納得しようとしていたはずなのに、疑念が強まっている気がしてならない。
渡瀬由紀は実際にいたはずなんだ ーー
似た思いの人がいると知ると、より気持ちは強まってしまった。
自分とは関係のない人や、場所で自分と境遇が似たようなことがあったとしたら。それは、もしかすれば自分とどこかで関係のあることなのか。そうなるとそれって怖いことなのか。どちらになるんでしょうね。