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オレンジ色の空とキミの影  作者: ひろゆき
24/27

 参 ーー 二人の存在 ーー (5)

 平然とするのは、強がっているからなのか。それとも、誰かに心配させたくないだけなのか。その気持ちに気づくことができていなければ、傷つけているだけなのか。

                5



「そんな、だって、今は普通にしてるじゃないか。由紀だって喘息はあっても、それ以外はいたって平気だったはずじゃ……」

 若林の話は真実なんだと、途中から受け入れる覚悟をしていた。真実ならば、由紀は限界を一年越えている。どうしても信じられず、力がこもってしまう。

 信じたくない学は騒ぐが、若林の眼差しは真剣なままである。

「事態が落ち着いたら、私たちは別々にーー」

「だから、そんなことーー」

「聞いてっ」

「ーーーっ」

「私たちは、それから別々に暮らすようになった。まぁ、元々、親が離婚してて親権も分かれていたし。それに、私は日常生活に支障はなかったし。お姉ちゃんも薬を呑んでいたら、しばらくは平気だったから。

 それからしばらくして、私に一つの提案が出されたの。「学校に行ってみないか」って。年齢を装って高校にね。まぁ、私もずっと塞ぎ込んでいたし、気晴らしになるかなって」

「年齢をって、そんなの大丈夫なの?」

「会社の会長がね、ここの理事長と知り合いなのよ。それに、人間を平気で実験台にするような会社よ。たいていの問題をもみ消す力だってあるわよ」

 皮肉めいた苦笑が辛く見えた。

「そんな軽く言われても」

 世間に知られては大変な問題だと思えたが、若林はまるで他人事みたいに話した。

 そこで、若林のこれまでの緊張した空気から、表情が和らいだ。彼女の笑みに学もホッとしてしまう。

「実験を受けていたときは人として接してもらえなかったから、普通に話して、普通に暮らせるのが嬉しかった。のかな」

 奇妙な言い回しに学は引っかかる。

「だって、そうでしょ。小学一年の子が、急に高校生の輪に入ろうとするのよ。話している内容も大人びていて、ついていけないもん。学力にしたってそう。分かるわけないし。誰かと話ができるって知って、浮かれていたんでしょうね。私、基本的なことを忘れてた」

「でも待って。それって、おかしいでしょ。それじゃぁ、なんで学校に行けって言われたのさ。そうなることも分かっていたんでしょ」

「今、考えると、それも実験のうちの一つだったんだろうな。学力なんかも、体の成長にともなって、どう変化するのか観察ってやつかな」

「……そんな」

 研究者には二人の両親も含まれていたはず。それなのにそんな窮地に追いやる心境が理解できなかった。

 他人である自分が意見を言えるわけがなかったが、親という立場をかけ離れていると学は否定したくて、両手をギュッと握った。

「それで、精神的にもいろいろと限界がきて、学校を去ろうかなって、思っていたとき、私は出会ったの」

 微笑みながら、若林は学をじっと眺めた。何かを訴えるように。

「……まさか」

 手に握っていた写真をあらためて眺めた。隣にいる若林と同じ容姿をした「お姉ちゃん」が優しく笑っている。

「嬉しかったよ。塞ぎ込んでいる私を必死に励まそうとしてくれたの。今でも覚えてるもん。「僕が、僕が」って。言ってくれたの。ねぇ、変わらないものって、高原くんなりのものって見つけたの?」

 胸を詰まらせながらも、夕焼けの空を仰いだ。

「……空。空はその日によって天候を変えるけど、まったく別のものに変わりはしない。そこにずっとある。変わらないままに」

「……そっか。じゃぁ、ずっと覚えていてくれて、空の写真を撮ったんだ」

 静かなのだが、どこか若林の口調が弾んでいるように学には聞こえた。

「じゃぁ、本当にあのときのお姉ちゃんって」

「だから、言ってるじゃない、私だって」

 困惑する眼差しを注いだとき、若林は目を細める。

 冷たい風が若林の髪をなびかせた。髪が揺れる顔に、当時のお姉ちゃんの表情が重なっていく。

 紛れもなく、目の前にいるのが「お姉ちゃん」だと思い出した。

 嬉しさなのか混乱なのか、奇妙な心境が胸を高ぶらせていく。

「……本当に…… 本当に……」

 声が震えてしまう。

「嬉しかったよ。初めて会ったのに、真剣になって言ってくれたのは。すごい励ましになったから。

 本当はね、あのとき、自分が壊れていまいそうなほど、悩んでいたの。けど、高原くんに会って、お姉ちゃんに励ましてもらって、私は生きようと思えた」

「ーー由紀の?」

「そう。お姉ちゃんとはずっと連絡を取っていたの。そして、長かったけど、期限の十年が経って、問題の時期が訪れたの」

 若林の口調が変わる。話の核心に触れると察し、学も緊張で口内が乾燥していく。つい、何度も息を呑み込んでしまう。

「今回の話を持ち込んできたのはやっぱり、研究者の人だった。私とお姉ちゃんの体に危険が迫っているのを見計らって。親が話しかけてきたわけじゃないのが、さっぱりしてるよね」

 若林も緊張から膝を抱え直す。

「二人の体で、先に危険だと見なされたのはお姉ちゃんだった。言われていた期限を一年多くすぎていたし。私の体に異変はなくても、お姉ちゃんは喘息とかの副作用が酷くなっていたから」

 確かに、由紀の喘息が治ったとは聞いた覚えはない。

「そこで、会社はお姉ちゃんの存在を世間から消すことにした」

「ーー消す? 何それ?」

 周りの人についていけないのは、自分が弱いだけなんだと、責められているようで心は脆くなっていく。そんな劣等感を克服するには、どうするのか。分からないまま時間はすぎていくだけ。その先に待っているのは何か分からないまま。

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